12.再会
12.再会
矢沢が車の中から様子を窺っていると見覚えのある車が通り過ぎて行った。神社の脇に停まったその車から降りてきたのは麻紀だった。そして、もう一人。早苗だろう。
「変だなあ…」
矢沢は車を降りて麻紀に近付いた。矢沢に気が付いた麻紀は早苗を自分の後ろに隠した。
「どういうことだ?」
「い、いや、その…。この子は…」
麻紀は相当動揺している。
「父親はどうした?一緒じゃないのか?」
「えっ?」
矢沢の目当てが自分ではないと気付いた麻紀は安堵の表情を浮かべた。
「仙台へ行くって」
「電車か?」
「いいえ、会社の軽トラックで向かったわ」
それを聞いた矢沢は踵を返した。
「あの…」
麻紀が呼び止めると矢沢は振り向いてこう告げた。
「お前さんたちにも話がある。取り敢えず、親子の再会を果たしたら4人で駅前のどこかのホテルで待ってろ!」
その後、車に飛び乗り、神社を後にした。
矢沢は黒木に電話した。
「牛田が早苗ちゃんを連れて逃亡した。行先は仙台に間違いない。会社の軽トラックを使っている。県警に手を回してとっ捕まえてくれ!」
「えっ!それじゃあ、本当に誘拐…。解かりました。至急、手配します」
電話を切ると矢沢は勘を働かせた。仙台へ向かうなら東北自動車道に乗るはずだ。ここだと、宇都宮ICと鹿沼IC、どちらも距離は同じだ。
「よし!」
矢沢は自分の直感を信じて車を走らせた。
黒木は携帯電話を持ったまま席を立った
「ちょっと!」
美紀が呼び止めると、一瞬、振り向いて詫びる仕草をした。程なく戻って来ると、美紀に事情を説明した。
「えっ!うそ!」
「俺も驚いたよ。久しぶりの夫婦&親子の再会でハッピーエンドだと思っていたからね」
「それで、所長は?康子さんは?」
「所長は牛田を追ってる。康子さんは磐田麻紀と一緒の可能性が高いけど何とも言えないなあ。携帯電話は充電切れらしい」
「それじゃあ、お寿司なんか食べてる場合じゃないじゃない」
「だけど、僕達には他にやることはない」
「まあ!黒木さんって薄情な人なのね…」
その直後に先ほど頼んだ大トロの握りが美紀の目の前に置かれた。
「でも、確かにそうね」
そう言って大トロの握りを一口で頬張った。
牛田がみどりの窓口に並んでいると、怪しげな男に腕を掴まれた。
「なんですか?あなたは!」
「牛田誠さんですね?少しお話を聞かせて頂きたいのですが」
矢沢は間一髪で牛田を引き止めることに成功した。
駅前のリッチモンドホテルのロビーには康子と早苗、それに麻紀と紀子が揃っていた。康子と早苗は愛宕庚申神社で再開すると、満面の笑みを浮かべて喜びを表現した。麻紀が矢沢の言伝を伝えると、紀子がリッチモンド指定した。
「一度、泊まって見たかったのよ。これって、探偵の経費で落ちるのよね?」
「バカねぇ!泊まるのはこの二人だけよ。私たちは矢沢さんから事情聴取されるのよ」
「ウソ?ヤバくねえ?逃げちゃおうよ」
「逃げるって、矢沢さんは紀子ん家知ってるじゃない」
「あっ!」
そこへ矢沢が牛田と共に入って来た。
「よし!揃ってるな」
「よく牛田さんを捕まえられましたね?」
麻紀が感心した様子で矢沢に尋ねた。
「そりゃあ、元刑事の勘ってやつよ」
矢沢は麻紀から牛田が車で仙台に向かったと聞いた。当然、東北自動車道で仙台へ向かうと思った。けれど、会社の軽トラックだというところに引っ掛かった。会社の軽トラックに乗っていたのなら一旦、会社に戻るはずだと考えた。会社に問い合わせたら軽トラックを置いて新幹線で行くのだと教えられた。すぐに宇都宮駅へ向かって寸でのところで牛田を捕まえたのだった。
矢沢はフロントに向かうとシングル一部屋とダブル一部屋を予約した。
「今日は親子水入らずでゆっくりするといい」
「いいんですか?こんなホテルに停めて貰って」
「気にするな」
矢沢は康子にそう言うと、牛田に向き直った。
「なにもこんな回りくどいことなんかせずに、会いに行けばよかったじゃねえか?」
「今更ですよ。何年もほったらかしにしてたんだ。会わせる顔なんて…。ただ、娘には会いたかった…」
「本当だわ」
康子は牛田を見た。
「すまん。もういいだろう。とっとと消えるよ」
「バカ!どうして会いに来てくれなかったのよ。ずっと待ってたのに」
「えっ!」
康子は目に涙を溜めて牛田にすがりついた。
「待ってたのよ!ずっと。いいえ、今でも待ってるの。私、誠さん以外の人なんて考えられないから」
「康子…」
「ねえ、仙台ってベガルタ仙台の仙台?」
「はあ?」
突然の早苗の言葉に矢沢は首を傾げた。
「そうよ。ベガルタ仙台の仙台よ」
康子が答えた。
「この子、サッカーやってるでしょう?ベガルタ仙台の石川直樹選手のファンなの」
「仙台に引っ越すの?」
早苗の問いかけに康子も牛田も狼狽えた。
「娘は認めてるじゃねえか。あんたを父親だとな」
牛田は目を潤ませながら早苗を見た。
「ついて行ってもいい?」
康子が尋ねた。
「俺に選ぶ権利なんかないさ」
「おおぉー!」
麻紀と紀子が声をあげた。その時、フロントから男性の従業員がこちらに向かってきた。
「あの…。こちらの方の写真がテレビで…」
男はそう言って、恐る恐る牛田の方を見た。それとは逆にみんなは一斉にテレビの画面の方を向いた。
『本日、発生した誘拐事件は○○建設社員の牛田誠が元妻との間に生まれた娘、早苗ちゃんを拉致し逃走しているとの情報が…』
それを見た矢沢の顔がみるみる赤くなった。
「ヤバイ…」
矢沢は慌てて携帯電話を手に取った。




