11.栄転
11.栄転
紀子は麻紀に康子をタクシーに乗せたと報告した。康子はその隙に矢沢に紀子が告げた行先をメールした。
『愛宕庚申神社』
矢沢は康子からのメールを確認すると、ニタッと笑った。それから、車を少し離れた場所へ移動して停めると、神社の入り口を見張った。
麻紀は古びた木造の一軒家の前に車を停めた。牛田が車を降りてその一軒家へ向かって行く。牛田はポケットから鍵を取り出すと、玄関のドアを開けて中に入った。
牛田が部屋に入ると、早苗はいつもの様にテレビのワイドシューを見ていた。
「早苗ちゃん、お母さんが迎えに来るから」
早苗はテレビを消して立ち上がった。
「近所の神社で待ち合わせしているから、お姉ちゃんが連れて行ってくれるよ」
「これ、貰ってもいい?」
早苗が指したのは着替え用の服だった。牛田が麻紀たちに頼んで買いそろえたものだった。早苗が好きなキャラクター物の服だった。
「ああ。全部あげるから持って行っていいよ」
牛田は早苗を車に乗せると、麻紀に目配せをした。
「牛田さん、康子さんに会わなくてもいいの?」
「今更合わせる顔が無い。康子にこの子を返したらこれを渡してくれないか」
牛田はそう言って封筒を麻紀に差し出した。
「これは?」
「今までのお詫びの気持ちだと伝えてくれ」
「そうまでするのなら会ってみればいいのに」
「いや、止めておくよ。それに、ここももう離れなけりゃならない」
「そうか。仙台に行くんだっけ?」
牛田はここでの働きが認められて仙台へ主任として赴任することになったのだと言う。
「じゃあ、元気で」
そう言うと牛田は車のそばを離れた。麻紀は助手席側の窓を閉めると、早苗のシートベルトをしながら声を掛けた。
「寂しくなかった?」
「お姉ちゃんが居たから」
「そう」
麻紀は早苗に微笑みかけてから車を出した。ルームミラー越しに軽トラックにボストンバッグを積み込む牛田の姿が見えた。
康子は恐る恐る紀子に尋ねた。
「あの…。早苗を誘拐したのはあの人なんでしょう?」
“誘拐”と言う言葉を聞いてタクシーの運転手がギョッとして振り向いた。紀子は顔を引き攣らせて弁解した。
「誘拐だなんてとんでもない。お父さんと一緒に居るだけなんだから」
「やっぱりあの人だったんですね」
「なんだ、知ってたの?」
「ええ、なんとなくは…。その…。これから行くところにはあの人も来るんでしょうか?」
「そりゃ、そうでしょう」
「何年振りだろう…」
矢沢の指示で牛田のことを調べていた黒木は牛田が仙台へ栄転するという情報を得た。そのことは既に矢沢には報告してある。
「多分、最後に娘と過ごしたかったんじゃないかな」
「えーっ!それで誘拐するかしら?」
黒木の言葉に美紀が反論した。けれど、黒木も諭すように美紀に言った。
「誘拐とは決めつけられないよ。実の父親が娘と会っていただけだと言われたら、何もできないよ。実際、身代金の要求があったわけでもないんだし」
「うーん…。なんだか変な事件ね」
「まあ、もう僕たちにやることはなくなったわけだから、皆が帰って来るのを待つしかないよ。だから飯でも食いに行こうよ。今日は昼を食べそびれたから腹へっちゃって」
「そうね。みんなが帰って来るのは早くても夜中になりそうだし」
「よし!決まりだ」
「わたし、お寿司がいい!回ってないやつ」
「えっ?」




