言いたいこと
恋人の三柳陽愛からデートに誘うのは今日が初めてだったので、並松大雅は心底驚いていた。
「どこか行きたいところがあるの?陽愛ちゃん」
「えっとね、靴を買いたくて・・・・・・」
「靴?」
「そう、靴」
陽愛のお気に入りのパンプスは踵がすり減っているので、三日後に親からもらうことができる小遣いで靴を買うことを考えていた。
そのことを大雅に話すと納得した。
「じゃあさ、その靴代、俺が払うよ」
「い、いいよ!悪いから」
「気にしないで。先月、バイトでかなり稼いだから」
もうすぐ陽愛の誕生日なので、この機会にプレゼントを贈りたい。
先月、バイトをする時間を増やしたのはこのためだった。
「陽愛ちゃん、どんな靴が欲しいの?」
「いろいろあるけれど、サンダルかな。ほら、今の季節にちょうどいいから」
今は真夏で陽愛はサンダルを持っていなかった。去年まで履いていたのだが、紐が切れて履けなくなってしまった。
「明日、一緒に買いに行こう?」
「うん。じゃあ、今日は帰るから」
「どこに?」
「あ、そうだった・・・・・・」
今日から大雅と同棲をすることになっていたことを陽愛は忘れていた。
二人が大学二年生の夏休みに同棲することを決めていて、まだスタートしたばかりだった。
「しっかりしないと・・・・・・」
「そうだね」
正直そこは大雅にフォローしてほしかった。陽愛が睨みつけても、大雅は笑顔でかわした。
大雅がキッチンへ移動して、冷蔵庫を開けて、すぐに和室へ戻ってきた。
「陽愛ちゃん、どっちがいい?」
大雅はワッフルコーンのキャラメルアイスとメロンシャーベットを持ってきて、陽愛はワッフルコーンのキャラメルアイスを受け取った。
一口食べると、ひんやりとしていて、とても甘かった。
「美味しい?」
「うん、大雅は?」
「美味しいよ?はい」
メロンシャーベットをスプーンですくって、食べさせようとした。いつもだったらそんなことをしないから、変に身構えてしまう。
「いらない?」
「た、食べるもん!」
メロンシャーベットを食べたものの、味が全然わからなかった。
恋人になってから約半年が過ぎたのに、未だに恋人らしいことをしていなかった。
「あの、大雅・・・・・・」
大雅はメロンシャーベットを食べながら、視線を陽愛に向けた。
陽愛はワッフルコーンのキャラメルアイスを大雅の口元まで持って行った。
「あーん?」
大雅は一瞬驚いてから、口を開けた。口の端にアイスがついたので、指で拭った。
それを見ていた陽愛は彼が何だか子どものように幼く、可愛らしく見えて、くすくすと笑った。
「何を笑っているの?」
「だって可愛いから」
すると、それを聞いた大雅は怒って、何も話さなくなった。陽愛が話しかけても、キャラメルアイスを食べさせようとしても、反応なし。
「・・・・・・可愛くない」
長い沈黙を破った一言がこれだった。
「ん?」
「俺は陽愛ちゃんに可愛いなんて思われたくない」
「こっちを向いて」
陽愛は背を向ける大雅の背後に回り、後ろから大雅を抱きしめた。
「ごめん、別に悪気があって言ったんじゃないの」
「俺はいつだってかっこいいところを見せたい」
陽愛は黙って頷いた。いつだって大雅のことをかっこいいと思っている。
ただ、今日は普段と違う一面を見ることができて、嬉しかった。知らなかったところを発見することができたから。
「私が選んだもの。かっこいいに決まっている」
「陽愛ちゃん・・・・・・」
「私だけの恋人だから」
「もういい・・・・・・」
大雅の声が低くて、陽愛が不安になっていると、ずっと背を向けていた大雅が振り返り、陽愛の額にキスをした。
「そんなことを言われたら、いつまでも怒っていられない。俺が馬鹿みたいだよ」
「安心して!馬鹿な大雅も好きだから」
「・・・・・・喜べない」
また機嫌を悪くしたので、陽愛は大雅の額にキスをした。
ーー大雅が陽愛にしたように。
「違うの。私が言いたいのは、どんな大雅も好きなの!」
大雅は目を見開いて、小さな声で陽愛にしか聞こえないように言ってから、陽愛を強く抱きしめた。
『俺だって同じだよ』