エピローグⅰ
オレが意識を取り戻したら、何故か、体が重かった。至るところに、怪我をしているようで、上手く身体を動かすことはできなかった。
周りを見ると、女装をした少年が大量出血を起こして、倒れていた。オレはそれを見た瞬間、戦慄した。
俺がまた殺してしまったのか?また壊してしまったのか?
ここから逃げたい、にげたい、ニゲタイ。
うまく動かすことが出来ない足を引きずって、逃げようとすると、オレに気付いた青髪の少女がオレを追いかけてきた。
そして、すぐ近くまで来た時に、違和を感じた。俺より小さかった彼女が、今日はやけに大きく見えた。
もしかして、殺されるのではないかそうと思うと、急に、オレの身体は恐怖に支配され、力一杯暴れるが、オレの抵抗も空しく、彼女に抱きかかえられた。
彼女はオレを殺すことをせず、優しくギュッと抱きしめる。
「心配しなくても、もう痛い目に遭わせません。お仕置きタイムは終わりました」
彼女はそう言うと、倒れている少年のところへと連れて行く。すると、その少年は大量出血を起こしていたが、息をしており、ちゃんと生きている。
「………あとで、彼に感謝をして下さい。彼が今回とても頑張りました」
彼女は彼を誇りに思っているかのような表情を浮かべる。何故か、彼と彼女の関係が羨ましいと思った。俺もいつか、誰かと、彼女達のような深い絆で結ばれるような関係にありたい。
彼女はオレを見て、頭をなでると、こう告げた。
「再度、問います。貴方の願いはなんですか?」
***
「さあ、黒犬君、今回はどういうことか。話を聞かせてもらおうじゃないか?」
赤犬さんが俺のベッドの前で仁王立ちをしていた。
「これには海より深く、空より高い事情がって、ぎゃああああああ、そこは怪我しているところです――――――」
俺の叫びが病室を木霊する。青い鳥は気にせず、クッキーを頬張っているし、断罪天使は聞きなれたのか、あまり反応を起こさない。
「黒犬君、面白いことをしてますね?楽しいですか?」
鏡の中の支配者はニコニコと俺達の反応を楽しんでいる節が見られる。
「これが楽しいと思ったら、そいつは真正のマゾだぎゃあああああああ。赤犬さん、怪我していないところならいいだろう、という優しさを発揮してくれたのか分かりませんけど、今は全部アウトです!!」
「なら、的を絞る必要はないようだな。お前は私の教えをことごとく破りやがって………。私は前、言ったよな?テメエの実力を、テメエが明かすなって。テメエは自分の実力を見せびらかして楽しいか?ああ?」
テメエは鶏か?と、俺の頭をゲシゲシと踏んでくる。
「全て、俺が悪いです。すみませんでした。だから、頭から足を退かして下さい!!」
俺の叫びは俺の様子を見にきた看護師が来るまで、願いは叶えられることはなかった。
毎度のことだが、気がついたら、病室の備え付けベッドに寝かされていた。の時もそうだったが、最近、俺は大怪我を負いすぎではないかと思う。
ここは例の如く、王都の病院である。俺達がいた娼婦館から王都はかなり距離がある。とは言え、魔力切れ、大量出血ありの俺の状態はかなり危険としか言えない状態であり、ちゃんとした施設で治療しなければならない状態にあったらしい。
だが、不幸中の幸い、偶然居合わせた鏡の中の支配者が空間魔法で、この病院へと運んでくれたらしい。本人はあくまでもたまたまと言い張るが、そんなはずがない。そしたら、あの時の特大雷の説明ができない。あの雷は断罪天使の魔法と見ていい。恐らく、あの時、彼らはあの森に潜んでいたのだろう。俺達が倒せなかった時、確実に仕留めるために。
今、銀髪の青年の姿は見えない。彼も怪我が酷かったので、病院で治療を受けさせたかったらしいが、流石にあの姿で運ぶわけにはいかなかったので、赤犬さんに事情を話して、預かってもらっているそうだ。
青い鳥の話によると、あの後、銀色狼は見る見るうちに小さくなり、小型犬くらいの大きさになったらしい。魔力切れで小さくなったのか、はたまた、魔力の暴走により巨大化していたのか、それはまだ分からない。そういうことは俺より赤犬さんの方が詳しいので、あとで、彼女に訊いてみようと思う。
赤犬さんは俺にお仕置きをし終えると、姿を消した。帰り際に、鏡の中の支配者を睨みつけて、『この下衆野郎と顔を合わせるきっかけを作るんじゃないぞ』と、言い残して帰っていった。『お兄さんも嫌われたもんですね』と、苦笑を浮かべていたが、これ以上、この話に突っ込んではいけないような気がして、俺は何も言うことが出来なかった。
赤犬さんが出ていくと、青い鳥は食べていたクッキーをしまう。
「………赤犬さんがいなくなったことですし、単刀直入に問います。彼の処遇はどうなるのですか?」
その為に、ここへわざわざいらしたのでしょうから、と青い鳥がそう言うと、鏡の中の支配者は目を開き、
「………青い鳥ちゃんは直球で来ますね。どうやって、話をしようか、悩んでいましたから、お兄さんとしては助かりますが………。教会の規定に則りまして、彼の身柄はこちらで預からせていただきます」
降臨者が倒されたことですし、と鏡の中の支配者は言う。
彼は過失とは言え、執行者を殺している。教会の上層部はそんな危険人物を野放しにしておくはずがない。最悪の場合、消されてしまうかもしれない。
そんなことを思っていると、
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫です。教会が彼を消すなんてできませんから」
そんなことしたら、彼らの存在意義が無くなりますから、と青い鳥が口出す。
それを聞いて、俺は怪訝そうに鏡の中の支配者をみると、
「………再生人形の件と言い、本当に、貴女はそう言った情報を何処で漁っているんですか」
教会でも、極秘事項ですよ、と鏡の中の支配者は首を竦める。
「それは企業秘密です。教会には教会の話せないことがあるように、私には私の話せないことがあります」
「まあいいです。貴女にどんな繋がりがあろうと、お兄さんには関係ないことですから。お兄さん達にしては貴方達に気づかれる前に、彼を保護したかったのですが、青い鳥ちゃんに気付かれた時点で、無理でしたね」
青い鳥ちゃんに会わせた時点で、無理な話だったかもしれませんが、と鏡の中の支配者は言う。俺はと言うと、何の話をしているのか、さっぱり分からない。どう言うことになっている?
「………スローネ、ここまでばれているんだから、黒犬に説明したら、どうだ?訳が分からないと言った表情で、こちらを見ているぞ」
俺を見兼ねてか、断罪天使が助け舟を出してくれる。その通りだ。そっちで話を完結するな。
「確かに、青い鳥ちゃんにばれている以上、話さない理由はないですね。お兄さんが説明しなくても、青い鳥ちゃんが勝手に話しそうですが、まあいいです。黒犬君は“世界の贈り物”を知っていますか?」
「………世界からの贈り物?」
何だ?それは。
「教会に伝わる言い伝えです。この世界は“天空神”から与えられたものである。それを主張しているのが教会なのは知っていると思います」
「日曜学校で教わることだからな」
日曜学校の初めの授業はそこから習うので、知らない方がおかしいだろう。
「その通りです。教会は“天空神”が世界を与えているから、お前たちは生活が出来るんだ、と寄付金を出させていると言った、詐欺まがいのことをしているのですが、今は関係ない話なので、すっとばします」
青い鳥は教会批判をしているが、教会側である彼らは気にした様子を見せない。
「教会の主張によりますと、精霊は“天空神”が遣わせた存在となっております。とは言え、精霊は高次元の存在なので、人間と接触できるはずがありません。“天空神”は自分達と人を繋ぐ存在を与えました。人の体でありながら、精霊のような能力を持つ“神子”を。教会はその神子達を守護する存在として造られたとも言われています。とは言え、“神子”の存在が何の意味を示すのかはいまだに分かっておりません。教会は使命だけ残り、“神子”を守り続けています」
「つまり、神子は器を持った精霊と思えばいいのか?」
精霊。別名、ジンや魔人と言われる存在。世界そのものとも言われる存在は契約すれば、強大な力を得られると言われている。
人間の身で、精霊の力を宿しているのなら、それ程怖いものはない。魔法使いが魔法を使うには魔法陣を展開する必要はあるが、精霊にはそんなことをせずとも、魔法を行使できるのだから。そこまで考えた瞬間、銀色狼が脳裏を過る。
「ちょっと待て。彼がその神子だと言うのか?」
確かに、彼はそうとしか考えられないことをしている。本当に、彼が神子だと言うなら、何で、娼婦館のオーナーが手を出す前に、保護しなかったんだろうか?
「正確に言えば、彼は“風精”ですが。神子とは一人を指すわけではないようですから」
鏡の中の支配者は補足をしてくる。
「青い鳥ちゃんの説明通り、お兄さん達は“神子”を守護すべき存在です。特に、執行者の優先任務は“神子”の保護です」
それ以外のことをやらされることがほとんどですが、と鏡の中の支配者は言う。
「彼が風精だろうと、神子だろうとこの際、どうでもいい。彼があんたらの保護対象と言うならば、何故、もっと前に助けなかった?」
数年前、巨大狼が集落を襲った事件。恐らく、あれは彼の魔力の暴走によるものだったのだろう。その時点で、保護していれば、よかったはずだ。
「そう言われると、何とも言えません。あの時、教会側も彼を保護しようと動きましたが、何らかの妨害で、彼の行方は分からなくなってしまいましたから」
事情を聞こうにしても、オーナーはこの世にいませんし、と鏡の中の支配者は言う。
話によると、鏡の中の支配者が俺を運んだ後、青い鳥と断罪天使がオーナー達を探したところ、娼婦館の近くのため池にオーナー達の水死体が浮かんでいたそうだ。娼婦館の周りを捜したそうだが、その犯人を見つけることはできなかったそうだ。
そしたら、残った娼婦館の人達はどうするのかと思いきや、それには既に手を打っていたようで、鏡の中の支配者の知り合いの他の娼婦館のオーナーに預けているそうである。そのオーナーは比較的良識人らしいので、一先ず安心してもいいそうだ。
「と言うことなので、彼の怪我が治り次第、こちらで保護させていただきます」
今回は妨害しないで下さいね、と鏡の中の支配者は釘を刺してくる。俺は青い鳥をちらっと見る。こいつは彼を自由にする為、ここまでやってきた。オーナーから開放できたとは言え、教会で軟禁状態にされては意味がない。
「………教会で保護するが、風精の意向は尊重するはずだ。行動制限は受けるだろうが、何も問題を起こさなければ、護衛付きだが、外にも行くことも可能だ」
再生人形とは事情が違う、と断罪天使は言う。
「つまり、彼が俺達に会いたくなったら、会いに来れるんだな」
「………そうだな。ただ、過失とは言え、彼はデュナミスを殺している。罰されることはないだらうが、暫くは教会から軟禁状態にあうかもしれない。危険性がないと判断されれば、解除されるだろう」
断罪天使はそう言ってくる。
俺達はまだ彼の首輪を完全に外すことはできない。本当に、自由を掴みたいなら、彼自身がそれを強く望み、一歩踏み出さなければならないのかもしれない。
青い鳥を見ると、無表情だが、それはいつものことだ。だが、何らか企んでいるような雰囲気をしている。何をしようとしているかは分からないが、彼にとっては悪いことではないだろう。教会にとっては頭が痛いことかもしれないが。
俺達ができるのはきっかけ作りに過ぎないのかもしれない。それでも、彼が一歩前進出来るのなら、それでいいのかもしれない。
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