Ⅴ
『どうして、貴方は強いのに、ここから出ようとしないのですか?』
彼女はオレにそう言った。使用人や娼婦たちの誰もが聞こうとしなかったことをまだここに来たばかりのこの少女が訊いてきた。
『貴方なら、ここの人を皆殺しにして出ていくと言った芸当くらい朝飯前のはずです』
オレの気持ちなど気にせず、ずかずかと土足で踏み込んでくる。
オレがここを出て行ってやると何回思ったか知っているのか?
でも、出来なかった。オレは知っている。化け物であるオレを受け入れてくれる場所などないと言うことを知っている。オーナーや使用人たちを殺して、ここを出ていけば、オレの居場所がなくなることが分かっている。
『それは貴方が居場所を作ろうとしなかったからです。それでは居場所などあるはずがないのです。私は貴方と似ている人を知っています。彼は他の人間と違っていたので、いじめられていました。ですが、ある時、彼は変わりました。彼は自分の願いの為に、努力を続けました。徐々にですが、周りの人間は彼を認めていきました。彼が何を思って、努力し続けているのかは分かりません。努力をすれば、全てが報われるわけではないと思います。だからと言って、努力が全て無駄になるとも思いません』
『貴方に問います。貴方は自分の居場所を作ろうと頑張りましたか?』
彼女はオレを真っ直ぐに見てくる。
『貴方が居場所を作る気がないなら、それでも私は構いません。ですが、貴方が居場所を作ろうとしているのなら、私がそのお手伝いをします。貴方がオーナーに、自分に、そして、貴方の中に巣食らう魔物から打ち勝ちたい、と願うなら、叶います』
『なんせ、私は青い鳥です。貴方が強く願うなら、幸せを運んでみせます』
彼女はそう言い放つ。
その瞬間、一縷の光が差し込んだような錯覚に陥った。
『馬鹿馬鹿しい。オレのことを構うな』
だが、オレは切り捨てる。どうせ、しばらくしないうちに、その希望を自分自身で喰ってしまうことになるのだろうから。
***
「彼が降臨者は勿論、逃げようとした娼婦達や使えない娼婦達を殺せるとは思えません」
仕事が終わった後、青い鳥にどうして、ここから出ようとしなかったのか、と尋ねると、答えてくれた。予想通り、青い鳥は銀髪の青年を助けようとしていた。
「実力的に考えますと、彼以外に出来る人はいないと思います。ですが、貴方は昨日の会話を覚えていますか?彼の会話からして、彼が躊躇うことなく、人を殺せるような人間に思えますか?断罪天使と同等か、それ以上の実力を持った相手に、躊躇いながらも殺せると思いますか?私はそう思えません。裏に何かあるとしか思えないのです」
彼がもし誰も殺したくないのに、殺さなければならないのだとしたら、助けてあげるのが当たり前です、と青い鳥は言ってくる。
「彼を助けるためにはその何かを見つける必要があります」
その言葉にはこの先、ここに滞在することを示唆していた。
青い鳥がそう言ってから一週間が経った。
今の青い鳥の日課は館内散歩と顔の手入れである。オーナーに支給された高そうな化粧品を見て、「これを使ったら、本当に貴方より綺麗になるのですか?」と小言を言いながら、それを使って顔の手入れは欠かさない。
今はとても暇のようで、館内散歩を満喫している。勿論、銀髪の青年も一緒にいるが、あの後、彼に発破をかけにいったようで、青い鳥と彼の間ではぎすぎすした空間が流れている。
この様子を見る限りだと、彼に拒絶されたのだと思うが、それくらいで引き下がるような奴でもない。間違いなく、あいつは彼に幸せを運ぶまで、付きまとい続けるだろう。
鏡の中の支配者はと言うと、「そこまで言うなら、自分たちで好き勝手して下さい」とだけ言って、それっきり、娼婦館に姿を現していない。
そして、今、俺は部屋にいろいろな陣を施している。あいつがいると、魔法が使えないので、外出している今しかいない。まあ、俺が魔法を使うから、外へ散歩しに行っているわけだが………。
最近、あいつは何人かの娼婦や使用人たちと仲良くなったので、行く当てはいくらでもある。お腹が減ったら、厨房に行くことも出来る。
娼婦たちは勿論、使用人たちのほとんどはここから出たくても、出ることが出来ないそうだ。あいつが行動を起こそうとするのは彼の為だけではないと思う。
俺はとある魔法陣に手を当て、魔力を込める。すると、繋がったようで、魔法陣の中にのミニチュア人形サイズが出現する。人形はその人物の今の恰好を反映するので、その人形は一週間前見た恐ろしい女装姿ではなく、見慣れた姿になっている。
流石に、一週間も経ったのだから、女装姿をしているはずもないのだが……。
『………聴こえるか?』
その人形から声が聞こえる。
「大丈夫だ。鏡の中の支配者は近くにいるのか?」
彼は緻密な魔法が苦手のようなので、この術式を組み立てたのは鏡の中の支配者のはずである。
『………あいつなら、魔法陣を書いたらさっさといなくなった。お前たちとは顔を合わせたくもないそうだ。とは言え、お前に頼まれていたものをお前たちに届けることができるのはあいつくらいしかできないから、どうにか頼んで、今日、届けてもらうようにしておいた』
「……そうか。悪いな」
この一週間、青い鳥は俺の魔法のお陰でオーダーされることはなかった。俺はと言うと、鏡の中の支配者が勝手に置いていった置土産のお陰で助かっている。どうやら、俺の部屋に入った時に、記録魔法の上に幻術魔法を施したようで、これを見たものは厭らしい映像が流れるようになっているそうだ。
なら、最初の時、俺が魔法陣を使って、話す必要もなかっただろうし、同じベッドで一緒に寝る必要はなかっただろうと思うが、残念ながら、本人にはそれっきり会っていないので、その理由は聞けずじまいである。
それのお陰で、俺が男だとばれてはいないようである(その度、彼には怪訝そうな視線を向けられているが、気づかない振りをしている)。ただ、俺はその映像を死んでも見たいとは思わない。おそらく、それを見たら、俺は確実に死ねるだろう。
鏡の中の支配者の時はそれだけで十分だが、他のお客さんの時はそうはいかない。自分の童貞を守るため、俺が相手をすることになった客に幻術魔法を掛けて、夢の中で、俺といい想いをしているだろう。
その為、俺のベッドは大変なことになっているわけだが、毎日、使用人たちに綺麗なスーツに取り換えてもらっている。
『………ところで、スローネが言っていた聞きたいことは何だ?』
彼は聞いてくる。彼が帰る際に、鏡の中の支配者に頼みたいことを伝えてくれるよう頼んだ。あまり快くは思っていなかったが、最後には渋々了承した。
「あいつに聞くように言われたことが二つ。一つはあの番犬の話。彼はどういう経緯でここへ雇われたのか?」
これを知っているのはオーナーと当の本人である銀髪の青年だけである。とは言え、オーナーに聞けるはずがないし、銀髪の青年に聞いても、教えてくれるはずがない。
『………降臨者が任務失敗した後、あいつは腑に落ちないところがあったらしく、そのことを調べたところ、数年前、家族が殺されたそうだ』
それを聞いて、俺は黙り込むしかなかった。確か、断罪天使も家族や友人を亡くしたと聞いた。その話を彼にさせるのはとても辛いことではないだろうか、と思っていると、
『………スローネに何を吹き込まれたかは知らないが、どうせしょうもないことでも聞いたのだろう?』
「………いや、その………」
『………別に気にするな。過去は本人達がどう願おうと戻ってくることはない。ただ二度とそんなことが起きないようにするか、しないかは本人次第だ。その男のことだろうと、俺のことだろうと、お前が気に病むことではない』
お前が悪いわけではない、と言ってくる。
「………悪い」
『………だから、気にするな。あの時、全て失った。だが、今の俺は一人ではない。その事実が今の俺を生かしてくれる』
―彼は失わないために殻に閉じこもろうとせず、失わないために戦おうとしている―
鏡の中の支配者の言う通り、彼は彼なりに、戦おうとしている。あいつはを助ける為に行動を起こしたわけではない。助けようとしていたわけでもない。だけど、知らないうちに、断罪天使を救っていた。
その事実を知っただけでも、あいつの、いや、俺達の行動は決して意味がないことばかりではないと思える。
『………話がそれたな。その後、行く当てもなく、路頭を彷徨っているところをオーナーに拾われたそうだ』
そのオーナーに拾われたのがいいのか、悪いのかは判断に困るところだがな、と彼は言ってくる。
『………俺達が知っていることはそれだけだ。他に聞くことは何だ?』
彼は言ってくる。
「じゃあ、もう一つ。使用人や娼婦は満月の夜に部屋から出ないように言われているそうなんだ。話によると、大きな狼が出るからだらしいが………。そのことについて、知っているか?」
こいつがこの噂をどうやって、知ったのかは気になるが、おそらく、使用人たちや娼婦たちにでも聞いたのだろう。それよりも、こいつが何故、そのことを聞いてくるのかが気になった。だが、あいつはあいつなりの考えがあって、そのことを知りたがっているのだろう。
『………大きな狼か。これはあいつがその男を調べた時に聞いた話だそうだが、数年前、突然、とある集落に狼が現れ、ある一家が殺されたそうだ。それを見た人の話だと、綺麗な銀色の毛髪を持つ大きな狼だったそうだ』
「数年前、その一家を襲った奴と使用人たちが見たと言う奴は不気味なほどそっくりだ」
『………しかも、殺されたのが満月の日らしいから、因果性があると思っていいだろうな』
『………明日は満月だ。その狼と出くわさないと言う可能性はないとは言い切れない』
「大きな狼と遭ったら、確実に殺される。それより、いろいろな情報を教えてもらってありがとう」
『………これはもともと、俺達の仕事だ。どちらかと言ったら、俺達の仕事をお前たちに押しつけるような形になって済まない』
「いや、あいつが勝手に出しゃばっているだけだ」
『………そうか。じゃあ、これで失礼させてもらう』
彼がそう言うと、彼の人形が魔法陣から姿を消す。
「もう入っていいぞ」
俺が扉に向かってそう言うと、青い鳥が扉を開けて、入っていく。扉に仕掛けていた魔法陣達が効力を消していく。
「………本当に厄介な能力だよな。敵は勿論、味方にも」
「私はそんな能力を欲したわけではありません」
「そうだろうな」
俺がそう言うと、こいつはしゃがんで魔法陣で出ている黒い犬を見て、
「できることなら、貴方達のように魔法を使いたいです」
とても残念そうに言う。こいつは魔力を持っているのに、その能力故、魔法陣を作ることが出来ない。
「ないものねだりしても仕方ないだろ。お前は魔法を使うことはできないかもしれない。その代わり、その能力を持っている。使い道によっては最強の武器にだってなる。ようは考え方一つで何とかなる」
「………そうですね」
そう言ったこいつは少しだけだが、嬉しそうに見えた。
「はい。貴方が頼んだものはこれでいいですか?」
彼は俺に大剣を渡してくる。
俺は断罪天使から得た情報を青い鳥に教えた後、仕事に赴いた。
今、断罪天使が言っていた通り、俺は鏡の中の支配者(偽名かは知らないが、ヒエンと名乗っているようである)のご指名を受けている。例の如く、俺の仕事部屋からの映像はエロさ満天でお送りされている。
「ああ。今度はちゃんと耐久性がしっかりしていればいいんだが………」
俺は貰った大剣を眺める。彼に頼んで、俺の町に戻ってもらい、武器屋のおっちゃんから大剣を引き取ってもらったのだ。
「………お兄さんはエクちゃんに頼まれて、これを持ってきただけなので、何とも言えませんが………。お兄さんから言わせてもらえば、見栄張りすぎではありませんか?」
彼はそんなことを言ってくる。
「バリバリの魔法使いタイプの黒犬君が剣を使って戦うなんてことはないはずです。戦っても、一撃粉砕されるのがオチです。話によると、エクちゃんに一撃で壊されたのでしょう?」
そう言われると、耳が痛い。確かに、剣達は格好いい見せ場などなく、退場することがほとんどだ。
「男は黙って剣を握れ、っていうじゃないか?」
俺はそう反論するが、
「ですが、剣もすぐ折られるなら、持たない方がいいと思います。剣だって、すぐに折られるなら、使ってほしいとは思わないでしょう」
確かに、剣の気持ちになると、こんなに折っている持ち主のものになりたくはないと思ってもおかしくない。
「何をしでかそうとしているのかは知りませんが、これがメインらしいですし、ちゃんと持ち主に渡して下さい」
青い鳥の細剣を渡してくる。
鏡の中の支配者の言う通り、俺の大剣はサブで、メインはこの細剣だ。あいつが今日までには手に入れて欲しい、と言ってきたので、鏡の中の支配者経由で断罪天使に頼んだ。その為、わざわざ、俺達の町まで戻って、取りに行ってくれたようである。
あいつは我流だと言うのに、そこら辺にいる剣士なんかより腕が立つ。俺が剣を持っても意味はないが、あいつが剣を持っているか、持っていないかではかなり違ってくる。
「分かってる」
俺はその細剣を受け取る。間近でみると、この細剣の美しさは一際目立つ。
果たして、この細剣はどんな人が作ったものなんだろうか?
翌日、彼は姿を現さなかった。
今日、朝食を持って来たのは他の使用人だった。使用人の話だと、彼は具合が悪いようで、部屋で休んでいるそうだ。
「彼のお見舞いに行きましょう」
青い鳥はそれを聞いた瞬間、部屋から姿を消した。彼のお見舞いにでも行ったのかと思ったら、数時間経って戻ってくると、彼が来ないなら、私達から行くべきです、と我が儘ぶりを発揮してくれる。こいつが厨房から戴いてきただろう果物を持って、彼の部屋に行くと、本当に調子が悪いようで、扉から顔を見せた彼の顔色も青白かった。
「……何の用だ」
彼は体調悪そうに俺達を見てくる。
「お見舞いに来ました。これはお見舞いの品です」
こいつは果物を差し出す。
「何のつもりだ?お前たちに心配される筋合いはない」
彼は俺達を邪険に扱うが、
「友達が体調不良だって聞いて、心配しない人はいません。体調が悪い人に何を差し入れたら、何が喜ぶか訊いたら、コックさんが果物をくれました。コックさんも貴方のことを心配しています。彼だけではないです。娼婦さん達も、使用人さん達も心配しています。これは夕食用意されるはずの私達の果物でした。みんなが貴方の為に渡してくれ、と言って、我慢したものです」
これを食べて、元気になって下さい、と、青い鳥は果物を差し出す。
それを聞いて、俺はこいつを見る。こいつが数時間姿を消していたのはこの為か。厨房に行き、コックに果物を分けてもらおうとしたところ、厨房には俺達に出す分の果物しか残っていなかったのだろう。だから、娼婦たちや使用人たちに頼みに行ったのだろう。彼の為なら、と快く了承してくれた人も多いことだろう。だが、中には意地悪な奴らもいたはずだ。もしかしたら、彼らの無理難題をあいつは嫌な顔をせず、彼の為に、とこなしたのかもしれない。
「前にも言ったはずだ。オレのことは構うな、と。お前はここから出たいが為に、優しくして、オレに脱走の手伝いをさせようと魂胆なんだろう。逃げたいなら、勝手に逃げればいい。オレのことは放っておいてくれ。オレはお前たちの偽善などいらない。吐き気がする」
彼はそう言って、あいつの手にあった果物を廊下に捨てた。あいつはそれを見て、しゃがみ込む。
流石の俺でも、これには我慢の限界だった。
こいつが誰の為に自分の命の危険を晒してまでここにいると思っている?
こいつがどんな想いで、この果物を手に入れてきたと思っている?
こいつがどれだけお前を助けたいと思っているか知っているのか?
彼が乱暴に扉を閉めた後、俺は果物と一緒に転がっている果物のナイフで手を切ると、あいつはその光景を見て、固まっていた。
俺は切った手を扉に叩きつけ、ありったけの魔力を込め、扉を粉砕する。それには流石の彼には驚きの表情を浮かべ、固まっていた。
「お前がどんな目に遭おうと、俺は知らない。お前がどんな想いを抱いているかなんて、知りたくもない。知ってたまるか。お前はこいつがどうして助けようとしているのか分からないようだから言ってやる。こいつは助けたいと思ったから、助けるんだ。ここから逃げたいから、お前を助けようとする?寝言は休み休み言え。そんなしょうもない理由で、あいつがお前に構うはずねえだろうが。こいつは世界のみんなが幸せになって欲しいから、自分が出来ることをしていると勘違いした馬鹿だ。単なるこいつの我儘だ。確かに、こいつのしていることは偽善だ。だけど、お前を心配してくれる人達がいると言うのは本当だ。お前の幸せを願っている奴らもいる。なのに、それを拒絶するような馬鹿野郎に、幸せがくるわけがあるはずがないだろうが。不幸を嘆いて、苦しんで、苦しんで死ねばいい。もし、こいつの想いをこれ以上否定するなら………」
「俺はこれからお前の居場所を壊し続ける。どんなに逃げようと、追いかけて、壊し続けてやる」
俺はそう言って、果物を拾う。
「これは俺が貰う。ここの人達の善意を踏みにじる奴に食わせるものなんてあるか」
あいつに「いくぞ」だけ声を掛けて、歩き始める。すると、あいつは大人しく付いていく。
「………せっかく、厨房から貰って来たのに、無駄にしてしまいました。みんなに申し訳ないことをしました」
こいつはそんなことを言ってくる。
「………無駄にしたのはお前じゃない。あいつだ。お前が気に病む必要性なんて何処にもないだろ」
俺は吐き捨てるように言う。そう、こいつは彼のことを思ってくれる人はたくさんいる、一人なんかじゃない、と言うことを伝えたかったのだと思う。
そうでなければ、こんな時間を掛けてまで、果物の一つを手に入れようとしなかったはずだ。
「………そして、ありがとうございます。私の為に怒ってくれました」
「別に、お前の為だけじゃない。あいつの為に果物を我慢した彼らの為に言っただけだ」
俺がぶっきらぼうで言うと、こいつは珍しく口元を緩ませ、
「いつもつきあってくれてありがとうございます。そして、今回もお願いします」
そんなことを言ってくる。
「お前の為に、最後まで付き合ってあげるお人好しは俺くらいしかいないだろ?」
それは今までも、今回も、そして、これからも………。
「………そうですね」
俺達は自分たちの部屋に向かって歩き出す。
これからも、俺はこいつの我儘に付き合わされるだろう。その度に、理不尽な光景に出くわすことになるだろう。それでも、あいつは諦めないと知っている。そして、あいつはみんなに幸せになって欲しいと思うから、頑張り続ける。
だから、全ての人があいつを見捨てようと、俺は傍にいて、あいつが目指す幻想を一緒に追ってやるつもりだ。
それがかつて、青い鳥に幸せを与えてもらったの恩返しだと思うから。
夜になると、この館内は誰もいないのかと錯覚に陥ってしまうほどシーンと静まり返っていた。使用人の話だと、今日のような満月の日になると、大きな狼が森の中で大暴れするので、お客は来るはずがないし、勿論、仕事があるはずがない。彼らだって、そんな日に外出をしようとしないのだろう。
そんな中、外出を、しかも、森の中へ入ろうとするのだから、おそらく俺達ほどの命知らずの馬鹿野郎はいないのかもしれない。
俺は空を見上げると、今日は満月だと言うのに、雲がかかって、満月が見えてこない。もしかしたら、今日は満月が姿を現すことはないのかもしれない。そんな時は大きな狼は姿を現さないそうだ。
「………狼さんが暴れ出すのはこの辺りだそうです」
あいつはそう言って、歩き続ける。すると、大きな荒野に出る。
「狼が暴れた場所はここのようですね」
あいつは荒野を眺める。
「ここの辺りは森だったはずです。それをこんなに出来るとは、こんな風にした狼さんには流石としかいう言葉がありません」
「そんな狼さんの場所に来る必要があるんだ?お前が助けたいのは狼さんじゃないだろう」
こいつが助けたがっているのは彼のはずだ。あんなに調子悪そうにしていた彼がここに現れるとは思えない。
「彼は絶対に来ます」
こいつは自信に満ちた様子で言ってくる。すると、森の方から足音が聴こえて来た。しかも、その足音は着実に近づいてくる。
そして、その人物が俺達に姿を見せると、
「………ど、どうして、お前達がそこにいる?」
信じられない表情を浮かべていた。
一方、俺は怪訝そうに彼を見る。今朝、あんなにも具合が悪そうにしていたのに、こんな森の中まで散歩しに来れるはずがないし、来るはずがない。
一体、彼は何の為にここに来た?
すると、満月が雲から姿を見せる。
「うあああああああ」
その瞬間、彼はその場でしゃがみ込み、頭を抱える。みるみるうちに、彼は俺達の目の前で面影を無くしていった。
その時、俺は理解した。
断罪天使は言っていた。
ある一家は大きな狼を襲われたと言っていた。
彼は家族を殺されている、と。
そして、その狼は満月の夜しか現れない。
なら、こう考えることはできないだろうか?
彼の家族は大きな狼に殺されたとしたら?
そして、ここで狼が満月の夜に現れるようになったのが、彼がここへやって来たのと同じだとしたら?
そう、俺達の前に現した銀色の毛並みを持った狼が彼の家族を殺した狼と同一だったら?
銀色狼の翡翠色に光る双方の目が俺達を捉える。
「最後に私は問います。貴方が望むことは何ですか?」
青い鳥がそう言うと、銀色狼は咆哮をあげ、俺達へ襲ってくる。
「貴方が全てを壊したいと思うなら、私は止めます。その上で、また貴方の願いを問いましょう」
そして、今宵も青い鳥は銀色狼に幸せを運ぶため大空高く飛ぶ。
感想、誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は7月21日となっています。