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『俺は死にはしないだろうな。なんせ、俺には青い鳥(幸せを呼ぶ鳥)が付いているからな』

 そう、彼はオレに言った。

 その時、オレは彼が羨ましいと思った。少なくとも、オレが生まれてきてから今までに、幸せなどと言う言葉とほぼ遠い人生を送ってきた。

 もしオレが彼として生を受けて生まれることが出来たら、とても充実した人生を送れたかもしれない。少なくとも、今のオレのように、誰かを壊すしか生きる術がないような人生にはならなかっただろう。

 嗚呼、どうして、オレはこんな人生を送ることになったのだろうか?

 どうして、誰もオレに幸せを与えてくれない?

 オレは苦しい、くるしい、クルシイ。出来ることなら、こんな生活から逃げ出したい。でも、それは出来ない。オレは形だけではあったものの、家族を壊してしまった。罪もない女たちを殺していった。

 だから、オレに幸せや幸福と言うものを手に入れてはいけないのかもしれない。それは今も、そして、これからも変わらないだろう。

 壊しては苦しんで、壊しては苦しんで、その繰り返しを続けていくことだろう。

 そんなオレが救われるはずがない。

 あの後、オーナーに呼び出された。オーナーは近いうちに、お得意様達に彼らを売りだすつもりだと言っていた。

 オレはその事実を知っていても、どうすることもできない。助けることもできない。

 いや、違う。助けようとすれば、助けることなど簡単だろう。心の中では彼らの不幸を願っているのかもしれない。

 自分だけ不幸を味わうのはおかしい。だから、彼らも不幸を味わうべきだ、と。オレは何て最低な男だろう。

 だが、実際、オレはここから逃げて、幸せを掴もうとした女たちを殺した。その時点で、オレは救いようもない最低人間なのかもしれない。


***

 娼婦館に連れられ、初めての朝を迎えた。俺が起きると、青い鳥はもういなかった。半日も寝ていたのだから、目が覚めてしまったのかもしれない。

 オレは背を伸ばして、ストレッチをしていると、ドアが開いた。おそらく、銀髪の青年が朝食を持って来たのだろう。だが、彼の手には一人分しか持っていない。何で、一人分しか持っていないのだろうか、と思っていると、彼の後ろで、青い鳥がバツの悪そうな様子をしていた。

 これはどういうことだ、と思っていると、

「こいつの保護者なら、ちゃんと目を離すな」

 何故か、彼に怒られた。話によると、早く目が覚めてしまった青い鳥は空腹感を覚え、フラフラと娼婦館の中を彷徨い、俺たち以外の娼婦の部屋に行ったり、使用人たちの部屋に行ったりして、厨房に辿り着き、そこで働いているコックに飯を強請ったらしい。

 こいつは昔から周りに好かれる性質だ。そのため、コックに気に入られ、飯を戴いていたらしい。だが、娼婦か使用人たちの誰かがこいつの徘徊をオーナーか黒服の連中に告げ口し、彼が引き取りにいったらしい。

 その罰として、こいつの朝食は抜きらしい。どちらにしても、朝飯は厨房で戴いているのだから、飯抜きの意味はないような気がする。だが、こいつはよく食べる方なので、もしかしたら、コックが特別に作ってくれた料理以外にも、朝飯を食べるつもりだったのかもしれない。それだったら、こいつが不満そうにしている風に見えてもおかしくはない。

「彼は酷いです。私はまだ食べ足りません」

 こいつは怒られたにも関わらず、朝食を要求してくる。こいつほど図太い神経している奴はいない。

「お前は自分が何をしているか分かっているのか?原則、断りもなしに、部屋の外を出ることは許されていない。どうしても、外に出たい場合はオレに言うように言っておいたはずだが?」

 彼はそう言うが、こいつがそんなことを聞いているはずもなく、

「お腹空きました。恵んでください」

 俺の分を見て、そんなことを言ってくる。

「お前は人の話を聞いているのか?………そんなに、オレの言うことを聞く気がないなら、仕事以外はここでお前を監視する」

 こいつが聞く耳を持たない上、自分のことを無視したためか、彼は意地になって、ソファーの上に座る。

 一方、青い鳥は俺の許可を取らずに、ご飯を頬張っていた。

「少しくらいは残しておけよ」

 俺はお互いをみて溜息を吐いた。


 仕事がある夜以外は比較的自由を許されており、昨日のように、お昼寝をする気はないようで、あいつはちょくちょく散歩しに行っていた。その後ろには銀髪の青年が付いて回っていたのは言うまでもない。

 微笑ましい光景にも見えなくもない。

 俺はあいつに付いていくと、ろくな目に遭わないと言うことを知っているので、自発的には付いていくことはない。強制的ならまだしも、自発的に不幸に遭うほど、俺は馬鹿ではない。

 それに、あいつが彼を引き付けてくれるのは正直ありがたい。俺は昨日から始めた内職を続ける。部屋にあったハンカチを拝借して、魔法陣を昨日のうちに書いておいた。最低でも、あいつが仕事をする間だけでも持続をさせる為にも、魔力を込める。

 あいつがこの仕事を上手くこなせるとは思えないので、これはこいつを見た瞬間に、性欲を失くさせ、他の人に向けるという幻術魔法の一種である。できることなら、この魔法の類は使いたくなかった。それは他ならぬ、俺が尊敬する師匠である赤犬さんが大っ嫌いな魔法だからである。

 一応、こう言った魔法は赤犬さんから教わったのだが、それでも、この魔法を教える時もかなり抵抗していたようである。

 その時の俺は子供だったとしか言えず、この魔法を教わったら、試したくなって、赤犬さんにその魔法を使って悪戯をしたことがある。その時、上手くできたのだが、魔法の効果が消えると、赤犬さんは机を叩き割った。その時の恐怖は言葉では言い表せない。そして、彼女は笑顔でこう言った。『お前はこの机と同じ運命を辿りたいのか?』と。それ以来、幻術魔法の類は使わない、彼女に悪戯をしない、と誓った瞬間だった。

 それ以来、そう言った魔法は知識として知ってはいるが、使ったことはほとんどない。そう言った魔法が俺の得意魔法ではない、ということも理由の一つではある。

 まさか、この魔法を使う日が来るとは思わなかった。もしこの魔法を赤犬さんにばれた場合、こいつを守るため、仕方がなかったと弁解するつもりである。それで、納得してくれるはずはないと思うが、半殺しの目にあっても、流石に、弟子である俺の命だけは奪いはしない、と願いたい。

 俺が半日魔力を込め続けた甲斐があって、夜の間なら持続できるほどの魔力が溜まった。

 彼が夕御飯を片しに行った後、お守りの形で、あいつの腰につけてやる。こいつにつけさせると、せっかく作った魔法陣が壊されてしまうので、絶対触らないように、念を押した。

 こいつは先天的に、魔法的なものを触ると、効力が無くなってしまう。ただ、魔法を無効化してしまうわけではない。現に、こいつは魔法で出現した炎や雷の類は消すことはできない。召喚獣だって、消せない。つまり、魔法陣や古代文明の魔法道具などの形のあるにしか効果がない。今の段階ではこいつの能力は未知数なので、何とも言えない。この能力の為、こいつの故郷から追い出されてしまっている。

 この魔法陣が壊されることなく、設置完了すると、銀髪の青年が入ってきて、「仕事に付いて説明しなくてはならないから、付いて来い」とだけ言って、また出て行ってしまった。

 効力を試しておきたかったが、仕方ない。俺達は彼に付いていくと、とある部屋に連れて行かれた。ここが俺達の仕事をする為に与えられる部屋らしい。その為、部屋にはダブルベッドが置かれている。

 彼の話によると、娼婦に一部屋与えられているそうだ。ここは俺の部屋で、隣はこいつの部屋らしい。だが、こいつはその部屋を使うことはないだろう。ちゃんと俺の魔法が効けばの話だが。

 その後、俺達は待合室に通された。客によってはお気に入りがいるらしいが、ここに来るのが初めてだったりする場合は実物を見て、選ぶ客もあるそうだ。

 その為か、この待合室はとてもピリピリした雰囲気が漂う。この娼婦館で生き残る為にはよりたくさんのお客さんを作ることだそうだ。指名が入らない娼婦は事実上、消されてしまうそうだ、と彼は言っていた。おそらく、その役は彼が行っているだろうと言う事は察しがついた。

 そうなると、青い鳥は施した魔法のお陰で、お客と関係を持つことはなくなったとしても、次は殺されてしまうというリスクが出てくる。もし殺されそうになった場合、その魔法を解いて、こいつには涙をのんで貰って、お客さんの相手をしなければならないだろう。おそらく、そこまでになる前に、行動を起こすだろうと思うが。

 そんなことを思っていると、お客さんが入ってきたようである。赤毛の髪をオールバックにしたような格好をした青年である。それを見た娼婦たちは彼に群がる。

「ヒエン様、今日は私と寝ますか?」

「今日も、私に相手をさせて下さるのでしょう?」

「今日はワタシでしょ?」

「あんたは今日、予約入っているでしょう」

 と、その男の相手を奪い合っている。

 その中、何故か、青い鳥は彼を見た瞬間、眉間にしわを寄せて睨んでいる。青い鳥はこの男を知っているのだろうか?

「すまんな。俺、今日は違うコに予約入れてんのや。勘弁してな」

 独特の訛りが聴こえてくる。

「え―――。今日、楽しみにしていたのに」

「ヒエン様が予約をするなんて、珍しいですわね。滅多に予約を入れませんのに」

「誰よ、抜け駆けしたのは?」

 批判めいた声が次々と聞こえる。こう言った女の花園は大変だな、と俺は思う。この男に予約を入れられた奴は何とも可哀想だ。この後、一斉に睨まれることになるだろう。もし俺がそんな目に遭ったら、耐えきれない。

 すると、銀髪の青年が扉を開けて入ってきて、

「ヒエン様、来ておられていたのですか?もう少し来るのが遅いと思われましたが?」

 赤毛の青年に気がつくと、そんなことを言ってくる。どうやら、この青年はここの常連さんのようで、ちょくちょくここに来ているようである。

 銀髪の青年は俺の方を見て、

「お前の出番だ。さっさと準備しろ」

 そんなことを言ってくる。何のことを言っている、と俺は怪訝そうに彼を見ると、

「お前に予約が入った。こちらにいらっしゃるヒエン様の相手をするんだ」

 そう彼が言うと、

「よろしゅう頼むな」

 赤毛の青年はニコリと微笑んでくる。その瞬間、一斉に、彼女達は俺を親の敵と言わんばかりの形相で睨みつける。それにはブルッと震えてしまった。

 何で、俺がそんな目に遭わなくてはならない。俺、何か悪い事でもしたか?

 俺はその場で固まっていると、早くしろ、と銀髪の青年にせかされ、部屋に出ようとすると、青い鳥がすれ違う時に小声で、

「食われそうになったら、すぐさま逃げて下さい」

 そんなことを言ってくる。

 俺は疑問を抱きながら、部屋から出ていくと、銀髪の青年は複雑な表情をこちらに向けていた。

 俺があいつの言った意味を理解したのは自分の仕事部屋に行った時だった。

 赤毛の青年のきていた高そうなスーツから魔法陣が見えた。その時、ハッとする。あそこにいた時は気付かなかったが、ちゃんと魔力の波動を感じれば、この男が誰なのか分かる。なるほど、青い鳥がこの男を睨んでいたのはそういう理由なのだろう。

素敵な刺青を(どうして、)していらっ(あんたが)しゃりますね(ここにいる?)

 俺はベッドに座り、ベッドに素早く陣を展開させる。陣の範囲にいれば、心を繋ぐことのできる会話魔法の一種を使う。ここに来た時、魔法陣を見つけた。それはこの部屋で起きた出来事を録画がすることが出来るものである。

 これから、俺達が話すだろう内容を聞かれるわけにはいかない。聞かれたら、非常に不味い。

 すると、彼はそれを見て、ニヤリと笑い、俺の陣を触り、

これは刺青やのうて(ただ様子)魔方陣やで?(を見に)俺は魔法使いの端く(来ただけ)れやさかいに(ですから)

 片手で俺を押し倒して、自分の身体もベッドに入り、

今日は(今日は)楽しませて(楽しませて)貰うで?(下さい)

 そんな気色悪いことを言ってくる。

 そう、この男は全ての元凶である鏡の中の支配者(スローネ)である。おそらく、変身魔法の類でこの姿に化けたのだろう。しかも、この男はその姿で、何回もここに訪れていると言うから、その用意周到さには驚くしかない。

 それに、この男の変身魔法の完成度具合には正直驚かされる。ここまで完成された変身魔法は見たことがない。ここには魔法使いがいないから、彼の魔法を看破することはなかっただろう。例え、魔法使いであっても、余程の使い手でなければ、彼の魔法を見破るは困難である。俺でさえ、あの腕の魔法陣を見なければ、彼の正体に気付くことはなかった。

 その中で、唯一、彼の正体に気付いたのは青い鳥だけである。こいつの特異能力の一つである魔力の波動を可視することができる目を持っている為、看破で来たのだ。逆に、その目くらいしか、彼の正体を見破れないと言うことになる。

 そこまでの卓越した能力を持っているのは世界広しとは言え、彼だけである。伊達に、化け物集団で、NO.3を名乗っていない。

(本当に何しに来たんだ?俺達を助けに来たと言うわけではないんだろ?)

(だから、先程も言った通り、様子を見に来ただけです。お兄さんに喧嘩を売ったのだから、自分たちの力で、脱出して下さい)

 彼はウインクを浮かべる。

(とは言え、お兄さんとしてはかなりびっくりしているんですよ。青い鳥ちゃんの能力は把握していましたので、そこまでびっくりするものではありません。ですが、貴方の凄さは知っているつもりでしたが、まさか、ここまでだとは思いませんでした)

 と、鏡の中の支配者(スローネ)はそんなことを言ってくる。

(彼女に施していた幻術魔法は並の幻術魔法専門の魔法使いなんかより上手いですよ。お兄さんがそういうのだから、間違いありません)

(………それはお誉めの言葉として受けとっておくが、俺はこれを使ったことを、師匠に知られることが恐ろしくてたまらないがな)

 この男に褒められても、赤犬さんのお仕置きからは逃れられことはできないだろう。

(………師匠ですか。彼女は元気ですか?)

 ふいに、彼はそんなことを聞いてくる。

(???一応、元気だが?負傷した弟子を蹴っ飛ばすくらいの元気はあるしな)

 重症の弟子を平気で蹴り飛ばす師匠は世界広しとは言え、彼女だけだと願いたい。

(………そうですか。どうやら、彼女はあの頃からあまり変わっていないようですね)

 彼は複雑そうな表情をしていた。

(あんたは赤犬さんと知り合いなのか?)

 赤犬さんの知り合いの話など、彼女から聞いたこともないし、聞こうとも思わなかった。彼女は人間嫌いではないので、知り合いの一人や二人くらいいてもおかしくはないが、それでも、執行者に知り合いがいると思わなかった。彼女は表側の人間であり、裏側の人間ではない。

 一方で、それなら、納得できるところもある。病院で、断罪天使エクソシアの姿を見て、嫌そうな表情をしていたし、執行者を毛嫌いするような言葉を言っていたような気がする。

(………まあ、お兄さんと彼女は同じ師匠の元で習っていましたから、嫌でも、顔を合わさなければならなかった間柄です。これ以上のことは話したくないので、聞きたいなら、貴方の師匠、もし彼女に聞きづらいなら、青い鳥ちゃんにでも聞けばいいと思います)

 彼の言葉を聞いて、青い鳥と彼の話を思い出す。青い鳥が言っていたことは、もしかしたら、赤犬さんがらみのことなのかもしれない、とふと思った。

(お兄さんはそんな話をしにきたわけじゃありません。貴方にある提案を持って来たのです)

 彼はそう言うと、驚きの言葉を口にする。

(このまま貴方がここにいると、何処かのお得意様に売り付けられるか、番犬君に殺されるかのニ択しかありません。お得意さんに売られても、興味がなくなれば、殺されるでしょう。お兄さんとしては君みたいな才能のある逸材を失くすのは残念でなりません。もし貴方が望むなら、今、貴方を買いましょう。その代わり、お兄さんの元で働いて欲しい)

 俺はその提案を聞いて、絶句するしかなかった。この男はさっき、何と言った?俺を買う?それはいい。俺がこの男の元で働く?冗談じゃない。

(何言っているんだ?俺が貴方の元で働く?冗談じゃない。誰が貴方たちみたいなろくでもない連中の仲間になるか!?)

 俺は前に、あいつの故郷に行った際、訪れた人形工場を思い出す。もし、こいつの仲間になると言ったら、そこへぶち込まれるのではないだろうか?もしそうなったら、あいつの育ての親である逝かれた両親たちに殺される。

(貴方の言うことは分かります。ですが、貴方は命が惜しいでしょう?安心して下さい。貴方は人形工場に送ることはしません。そんなことをしなくても、貴方は十分ですし、あそこには貴方が必要とするものはありません。万が一、貴方が強くそう望まない限りはするつもりはありません。かつてのエクちゃんのように強く望まない限りは………)

(誰があんなところを望むか………って、ちょっと待て。断罪天使エクソシアが人形工場に行った?それはどういう意味だ?)

(そのまんまの意味です。彼はちょっと特殊な例でして。詳しいことは彼の為に割愛しますが、彼は貴方達より幼い時、とある事件に巻き込まれて、全てを失いました。その時、再生人形リバースドールが彼を助けたという話を聞いてます。だから、彼はに対しては特別の感情を抱いています。その為か、彼女が大切に思っていたちゃんを巻き込まないようにしようとしていました)

 だから、初めて会ったとき、あんなにに辛く当ったのは、再生人形リバースドールの為だったのか。まあ、皮肉にも、それが青い鳥を焚きつけることになるとは思わなかっただろう。

(だからでしょう。彼は自分の家族を、友人を守れなかった無力さが許せなかったのでしょう。彼はもともと才能のある子でしたので、知り合いの魔法使いに育ててもらおうと思ったのですが、彼が再生人形リバースドールの傍にいたい、守ってあげられるほど強くなりたい、と願っていたので、彼の願いを叶えるべく、お兄さんは彼を弟子に迎え、人形工場を連れて行きました。やはり、彼は思っていた以上に、その実力を伸ばして、若干16歳で執行者入りをしました)

 ですが、と彼は続ける。

(彼は確かに強い。いずれ、お兄さんを超えるほどの才能を持ちえている。それはお兄さんとしては嬉しいことですが、その反面、脆いのです。大事なものを失う気持ちを知っているから、恐れるのです。それはみんな同じかもしれません。ですが、あの子の場合、また失うことになれば、もう彼は生きていくことはできないでしょう。ですが、彼はあの事件をきっかけに変わりました)

 彼はそういって、俺を見る。

(彼は大切なものを二度と失いたくない為か、人とはあまり接点をつくらなかったし、なかなか、本音を言ってくれませんでした。それは師匠だったお兄さんにも、です。彼は自分の作った堅い殻に閉じこもり、そこから出ることはなかった。その殻を破ってしまえば、自分を守ってくれるものは何もないから、それが何よりも怖かったのでしょう。ですが、彼は少しずつですが、ちゃんと殻を破っています。大空を飛び立とうとしています。全てを失わないように、とじこもろうとするだけではなく、失わないように戦おうとしている彼を見て、お兄さんはとても嬉しいです。貴方達には感謝しきれません。まあ、その所為で、お兄さんは大変な目に遭いましたが、それは過ぎた話です)

 彼の話を聞いて、俺は絶句するしかなかった。俺やあいつはこの男のことを根本的から誤解していたのかもしれない。周りに厳しいことを言っているのは、もしかしたら、彼なりの優しさがあったのかもしれない。

(だから、お兄さんは君たちを殺したいと思ってはいません。あれはエクちゃんに言われた通り、大人気なかったのは認めます。ですが、そのことに非を認めるほど、お兄さんは人間出来ていません。だから、謝りはしません。こんなことをしたことだって、悪いとは思いません。もしお兄さんの条件を呑んでくれれば、貴方の命の保証はしましょう。そして、青い鳥ちゃんの方も。だから、条件を呑んでくれませんか?)

 彼は言う。確かに、この条件を呑みさえすれば、俺達の命は助かる。もし条件を呑んだら、赤犬さんに師弟関係を切られるかもしれないし、人を殺さなければいけない事態に陥るかもしれない。それでも、俺達は銀髪の青年と戦うことはなくなる。俺達は死ぬような目に遭わなくてもいい。だけど………、

(………あんたの気持ちは分かった)

(なら………)

(だが、その提案は断らせてもらう)

(何故、断るのですか?お兄さんのお仲間になるのはいやですか?)

 彼は信じられないと言う表情を浮かべる。

(そういうわけではないと言えないが………。俺はあいつのしようとしていることを止められない。あいつはこんな形で引くのは嫌なはずだ。俺は疑問に思っていた。あいつは簡単に脱出できるはずなのに、何も行動を起こさないのか?)

 彼はハッとした表情をする。なんせ、あいつは人形工場を簡単に侵入することが出来るほどの奴だ。番犬がいるとは言え、あいつの手にかかれば、番犬を撒くことなど容易いことだろう。それに、あいつには俺がいる。この二人で逃げるだけだったら、容易いだろう。

(恐らく、ここに押し込まれた時には、すぐにでも逃げ出す気でいたと思う。だけど、あいつは脱出しなかった。昨日、ここでしなければいけないことが見つけてしまったんだと思う)

 そうでなければ、流石のあいつでも、こんなところにいたいと思わないはずだ。

(それって、まさか………)

(そのまさか、ではないかと思う。あいつは幸せを運ばなければいけない人間を見つけてしまった。彼に幸せを運ぶまで、あいつはここから離れることはない)

 たとえ、あんたが俺達を引き取ったとしても………。

(………正気ですか?貴方達が助けようとしているものは人間の心を持った人形でも、心優しい天使でもない。今度は正真正銘の化け物ですよ。正気の沙汰ではありません)

(………俺達は彼がどんな人間か分かっていないだけなのかもしれない。だけど、あいつは助けようとしている。だったら、最後まで付き合ってあげられる奴は俺しかいないだろ?)

 そう、不幸が振り撒かれると知ってでもなお、あいつに付きあってやる大馬鹿野郎は世界で俺だけいれば十分だ。

(だから、断らせてもらう。だが、俺達は生きて帰る。あいつが彼に幸せを運ぶことが出来るよう………)

(俺達は鎖に繋がれた犬を助けに行ってくる)

 それがあいつの生甲斐といってもいい。

 青い鳥(幸せを呼ぶ鳥)は幸せを運ぶために生まれてきたようなものだから………。

誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。


次回投稿予定は7月14日となっています。

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