Ⅰ
「 は私達の自慢の息子です」
彼女は近所の人や友達の前で、模範的母親のようにパフォーマンスをする。近所の人たちは彼女のパフォーマンスに騙され、「 君のような自慢できる息子が欲しかったわ」、「 君は本当にいい子ね」と言ってくる。
だが、本当に自慢の子だったら、自分の子に暴力を振るものなのだろうか?
「ちゃんと、 に飯を食わせているのか?世間体だけでも、ちゃんと家族を演じなくてはならない」
彼は妻と息子には無関心だった。それだけではなく、彼には愛人がおり、その間に子供がいた。にも関わらず、世間体を気にする人で、オレの養育費と生活費だけ渡し、ほとんど家に帰ってくることはなかった。
息子が母親に暴力を振られても、止めることはなかった。むしろ、彼女に人様に見えない程度にしとけ、と言い、彼女の暴力を容認していた。
いつ頃だっただろうか?満月を見ると、全てを放棄したくなっていた。この家族を、世界を、全てを壊したくてたまらなかった。
年を重なるうちに、その想いが強くなっていき、ある日を境に、オレの中の魔物が覚醒した。
だから、満月の日が怖い。知らないうちに、オレはオレでなくなり、全てを壊そうとしてしまうから………。
***
「………ここは何処ですか?」
やっと青い鳥が意識を取り戻したようで、そんなことを言ってくる。そして、次の瞬間、こいつの視界に入ってきただろう光景を見て、その場で固まる。
「………断罪天使が私の知らないうちに、女に目覚めています」
「………俺のことは放っておいてくれ」
断罪天使は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どう考えても、違うだろ!!この男はそんなキャラ設定じゃねえだろう」
もし彼にそう言う性癖があったら、俺は彼との縁を今すぐ断ち切る。というか、彼がどういう経緯で、こんな恰好をする羽目になったのかは知らないが、おそらく、その元凶はスローネとか呼ばれていた金髪男だろう。
「そんな設定じゃなくても、ある日、女に目覚めてしまうということもあります。貴方は女に目覚めています」
「………そうなのか?」
彼は信じられないものを見るような表情を浮かべてくる。
「これはお前のせいだろうが。俺自身が望んでやったんじゃねえ!!今の論点はそこじゃない。どうして、俺達がこの馬車に押し込まれ、何処へ連れて行かれそうになっているかだろうが」
俺は思わず突っ込む。話の焦点はそこではないだろ。
「確かにそうです。犯人はスローネと言う天使の名を騙った悪魔です」
青い鳥は分かりきったことを言ってくる。
「それは俺でも分かるわ……って、ちょっと待て。お前、さっき何て言った?」
「犯人は執行者の一人、NO.3の位を持つ鏡の中の支配者です。断罪天使にそんな真似出来るのは彼より上位階級の人間だと言うことは容易に想像できます」
「それって、そいつは断罪天使のお仲間だろ?なら、断罪天使にそんなことをするんだ?」
「それは本人に聞けば早いことです。彼らの会話を聞いたところから推測すると、断罪天使は再生人形の護衛という任を失敗しました。それに対するお仕置きみたいです」
こいつがそう言うと、断罪天使はムスッとした表情を浮かべる。どうやら、図星のようである。
「彼はこれだけで済んだだけマシだと思います。問題は私達です」
こいつは真剣な眼差しで俺を見て、
「山の中に連れて行かれ、殺されるかもしれません」
彼は私達を八つ裂きにすると言っていました、そう判断するのが妥当です、とこいつの口から笑えない冗談が出る。
確かに、断罪天使は再生人形の護衛という重要な仕事を失敗した。だが、その背景には俺達の存在がある。俺達がいなければ、彼が仕事を失敗することはなかった。
その上、その皺寄せが彼にきたそうなので、一番被害を被ったと言ってもいいだろう。だったら、彼に恨みを買っていてもおかしくはない。
「つまり、私達は殺されてしまうのです………と言いたいのですが、私が記憶を失う前に、気になる言葉を聞きました。貴方が女装をしていてくれて、女装をする手間が省かれました、と。相手を殺す前に、女装させる殺人犯なんて聞いたことありません。断罪天使の女装もお仕置きの意味があるのかもしれませんが、それ以外に意味するものがあると思います。おそらくですが、彼は任務できており、お前たちはお兄さんの手を煩わせたんだから、その分、責任を取りやがれ、と言いたいのだと思います。その仕事は男では行けない場所、もしくは、女の姿の方がその仕事をこなす上でいいということです」
こいつがそう推理すると、前から拍手が聞こえ、
「ここまで正確な推理をさせられると、ブラボーと褒め言葉を送るしかありません。君が8年前、あんなことを起こさなければ、もしくは、再生人形の件ででしゃばってこなければ、お兄さんのお仲間にお迎えしたのに、残念です」
先ほどの金髪の男がこちらに顔を出してくる。
「そう言ってくれるのは嬉しいですが、お断りします。青い鳥は幸せを呼んでも、人の不幸を生み出すものではありません」
青い鳥はそんなことを言ってくるが、俺に不幸ばかり振り撒いているのは何処のどいつだと問いたい。
「まあ、今はそんなことはどうでもいいことです。君たちをご招待するのはズバリ娼婦館です!!」
「………勿論、客としてではありませんよね?」
客として、そこに入るなら、俺は勿論、断罪天使もこんな恰好で連れて行かれるはずがない。
「ザッツライト!!これから、お兄さんは君たちを娼婦館のオーナーに売りつけます」
どれくらいで売れるか見物です、と彼は言ってくるが、青い鳥はとにかく、俺や断罪天使が売り物になるかは疑問である。
「引き取ってもらえない人もいるかもしれませんが、少なくとも、青い鳥ちゃんは買い取ってくれるでしょう。確かに、顔は女装した黒犬君に劣りますが、あそこは身体を売る商売ですから、そこの売春基準は顔だけじゃありませんから」
彼がそう言うと、青い鳥が彼のことを睨みつけ、何故か、俺まで睨みつける。
とは言え、青い鳥の顔は可愛いとか、美人とかいうよりも、むしろ、中性的。男、女だと見分けつかない格好をしたら、どちらにも見えてしまう神秘さを持っている。そして、こいつの身体は女らしい顔を持たない代わりにちゃんと発育しているみたいだから、こいつなら、間違いなく買い取ってもらえるだろう。
「買い取ってもらえた場合、娼婦として生きていくなら話は別ですが、まともな人生を送りたいなら、娼婦館にいる番犬を戦闘不能に追い詰めて下さい。そうすれば、貴方達は自由の身ですし、お兄さん達のお仕事は非常に楽になります」
「………娼婦館にいる番犬?あんたらは番犬にてこずっているのか?」
俺と二人がかりでも倒せなかった断罪天使より強いらしいこの男が番犬如きに苦戦するとは思えない。
「………その番犬さんに貴方の身内の誰がやられたんですか?」
「察しがいい人がいると話が簡単でいいですね。そう、その番犬さんはただの番犬ではありません。NO.5降臨者がその番犬に食べられてしまったのです。彼女はお兄さんが可愛がっていた弟子の一人でしたから、彼女の代わりに仕事をしてあげることが、彼女の供養になると思います」
「NO.5って、断罪天使より強かったんですよね?その相手を殺してしまった番犬相手に勝てるわけないじゃないですか?まだ、貴方がその番犬の相手にした方がまだ勝つ見込みがありませんか?それに、デュナミスさんは貴方の弟子だったんでしょう?なら、貴方が敵討ちをするべきでは………」
「黒犬君、君は根本的に誤解しているようですね?」
彼は心外だという表情を浮かべ、
「お兄さんは別に敵討ちをしたいなんてこれっぽちも思っていません。彼女は才能のある子でした。惜しい逸材だったと言うことは否定しません。ですが、それ以上に、その番犬君に彼女以上の実力があったということです。実力があるものが生き残る、それが世界の摂理です。もしあの時、エクちゃんが貴方達に殺されたとなっても、それが現実だと受け入れます。殺されてしまったエクちゃんが悪いのです。殺した側はその権利があって、それを行使しただけなんだ、と。それと、一つだけ誤解を解いておきますが………」
彼は俺を見て、
「その番犬君がどれだけ強かろうと、お兄さんの相手ではありません。お兄さんが犬如きに後れをとることはありません」
そう言った瞬間、悪寒が走る。俺はこの男に恐怖を感じてしまった。それは彼の視線で俺が殺されてしまうのではないか、と錯覚に陥ってしまうほどの………。
全身の震えが止まらないでいると、青い鳥が俺の手を握り、
「しっかりして下さい。貴方は現実を直視できない男に負けてしまうほど、貧弱な人間ではありません。貴方はこんなところで立ち止まってはいけません」
そう俺に言い聞かせる。どんなことがあろうと、負けるな、と。
「現実を直視できない男とは酷いことを言いますね。青い鳥ちゃん。もう少し年上に対して言葉を選ぶ必要があると思いますよ?」
「そうですね。臆病者さん。ですが、私は単刀直入にしか言えません。だから言います。彼は貴方より強いです。自分のしでかした過去を直視することのできない臆病者さんなんかより、自分の弱さを認めて、それでもなお、立ち向かうことのできる犬さんの方が強いと思います」
青い鳥がそう言うと、彼の表情は凍りつき、次の瞬間、
「あははははははははは。そういうことですか。そう言うことを何処から仕入れてくるのか知りませんが………。ここまでお兄さんがコケにされたのは初めてですよ」
彼の狂った笑い声が馬車の中に響く。
「そうですか。それは周りが優しかったからだと思います。ですが、私は貴方に優しくしてあげるほど、お人好しではありません。自分から逃げて、その上、周りの人間を裏切るような人間には流石の青い鳥も幸せを運んでやることはできません」
「そうですか。お兄さんにそこまで大口を叩いたからには覚悟できていますよね?当初はこれ以上お兄さん達に盾突くような真似をしないように脅かす程度の予定でしたが、予定変更です。貴方達をぶっこんだら、お兄さんは何も手を出しません。自分たちでどうにかして下さい。お兄さんより強い黒犬君がいるんですから、それくらい朝飯前のはずです」
彼は冷えきった視線を青い鳥に送る。
「………スローネ、それはどう考えても、無理だろ。デュナミスが抵抗することなく殺せる相手だぞ!!子供相手に対して、大人げないだろ」
断罪天使はそう反論するが、
「エクちゃん。これはお兄さんと青い鳥ちゃんの話です。口出しをしないで下さい。それとも、彼女の代わりに、貴方がお兄さんの相手になるなら、話は別ですが?」
「………お前」
彼の言葉に、断罪天使は何も言えない表情を浮かべる。
「断罪天使に当たるのは筋違いです。私は別に構いません」
「………お前、誰に喧嘩を売っているのか分かっているのか?今からでも遅くない。謝れ。お前だって、死にたくはないだろうが」
断罪天使は考え直すように言うが、
「私は喧嘩を売った覚えはありません。事実しか言っていません。それを、彼が喧嘩を売っているように錯覚しているだけです」
青い鳥は頑なにの提案を断ってしまう。
こいつが言いだしたら、誰にも止めることはできない。
「………黒犬。お前も止めろ」
彼は自分では止められないと悟ると、俺にそう言ってくる。だが………、
「青い鳥、弱い者いじめはやめてやれ。相手が惨めになるだけだろ」
俺がそう言うと、鏡の中の支配者の視線がこちらに向く。
「………黒犬、お前まで何て言うことを言う」
断罪天使は蚊が鳴くような声で言ってくる。彼には悪いとは思うが、俺には俺の、こいつにはこいつの譲れないものがある。
「言っても聞かない奴には行動で示すしか方法がないだろ。なら、俺達に幸運をもたらして、生還させてみろ」
そう、お前がいつも言っている通り………、
「お前が青い鳥ならば、な」
「………勿論です」
こいつは力強く頷いてくる。
これでもう俺達はもう後戻りできない。いつものことながら、はずれくじを引くことになってしまうが、何故か、今は後悔していない。いつもなら、間違いなく、後悔しているというのに、そう言う気持ちになるのはわからない。
もしかしたら、俺は確信しているからかもしれない。
青い鳥が幸せを運んでくれる、と。
感想、誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は6月23日となっています。