プロローグ
何も考えることが出来ない。何も思い出すことが出来ない。昨日の夜の出来事を思い出すことが出来ない。
オレはどうしてここにいるのだろうか?
オレはどうして生きている?
どうして両親が死んでいる?
どうして家は半壊している?
どうしてオレは血塗れている?
どうして?どうして?どうして?
誰か教えてくれ………。
オレに何が起こったのか?オレが何をしたのか?
「誰か助けてくれ――――」
ただ、オレは叫ぶことしかできなかった。
助けてくれるなら、誰でもいい。オレをここから連れ出してくれ!!
***
「………これは一体何の真似だ?」
俺は鏡に映った自分の姿に絶句するしかなかった。
青い髪に、青い瞳………。それは横にいるであるの特徴なのだが、何故か、鏡の向こうに映っている自分にそう言った特徴を持っている。しかも、俺が幻覚を見ていない限りは女に見える。
「どうして、俺が女の姿をしている?」
そう尋ねざるを得なかった。
俺はれっきとした男だ。不本意ながら、世間では俺の本名よりも魔法名である黒犬の方が知られている。
そして、青い鳥とは八年前、この町に移り住んできて以来の付き合いで、叔父さんと二人暮らしをしていたはずなのだが………。一か月前、こいつの故郷に行った時、両親だと思っていた男女とこいつが血縁関係ないことが判明し、そのおじさんとも血縁関係がないことも分かった。それから、おじさんは事実上、行方不明となった。もともと、彼はこいつを監視する為にいたでっち上げの人物である為、俺達がその事実を知った今では居られなくなってもおかしくない。その為、青い鳥は女の子一人であんなところに住むわけにはいかないと言い張り、半永久的に居候している状態にある。
その青い鳥が用意したお菓子を食べたら、急に眠くなってしまった。そして、目が覚めた瞬間、何故か、目の前に鏡があり、それを覗いてみると、女がいた。そして、近くにはと弟二人がいた。
弟二人がこんな芸当出来るはずがないので、犯人は分かっている。
「………お前はどうして俺を女装させたのか理由を言ってもらおう」
「理由は言い訳みたいなもので、あまり意味はないと貴方は以前言っていました」
青い鳥は悪びれた様子を見せずにそう言いきる。
「全くその通りだ。答えても、お前を許す気なんてさらさらないからな」
「一つだけ言わせて下さい。彼らがお姉さん欲しいと言っていました」
「………ほお。お前ら、お兄ちゃんをお姉ちゃんにして欲しいと、この悪魔に願ったのか?」
俺は青い鳥を指して、愛する弟達の方を見ると、彼らは全力で横に振っていた。それにはほっとする。もし彼らが本当にそれを願っていたら、しばらくの間、立ち直れそうにない。
「そして、私がお姉さん欲しいと思いました。だから、やってもらいました」
「やっぱり、てめえの願望じゃないか……って、やってもらった?」
俺は青い鳥を見る。犯人が青い鳥でないのなら、犯人は弟二人になるわけだが、さっき言ったように、弟二人がこんな芸当が出来るはずがない。
「………お前以外に、誰がやるっていうんだ?」
こいつ以外、こんなことをやる奴に思い当たらない。
「サーシャおばさんとお友達さんが快く引き受けてくれました。サーシャおばさんは息子より娘が欲しかったそうです」
こいつの口から新犯人が出てくる。確かに、お袋は『息子じゃなくて、娘が欲しかった』とよく言っていたので、お袋が俺に女装を施した動機は分かる。だが、お袋。もし俺がそっち方向に走ったら、どうするつもりだ?
「これで、気が済んだだろ。これ以上、誰かに見られる前に戻せ」
お袋は勿論、おばさんたちというのは噂好きと相場決まっている。俺が女装をしたことはもうばれてしまっているかもしれないが………。
「………分かりました」
青い鳥にしては珍しく、俺の言うことを聞いてくれる。一体、どういう風の吹きまわしだ?
「今日はえらく聞きわけがいいんだな?」
いつもなら、意味不明な妄言を言い放ち、頑なに拒みそうだが。
「ゲンおじさんに貴方の方が美人と言われました」
なるほど。女である自分より女装した俺の方が美人だと言われたのがとてもショックだったのか………って、ちょっと待て。
「お前、この姿を親父に見せたのか?」
あの唐変朴が褒め言葉を言うことは珍しい。お袋にだって、そんなことを言ったことはないだろう。
とは言え、男に、しかも親父に美人と言われても、あまり嬉しくはない。
「はい。ゲンおじさんが村の男達に惚れられると困るから、見せるなと言われたので、誰にも見せていません」
その言葉には一先ず安心する。だが、親父。俺を思って言ってくれたのなら、ありがたいが、もし本心で言っているのなら、俺はひくぞ。
「それはありがたい話だが、親父に見せることはなかっただろう。そもそも、女装した姿で可愛いと言われたって、嬉しくも、うわっ。何て事しやがる」
あいつは細剣で俺を突き刺そうとしている。
「貴方もそんなことを思っていたのですか?貴方は私が女装している男より不細工だと思っています」
「どうして、そういう考えになる。別に、お前が可愛くないなんて俺は一言も言って、っと。お前は十分可愛い。だから、それをしまってくれ!!」
俺はこいつの攻撃を避けながら、逃げる。すると、タイミングがいいのか、悪いのか、電話が鳴りだす。すると、上の弟が電話に出て、こちらを見る。
「兄ちゃん、姉ちゃん。エク兄ちゃんから電話」
弟の言葉で、俺達の動きが止まる。
断罪天使というのは一か月前殺し合った仲というのは、語弊があるかもしれない。教会の執行者の一人で、一時期、敵対をしていたが、今は和解した。彼は良く遊びに来て、俺の弟達と遊んでくれたり、俺達、いや、青い鳥と断罪天使が取り合いしていたお姫様・再生人形の手紙を届けてくれたり、彼女の近況を教えてくれる。今は比較的良好な関係を保っている。
再生人形の件が無くなった今、俺達が意地を張って敵対する関係もない。
「もしもし、電話を替わったが、何の用だ?」
俺が電話に出ると、あいつは後ろから攻撃をするような卑怯なことはしない主義らしいが、手には細剣をもったままである。
『………黒犬か。早く青い鳥を連れて、逃げろ』
何故か、切羽詰った断罪天使の声が聞こえる。しかも、電話しているのが馬車の中なのか、ゴトン、ゴトンと言う音が聴こえてくる。
「それって、どういう意味だ?」
どっちかと言うと、俺は青い鳥から逃げなくてはいけないのだが。
『………早くしないと、着いてしまう。早く逃げないと、奴に捕まってしまう』
「断罪天使、あんたが何を言いたいのかよく分からないんだが?」
『とにかく早く逃げろ。奴の魔の手が伸び………』
「………奴?」
“奴”とは誰のことを言っているのだろうか?そう首を傾げていると、
『酷いことをいいますね、エクちゃん』
聞き覚えのない男性の声が聴こえてくる。おそらく、断罪天使の知り合いだとは思うが。
『お兄さんはとても寂しいです。そんな誤解を与えてはいけません。お兄さんは善良の神父さんです。神様にお祈りを欠かしたことなんてない、模範的な神父さんです。そんなお兄さんが黒犬君や青い鳥ちゃんを八つ裂きにしようなんて考えていません』
『………スローネ、そんなことを考えていたのか。確かに、俺が失敗したことによって、王暗殺の皺寄せがお前にいったことは謝る。だからと言って、何も知らなかった彼らを責めるのは筋違いだろう』
『何も知らなかった?そんなはずはありません。あの鳥が何も知らなかったはずがないのです。何も知らなかったら、あんなタイミングよく現れることもなかったでしょう。しかも、お兄さんのエクちゃんが反抗的になったのも彼らと会った後からなのです。その罪は死をもって、償うべきなのです』
彼らの台詞をこれ以上聞くと、聞かなくてもいいことまで聞く羽目になりそうなので、思わず電話を切ってしまった。
「………今は些細なことで争っている場合じゃなさそうだ」
俺がそう言うと、青い鳥も同意見だったようで、細剣をしまう。
「………そのようです。貴方が私より可愛いと言うことはどうでもよくはありません。ですが、私達の命の危険がかかっているのなら、話は別です。何処に逃げますか?」
「場所なんてどうでもいい。俺達の命の危険が及ばない場所まで逃げ切るしかない」
俺達は回れ右をして、玄関へ向かうと、お袋が入ってきた。言いたいことはたくさんあるが、生憎、今はそんな暇はない。
「あら、お兄ちゃん、青い鳥ちゃん。お出かけ?」
「お袋、しばらくの間、旅に出る」
「お義母さん、長い間お世話になりました」
俺達はそう言って、玄関を出ようとすると、
「そうなの?そう言えば、お兄ちゃん達のお客さんが来ているわよ?スローネさんとか言うエクさんの上司さんだとか言っていたわ」
彼女ののほほんとした声が響いてくる。のほほんとした口調ではあったが、何故か死刑宣告に聞こえてしまった。いや、確実に死刑宣告だ。
「青い鳥、開けるな。敵はもう目の………」
俺が止めようとするが、もうすでに遅かった。
何時の間にか、長い金髪をした男が俺達の目の前におり、青い鳥に何をしたのか分からないが、そのまま倒れこんでしまった。俺は悟ってしまった。不意打ちとは言え、あいつが一瞬で落ちてしまった相手に俺如きが叶うはずがない、と。
「なんと、もう女装していてくれたとは手が省けて、お兄さんはラッキーです。お兄さんの日ごろの行いがいいからなのでしょうか?馬車は用意していますので、乗って下さい。お綺麗なお母さん、この二人を暫くお借りします」
そう彼が言うと、お袋は「二人とも、楽しんでいらっしゃい」と、ぶっ飛んだことを言ってくる。貴女は節穴ですか?青い鳥は気絶させられ、押し込まれているし、俺は言うことを聞かないとお前も痛い目を見るぞ、と視線で脅されている。
どう考えても、貴方の息子たちは地獄への片道切符を切られている。
とは言え、青い鳥のように気絶させられるのも嫌なので、荷台に足を運ぶと、驚きの光景が広がった。
「………お前はその格好は………」
断罪天使は女装姿の俺を見て、絶句しているが、
「いや、そのだな………。あんたも人のことを言えないと思うが?」
断罪天使は紐で縛られており、その上、厚化粧が施されている。しかも、女性が使うような香水を付けている。
だが、彼は男前な顔だし、かなりの高身長なので、とんでもない恰好になっている。
もしかしたら、あいつが俺に望んでいたのは断罪天の女装姿くらいの似合わなさだったのかもしれない。
「さあ、これで役者がそろいました。では、さっそく、目的地でゴーです」
彼の声と共に、馬車が動き始める。
この後、何が起きるかは予想もつかない。ろくな目にあわなそうである。それは確かだ。
青い鳥はいまだ目を覚まさない。今回は青い鳥がおこしたわけではないが、俺は不幸に見舞われることとなってしまった。
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青い鳥シリーズ第二弾が始まりました。興味がありましたら、お付き合い下さい。
次回投稿予定は6月20日となっています。