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コスモ・シード

 あの忌まわしい事件から、四年の月日が流れた。

 今、万理絵は、あの事件を担当した縞功治という刑事と黒猫と共に暮らしている。

三十過ぎの独身男が、血も繋がらない、しかも事件の被害者の十歳の少女を引き取ると言った時は、周りの誰もが反対した。

「施設に入れるのが、一番いいんだ」

「自分の人生、もっと大切にしろよ。お前、結婚できなくなるぜ」

 心配してくれる声も多かったが、縞刑事の気持ちは揺るがなかった。

(俺が、この娘を守るんだ!)

 なぜそう想うのか、自分でもよく分からなかったが、とにかく自分の心の声に従って万理絵を引き取ったのだ。

 周りが言うように、子どもを育てる自信は全くなかったが、一緒に暮らし始めると案外上手くいっている。

 少女は、歳のわりにしっかりしていて、自分のことは何でも一人でやる。

 しかも、すぐに掃除・洗濯・料理と家事万般をこなせるようになった。

 正直、独りで暮らしていた頃より、部屋はすっきり片付いてコンビニ弁当の出番はなくなった。

 縞刑事は、同僚に『子育ては上手くいっているか?』と聞かれる度

「いやぁ、俺の方が育てられている気がするわぁ」

と、笑いながら話している。

 万理絵も新しい生活に馴染み、安定した中学生活を送っていた。

 万理絵の大人びた雰囲気は、同級生との間に見えない壁を作っていたが、一人でいる事を好む万理絵にとっては、都合が良かった。


 中学二年の春。

 放課後の時間、クラス替えで周りの少女たちが、新しい友達を作ろうといくつかのグループに分かれ談笑している。

万理絵は窓際の後ろの席に座り、時折、春風に舞う桜の花びらを眺めながら、スクールバックに教科書を詰め込んでいた。

「ねぇねぇ、万理絵ちゃん。あのね、最近さぁ、よく金縛りに合うんだけど、私に何か変なの憑いていないかなぁ?」

 クラスの女の子が、突然話しかけてきた。

 万理絵はうんざりした様子で、

「テスト勉強で疲れているだけでしょ。第一、私は霊能者じゃないから、そんな事聞かれてもわかんないよ」

そうぶっきらぼうに答えた。

「そう言うけどさ、二年前の遠足の話、超有名だよ!」

「あっ、それ私も知ってる!」

 割り込んできたのは、ショートカットで小柄な目の大きな女の子だった。

 ネームプレートに、小嶋愛と書いてある。

「万理絵ちゃんが、『設楽トンネルが崩れて、みんな死んじゃうからバスに乗っちゃ駄目!』って泣きながら先生に言ったって。それで、大騒ぎになって、時間遅れて出発したんだけど、そしたら本当に設楽トンネルが崩壊していて、時間通りに出発していたら、危なかったっていう話でしょ。すごいよね、なんで分かったの?」

 興奮しているのか、愛は早口で話をしている。

 万理絵の周りには、ちょっとした人垣ができていた。

 好奇心の目が、万理絵に向けられている。

 こうなってしまうと、納得のいく説明をしない限り自分が解放されないことを知っている万理絵は、静かに話し始めた。

「予知無とか、正夢って知ってる?」

「あー、知ってる!夢で見たやつが、現実になるんだよね。私も見たことあるよ!」

 愛が、得意顔で答えている。

「遠足の朝、事故の夢を見たの。トンネルが崩れて、みんなが生き埋めになって死んじゃう夢。

ただの夢かもしれないけど、当時の私は、初めて見た怖い夢にパニックになって、大騒ぎしちゃったのよ。予知夢を見たのは、その一回だけよ。もともと人間には、危険を察知する能力が備わっているっていうでしょ。虫の知らせとか、予知夢とか―実際、後でわかった事だけど、あの日、学校休みたいとか、怖い夢見た子って他にもいたみたいよ。騒いだのは、私だけだから、目立ってしまったけど・・・・・・とにかく、私は霊能者でもなければ、預言者でもないの!」

 万理絵は、そう言うと席を立ち教室を出た。

「なぁに、あれ!」

 みんなの機嫌を損ねたようだったが、コミュニケーションの苦手な万理絵にはどうする事もできない。

「ところでさぁ、音楽室に幽霊が出るって話、知ってる?」

 突然、愛が怪談話を始める声が聞こえてきた。

(そんな話は、やめた方がいい)

 一瞬注意しようかと思ったが、やめた。

 霊能者じゃないと言い切った自分が、そんな事を言っても無駄だろうと思ったからである。

 校門を抜けると、エネルギー体の黒猫が待っていた。

――ソラ、大変そうだったな?

――あぁ。二年前のやり方は失敗だったな。今思えば、わざと遅刻するだけで良かったかもしれん。

――確かに・・・・・・でも、今更言ってもしょうがねぇな。

二人は、テレパシーで会話しながら歩いている。

――ところで、アルナキの新しい情報でも見つかったのか?

――あぁ。巨額のお金が絡む政治家を調べてみたんだがな、思った以上にアルナキに魅入られた人間がうじゃうじゃいたぜ。中でも、元大統領の息子、木村慎吾っていう奴が気になる。

――どう、気になったんだ?

――うん、金持ち・頭脳明晰・スポーツ万能、それに、地位と名誉もある。加えてだな、超イケメンで、女の子にモテモテだ!

――お前のやきもちだろ?

――それは違うぞ、ソラ。いいか、金と権力に目がくらんだ政治家っていうのは、大概爬虫類顔になっていく。テレビ見ていても多いぜ。爬虫類顔のおっさん。

――そりゃ、魔獣神の蛇妖と契約する政治家が多いからだろ。木村慎吾が、爬虫類顔になっていないなら、誠実で真面目な政治家だって事じゃないのか?

――いや・・・・・・あいつからは、いろんな臭いがするんだ。あいつをリーディングしようとしたが、できなかった。あいつは多分、アルナキ中枢の人間だ。

万理絵は歩みを止め、空に浮かぶ雲を眺めた。

黒猫が、不思議そうに万理絵を見上げる。

――飛ぶぞ!

――こっ、ここで?

――部屋に戻り、母船と交信する。急げ!

そう言うと、戸惑う黒猫を置いてソラのエネルギー体だけが、万理絵の部屋にテレポートした。

万理絵の肉体は、今も黒猫の隣にある。

黒猫は、万理絵をじっと見つめた。

立ち止まっていた万理絵がゆっくりと歩き始める。

どうやら、ソラの残留エネルギーで動いているらしい。

「お前、いつの間にこんな技を?」

 驚いて目を丸くしている黒猫に向かって、万理絵が言った。

「早くテレポートして、私の本体と合流しろ!」

 慌てて黒猫もテレポートする。

 一足早く部屋についていたソラは、母船と交信中だった。

 万理絵の小さな部屋の白い壁に映し出される母船の映像。

 猿を肩に乗せたウサと、その隣にダル。

 左腕だけが画面に映っているのは、おそらくジャンクだろう。

「ウサ、木村慎吾っていう奴をリーディングしてみてくれ。ブロックされているのか、調べられないんだ。母船からなら、何か掴めるかもしれないんだが・・・・・・」

 ウサがアイコートをかけ、リーディングしてみる。

「駄目だわ。厳重にブロックされている。アルナキに間違いないと思うわ」

「そうか。もう少し、こっちで探ってみるか。また、連絡する」

「了解」

 映像が消えた。

「ソラ、やっぱり怪しいだろ。木村慎吾って奴」

「あぁ。――そういえば、そいつから色んな臭いがするって言ってたな」

「蛇妖・龍妖・狐妖の臭いがした」

「魔獣神を操れるのか?」

「多分な。あいつの取り巻き連中、魔獣神と契約している奴らばっかりだぜ。自分の魂が、最後は蛇や龍や狐に喰われてしまう事も知らねぇで、富と権力にかぶりついたんだ」

「魔獣神を操り、いずれ国のトップに立つ男・・・・・・まさか、ミラか?」

「可能性は、高いかもな」

 玄関の扉が開いた。

「ただいま」

万理絵が部屋に入ってきた。

黒猫は、万理絵とソラを交互に見た。

「なぁ、いつこの技思いついたんだ?」

「最近だな。肉体を持ったままだと異次元に行けないだろ?かといって万理絵の意識が完全に眠っている以上、私の全エネルギーを抜いてしまえば肉体が仮死状態になってしまう。そこで、二割のエネルギーを肉体に残してみたんだ。思った以上に、上手くいったよ」

「まぁ、可能なのは理解できるが、瞬時にエネルギーを分けて残せるのは、さすがだな」

 ソラは、万理絵の肉体に戻り制服からジャージへと着替えた。

 年頃の女の子にしては、おしゃれに関心が全くない万理絵は、動きやすいジャージがお気に入りだった。

 洗濯も楽で、すぐ乾く。二枚のジャージで事足りる生活に満足しているようだった。

 万理絵は、窓を開けると部屋の空気を入れ替えた。

掃除機をかけ、部屋を片付け始める。黒猫は、万理絵のベットで、丸くなって寝た。それは、万理絵と黒猫の日常の姿だった。


翌朝、いつものように家を出ると、一人で登校する万理絵の前方を野球部の男子が集団で歩いている。何人かが歩道からはみ出し、道路上を歩いていた。

ブッーブッー

車のクラクションが鳴った。

「うっせーな!」

 注意された野球部の男子が、運転手を睨みつけている。

 万理絵の後方を歩く三人組みの女の子が「野球部って、最悪ぅぅぅー!」と、ひそひそ言っていた。

たくさんの人間の荒れた感情が、朝から町中を覆っている。

万理絵は、歩く速度を速めた。

この喧騒の中、唯一落ち着ける場所に早く行きたかったのだ。

それは、学校の中庭にあった。中庭で花に水遣りをするのが、万理絵の日課だった。

花を見ていると心は落ち着き、花の精霊が話し相手にもなってくれる。

けれどもこの日、花の精霊は姿を現さなかった。

(おかしいな・・・・・・)

 胸の奥が少しざわついたまま、教室へ向かった。

(うん?何だか、暗いな)

 それは、ソラだけが感じる教室の異変だった。

 教室の後ろに人だかりが出来ている。中心で笑っているのは、愛だった。

(昨日、怪談話で何か呼んでしまったのだろうか?)

不穏な気配を感じながら、みんなに「おはよう」と挨拶をして席に着いた。

みんなの視線が一瞬万理絵に注がれたが、誰一人挨拶を返す者はなく昨日のドラマの話題で盛り上がっていた。

(無視か?まぁいい。もう、慣れている・・・・・)

万理絵は、顔色を変えることなく外の桜の木を眺めた。

何事もなく授業が終わり放課後を迎えると、愛を囲んで人が集まっていた。

万理絵はゆっくり教室を出て、そのグループの様子を覗った。

愛が、コックリさんをやろうとしている。

(まずいな・・・・・・)

ソラはそう呟くと、昨日と同じように万理絵の肉体から離れた。

エネルギー体のソラは、人間の目には映らない。

能力者でなければ、ソラの姿を視ることはできないであろう。

まれに、勘の強い人間と能力者の卵は、気配を感じることはあるが・・・・・・

 ソラはそっと、愛のオーラ・フィールドの外側に立った。

もし愛が能力者なら、オーラ・フィールド内に入ることは危険だからだ。

「あっ、今、守護霊様が近くに来たわ」

 愛がソラのエネルギーを感じ取った。

(能力者か、その卵だな)

愛の声が、低く響く。

「コックリ様、コックリ様。鳥居の中においでください。おいでくださいましたら、(はい)の所まで、お進み下さい」

 交霊術が始まった。

 愛の背後で、異次元のゲートがゆっくりと開かれる。

 微かな腐臭が漂い、小さな魔獣犬が顔を出した。

(なにッ!)

 ソラが、身構える。

 驚いたのは、魔獣犬の方だった。

ソラの存在に気づき、慌ててゲートの向こうに戻る。

交霊術は失敗したのだ。

 だが・・・・・・

 紙の上に置かれた十円玉が動き出した。

愛の細い指が、微かに震えている。

交霊術に失敗した愛は、指で十円玉を動かしていた。

(愚かな・・・・・・)

ソラは、そのまま側に居て、成り行きを見ることにした。

「ねぇねぇ。将人君の好きな人、聞いて!」

そう言ったのは、バスケ部のマネージャーをしている夏美だった。

長い髪を無造作に一つに束ねた夏美は、祈るように両手を合わせている。

愛が、落ち着いた口調で答えた。

「分かった。聞いてみるね」

ソラは、じっと愛を観察する。交霊術が失敗した今、愛がどうするのか気になった。

愛は、ゆっくりと目を閉じ低い声で呟く。

「コックリ様、コックリ様。お願いです。保坂将人君の好きな人を教えて下さい」

 愛が、自分のオーラを広げた。

それから、保坂将人に意識を集中させ、遠隔で彼をリーディングし始める。

(ほお、能力者の素質ありだな。面白い子だ)

 ソラは興味深く愛を見守った。

 十円玉が動き出す。

 か と う な つ み

 十円玉の動きを見ていた夏美が、嬉しさのあまりしゃがみ込んで泣き始めた。

「良かったね、夏美!」

 そう言って夏美の背中を優しく撫でた晴香のオーラが、淋しく揺れていた。

晴香も将人の事が好きだったのだ。

「お前たち、何をやってんだ?」

(担任の沢口の声だ!見つかると、まずいわ!)

 とっさに愛は、机の中にコックリさんの紙を隠した。

「沢口先生、数学で分からないところがあったので、晴香ちゃんに聞いていました!」

「そうかぁ?そんな風には見えなかったぞ。まぁ、いい。用のない者は、早く帰れよ」

「はぁーい」

 沢口先生の姿が見えなくなってから、晴香が不安そうに愛に声をかける。

「ねぇ、コックリさんって、途中で辞めると祟られるんだよね?愛ちゃん、大丈夫なの?」

 愛は、平気な顔で答える。

「あぁ、全然大丈夫。前にもこんな事あったけど、何もなかったよ」

「そう・・・・・・なら、いいけど・・・・・・」

「晴香、心配してくれてありがとね。みんなは、今から部活だよね。私、今日はもう帰るね」

愛は、カバンを持って立ち上がった。

「じゃぁね、バイバイ!」

 笑顔で手を振り、教室を出て行く愛。

 みんなの姿が見えなくなると、愛の顔色が変わった。

(小次郎、何で出て来てくれなかったのッ!直感で、将人君の好きな人あげたけど、間違って

いたらどうするの?私、嘘ついた事になっちゃうじゃない!!)

 心の中で愛が叫んでいた。

 どうやら、自分の本当の能力にはまだ気が付いていないようだ。

 かなりの不安が、愛の心を覆っている。

ソラは、愛と小次郎と呼ばれた犬の関係についてリーディングしてみた。

愛の飼い犬だった小次郎は、老衰で昨年亡くなっている。それからずっと、愛の側に居て愛の事を見守っていたようだった。

しかし、能力者だった愛は側に居る小次郎の存在を感じ取り、いろんな事を小次郎に頼んでしまった。

能力の使い方を知らないまま、小次郎を使役として使ってしまった愛。

目立ちたい、力を誇示したい、そんな愛のエゴにより使役された小次郎は、今や闇の住人となりつつある。

(何とかするか・・・・・・)

 ソラが呟いた。

 愛は、上履きを脱ぐとローファーを下駄箱から取り出し、床にバンっと放った。乱暴に上履きをしまうと、小走りで玄関を出る。

 校門の柱に背中を寄りかけていた万理絵が、愛に声をかける。

 すでに、ソラのエネルギー体は万理絵の中に合流していた。

「愛、一緒に帰らないか?」

(えっ?なんで?)

 内心そう思ったが、無理に笑顔を作って答えた。

「ごめんねぇ。今日は、一人で帰りたい気分なんだぁ」

「交霊術が失敗したからか?」

「なっ、何言っているの?」

(万理絵、さっき教室にいなかったじゃない。何で、知っているの?しかも、失敗したなん

て・・・・・・)

愛は、すっかりうろたえていた。

「お前、さっき十円玉を自分の意志で動かしていたよな?」

「・・・・・・えっ?」

「かとうなつみって、動かしただろ?」

「――万理絵、さっき教室にいた?」

「いや・・・・・・」

「じゃあ、なんでコックリさんやっていたこと知っているの?」

(昨日は、霊能者でも何でもないって言っていたのに、あれは嘘だったの?)

「小次郎っていうお前の可愛いがっていた犬、何故、使役にしたんだ?」

「何で小次郎の事知っているの?それに、しえきってなんの事?」

 愛は、狼狽していた。誰も知らない事を万理絵が話している。その口調も雰囲気もいつもの万理絵とは、全然違っている。

 愛の背中を、冷たい風が通り過ぎた。

「お前、いろんな事を小次郎に頼んでいるだろ?テスト範囲教えて貰ったり、嫌いな子の大事な物隠したり・・・・・・自分の都合のいいように小次郎を使っているな。」

「・・・・・・」

「このままだと、お前の小次郎は闇に捕らわれてしまうぞ!」

 愛の目に怒りの色が浮かんだ。

「ねぇ、さっきから、使役とか闇とか全然訳分かんないよッ!一体、何が言いたいのッ?」

「お前は、普通の人間が視えない物を視る力を持っているだろう?」

「えぇ、幽霊とか結構視てる。話した事もある・・・・・・」

「じゃあ、今の小次郎の姿を視た事はあるか?」

 愛は、首を振った。

「気配は感じるけど・・・・・・」

「やはりな・・・・・・小次郎は、今の自分の姿をお前に見せたくないんだろうな」

「・・・・・・どういう事?」

 万理絵の右手の人差し指が、愛のおでこの中央に置かれる。

「目をつむって、小次郎の名前を呼べ。私が、本当の小次郎の姿を見せてやる!」

 万理絵の迫力に圧され、愛は目をつむり心の中で小次郎を呼んだ。

 愛の脳内に、黒い塊が浮かぶ。やがて、小さな黒い塊の姿がはっきり現われた。

 大きく裂けた口。

口から、長い下がダラリと出ている。

骨がむき出しになった二本の後ろ脚。

右目は飛び出し、裂けた腹の皮から、内臓が飛び出している。

それは、映画で見たゾンビのような生き物。

恐ろしい映像に、愛の顔が歪んだ。お腹を押さえしゃがみ込み、おえっ、とえづく。

青ざめた顔で万理絵を見上げた。

「今の、なに?」

 万理絵は淡々と答える。

「今の小次郎の姿だ」

「嘘よッ!あれは、小次郎じゃない!ただの化け物よッ!」

「化け物か・・・・・・そうしたのは、お前だ。死んだ者の魂を引き留め、自分の意のままに操る。その代償がこれだ!」

「わたしは・・・・・・小次郎を、引きとめたりなんか、していないッ」

「お前のエゴが小次郎を捕らえたのだ。テストで良い点が取れるようになって、満足したろ?嫌いな奴が困っている顔を見て、いい気味だって思っただろ?コックリさんが当たるって評判になって、みんなに注目されて良い気分だっただろ?それは、全部小次郎のお陰だよな」

「・・・・・・」

 愛は、否定できなかった。

小次郎のお陰で、それまで何の取り柄の無かった愛が、どんどん目立っていった。

友達が増え、みんなに賞賛の眼差しを向けられるようになっていた。

だから、万理絵と一緒のクラスになった時、万理絵の事を警戒した。

(もし、万理絵も霊能力を持っていたら・・・・・・)

そう心配していたのだが、昨日霊能者じゃないって言い切った万理絵に安堵し、クラスの人気を独り占めできると思っていたのだ。

そんな自分のエゴの為に、小次郎がこんな姿になっているなんて愛には思いも寄らなかった。

「本当に、わたしのせいで、小次郎は――?」

「残念ながら、その通りだ」

 愛の瞳から涙が零れる。

「どうすれば、小次郎を助けられるの?」

 愛には、自分のせいで大好きな小次郎が苦しんでいるのが許せなかった。

 昔のように、何の取り柄のない目立たない自分に戻ってもいい。小次郎を助けたいと強く思う。

「小次郎を助けたいなら、安らかに天国へ行ってと、心から思ってくれればいい。あとは、私がする」

「分かった」

 愛の足元に、苦しそうに顔を歪めた小次郎がいる。

(小次郎、ごめんね。私のせいでこんな姿にしちゃって。もう、苦しまないで。天国で、どう

か安らかに・・・・・・)

 愛は心からそう祈りながら、小次郎の頭を優しく撫でた。

 すると、小次郎が光に包まれ愛くるしい生前の姿に戻った。

 くぅーん、くぅーんと甘えながら、愛の手を一生懸命舐めている。

 愛は、しっかりと小次郎を抱きしめた。すると、光が弾けて小次郎が消えた。

「小次郎は、無事に光に還った。じゃあ。」

 背を向け帰ろうとする万理絵を、愛は腕を引っ張り引き止めた。

「万理絵、待って!」

(やっぱり、無理か・・・・・・)

観念したように、万理絵が足を止める。

「あれ?万理絵が誰かと一緒って、珍しくない?」

 後ろから、同級生の声が聞こえてくる。気がつけば、二人は放課後の喧騒の中にいたのだ。

(さっきまで、私と万理絵しかこの空間にいなかった気がする)

それは、確かに不思議な感覚だった。まるで、異次元にいたような、時間の流れが止まっていたかのような感覚だった。

愛は、好奇心の含んだ瞳で万理絵を見つめ、屈託のない笑顔でささやいた。

「万理絵。色々、聞きたいことがあるんだけど・・・・・・もちろん、答えてくれるわよね?」

その不思議な迫力に万理絵は、頷くしかなかった。

二人は、駅に向かって歩いた。

愛が、駅前のマックでゆっくり話そうと提案したのだ。

「マックにいる所、先生に見つかったらまずいんじゃないか?」

 そう万理絵は断ったが、「絶対、大丈夫!」と愛に押し切られた。

雑踏の中、無言で歩く女子中学生の二人は周りから浮いている。駅に向かって歩いている同級生たちが、珍しい二人の組み合わせに好奇の目を向けていた。

ソラは居心地悪さを感じていたが、愛は周りの視線が全く気にならなかった。というより、さっきの出来事で頭が一杯だったのだ。

マックに入ると、万理絵は何の躊躇いもなく野菜ジュースを注文した。そんな万理絵を見て、愛は驚いた。

愛も本当は、野菜ジュース派である。

でも友だちといる時は、野菜ジュースを注文するのは恥ずかしく、みんなと同じコーラを頼んでいたのだ。

けれど今、隣にいる少女は臆する事もなく堂々と野菜ジュースを頼んでいる。

愛は何だか可笑しくなって「私も、野菜ジュース!」と、店員に頼んでいた。

たったそれだけの出来事が、愛にとっては嬉しかった。なんとなく、万理絵に一歩近づけた気がしたのだ。

愛は野菜ジュースで喉を潤し、最初に口を開いた。

「ねぇ、万理絵って本当は何者?昨日は、霊能者じゃないなんて言っていたけど・・・・・・」

「霊能者ではない。私は・・・・・・その・・・・・・地球外生命体だ――」

「・・・・・・?」

 愛の大きな瞳が、更に大きくなる。目をぱちぱちさせて呟いた。

「地球外生命体って、宇宙人ってこと?」

「そういうことだ。君たちは、この地球以外に生命は存在しないと思い込んでいるようだが、それは間違いだ。宇宙は、広い。いろんな生命体が存在していると考えるのが、普通だと思わないか?」

「ちょっ、ちょっと待って!今、頭を整理するから・・・・・・これでも私は、スピリチュアル系の本をたくさん読んで勉強したわ。霊能者になりたかったからよ。だから、幽霊や精霊、天使の存在は信じているし、実際に視たこともあるわ。でも、宇宙人は・・・・・・」

「宇宙人はいないと・・・・・・?」

「いいえ、そうじゃない。いると思っている。ただ、目の前にいるあなたが宇宙人だとは思えないだけ・・・・・・」

「そうだろうな・・・・・・だが、事実なんだ。何故、私が地球に来なければならなかったのか、その理由から話そう」

 愛は驚いていたが、万理絵が嘘を付いていないという事だけは確信していた。

「アセンション(次元上昇)という言葉は知っているか?」

「もちろん。地球が、三次元から五次元に上昇するって話よね?なんの事か、さっぱり分からないんだけど・・・・・・」

「三次元というのが、今我々が住んでいる物質世界。四次元は幽界といって、簡単に言えば死んだ人が行く世界だ。そこには、地獄界も存在している。五次元は、善なる精神性を持った者しか行けない世界。まぁ、天国のような世界といえば、分かりやすいだろう」

「えっ?じゃあ、アセンションって、私たち死んじゃうって事?」

「そう捉えている人間もいるようだが、生きたまま次元が上昇するのは可能なんだ。その為には、精神レベルを七次元に持っていかなければならない」

「七次元?」

「慈悲の心を持つということだ。愛を持って奉仕を行う、マザーテレサのような人といえば分かりやすいだろう。その精神でなければ、四次元から五次元世界で罠に嵌ってしまうんだ。今、地球の人間の波動が非常に悪い。つまり、恐怖・嫉妬・憎悪・不安・劣等感そういうネガティブな類の悪想念にかられていて、七次元の精神を持った人間が非常に少ないんだ。このままでは、多くの人間がアセンション(次元上昇)に失敗して、地獄界に堕ちて行くだろう。そして地球の滅亡は、遠い銀河にも影響を及ぼす。それを阻止するために、私はやって来た」

 愛は、ポカンとした顔で万理絵を見ていた。

 野菜ジュースを一口飲む。

「う~ん。分かるような、分からないような・・・・・・とにかく、地球は今、危機的状況にあるけれど、そこに住む私たちの多くがその状況に気付いていないってことだよね?危機的状況にある原因の一つが、人間の精神性が低いから、ということ?」

「そうだ。実際、内戦はあちこちで続いているし、宗教観・人種の争いも絶えない。人は、富を追及し、自然を破壊し続けている。何より、作ってはならない魔の副産物を作り出し、それに依存している」

「魔の副産物って?」

「原子力だ!」

「――安全なんでしょ。私たちの住んでいる所にだって原子力発電所あるけど、今まで何ともないよ」

「安全だって言ったのは、誰だ?」

「えっ?・・・・・・それは国の偉い人や、頭のいい科学者の人たちが――」

「じゃあ、君自身は、本当に安全だと思っているのか?」

「――私は、100%の安全なんてない・・・・・・と思う」

「それが、答えだ。誰も、本当に安全だなんて思っていないんだ。だが、莫大なお金を目の前にぶら下げられたら、誘惑されない人間もいないだろ?だから、安全だと思い込み、または思い込ませた。こうして、世界中に原子力発電所は建設され、核ミサイルの開発も続く。我々からすれば、人間は考えられない選択をしていると思うよ」

「でも・・・・・・女子中学生にそれは止められないよ」

「あぁ、でも知っていて欲しい。考えて欲しいんだ。そして、自分にできる小さなことでもいいから、実行してもらいたい。一人の人間の意識改革は、地球の波動をぐっと上げることができるんだよ。あの、マザーテレサのように・・・・・・」

「マザーテレサは特別な人よ!私たちとは、違うわ!」

「それは、違う!」

 万理絵が思わず強い口調で言い返した。先ほどから、否定的な言葉を返す愛に少し苛立っていたのだ。

 万理絵は少し声のトーンを落として、話を続ける。

「君は、貧しい人々を救う活動をたった一人でやり始めたマザーテレサのことをどう思った?」

「すごい人だと思ったわ。本を読んだことあるけど、感動したもの」

「感動したのは、何故だと思う?」

「それは――たくさんの人を助けたマザーテレサの行動力と無償の愛に感銘を受けたの。私には、絶対できないって思ったわ」

「君がマザーテレサに感銘を受けたのはね、君の中にマザーテレサのような心があるからなんだよ」

「えっ?」

「君の心の中に無償の愛がなければ、マザーテレサに感銘を受けることはないんだ。それから、私には、絶対できないって言っているけど、できないんじゃなくて、やらないだけじゃないのか?」

「そ、それは・・・・・・」

 愛は、何も言い返せなかった。思い返せばできないと言っては、嫌な事・面倒臭い事から逃げてばかりいた気がする。

 でも、それは私ばかりじゃない。世の中の中学生は、ううん、大人だって大半がそう言って逃げていると思う。

 それは決して良い事だと思わなかったけれど、当たり前の事だと思っていた。

 それなのに、今目の前にいる同い年の少女は、それをバッサリと切り捨てたのだ。

「私はつねに自分に言い聞かせるんだ。できるか・できないかじゃない。大切なのは、やるか・やらないかだってね。それは、できないと言っていろんな事を諦める人生より、数倍ハードで数倍充実感があるんだ」

「そうだよね・・・・・・私、できないって諦めることが多かった。よし、今は何をやるか分からないけど、自分にできる事を考えてみるわ」

 明るい愛の言葉に、万理絵が笑顔で頷いた。

 突然、愛が大きな声をあげた。

「あ――っ、」

「何だ?」

「気になっていたんだけど、万理絵って私の事、お前とか君って呼んでいるけど、それやめて!今度から、愛って名前で呼んでちょうだい」

 愛がいたずらっぽい表情で、ソラを睨む。二人の間の空気が一瞬で変わった。

(女の子って、みんなこうなのか?)

愛の切り替えの早さとウサの姿が重なり、たじろぐソラ。

「それから、さっきのコックリさんの事。万理絵、教室に居なかったのに、なんで色々知っていたのか教えてくれる?」

「あぁ。君は――」

「うぅん!」

愛がキッと、睨む。

「あっ、その、あ いは、四次元、つまり幽霊を視た事があるといったな」

「えぇ」

「では、万理絵の右側を意識して視て欲しい。そこに、私の本当の姿を視るはずだ」

 そう言われて、愛は万理絵の右側に意識を集中した。大きな光が視え、その中心に銀髪の美しい女性が現われた。その中性的な美しさは、天使を思わせた。

「き・れ・い」

 愛は思わずうっとりした。

――私は、アンドロメダ銀河連邦所属コスモ・ソースの司令官、ソラと申す。

「うん?声が、頭に直接・・・・・・これって、テレパシー?」

 ――そうだ。

 ソラは、すぐに万理絵の肉体に戻る。

「説明するのが難しくて実際の私を視てもらった。その方が理解しやすいだろ?。実は、地球に来る為に私は、万理絵の体を借りる契約をしたのだ。だから、この体には、万理絵の魂とソラである私の魂の二つが存在する。十歳の頃から、万理絵の魂には眠ってもらっているが・・・・・・」

「じゃあ、今は万理絵じゃなくて、宇宙人のソラなんだ。だから、上から目線なんだね!」

「上から目線?」

「そう、万理絵って変な話し方だなって思っていたの。でも、どうして変だったのか、これで納得できた!あ――、すっきり」

「変だったのか?」

「うん」

 自分ではうまく演じているつもりだったソラは、少し落ち込んでいる。

「でも、さっきので、分かった。万理絵は教室に居なかったけど、ソラが教室にさっきみたいに居て、私がコックリさんしているの、見ていたんだね」

「あぁ、その通りだ。そもそも、君は――」

愛が、また万理絵を睨む。

「あぁ、愛は、何でコックリさんをしたんだ?」

 愛はにっこり微笑んで、得意顔で答えた。

「将来霊能者になって、霊障で困っている人を助けてあげたいの。その、練習?みたいなもんかな」

「それは、愚かだね」

「えっ?」

「霊障で苦しんでいる人には、それなりの理由がある。本人が、乗り越えなくてはいけない壁だ。それを簡単に助けてやるのは間違いだ」

「そんな・・・・・・」

「もし愛が、本気で霊能者になりたいというのなら止めはしない。だが、もっと沢山の事を勉強した方がいい。それから霊能者に一番大切なのは、精神性だ。精神性が低く、ネガティブな波動を出していれば、どうしても闇と繋がってしまうから、気を付けたほうがいい。じゃあ」

「じゃあって、帰るの?」

愛が不満そうに、口を尖らせる。

万理絵、いや、ソラにまだまだ聞きたいことがあるのだ。ここで帰られたら、消化不良のまま家に帰らなければならない。愛は、食い下がった。

「待って!あと十分だけ!」

「私には、帰ってやらなければならない事があるから・・・・・・」

「え――、じゃあ、明日学校で色々教えてもらっていいかな?」

 万理絵が驚いて、愛の顔をじっと見つめる。

「――構わないが、私と話していたら・・・・・・その、愛も嫌われるんじゃないのか?」

「嫌われる?」

「――」

万理絵の沈んだ瞳を見つめ返す愛。

「もしかして、万理絵ってみんなに嫌われていると、思っているの?」

「――違うのか?」

「違うと思うよ。みんな話しかけにくいんだよ。だって、万理絵ってさ、話しかけるな!ってオーラ全開じゃない。うん、少なくとも私は、万理絵のことずっと気になっていた。友達になりたかったよ。でも、万理絵が拒否している感じだったから・・・・・・」

 愛の一言に、深い闇に閉ざされていた万理絵の心の扉が、少しだけ開かれた。

 幼い頃いじめられていた記憶が同級生との間に壁を作り、みんなとコミュニケーションがとれずにいた。

そして、ずっとみんなから嫌われていると思い込んできた。

 ――私は、誰からも愛されない人間なんだと・・・・・・

「万理絵?――泣いているの?」

(泣いている?この私が?)

 万理絵の頬を、涙が静かにつたっては落ちる。

 泣いているのはソラの魂なのか?今は眠っているはずの万理絵の魂なのか・・・・・・?

 おそらくは、二人の魂なのだろう。

 万理絵は、涙を手で拭うと「ありがとう」と、小さく呟いた。

 愛は、静かに万理絵の肩を抱き寄せる。

「万理絵、辛かったんだね――ひとりぼっちにしてて、ごめんね」

 愛の温もりが、万理絵の凍っていた心を溶かしていく。

 万理絵はもう、涙を抑えることができなかった。

 今までの辛かった出来事が、走馬灯のように流れては消えていく。

 男に殴られ、罵られ、虐げられた日々。母親に助けを求めても無駄だと知った時、心の半分が壊れた気がした。そして、何もかも諦めた。積もり積もった涙が、苦しさが、今、解き放たれる。万理絵の涙が枯れてなくなるまで、愛はずっとずっと側にいてくれた。


 太陽が沈みかける頃、万理絵は一人家に向かって歩いていた。

 生まれて初めて人前で涙を見せた万理絵は、心の中の曇りが消え、晴れ渡った感覚に頬を緩ませ歩いている。愛の温もりが、何度も何度も思い返され癒されると同時に、万理絵、いやソラの魂は思い出していた。

 過去世でも、二人が出会っていたことを――




 オリーブの女神と謳われた美しい少女が

 生きたまま木に吊る下げられた時代

かつて仲間だった人間たちが

自らの身を守るために

少女を裏切り牙をむく

少女を取り囲み

罵声を浴びせ

石をぶつけ

木で殴りつける

その民衆の中にいた一人の少年

彼は

 小さな石を握り締め

 唇を固く結び

 肩を震わせていた

隣の青年に

石をぶつけるように促され

涙を堪え

わざと石を木の根元にぶつける

少年の悲痛な心の叫びが

ソラの元へ届く

なぜ?オリーブの女神が殺されるの?

僕が、嘘をついたから?

どうやったら、助けられるの?

あぁ、誰か・・・・・・。

誰か、オリーブの女神を助けてください!




愛は、確かにあの時の少年だ。

時を越え、再び出会いソラに光を与えてくれる尊い魂、コスモ・シード。

ソラの胸は、コスモ・シードに出会えた喜びで高鳴る。

愛が、自分の使命を思い出すのかは分からない。

思い出せば、愛も危険な戦いの中に身を置かねばならなくなるだろう。

思い出さねば、何も知らずに幸せな生活を送るかもしれない。

ソラは、その方が愛にとってはいいんじゃないか、そう考えていた。

マンションに到着するまでの時間が、いつもより短く感じられる。

実際には、寄り道をしていたせいでいつもの時間より三時間は遅い。

(夕飯は、チャーハンでいいかな――)

そう思いながら玄関を開ける。

おいしそうなカレーの匂いがした。

「ただいま」

「おー、おかえり!」

台所から、功の声が聞こえてきた。

「功兄さん、遅くなってすみません。今、手伝います」

 真っ白いエプロン姿の功が「もうできたから、ゆっくりしてていいぞ。いつも、お前に作ってもらっているんだ。早く帰った時は、俺が作ってやる!ただし、カレーな!」と笑顔で出てきた。

「ありがとうございます」

 ソラは軽く一礼し、部屋の扉を開けた。

 ベットの上で、黒猫が丸くなって寝ている。

 ソラに気付いて、ゆっくりと顔を上げた。

「遅かったな、ソラ」

「あぁ、友達とマックに寄ってた」

「――」

 驚いて、黒猫が飛び起きた。

 着替えをしているソラの顔をまじまじと、見つめる。

「と・も・だ・ち?友達が、できたのか?」

「あぁ、そうだ。その子は、コスモ・シードでもある」

「ほぉー、へぇー、ふ~ん」

 黒猫が面白そうに、にやにやしている。

「何だ?」

「――ともだちねぇ?男か女か?」

「可愛い女の子だ。もう、いいだろう?功兄さんの手伝いをしてくる」

ソラはこれ以上詮索されるのを煩わしく思い、部屋を出ようとした。

「おおい!ちょっと、待て!」

「何だ?」

「母船からの届き物だ。受け取れ!」

 黒猫は、タンスの上を頭で差した。タンスの上には、あのうさぎのぬいぐるみが大切に置かれている。

 そのうさぎのぬいぐるみの前に、浮かび上がった細長く光る剣。

 ソラは、愛おしそうに両手で剣を受け止めた。

 美しい銀の鞘から、剣をゆっくりと抜いていく。

 細長い刃から溢れでる聖上の光が、大きな円となりソラの全身を包み込む。

 懐かしい聖光。

 それは、闇を光に還す唯一の聖剣コスモ・ブレイド。

「そろそろ、必要だろって送られて来た」

「あぁ。」

「どうすんだ、それ?そのまま持って歩いたら、アルナキにすぐ見つかるぜ。かといって、部屋に置いてちゃ、いざという時役に立たないしな」

「こうするさ」

 ソラは剣を鞘に納めると、タンスの上に置き両手をかざす。

 一メートルを越えるコスモ・ブレイドは、掌におさまる小さなキーホルダーになった。

「ほぉ。それなら、持ち歩けるな」

 にっこりと微笑むソラ。

コスモ・ブレイドのキーホルダーにマンションの鍵を付けると、うさぎのぬいぐるみの前にそっと置いた。

「万理絵、飯できたぞ!」

「はーい、今行きます。ほら、お前も向こうに行くぞ」

「へいへい」

 黒猫は重い腰をあげて移動し、居間のソファを陣取った。

 万理絵が台所に行き、黒猫のキャットフードの準備をしている。

――ソラぁ、俺、キャットフード飽きた。俺も、カレー食いてぇ。

――何、言ってるんだ。我慢しろ!功兄さんがいない時、食わせてやる。

ソラと黒猫が、テレパシーで会話する。

「――へっ?ソラ・・・・・・?カレー・・・・・・?気のせいか?」

 功が、鍋をかき混ぜていた手を止め、部屋の中を見回す。

「――っかしいな?空耳か?」

 黒猫が驚いて叫ぶ!

「功が、キャッチしたぁ!」

「――だぁぁぁ~。猫がしゃべった!万理絵ッ、万理絵ッ、万理絵、聞いたか?今の、聞いたかッ?」

 お玉を振りながら、パニックになる功。

「功兄さん、落ち着いて下さい」

「おっ、落ち着いてる!落ち着いてる?・・・・・・何で、万理絵の髪、銀髪なんだぁぁぁ~」

 黒猫と万理絵が顔を見合わせる。

 ソラの元に、コスモ・ブレイドが届いた影響か、功のコスモ・シードの能力が開花し始めた。

「おっ、俺。落ち着こう。うん、落ち着こう」

 イスに腰をかける功。

 万理絵も向かい側のイスに腰をかける。膝の上に、黒猫がやって来て座った。

「功兄さん、大丈夫ですか?」

「・・・・・・」

 声をかける万理絵の瞳を覗き込み、口をパクパクさせる功。

「功、今説明するから、落ち着けって!」

 しゃべる黒猫を見て、またまた口をパクパクさせる功。

 丘の上にあがった、瀕死の魚のようだった。

「功兄さん、私の髪が銀色だとおっしゃいましたね?」 

 頭を前後に大きく振って答える。

「――知らない人が、万理絵と重なって見えるんだ!どうなってんだ?」

「それは、万理絵の肉体を借りている、私の本来の姿です」

 ソラと黒猫は、時間をかけて功に説明をした。

 功は頭が混乱してしまい、今自分が体験している世界を否定している。

 万理絵の部屋で母船と交信する様子を見せられてもなお、自分の知らない世界が存在する事を理解できずにいた。

「宇宙人・・・・・・俺も、宇宙人の魂をもつコスモ・シード?はぁ?信じられん」

「急に世界が変わって混乱しているのは分かるが、いずれ慣れる」

 万理絵に言われ、頭を掻きながらカレーを頬張る。

「万理絵、後片付け頼むな。俺は、ゆっくり休む・・・・・・」

「――はい」

 万理絵と黒猫は顔を見合わせ、複雑な表情をした。これから先の功の事を考えると、気の毒に思えた。

 コスモ・シードである功の能力が、今まで封印されてきた原因はよく分からない。

 しかし今日という日が、功の新しい人生の始まりであることは、確かだった。

 愛と功、ソラと共にアルナキと戦う運命を選択するのか否か。

 その答えは、もうすぐだ。


その晩、功はなかなか寝付けなかった。

(宇宙人・しゃべる猫・地球の危機・アルナキ・アンドロメダ銀河・・・・・・俺は、頭がおかしくなったのか?う~ん、ダメだ!眠れん!)

功は眼鏡をかけ、ベランダに出て外の空気を吸った。

夜空に輝く無数の星を眺める。功は夜空に向かい両手を伸ばした。

(ふぅ。確かにな、こんだけの星があるんだから、宇宙人だっているかもな。何か分かんねぇけど、腹くくるかな・・・・・・あんま、難しく考えるの性に合わねぇや)

 功は、全てを受け入れる覚悟を決めた。これから先、自分が何をするのか不安はあったが、ソラと黒猫に聞けばなんとかなるだろうと、楽観していた。






























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