攻撃
「ガウロ総裁、ソラ行っちゃいました・・・・・・・」
うつむきながらボソッと、小さく呟く。
「淋しいのか?」
「淋しくはありません。ただ、心配で――」
突然、ガウロ総裁が両手をあげて言葉を遮った。瞼を閉じ、何かを覗っているガウロ総裁の緊迫した様子に、ウサは息をとめた。
「どうやら、ソラの心配をしている暇はなさそうじゃ。ダル、今すぐ操縦室に来るのじゃ。それからジャンク、今すぐ戦闘体制を整えてくれ」
「りょ、了解しました!ガウロ総裁」
緊張したジャンクの声。船内に響き渡るサイレン音。
「緊急指令。緊急指令。
全船員に告ぐ。全船員に告ぐ。
直ちに戦闘体制につけ。戦闘体制につけ」
「ガウロ総裁、一体何があったのですか?」
未だに事態を飲み込めないウサが、尋ねた。
「ダークウェー船が、近くにいる」
慌ててレーダーを確認するウサ。しかし、レーダーには何も映っていない。
「総裁、レーダーには何も映っていません」
「ふん。わしには感じるのじゃ。この船のシールドのすぐ側をうろちょろしている禍々しいエネルギーをな・・・・・・間違いない、ダークウェー船じゃ」
操縦室の扉が開いた。
はぁ、はぁ、はぁ。
操縦室が硬いシールドで覆われたためテレポートできなかったダルは、第三ポケットから走って来て息が切れている。
「はぁ、はぁ。ウサ、総裁。一体何が――」
その時、操縦室の窓から見える銀河の景色が変わった。宇宙空間が歪み、小さな渦が生まれるのが見える。
「おい、まさか、あれってブラックホールじゃないのか?」
誰もが息を飲み、窓の外をみつめている。
「ダルよ。あの渦が大きくなる前に、船ごとワープしなければならん」
「無理だッ!ワープの準備が間に合わねぇ。無理にワープすれば、船はバラバラになっちまう。そうだろ、ウサ公?」
血の気の失せた顔で、ウサが小さく頷く。
「ウサ公。過去にダークウェー船のブラックホールにのみ込まれて、助かった船はないのか?」
「残念ながら、助かった船はないわ。全て、消滅している・・・・・・」
「ちっくしょう・・・・・・。今ここで、俺たちが消滅したらどうなる?誰が、ソラをサポートすんだよぉ!」
絶体絶命の状況の中で、ソラの身を案じるダル。
「大丈夫じゃ、ダル!」
ガウロ総裁がゆっくりと立ち上がった。年老いた瞳に、恐ろしいほどの眼光を宿しガウロ総裁のオーラがどんどん大きくなって船を包み込み始めた。
「ジャンクよ。全船員の意識を、船のシールドに集中させよ」
高らかな声をあげて、指示を出す。
「了解しました。
全船員に告ぐ。全船員に告ぐ。
戦闘体制のまま、意識を船のシールドに集中させよ!」
「ウサよ。お前はわしの合図で、ワープスイッチを作動させよ」
ウサが、大きく目を見開いた。
「総裁、まさか、御自分の生命エネルギーをワープエネルギーに転換させるつもりじゃ・・・・・・」
ガウロ総裁は何も答えず両手を大きく広げ、目を瞑っている。
ウサが頭を左右に大きく振った。
「――できない。私には、できません」
「ウサよ。ここで、みんなが倒れるわけにはいかんのじゃよ。わしの生命エネルギーを使えば、船は助かるかもしれん。一か八かの賭けじゃがのう・・・・・・」
ガウロ総裁が、いつものように穏やかに声をかける。
「くそじじぃ。そんな事をしたら、じじぃが消滅しちゃうじゃねぇか!」
「わしは、長く生きた。もう引退してもえぇじゃろう」
総裁のオーラが、さらに大きくなった。その影響で、近くのダークウェー船が小刻みに揺れ始めた。
なおも、ブラックホールは変わることなく渦をまいて巨大化している。母船は、バランスを失い左右に大きく揺れ始めた。今や船は渦潮に引き込まれてゆく、木の葉のようだった。
「ウサよ。今じゃ!」
「イヤ・・・・・・。私には、できない・・・・・・」
「俺がやる。どけ!」
泣きじゃくるウサを押しのけ、ダルが操縦席に座った。
「いいか、ウサ公。いかなる時でも諦めんな!自分に出来る最善策を探せ。お前なら、出来るはずだ!!」
ダルの言葉で、泣いているウサの瞳に微かに力が戻った。
「おし、じじぃ。準備ができたぞ!」
「うむ。今じゃ!」
船が大きな爆発音と共に金色の光を放った。
刹那、船と共にブラックホールが消えアンドロメダ銀河には、ダークウェー船だけがが漂っていた。
天の川銀河の端、太陽系に傷ついた一隻の宇宙船が現われた。
コスモ・ソースは、間一髪ブラックホールに飲み込まれず助かったのだ。
それは、奇跡と呼ぶに相応しかった。
船内のあちこちに傷ついた者たちがいる。
小さな火災が発生し、動ける者は負傷者の手当てと消火活動に追われていた。
慌ただしい船内に、ダルの声が響く。
「全船員に告ぐ。
これより船の指令は、俺が出す!
そして、今からウサは、ソラの代わりに司令官となる。
誰も、文句は無いな?
今すぐ被害状況を調べ、報告せよ。
以上だ!」
この館内放送により、船員はガウロ総裁を失った事実を知った。
あちこちから、むせびなく声が聞こえてくる。
それでも皆、前を向いて立ち上がり自分のやるべき仕事を全うしていた。
「ダル、私、司令官なんて――」
「無理とか言うなよ!俺だって、総裁の代わりやるんだからよ」
ダルは深いため息をついた。ガウロ総裁を失ってどうやって船を立て直せばいいのか、今は皆目検討がつかなかった。
(そういえば、ウサ、さっきまであんなに泣いていたのに、案外元気だな)
先ほどまで青い顔をしていたウサなのに、今はどことなく余裕が感じられる。そっとウサの様子をうかがうと、肩の上に乗った小さな生き物と楽しそうに戯れている。
ダルは、右手で目を擦って、肩の上の生き物を確認した。それは、小さな猿だった。
「うん?ウサ公、なんでお前の肩の上に、猿がいるんだ?」
「ふふふ・・・・・・。見た目は猿だけどね、ただのお猿ちゃんじゃないのよ。ねっ、ガウロ総裁」
「はぁ?お前、何を言っているんだ?」
「ウサ、なんじゃのう。この体は、まだしっくりこんのう」
猿がしゃべった。
猿がガウロ総裁の声で、ガウロ総裁の口調で喋っている。
「ウサ公。何だよ、これ?・・・・・・説明してくれ!」
ウサは屈託のない笑顔で、説明した。
「実はね、ガウロ総裁のエネルギーを少しだけ拝借して、研究室で飼っていたお猿さんにウォークインさせちゃったの」
「何だって?ワープするあの直前に、そんな事を考えて実行したのか?」
「そう、大変だったけど、なんとか成功して良かったわ」
「・・・・・・」
「わしもな、びっくりしたぞ。気がつけば猿になっておるんじゃからなぁ。まぁ、以前のような力は無いが、こうして会話もできる。この体で、隠居生活でも楽しむとするぞい」
ウサの肩の上で猿が大喜びしている。
あっけにとられているダルを気に留めることもなく、ウサは愛おしそうに猿の頭を撫でていた。
「ガウロ総裁。お猿さんになっちゃったから、可愛い名前付けてあげてもいい?」
「おー、いいぞい。わしもなぁ、第二の人生を新たな名前で過ごしたいと思っておったところじゃ」
「じゃあ、モンちゃんっていうのは、どうかな?」
「モンちゃん!いいのぅ」
「おっ、おいウサ公。モンちゃんって、そいつは――」
「うん?何か言った?」
「いや、あの・・・・・・」
「わし、今度からウサちゃんって呼んでいいかのう?」
「いいわよ」
「でもって、今夜からウサちゃんと一緒に寝ていいかの?」
「いいわよ」
「それからのぅ、この体、ちょっと臭いから、お風呂に入りたいんじゃが・・・・・・」
「いいわよ。一緒に入ろう」
「うほほーい!」
肩の上で大はしゃぎの猿。
「おい、スケベじじぃ。一人で風呂入って、一人で寝ろ!特別室用意してやるから!」
思わずダルが叫ぶ。
「あら、モンちゃんが私と一緒がいいって言うんだから、特別室なんていらないわ」
「そうじゃ、そうじゃ」
猿はダルの肩の上に移動し、抗議のジャンプをしている。
「じゃ、ダル。少しだけ時間ちょうだい。すぐ戻るから。おいで、モンちゃん」
猿は、すばやくダルの肩からウサの肩へと移動した。
操縦室の扉が閉まる瞬間、ウサの肩の上で猿が腰をあげ、手でポンポンとお尻を叩いた。
(馬鹿にしているのか?)
あんぐりと口を開け、全身から力の抜けるダル。張り詰めていた緊張の糸が切れ、理解しがたい状況の中で一人頭を掻き毟る。
(弱虫ウサ・泣き虫ウサ・可愛いウサ・頭のいいウサ・我がままウサ・・・・・・。あいつは一
体いくつの顔を持っているんだ?)
どんなに考えても、ウサのことが理解できない。
とにかく今は、船内の被害状況を確認するのが先だった。
「おい、ジャンク。今すぐ操縦室にテレポートしてくれ!」
「りょ、了解しました。ダル総裁」
「俺は、総裁じゃねぇ。最高司令官位にしといてくれ」
「了解しました。ダル最高司令官」
すぐにジャンクが操縦室に現われる。
「おー、ジャンク。お前に聞きたい事がある」
なぜか、青ざめるジャンク。唇も微かに震えている。
「船がワープする直前に、俺のオーラ・フィールドを広げるのをブロックした奴がいる。お前じゃないのか?」
「なっ、何のことだか、わ、わかりません」
「とぼけんなよ!あの瞬間、俺にそんな事ができんのは、お前とウサ公以外いねぇんだよ!」
「――ウッ、ウサ司令官では?」
ジャンクの声が裏返っている。
「さっきまでは、そう思っていた。だが、違った。ウサ公は別な事していたんだ。あ・と・は、お前しかいねぇ。なんで、ブロックした?」
(これ以上、誤魔化せない・・・・・・)
ジャンクは大きく息を吸い込み、ゆっくりと話し始めた。
「私は、ダル最高司令官を失いたくなかったのであります。あの時、ガウロ総裁と共に、自らの生命エネルギーをワープエネルギーに変えようとしている想念を感じました。だから、ブロックしました。勝手なことをして申し訳ありませんでした・・・・・・」
深々と頭を下げるジャンク。
「いや、いいんだ。お前の判断は・・・・・・多分、間違っちゃいない。あの時、俺と同じこと考えた奴が結構いたようだったが・・・・・・」
「はい、その通りであります。私の力では、一人にブロックかけるのが精一杯でしたので、他の者は残念ながら・・・・・・」
「ーそうか」
「ただ、ガウロ総裁一人のエネルギーでは、今回のワープは成功しなかったでしょう」
「あぁ。その通りだ」
「只今、船内から消失した船員を調査しております」
「ふん、さすが、仕事が早いな。ところで、お前に新しいポストを用意した。今からお前は、司令官だ。ウサ公と一緒に、ここに居てくれ」
ダルの黒い瞳が、ジャンクを捕らえる。
「わっ、わたしが、しっ、司令官?・・・・・・むっ、無理であります」
右手を大きく左右に振り、後ずさりするジャンク。
「無理でもなんでもいい。やってくれ!」
(そっ、そんな・・・・・・。無理だ。無理だ。無理だぁああああ――!!!)
心の中で絶叫したところで、もう逃げ場はない。
釣り上げられた魚のように口をパクパクさせ、ジャンクは腰を抜かした。
「おいおい、ジャンク。まず座って落ち着いてくれ」
「はっ、はい・・・・・・」
力なく返事をし、なんとかイスに腰をかける。
暫らくは、目をパチパチさせ落ち着きの無いジャンクだったが、傍らで忙しそうにデーター解析をしているダルの様子を見て、背筋がピンと伸び始めた。
(今は、自分のやるべきことをやろう)
ようやく落ち着きを取り戻したジャンクは、現在の船の座礁位置と地球時間をチェックし始めた。
そこへ、ウサが戻ってきた。
「うん?ウサ公。猿はどうした?」
「猿じゃないわ、モンちゃん。疲れたのか、眠っているわ」
「そうか・・・・・・」
「ダ、ダル最高司令官!」
こわばったジャンクの声。
「どうした?」
「こっ、これを見て下さい。地球時間が、想像以上に進んでいます。ソラ司令官が、地球にウォークインしてから、十三年経過しています」
「何だって?」
「ジャンク、確かなの?」
「おそらく・・・・・・」
三人は、顔を見合わせた。
ダルの額から、冷たい汗が流れ落ちる。
「ウサ公、急いでソラの空白の十三年間をリーディングしてくれ。対策はそれからだ!」
「了解!」
ウサはアイコートをかけ、地球でソラの身に何が起こったかをリーディングし始めた。
「俺は、通信システムを回復させることに全力を尽す。このままじゃ、ソラと交信できんからな。ジャンクは、俺たちの代わりに船の建て直しに取り掛かってくれ。一人が不安なら、じじぃをたたき起こして一緒にやってくれ」
「りょ、了解致しました」
ジャンクは走って操縦室を出た。
緊張のあまり、足がもつれている。
(ガウロ総裁、私一人では無理ですぅ・・・・・・。たっ、助けてくださいぃぃぃ!!)
ジャンクは、泣きながら走っていた。