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愛を愛した盲者

作者: 夏樫

 僕は貴女の絵を一目見た瞬間から、世界に対してめしいになってしまったのでした。貴女の描かれる美しく繊細な世界はこの世の中よりもずっと世界らしく、絵のことなど少しも分からない僕は貴女の作り出す虚構こそが真実であると信じ込むようになったと、そう比喩しておきましょう。

 貴女の絵について、執拗に語ることもありますまい。貴女自身が一番よく知っておられることですから。僕がいかに貴女を、そして貴女の分身を好いていたか、それをお話ししましょうか。

 貴女の描くものに心酔し始めて幾月かが経った頃です。Nを介して貴女とお会いすることが叶い、そこで初めて貴女が若い女性であることを知りました。僕は、未だにその時の印象を表す言葉を持ちません。華奢な腕と、薄い背中に魅せられ、一瞬動きさえも失したことを覚えています。それからは僕の頭の中で、貴女が貴女の絵と同じくらいの面積を占めるようになりました。

 以来、きっと貴女にとって僕は、Nの友人というそれだけの立場であるのでしょうが、それでも尚、街で擦れ違う度に笑顔を向けて下さるために、僕の思慕は一層募ることとなりました。その時に起こる胸の高鳴りは、心臓病でない限り、恋というある種の症候群なのでしょう。情けのないことだと思います。一たび貴女のことを想い始めると、ほかの事が手に付かなくなってしまいます。脳裏に、あるいは瞼の裏に、貴女が居る。それは甘美な痛みを伴う、幸福です。そのような時僕は貴女のどんな姿を想っているのでしょう。そう考えなおさねば分からない程僕の思考は漠として、貴女よりは自分の意識を見ていたのではないかと思います。しかし、僕の中の貴女がいつもその笑顔であったことは確かなのです。

 それでも、僕の想いを伝えることはしたくない。そんなことをすれば、この感情がもっと汚い、自己満足に変わってしまいそうで。貴女を煩わせたくないとは所詮方便に過ぎず、僕は貴女に愛を告白しないことでしか、貴女を愛していられないのです。そうして時々Nに愚痴をこぼしていれば、僕のつまらない自尊心は満足するのでしょう。

 ねえ、それともこの感情は下らない欲望に過ぎないのでしょうか。でも僕は、貴女を貶めたことなど一度もないのです。貴女の薄い背中をこの腕に強く抱きたいと思いながら、その一方でやはり僕は貴女を理想化しておきたかった。貴女を知りたいと欲しながら、貴女の絵を通さずに貴女自身と向き合うことを恐れてもいた。きっと僕は恋に恋しているだけで、それを知っているから開き直ってしまったのかもしれませんね。だから、僕は、貴女の絵がとても好きです。そして、貴女を、愛したい。

 このような女々しい手紙を認め、申し訳ありません。貴女に伝える意思がまるきり無いことは先に書いた通りです。もう二言三言書いたら、早々に破り捨ててしまいましょう。また個展にお邪魔します。その時は、いつもの笑顔で迎えて下さることを、願います。

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