文具の気持ち
テスト期間中の、とある教室。テスト開始5分前。
「あれ、どこにいった?」
孝之は椅子に座り机に掛けてあるカバンの中をゴソゴソとかき分けていた。
「どうしたの?」
背後から声。後ろの席の文子だ。
「入れといたはずの筆記用具が無いんだよ」
探すのに夢中なので振り返らずに答える。カバンの底にもノートの間にも挟まっていないようだ。
「大事にしてないからだよ」
嫌な所を突かれて孝之は探すのを中断し、背後を睨みつける。
「うるさい」
子どものような表情で怒り、また作業に取り掛かる。「はいはい」という文子の声を聞き、さらにムキになったようだ。しかし長くは続かなった。
「あーもう!」
力尽き机の上に体を投げ出す。同時にテスト開始のチャイムが鳴り、ドアから先生が入ってきた。
◆
テスト開始。テストに使う道具はシャープペン、鉛筆などの書くものが2本、修正用の消しゴム1個が認められている。
文子はシャープペンを握り、テストに向かう。目の前にはテスト用紙と消しゴムがあった。
「あの子ヤキモチ妬いてるのよ」
しゃべったのは文子じゃない、シャープペンだ。
「そうだな、浮気はダメだ」
そう言うのは消しゴム。静かな教室でおしゃべりを始める文具達。生徒達は皆、真剣にテスト向かっている。声が聞こえるのは文子だけだ。
(ちょっと、静かにして)
文子は小声で注意。シーっと人差し指を口先に当てる。
「はーい」
「わかったよマスター」 主人には従順だ。文子は、よろしいと笑顔で答えた。
(それにしても)
孝之は大丈夫だったのだろうか。相変わらず机にうつ伏せになり寝ている。諦めムード満点だ。
いつも使っているペンがないだけであそこまでになるとは余程気に入ったものなのだろう。気になった文子は文具達に問いかけた。
『孝之くんのペンはどこに行ったの?』
筆記で質問した。すると「あぁ、あそこだよ」目で合図してくれる消しゴム。そこは孝之の机の中。テスト期間中はモノを入れるのが禁止になっているので空っぽだ。
「ほら、あの隅に隠れてるんだ」
カンニングに間違えられないように慎重に見つめると、そこには小さな10cmぐらいの鉛筆が転がっていた。何回も削り直し、丁寧に使ってきたと思わせるその姿に文子は思わず微笑んだ。
(大事にしてたんだ)
胸がキュッと苦しくなった。後で大事にしてないからと言ったのを謝らなければ。だが今はそれよりも先にしなければならない事がある。
『なんで隠れてるの?』
筆記で問う。
「孝之が浮気したんだ」
消しゴムが答えた。
『誰に?』
「シャープペンに」
(ああ、それで)
「たかがそんな事でと思ってたら大間違いだぜマスター」
と消しゴム。
「あいつはいつも心配していたんだ、自分なんかすぐに捨てられてしまうって」
机の中に佇む鉛筆。その姿は寂しげだ。
「俺達はどこかで見捨てられる恐怖を感じてるんだ。壊れてしまったら、新しいやつがきたらどうなるんだろう、忘れられてしまうってな」
少なくとも孝之はそんな事はしないだろう。あの鉛筆を姿を見ればわかる。
「それでも大事に使ってくれる主人に最後まで使って欲しいと決意した矢先、シャープペンを握る孝之を見てしまったんだ」
(それで浮気か……)
文子は合点したようだ。何か考え事をして、紙にこう書いた。
『ねぇ、頼みがあるんだけど』
ニヤリと微笑む文子。 その後、書かれた言葉に、消しゴムは頷いた。