真実の愛?では女神様の天罰がどちらに下るか確認いたしましょう。
お疲れ様です。休憩のお供に。
「アデライド・ロートリンゲン公爵令嬢。貴様はここにいる、ミミー・ファルス男爵令嬢を指導と称して執拗に虐めた。その行いは卑劣極まりない。よって、貴様との婚約を破棄する」
フェルディナン王太子がこう発言したのは、卒業パーティーが始まって小一時間経った頃。
会場には、卒業生だけでなく下級生の中でも上位貴族の生徒、そして、生徒達の保護者がいた。
そんな中での王太子の発言だ。
私、アデライドの周囲に集まっていた、友人達がさっと背後に控えるのを確認して王太子に向き合った。
友人達の間に戸惑いはない。
こうなることは、会場に入る前から分かっていた。
友人達も私が会場に一人で入った時から察していただろう。
しかし、構えることは何もない。王命で結ばれた婚約。そもそも望んだ婚約ではないのだ。
王太子は男爵令嬢の肩を抱き、友人とは思えない距離で接している。この二人の距離感は見慣れたものだ。
「王太子殿下、私と婚約を破棄してどうなさるおつもりですか?」
「そんなことは決まっている。ミミーを婚約者にするのだ。貴様は国母の資格なしと判断される。弱者に対し、権力で脅し、退学を迫ったと聞いている。ミミーは毎日泣いていたし、時にはずぶ濡れであった時もある。教科書も使えなくされて新しく買い与えた。それも全て貴様が仕組んだことだと分かっている。そんな人物を国母にすることは女神様も許しはしない」
「アデライド様、フェリの寵愛を一身に受けた私が気に入らないのは分かります。でも、女神様は見ておられます。私にした事全部」
王太子は睥睨し、男爵令嬢は大きな瞳に涙を浮かべてこちらを見下ろしてくる。
王太子を愛称で呼ぶ、親密さのアピールだろうか。
それに、私は名を呼ぶことを許した覚えはないが、男爵令嬢のマナーの無さに顰めそうな顔を微笑みで隠す。
この国には唯一神である女神様が存在する。
女神様は愛を尊び、女性を蔑ろにすることを許さない。
私は小首を傾げた。
男爵令嬢が言った通り、女神様は全てを見ておられる。そして、然るべき罰をお与えになるのだが、この二人は本当に理解しているのか甚だ疑問だ。
「そうですか。虐めを行う必要性のない私には全く心当たりはありませんが、婚約破棄は承知しました。その上でこちらも王太子殿下の不義について言及いたしますわね」
「は? 今は貴様の──」
「ええ、虐めについては放置できない問題ですわね? ですので、生徒会による公正な調査が行われるべきですわ。生徒会長?」
私が、一つ下の現在の生徒会長に声をかけると、生徒会長は敬礼し「承知しました」と頭を下げた。
「王太子殿下も私の行いであるという証拠の品がございましたら生徒会に提出頂けましたら公正に精査してくれますわ。あれば、のお話ですが。虐めは個人の問題ではなく学園全体の問題。ここでの断罪は早計というものですわ」
「あ……私はアデライド様に謝ってもらえればそれで」
「してもいないことを謝るつもりはありませんし、きちんと然るべき調査を行なった上で、謝罪するなら正式な場を設けるべきです。それが正しい手順ではないでしょうか。それよりも今皆様が気になっておられるのは、ロートリンゲン公爵家が王太子殿下の後ろ盾から退くかどうか、ですわ」
「ロートリンゲン公爵家を継ぐのはシビルだ。俺の後ろ盾は無くなりはしない」
王太子はそう声を張り上げた。
私は扇子を広げると視線をシビルに向ける。
シビルは一人娘の私の代わりに公爵家を継がせるために迎え入れた養子だ。
金髪碧眼の私と違って、シビルは薄い色の茶髪に澄んだ緑色の瞳で、厳しい、無口と評価される事が多い。それでも端正な顔だと思う。
今は側近として王太子の後ろに控えている。
「いいえ、私の婚約がなくなった時点で公爵家を継ぐのは私ですわ」
「貴様に公爵家を継ぐ資格があると思うのか」
「逆にお聞きしますが、私が継がずに誰が継ぐというのです? 正当な後継者はシビルではなく私ですのに」
「だから先程から言っている! 貴様はミミーを虐めたのだから公爵家を継ぐことは出来ない!」
「私も申し上げましたわ、虐めについては生徒会が公正に調査してからの結論になりますので、ここでの断罪は早計であると。現時点での公爵家の後継者は私です。私との婚約が破棄されたのですから。一方的に──」
私は、真正面からじっと王太子を見つめた。
「ロートリンゲン公爵家は王太子殿下を支持いたしません」
「それはダメだ」
「ダメだと仰いましても。そもそも、そちらのミミーさん?──名前も存じません、はじめましての方ですが──と王太子殿下の関係は不義の関係ということですわね?」
「違うっ! 俺たちは真実の愛で結ばれた関係だ」
「真実の愛? それが不義とどう違うのですか?」
「そんな汚い関係にするな」
「王太子殿下の中では、婚約者がいて他の令嬢と恋仲になることは不義ではないのですか?」
「恋仲なんて軽いものじゃない、真実の愛は尊く神聖なものだ」
「そうです! 私とフェリはアデライド様との偽物の愛なんかじゃなく、純粋な愛で結ばれているのです!」
確かに、私と王太子の愛は偽物でしょうね。だけど、何と言おうと不義は不義。
「それを女神様がお許しになると?」
「真実の愛であれば女神様もお許しになる。そもそもは貴様がミミーを貶めたのが悪いのだ。貴様の方こそ女神様がお許しにはならない。天罰が下るのは貴様の方だ」
「なるほど? 王太子殿下のお考えが分からないということが分かりましたわ。やはり我がロートリンゲン公爵家は王太子殿下の後ろ盾になることは難しいようです。とりあえずのところは生徒会からの報告と、女神様の天罰が実際にどちらに下るのか、を確認することですわね」
パチン、と扇子を閉じる。
「ではシビル、帰りましょうか?」
「承知しました」
「え? シビル?」
王太子と側近、そしてミミーが驚愕の顔でシビルを見つめる。
しかしシビルは、彼らを一瞥することもなく私のそばに来た。
後ろ盾から退くということは、当然シビルも側近から外れるということになる。
「シビル、何故そちらに?」
「私はロートリンゲン公爵家の人間ですので」
「だ、だが俺の側近だろう?」
「そうですね。側近でした。私の中での優先順位はロートリンゲン公爵家の方が上ですので」
「なっ……」
シビルの言葉は不敬罪ギリギリ。
彼らといた時間は私よりもかなり多い。言いたい気持ちは分かる。だから王家から何か言われたら全力で庇おう。
「シ、シビル様。私と仲良くしてくださったシビル様はどこに消えてしまわれたのですか?」
「? 私は貴女と仲良くしたことなど一度もないと思いますが? どこでそんな勘違いを?」
「かん……ちがい?」
「私が個人的に貴女と過ごした事が一時でもありましたか?」
「それは……」
男爵令嬢が黙り込む。
程よい距離感で付き合っていたのだろう。その手腕は見事と言える。
「ふふふ……それでは先に失礼しますわ。ごきげんよう」
私は恭しく差し出されたシビルの手を取り、エスコートされて会場を後にする。
「義姉上、上手くいきましたかね?」
「ええ、上々なのではなくて?」
馬車が動き始めた途端、シビルが聞いてくる。
最初に王太子の行動に気付き、報告してきたのはシビルだった。
シビルは賢い子だ。
王太子の側近ではあるが、その前にロートリンゲン公爵家の人間である。
王太子が優位であることは確かなのだが、側近にも上司を選ぶ権利はある。
シビルは王太子のロートリンゲン公爵家と私への裏切り行動を見て、その行動を公爵家に報告していたのだ。現公爵である父の指示で。
女神様の天罰は存在する。
シビルは真っ先に身の潔白を公爵家に示し、早々に王太子を見限っていたのだ。
王太子はシビルが自分を慕い、完全に従うと思っていたのだろう。
「僕は王太子殿下が男爵令嬢にのめり込んでいく様を見て正気を疑いました。どう見たって義姉上とミミーでは比べ物にならない。卒業パーティーで婚約破棄すると聞いた時は、王太子殿下がとうとうおかしくなってしまったのだと思いましたよ」
「でも、あなた以外の側近もあの男爵令嬢に籠絡されていると報告していたでしょう?」
「そうなんですよね。どこが良いんだかさっぱり分からない。あんなのその辺にゴロゴロいるだろうに。聡明で礼儀正しい彼らの婚約者達の方が誰にでもベタベタくっ付いて場と身分を弁えない痴女より何万倍もいいでしょうに」
「ふふ、辛辣ね」
鬱憤が溜まっているようだ。
王太子の側近は高位貴族で固められていた。
しかし、シビルは元々は傍系の子爵子息。高位貴族が嵌まったであろうミミーの天真爛漫さは、市井に近かった子爵子息にとっては目新しくもなかったのだろう。
それよりも、洗練された貴族令嬢の所作の方が魅力的に見えた。
公爵家にやってきた時のシビルは私の挨拶に見惚れて頬を染めていたのだから。
「はあ、ようやくお役御免になれました。馴れ馴れしくくっ付いてくるミミーが本当に面倒でした」
「お疲れ様。よくやってくれたわ」
「当然ですよ。僕はロートリンゲン公爵家の人間ですから」
「でも、よかったの? 私が戻ったら公爵にはなれなくてよ?」
シビルはキョトンとした顔を向ける。
外では見せないその顔は無防備でとても可愛らしい。
「僕は公爵家の役に立つようにと教育されてきました。それは必ずしも公爵になる必要はないんです。今回に関しては、公爵家にとって王太子殿下との婚約は有害だと判断しただけです。それに──」
シビルはそっと私の手を取って、指先に口付ける。
「あの王太子殿下に義姉上は勿体無いですよ」
「良い答えだわ。いい子」
取られていた手を上げ、シビルが下げた頭を撫でてあげると嬉しそうに額を手のひらにくっ付けてくる。
「こうなることは分かっていたから、もう婚約破棄は完了している頃かしらね」
「そうですね。屋敷に着く頃には終わっているでしょうね」
「ふふふ」
「あはは」
溢れた笑いは馬車の中を満たした。
生徒会が卒業生を含めた生徒、および教師など詳しく聞き取りを行ったところ、ミミー男爵令嬢の自作自演であると結論づけられた。
王太子に確たる証拠の品の提出を求めたところ、何の証拠もなく男爵令嬢の申告のみで決めつけた。
ロートリンゲン公爵家はフェルディナン王太子に対し、多額の慰謝料及び、公爵家への賠償を請求した。
もちろん、ミミーの男爵家にもだ。
王太子と側近達には女神様からの天罰が下ったという。
何が起きたかは公表されていないが、王太子は王位継承権を失った。
「あの方に世継ぎを望む事ができない」と父が言っていたからそう言う事なのだろう。
次の王太子は第二王子殿下に決まるだろう。
側近達の処分も決まったが、誰一人嫡男の座に残った者はいない。
不貞の場合だと腐り落ちるとかなんとか。
噂である。
ミミー男爵令嬢の天罰はどうなったのだろうか。
すでに男爵家はない。ミミー本人は探せば見つかるだろうがそこまでして知る必要はない。
王太子に特別扱いされ、有頂天になったミミーは身の丈に合わないものに手を伸ばし、最終的には身を滅ぼした。
彼女はある意味王太子の被害者かもしれない。同情はできないが。
私はと言うと、女神様からの罰は下っておらず、平和な日々を送っている。
そして、シビルが新たな婚約者になった。
シビル本人は恐縮していたが、今回のことでシビルに対する父の評価がかなり上がったお陰だ。
元々優秀ではあったが、さらに洞察力、判断力、忠誠心が評価された。
「義姉上」
「あら、私はもう義姉ではなくってよ」
「アデライド様、お慕いしております」
跪き、見上げてくる瞳はキラキラと輝いている。
出会った時から、輝くような瞳でいつも見つめてくるこの義理の弟を可愛く思わない訳がない。
お互いに姉弟として過ごしてきたが、愛に変えるのは簡単なことだろう。
私はいつものように、指先にキスを落とすシビルの柔らかい髪を優しく撫でるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
義弟はワンコ。大変忠実なワンコです。
公爵家に来た時からアデライドの役に立つことを信念としており、早々にこの王太子に義姉上は無いって思ってるのでミミーとの仲を煽ったとか煽ってないとか。
自分が婚約者になろうとかは思ってなかったと思うよね?多分。
また次回お会いできますように!
ありがとうございました!
※シビル視点を投稿しました。
質問いただいた、天罰の詳細やシビルの婚約者事情も書いておりますので、こちらも合わせてお楽しみください。
同題リンク→ https://ncode.syosetu.com/n3368mr/




