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リストラされた窓際ギルド職員、実は伝説の暗殺者。裏から新人少女を最強のSランクへ育て上げる  作者: 黒崎隼人


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第2話「規格外の新人冒険者」

 朝の光が、拭き上げられたばかりの窓ガラスを通してカウンターを照らしていた。

 辺境支部に差し込む陽射しは弱々しいものの、埃っぽかった室内には確かな清涼感が漂っている。

 ギルは受付の椅子に深く腰掛け、手元に用意した新しい依頼書を綺麗に束ねていた。

 同僚となるはずの職員は一人も姿を見せず、支部長すらどこへ消えたのか定かではない。

 事実上、ギル一人でこの建物を管理しているような状態だった。

 ギルドの扉が開くことはなく、午前中の時間は静かに過ぎていく。

 日差しが高くなるにつれ、室内に舞う細かな埃の粒が白く輝き始めた。

 ギルがペンを置き、冷めた茶を口に含もうとしたその時だった。

 入り口の重い木の扉が、勢いよく内側へと弾け飛ぶように開かれた。

 蝶番が悲鳴を上げ、強い風と共に一人の少女が室内に転がり込んでくる。


「はぁっ、はぁっ、ご、ごめんなさい! 遅れました!」


 肩で息をしながら顔を上げたのは、長く伸ばした金色の髪を背中で無造作に束ねた少女だった。

 年齢は十八ほどだろう。

 擦り切れた革の防具を身につけ、腰には不釣り合いなほど長くて重そうな剣を帯びている。

 彼女の顔には泥がはねており、瞳の端にはうっすらと涙が滲んでいた。

 周囲をキョロキョロと見回し、カウンターの奥にいるギルを見つけて足を止める。


「ここは冒険者ギルドで間違いないでしょうか?」


 ギルは椅子から立ち上がり、ゆっくりとした動作でカウンターに歩み寄る。

 少女を刺激しないよう、足音を完全に消したまま距離を詰めた。


「間違いありません。私は受付のギルと申します。どうされましたか?」


 落ち着いた低い声を聞き、少女は少しだけ肩の力を抜いた。


「わ、私、アリスって言います。依頼の報告に来たんですけど……」


 アリスは手にした革袋をカウンターの上に置いた。

 中から転がり出たのは、黒焦げになった植物の塊だった。

 ギルはそれを見て、小さく息を吐き出す。


「薬草の採取依頼ですね。しかし、これでは炭の塊です」


「違うんです! 森の奥で魔物に襲われて、魔法で応戦したら、薬草が生えている一帯ごと燃えちゃって!」


 アリスは両手で顔を覆い、身を縮めた。

 ギルの目は、彼女の全身の筋肉の付き方や立ち姿のバランスを瞬時に見抜いていた。

 華奢な見た目に反して、彼女の体幹は岩のように安定している。

 腰に下げた長剣も、ただの飾りではない。

 自然な仕草で剣の柄に手を添える位置が、一瞬の抜刀に最適な角度を保っていた。

 そして何より、彼女の体内から漏れ出す魔力の気配が尋常ではなかった。

 空気そのものが微かに歪むほどの濃密な力が、制御されずに垂れ流されている。

 Sランクにも届きうる並外れた才能。

 しかし、彼女自身はそれに全く気付いていない様子だった。


「これで今週の依頼、三連続で失敗です。宿の壁を誤って壊した弁償代もまだ払えていないのに、どうしよう……」


 アリスの声は震え、膝から崩れ落ちそうになっている。

 王都のギルドであれば、即座に見切りをつけられて追い出される成績だ。

 だが、ギルは彼女の中に眠る未加工の原石のような力に深く興味を惹かれていた。

 力を上手く扱えずに空回りしているだけの状態。

 正しい方向に少し背中を押すだけで、彼女は全く別の領域に到達するはずだ。


「アリスさん。顔を上げてください」


 ギルの穏やかな声に、アリスは涙目のまま顔を上げる。


「失敗は誰にでもあります。重要なのは、次にどう立ち回るかです」


 ギルは引き出しから新しい依頼書の束を取り出し、その中から一枚を選び抜いた。


「これは街の東の森に現れる牙狼の討伐依頼です。群れからはぐれた一匹だけなので、あなたなら問題なくこなせるはずです」


「でも、私、また力加減を間違えて周りを壊しちゃうかも……」


「大丈夫です。私があなたの専属担当として、全力でサポートします」


 ギルの言葉に、アリスは瞬きを繰り返した。

 これまでの受付たちは皆、彼女のドジに呆れ果てて距離を置いてきたからだ。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


「窓際の受付は、暇を持て余しているんですよ。それに、あなたの剣の腕は決して悪くない。少しだけコツを掴めば、必ず良い冒険者になれます」


 アリスの表情から不安の色が少しずつ薄れ、やがて確かな光が宿り始める。

 彼女は強く頷き、カウンターに身を乗り出した。


「やります! 私、絶対に依頼を成功させてみせます!」


「良い返事です。では、出発の準備を整えてください。日の高い内に森へ入ります」


 アリスは弾かれたように背筋を伸ばし、勢いよくギルドを飛び出していった。

 その後ろ姿を見送りながら、ギルは小さく息をつく。

 彼女の才能を開花させるには、ただ依頼をこなすだけでは足りない。

 不器用な彼女が己の力を完全に制御できるようになるまで、裏から密かに支える必要がある。

 ギルはアリスが置いていった黒焦げの薬草を丁寧に布で包み、ゴミ箱へ片付けた。

 彼女の放った魔法は、おそらく下級の火炎魔法だろう。

 しかし、これほどの炭化現象を引き起こすには、熟練の魔導士並みの火力が必要だ。

 ギルはカウンターの奥にある戸棚を開け、自身の携帯食料と水筒を鞄に詰め込んだ。

 同行サポートとはいえ、表立って彼女の戦闘に手を貸すつもりはない。

 あくまで受付職員としての助言に留め、彼女自身の手で勝利を掴ませる。

 それが一番の経験になる。

 もし彼女の命に危険が及ぶような事態になれば、その時は気付かれないように脅威を取り除けばいい。

 ギルは受付の椅子に戻り、自らの古い手袋をゆっくりとはめ直した。

 長い間眠らせていた暗殺者の技術が、後進を育てるという新しい目的のために目を覚まそうとしている。

 手のひらに広がる硬い革の感触が、ギルに確かな高揚感をもたらしていた。

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