代行
短編です
思えば長い時間、一緒に過ごしてきたものだ。
ベッドに横たわる俺の横で、涙を流す娘。こんな人生が俺に訪れるなんて、あの頃は思いもしなかった。
仕事がうまくいかなくて、上司と揉めて帰ってきた何でもないある日、こいつは家の前に座ってた。
「おい、ガキ・・・・ここ俺の家なんだけど」
「・・・」
反応の少ないガキ。でもそいつが俺を上の階に連れて行った。仕方ないからついていくと、上の階の住人が二人とも倒れていた。いわゆるゴミ屋敷の中の、腐敗した遺体が二つ。腰を抜かして驚く俺をよそに、ガキはただ現状を見つめていた。
警察を呼んで、ガキは施設に預ける話になったけど、ガキが俺の服の裾を掴んで話さなかった。警察も施設の人も、俺も困り果てて、結局俺がガキを預かることになった。
でも俺、下に弟妹もいないし、結婚もしていないから、ガキのお守なんてしたこともない。でも反応の少ない、ぼんやりしたガキだったから、手は基本的にかからなかった。学校にもあまりちゃんと行っていないようで、読み書きはほとんどできなかった。
急に子供の世話が自分の生活に組み込まれたことで、俺の日常があわただしくなった。
役所に書類を出したり、学校に編入する手続きをしたり、服を買ってやったり。おかげて仕事を今以上に頑張らなきゃいけなくなった。
それでもガキにはいろんな経験を積ませなきゃいけないと、俺は見栄を張って車を買った。休みの日は日帰りも含めて旅行に連れて行った。ガキが好きそうな遊園地みたいなところにも連れて行った。
表情があまり変わらないけど、別段嫌がりもしなかったから、俺はいろんなところに連れて行った。
学校に行きたくない様子の時は、職場に連れて行って、女性社員に世話を頼んだりした。
みんな子供が来ると、甘くなるし、昭和の頑固おやじのようなおっさんたちが、鼻の下伸ばしながら菓子やら女児グッズやらで懐柔しようとしている姿は、なんだかおもしろかった。おかげで俺は、職場で厄介者扱いされることは無くなった。見た目が少し厳ついだけで、みんな敬遠していただけだったらしい。
そんな生活を続ければ、反応の薄いガキも、だんだん少しずつ笑うようになっていった。
眠くなってきた俺に、涙を流す娘が笑顔を向けた。
「お父さん」
お父さんだなんて呼んでくれるようになった娘を置いていくのは忍びないが、これも天命だ。仕方がない。
「今までありがとう。私の代わりに沢山笑って、泣いて、怒ってくれて、ありがとう」
しゃくりあげながら大声で泣く姿、出会ってすぐの頃とは大違いだ。
無表情で何にも興味を示さなかったガキが、まさか大人になって、旦那を連れてくるなんて、想像もつかなかった。
「あの頃は、ただ精一杯だったなぁ。お前がそんなに泣く姿を見られたから、俺は十分だよ」
俺が手を出すと、迷わず頭を差し出した。柔らかい髪の毛を撫でてやると、泣きながら笑う、笑顔の可愛い、俺の自慢の娘。
成人式の振袖まで、ちゃんと目に焼き付けた。本当は、結婚式まで一緒にいてやりたかったけど、今世にもう未練はない。
これからの娘の道行が幸せに満ち溢れていますように。
そんな願いを浮かべつつ、俺は眠気に誘われていった。
——ありがとう、お疲れ様——
お父さん以外に、代わりはいないよ。




