表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/52

第九話 工事を止めない理由

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

「工事を続ける、とはどういう意味ですか!」


 フリッツの声が上ずった。


「そのままの意味です」とクルトは言った。「作業員に伝えてください。施工済み区間の北端まで退避。自分より安全な場所に移動してから、待機」


「でも領主様は——」


「私はここに残ります」


 フリッツが返事をする前に、クルトはすでに路盤に戻っていた。


 今日の最後の工程が、やりかけだった。土魔法で地盤を締め固め、最後の砕石層を敷く。この工程は途中で止めてはいけない。コンクリートに近い概念だ——固まりかけの路盤を放置すると、続きをやったときに継ぎ目ができる。継ぎ目は弱点になる。設計上の強度が出なくなる。


 五十年前の自分なら、「逃げる」という選択肢が頭に浮かんだかもしれない。しかし今のクルトには、「施工を半端で止める方が嫌だ」という感覚の方が強かった。それは勇気とは違う何かだったが、どちらにしろ、体は動いていた。


 土魔法を行使する。魔力の消費は少ない。精密に、均等に、路盤の土粒子を圧縮する。前世でいえばローラーで締め固める作業に相当するが、機械の代わりに魔力で圧力を掛ける。この使い方を知っている魔法使いは、少ない——というか、おそらくいない。「土魔法は防御壁を作るもの」という常識しか、この世界の人間は持っていないからだ。


 東の林の方から、音がした。


 低い、草を踏み荒らすような音。数が多い。


 クルトは手を止めなかった。


 次の瞬間、蹄の音が響いた。


 エルドリック・シュタインが馬で現れた。後ろに部下の騎士が三人、同じく馬上にいた。エルドリックは状況を一瞥して、防衛ラインを即座に設定した。部下に指示を出し、ゴブリンの進路に割り込む位置に展開する。そのまま迎撃に入った。


 クルトは施工を続けた。


 後ろで金属音がした。騎士がゴブリンを相手に戦っている音だと、頭の片隅が認識した。しかし手は止まらない。路盤の締固め、砕石の敷設、勾配の確認。一工程ずつ、確認しながら進む。


 どのくらい経ったか。


 音が止んだ。


「……おい」


 エルドリックの声がした。クルトが振り返ると、騎士団長が馬から下りてこちらに歩いてきた。甲冑に泥が飛んでいる。剣はすでに鞘に収まっていた。


「なぜ逃げなかった」


「施工を止めると品質が変わります。やりかけの路盤は脆い」


 エルドリックが黙った。


「……ゴブリンが来ても、か」


「はい」


「馬鹿な話だ」とエルドリックは言った。しかし怒ってはいなかった。どちらかといえば、困惑しているように見えた。


 クルトは膝をついて、最後の区間の路面を手の平で触れた。均一に締まっている。合格だ。立ち上がり、手の土を払った。


「助かりました」


「……何?」


「あなた方が防衛ラインを張ってくれたから、私は施工を終えられた。感謝します」


 エルドリックが何か言いたそうな顔をした。しかし言葉は出てこなかった。騎士の目が、クルトの足元——完成した区間——に移った。その視線が、しばらく止まった。


「……次からは事前に通報しろ。こちらも動きようがある」


「了解しました」


 エルドリックが馬に戻った。部下を引き連れて去っていく。クルトはその背中を少しの間だけ見た。「動きようがある」というのは、守る用意があるという意味だ。直接そうは言わない。武人の言い方だとわかった。


 フリッツが駆け戻ってきた。


「領主様!大丈夫でしたか!俺、もう心配で……騎士の人に止められなかったら引き返してたんですよ!」


「退避していてよかった。指示通りに動いてくれた」


「でも一人でいるなんて……」


「一人じゃなかった。騎士団がいた」


 フリッツが、キョトンとした顔をした。


「……最初から計算してたんですか?」


「していない」


 クルトは手帳を取り出した。今日の施工記録を最終確認する。全区間、記録通り。明日からは砕石の粒度を変更する。段取りをフリッツに伝える必要がある。


「今日の工程は終わりです。あとは片付けだけ。砕石の変更については、明日の朝に話します」


「……はい」


 翌朝、現場に戻ると、二十人以上が集まっていた。


 クルトが知っている顔は半分ほどだった。残りは見覚えのない村人たちだ。全員がスコップや手袋を持って立っている。フリッツが照れ笑いを浮かべた。


「昨日のこと、村中に話しちゃって。みんな、来たいって言うから」


「領主様は逃げなかった」と誰かが言った。


 クルトは人数を数えた。二十三人。道路工事の効率が大幅に上がる。今週中に第一区間が完成するかもしれない。


「……手が足りていませんでした。ありがとうございます」


 感謝を口にすると、集まった村人たちがどこか安心したような顔をした。クルトは何故そういう顔をするのかが少しわからなかったが、それより今日の工程が頭にあった。


「では、朝の作業を始めます。砕石の粒度変更から——フリッツ、采配を」


「はい!みなさん、聞いてください!」


 フリッツの声が、冬の朝の空気に響いた。


 二十三人が一斉に動き出す。その光景を横目に見ながら、クルトは設計図を開いた。第一区間の完成まで、あと三日。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ