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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第八話 職人の目と砕石の指摘

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

「砕石の粒度が細すぎる」


 声がした。


 クルトは路床面から顔を上げなかった。木製の定規を路盤の上に水平に当て、目線を低くして平滑度を確認する。光の差し込み方で凸凹がわかる。三センチ以内なら合格だ。


 この区間は、合格だった。


「聞こえているか」


「聞こえています」


 クルトは立ち上がり、測量紐を手繰った。排水勾配の確認だ。十メートル間隔に杭を打ち、水盛りで高さを測る。路肩側に向かって規定の傾斜が出ているかを確かめる。左側、よし。右側——わずかに足りない。ここは明日、土を補充する必要がある。手帳に書き込んだ。


「話しているのに」


「路盤が細かい砕石だと、雨水で流されやすい。おっしゃる通りです」


 クルトはそう言いながら、地面に膝をついた。砕石の粒を一粒取り上げ、親指の腹で押す。確かに細かい。粒径でいえば五ミリ以下が大半だ。路盤の荷重を分散させるには、もう少し粗い方がいい。二十ミリから四十ミリ程度が理想的だ。


「わかっているなら最初からそうしろ」


「採石場の選別が追いついていませんでした。明日から変えます」


 振り返ると、ランベルト・グロースが腕を組んで立っていた。


 いつ来たのかは知らない。フリッツが「ランベルトの親方が……」と耳打ちしに来たのが、一時間ほど前のことだった。クルトは作業を続けた。見せるために施工しているのではないから、特別なことをする必要はない。


 老職人は七十歳に近い体つきに見えたが、立ち姿に隙がなかった。前がけを腰に巻き、ハンマーを差した皮帯を肩から斜めにかけている。それだけで、この男が一生を鍛冶の仕事に注いできたことがわかった。


「シャベルを貸せ」


 クルトは何も言わず、手に持っていたシャベルを差し出した。


 ランベルトはシャベルを受け取り、刃の角度を見た。柄を握り、重さを確かめた。刃先を指の腹で触れる。刃の研ぎ方を見て、短い沈黙の後、こちらに返してきた。


「……悪くない」


 小声だった。聞き取れないほどの声量だったが、クルトには届いた。


「砕石の件は明日から対応します。他に気になる点があればおっしゃってください」


「……まだある、とは言っていない」


「そうですか」


 クルトはシャベルを受け取り、次の区間へ移動した。水盛りの確認が終わったら、今度は側溝の流水テストだ。バケツ一杯の水を側溝の上流端に流し、末端まで澱みなく流れるかを確認する。設計通りに勾配が出ていれば、水は止まらない。


 ランベルトが後ろからついてきた。


 声はかけない。ただ、見ている。


 フリッツが離れたところで工具箱を整理しながら、二人の方をちらちら見ていた。目が合うと、「すごい、すごいですよ」という顔で口だけ動かしてきた。クルトは無視した。


 側溝テストは合格だった。水は滞留なく末端まで流れた。


 ランベルトが、工具箱の前に立ち止まっていた。


 何かを見ている。工具箱の中の一本だった。


「その工具を見ていますか」


「……お前のか、これは」


「私のではありません。現場に置いてあったものです」


 ランベルトが工具を持ち上げた。古い鑿だった。柄は使い込まれて黒ずんでいる。刃の後ろ側に、何かが刻まれていた。記号のような、文字のような。クルトが見たことのない紋様だった。


「その刻印、どこのものですか」


 ランベルトの手が止まった。


 老職人は鑿を見つめ、しばらく黙っていた。


「……先代の領主様が、持ってきたものだ」


「先代、というと、十年前に亡くなった——」


「それ以上は知らん」


 ランベルトはそう言って、鑿を工具箱に戻した。声が、わずかに低くなっていた。感情を消したような声だったが、逆に感情があることがわかった。


 クルトは手帳を取り出し、刻印の形を書き写した。先代領主がランベルトの工具を持ってきた。どういう関係があったのか。財務省が封印した部屋。道路崩壊の不自然なパターン。点と点が増えていくが、まだ線にならない。


「砕石の変更は、明日の朝から取り掛かります」


「ああ」


「ランベルトさんが来てくれて、助かりました」


 ランベルトは何も言わなかった。踵を返して歩き始めた。


 フリッツが走り寄ってきた。


「すごかったですね、親方!あの人が『悪くない』って言うの、初めて見ました!あれはほぼ褒めてますよ!私、十年間一度も言われたことないです!」


「砕石の変更を段取りしてください。明日の朝から」


「あ、はい!でもすごかった——」


「フリッツ」


「はい」


「作業です」


「……はい」


 フリッツが駆けていく。クルトは工具箱に戻り、ランベルトが戻した鑿を手に取った。刻印を見る。細かい、整った彫り方だった。


 ヴィオラが横に来て、記録帳に何かを書き込んだ。クルトが視線を向けると、小さく首を横に振った。「今は聞かないで」という意味に受け取った。


 夕方、片付けが終わり現場が静かになったとき、フリッツが血相を変えて駆け込んできた。


「領主様!ゴブリンです——東の林から、十匹以上確認されています。このままだと現場に向かってきます!」


 クルトは設計図を机に置いたまま立ち上がった。


「……工事は続ける」

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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