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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第六話 設計図と数字の説得

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

「この工事費は、領地の備蓄の六割です」


 ヴィオラが図面の端を指で押さえながら、正面からクルトを見た。「失敗したら、終わりでは?」


 机の上に広がっているのは三枚の図面だ。平面図、縦断面図、排水計画図。三日かけて仕上げた。


「失敗する設計はしていない」


「……それは、自信ですか。それとも根拠ですか」


「根拠だ。説明する」


 クルトは縦断面図を引き寄せた。


「まず地盤改良。路床に石灰を混合して支持力を上げる。この処理をしない道路は、どれだけ上から砕石を積んでも数年で沈む。逆にこれをやれば、同じ材料で三倍の寿命になる」


 ヴィオラは図面を見ながらメモを取っている。手が止まらない。


「砕石路盤の厚さは荷重計算から逆算した。牛車満載で三百キログラム、これが最大荷重と仮定して、路盤支持力に安全率を二倍かけている。つまり計算上の最大荷重の倍の力をかけても崩れない厚さだ」


「安全率二倍……」ヴィオラは数字をそのまま書き写した。「排水計画の部分を教えてください」


「側溝は最大降雨量から算出した断面にしている。この地域の過去の雨量記録から——台帳のこの部分だ」


 クルトは台帳の一頁を開き、ヴィオラに向けた。「最大雨量に対して余裕を持って流せる断面を確保した。勾配は最低で二パーセント。水が溜まらず、かつ土砂が流れすぎない速度になる」


「その数字、記録は正確ですか」ヴィオラが台帳を受け取り、自分で数字を確認し始めた。しばらく指で数字を追い、「……この降雨量の記録、私が入れたものと合っています」と言った。


「確認してもらえると助かる」


「……していません、と言おうとしたんですが」ヴィオラはメモ帳から目を上げた。「自然にやってました」


 クルトは何も言わなかった。


「魔法で施工する部分はどこですか」とヴィオラが聞いた。「設計図に魔法の記述が何ヶ所かありますが、前例がないと思うのですが」


「路床の締固めと、石灰混合の攪拌に使う。手作業の五倍の効率になる。前例がないのは、誰もやったことがないからで、不可能ということではない」


「……魔法で道路を作るという発想が、そもそも」


「魔法は道具だ。槍も魔法も、使い方次第で何にでもなる」


 ヴィオラはしばらく図面を見つめた。


「工事費の内訳、詳しく見せてください」


 クルトは別の一枚を出した。資材費、人件費、魔法使用の工数、想定工期——項目ごとに細かく分けて書いてある。


「最後のページを見てくれ」


 ヴィオラがめくると、一枚の試算表があった。


「この道路が機能したとき、農産物の輸送コストが何割下がるか計算した。今の崩壊状態では、市場まで運べない農家が全体の三割以上いる。道路が直れば全量が市場に届き、税収は現状の二倍以上になる試算だ。工事費の回収は三年以内に終わる」


 ヴィオラの手が止まった。


「……三年で」


「数字で話しましょう。備蓄の六割を使うのは確かだ。しかし三年で回収できる投資に、他の選択肢があるか?」


 沈黙があった。


 ヴィオラは設計図をもう一度、最初から見返した。平面図、縦断面図、排水計画、工事費内訳、経済試算——一ページずつ、丁寧に。


 最後のページに何か書かれているのを見つけて、目が止まった。


 〈調査事項:路盤の異常土質。人工的介入の可能性を調査継続〉


 その一行を読んだとき、ヴィオラの表情がわずかに変わった。何か言いかけて——やめた。代わりに図面を揃え、立ち上がった。


「持ち帰ってもいいですか」


「構わない」


「一晩、確認します」


「確認?」


「その計算、私が確認します。数字に間違いがあれば明日報告します」


 クルトはヴィオラを見た。「確認してから承認するということか」


「そうです」とヴィオラは言った。声に迷いはなかった。「私が署名した書類に誤りがあれば、私の責任です。記録は正確に」


 クルトは何も言わなかった。ヴィオラが台帳と設計図を両手で抱えて退室するのを、黙って見送った。


 その背中が扉の向こうに消えたとき、クルトは小さく息を吐いた。


 前世でも、自分の設計を疑ってくれる人間は貴重だった。確認してくれる同僚こそが、一番の仕事相手だった。



──────



 翌朝、ヴィオラが執務室に来た。


 目の下に薄く影がある。一晩かけて検算したのだろう。


「計算に、誤りはありませんでした」


 それだけ言った。表情は平静だが、その言葉に何かが含まれていることはわかった。


「承認します」とヴィオラは続けた。「工事の予算執行を許可します」


 署名済みの承認書を、クルトの机に置いた。


 クルトは承認書を受け取り、一度だけ見た。ヴィオラ・エーベルトの名が、几帳面な文字で書かれていた。


「ありがとう」


 ヴィオラは小さく頷いた。


「……石灰の調達先が問題になります」と彼女は言った。「設計にある石灰混合安定処理、この量の石灰をどこから」


「ランベルトの鍛冶場に聞く」とクルトは言った。「石灰は鉄の精錬にも使う。在庫があるはずだ」


「また拒否されるかもしれませんが」


「一度行って断られた。次は何かを持っていく」


「何を」


「技術的な問いかけだ。あの人は職人だ。仕事の話には必ず反応する」


 ヴィオラは少し考えてから「そうかもしれません」と言った。確信ではなく、推測として。


 クルトは承認書を引き出しにしまった。


「明日から工事を始める」


「……え、明日ですか。まだ人員の手配が——」


「一人から始める」


 ヴィオラがわずかに目を見開いた。しかしクルトはそれ以上は言わなかった。手帳を手に取り、明日の施工計画を書き始める。


 ヴィオラは扉のところで一度振り返り、「……失礼します」と言って出ていった。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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