第五十三話 同じ印章を持つ二人
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
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翌朝、クルトとヴィオラは封筒の中身を確認した。
便箋が一枚。フォーゲルからダリウスへの通達という体裁だった。表向きの内容は「次の視察日程の調整について」という、何の変哲もない行政的な文面だった。
しかし裏面があった。
薄く書かれた略語が、便箋の端から端まで続いていた。官僚特有の速記体に近い書き方で、ところどころに数字が混じっている。ヴィオラが書き起こしながら声に出した。「NK……移管……上申待機……段階3実行」
クルトはその略語を手帳に書き写しながら言った。「NKはノルトクロイツ。移管は財務省の管轄下への移行。上申待機は……」
「ヴァイス家中央への功績付け替えを、王国に申請するタイミングの待機」とヴィオラが続けた。「ダリウスの手帳の『成功時対応計画』と対応しています」
「段階3、というのは」
「まだ分かりません」
クルトは便箋を置いた。「過去の書類を全部確認したい。同じ紋章入りの封蜡が他にもあれば」
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ヴィオラが書類棚を調べた。時間がかかった。几帳面に整理された棚の中を、一年分ずつ確認していく。その間クルトは執務室の机で設計図の確認をしていたが、手は動いても頭の半分は封蜡の問題に向いていた。
午後になってヴィオラが戻ってきた。「ありました。三通です」
三通の書類を並べた。全て、同じ紋章入りの封蜡が押されていた。
「日付を確認してください」とヴィオラが言った。「全て、ダリウス様の視察時期と一致しています。一通目は道路修復を開始した頃。二通目は橋の設計時期。三通目は城壁の基礎工事の直後」
クルトが日付を手帳に書き写した。ダリウスが「現場を見たい」と言ってきた時期と照合する。全て重なっていた。
「この封蜡の意味を確認したい」とクルトは言った。「王国の習慣上、封蜡の紋章は何を示す」
「同一の結社、または派閥、または正式な契約関係にある者が使います」とヴィオラが答えた。「同じ紋章を使うということは、二人が正式な連携関係にあることを意味します。偶然の一致ではありません。王国の習慣において、封蜡の紋章の共有は……契約の証です」
クルトは黙っていた。
便箋四通と、ダリウスの手帳の複写。これを並べると、一つの絵が見えた。
計画の全体像が、初めて一枚の紙に描けた。
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エルドリックを呼んだのは夕方だった。
「大潮の前後で、フォーゲル管理官またはその配下から、変な接触はなかったか」
エルドリックが眉を寄せながら考えた。「……そういえば、一つある。大潮の一ヶ月前だった。見慣れない男が来て、城壁の巡回スケジュールを聞いてきた。フォーゲル管理官の配下だと名乗っていた」
「巡回スケジュール」
「視察の一環だと言っていたから、教えた。当時は怪しむ理由がなかった」
「それで十分です」とクルトは言った。「ありがとう」
エルドリックが出ていった後、ヴィオラが小声で言った。「防衛計画の情報が、フォーゲル経由でダリウス様に渡っていた可能性があります。城壁の配置も、巡回ルートも」
「そのパターンが、先代の件とも一致する」とクルトは答えた。「重要な情報を収集してから、次の段階を動かす。フォーゲルとダリウスは同じ手順で動いている」
机の前に座り、クルトは紙を一枚取った。「現状の記録資産目録」と書く。
F-01、先代の死に関する書類。F-02、道路の人工崩壊に関する記録。F-05、ダリウスの手帳複写。F-07、封蜡書類の原本と複写。目録を書き終えて、クルトはしばらく眺めた。
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「完璧な設計だな」
クルトが言った。皮肉ではなく、事実として。
ヴィオラが顔を上げた。「設計……ですか」
「失敗すれば財務省がノルトクロイツを整理して、フォーゲルが利益を得る。成功すればヴァイス家中央の功績として上申し、ダリウスが昇進する。どちらに転んでも二人が利益を得る構造だ。隙がない」
「そういう設計を作れる人間は……」
「嫌いじゃない」とクルトは続けた。「ただ、材料に使われるのは御免だ」
ヴィオラがクルトを見た。怒りがないのが、かえって怖かった。静かな確信があった。
「今すぐコンラート様に全部渡すべきです」とヴィオラは言った。
「まだF-01が足りない。先代の死の証拠が揃ってから動く。不完全な告発は潰される。相手は王都に人脈がある。こちらが隙を見せれば逆用される」
「……分かりました」
「でも建てることはやめない」とクルトは言った。「陰謀の解決と建設は並走させる。これが俺のやり方だ」
ヴィオラが短く頷いた。「記録は正確に続けます」
「頼む」
夜になって、ブレスラウ子爵から書状が届いた。「正式な通商協定の交渉に応じる準備ができた」という内容だった。クルトが設計図を広げる。交易路の最終設計を確認する。線と数字だけが並んでいる紙の上に、今夜見えてきた陰謀の全体図が一瞬だけ重なって見えた。
「建てることをやめない。それが一番の答えだ」
クルトが手帳に書いた言葉は、自分自身への確認だった。
そしてその夜遅く、エルドリックから短い報告が来た。「城壁の北東部の巡回中に、見慣れない紋章のついた馬が領地の外れに繋がれていた。今はいない。誰かが来て、去った」
ノルトクロイツを監視している者がいた。
建設と告発が並走する中、外の視線もまた、動いていた。
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
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