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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第五十一話 北の成果に目を向ける者

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

馬の蹄の音が、修復したばかりの石畳に響いた。


 クルトは執務室の窓から、門へと続く道を見下ろした。一台の馬車と、護衛らしき騎士が二人。馬車の側面には王都を示す紋章がある。事前に届いていた通達通りの到着時刻だった。几帳面な人間だ、とクルトは思った。


「コンラート・ハルト様、ご到着です」


 ヴィオラが書類を手にしたまま扉から顔を出した。眼鏡の奥の目が、いつもより少しだけ緊張を帯びている。


「分かった」とクルトは答えた。「いつも通りでいい」


「いつも通り、とは」


「現場を見せる。数字で話す。それだけだ」


 ヴィオラが小さくため息をついた。「……王都からのお客様ですよ。もう少し歓迎の準備を」


「歓迎より、本物を見せる方が正確だ」


 クルトは上着を手に取って立ち上がった。



──────



 コンラート・ハルトは、思っていたより若かった。


 二十六歳と聞いていたが、落ち着いた目をしていた。茶色い髪を短く刈り込み、財務省の紋章が入った上着を着ている。馬車から降りるなり、まず足元の石畳を見た。次に城門の状態を確認し、それからクルトを見た。


「ヴァイス三男殿。コンラート・ハルトと申します。財務省より正式な視察を命じられております」


「クルト・ヴァイスです。現場から案内します」


「……現場から、ですか」


「書類より本物の方が早い」


 コンラートが一瞬だけ目を細め、それから「承知しました」と言った。


 最初に見せたのは主要道路だった。クルトが歩きながら淡々と説明する。「ここは着任直後に全面打設し直した区間です。路盤の砂利層を四十センチ確保した上に、礫と粘土の混合層を転圧しています。地盤改良を三段階に分けたことで、荷重による沈下が起きない設計になっています」


「……荷重計算、というのは」


「この道路は年間換算で、荷馬車百台分の通行に耐えられます。実費でいえば、修復前と比較して輸送コストが約三割下がる見込みです」


 コンラートが手帳を取り出し、書き始めた。「続けてください」


 次は水路だった。農地の脇を走る用水路は、今は水を湛えて静かに流れている。クルトは土手に膝をついて水面を指差した。「勾配は百五十分の一パーミルで計算しています。速すぎず遅すぎず、土砂が堆積しない流速を維持できる。この水路が機能するようになってから、三番村と五番村の農業収量が倍以上になりました」


「倍以上」


「数字はヴィオラ・エーベルトが用意しています。後ほど確認してください」


 コンラートが「はい」と頷き、また手帳に何かを書いた。



──────



 橋を渡り、城壁の上に出たとき、コンラートが足を止めた。


 眼下にノルトクロイツの全景が広がっていた。整備された道路が集落の間を縦横に走り、その向こうに農地が広がっている。水路の水面が夕方の光を受けて光っていた。半年前まで「放棄寸前」と言われていた土地だとは、とても見えない。


「信じられない」


 コンラートが小さく呟いた。クルトは何も言わなかった。


「書類で数字は見ていました。でも……実際に立つと、違いますね。ここが本当に半年前まであの状態だったとは」


 エルドリックが城壁の先端から戻ってきて、コンラートに向かって言った。「大潮の時は、ここから五番防衛ラインまで魔物を誘導しました。城壁があったから、正面から受けずに済んだ。壁がなければ倍の人手が要った」


「騎士団の方からそこまで言われるとは」


「俺が認めた壁の力だ。建てた人間を俺は信用している」


 エルドリックはそれだけ言って、また持ち場へ戻った。コンラートが「……率直な方ですね」とクルトに言う。


「あの人はいつもそうだ」


 夕方、領主館の一室で、ヴィオラが用意したレポートをコンラートに提出した。道路修復延長、農業生産量の推移、人口の変化、税収回復の数値が整然と並んでいた。コンラートが一枚ずつ丁寧に確認しながら、何度か「これは正確な記録ですか」と確かめた。


「記録は正確に、が私の仕事です」とヴィオラが答えた。


「写しをいただけますか。公式記録として保存しておきたい」


 ヴィオラが「あらかじめ三部用意しています」と言って封筒を取り出した。コンラートが一瞬だけ目を丸くしてから、「ありがとうございます」と受け取った。



──────



 夕食の後、三人は応接室に残った。


 コンラートが一度、扉の方を確認してから、少し声を低くした。


「率直に申し上げます。上層部の一部が、ノルトクロイツに目をつけ始めています」


 クルトは何も言わなかった。


「財務省の主流派は、この成果を中央の管轄下に置こうとしています。正確に言えば……あなたが達成したものを、あなたの功績ではなく、中央管理下の事業として位置づけようとしている」


「フォーゲル管理官の動きですか」


 コンラートが少し驚いた顔をした。「……ご存知でしたか」


「名前は以前から聞いていました」


「財務省の特定の担当官が先に視察を申請していた。それが……フォーゲル管理官です。私は個人的に、あなたの仕事が正しく評価されるべきだと思っている。だから今回の視察を先に取りつけました」


 窓の外で風が鳴った。クルトはしばらく黙ってから言った。


「ヴァイス家の中央との関係はどのような状態ですか、とお聞きになりましたよね。視察中に」


「ええ」


「特に問題はない、と答えました。あれは不正確でした。ただ今は、まだその話をする段階ではありません」


 コンラートが表情を引き締め、わずかに頷いた。「……分かりました。私も急かすつもりはありません。ただ一つだけお願いがあります」


「何ですか」


「あなた方が記録してきたものを、しっかり保管しておいてください。記録こそが、最終的に物事を証明します」


 クルトは相手の目を見た。この官僚は、本物の行政官だ、とヴィオラが言っていたのを思い出した。


「承知しました」



──────



 夜、コンラートが客室に引き取った後、クルトとヴィオラは執務室に残った。


 油ランプの明かりの下、クルトは手帳を開いた。一行だけ書く。「敵は外にも増えた。記録を固めなければ」


「大潮を乗り越えたと思ったら、次が来た」とヴィオラが呟いた。怒りではなく、静かな確認の口調だった。


「インフラの戦いは終わらない。前世でも、工事が終わったら次の現場が来た」


「……前世というのは」


「気にしないでください」とクルトは言った。「ともかく、記録の整理を続けましょう。コンラートが言っていたことは正しい。記録が最後に物を言う」


 ヴィオラが頷いて、机の引き出しに手をかけた。そして少し躊躇ってから、引き出しを引いた。


「実は、これが届いています」


 差し出された手帳の表紙に、見覚えのある几帳面な文字があった。


 クルトは一瞬だけ息を止めた。


 それはダリウス・ヴァイスの手で書かれた、見覚えのある文字だった。



 次の話が、始まろうとしていた。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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