第四十八話 破られた壁と、リアルタイムの設計
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。
深夜になった。
松明が城壁の上に並んでいる。その明かりの中を、第三波のゴブリン密集群が押し寄せてきた。二百以上。壕の機能を落としたことで、外壕を乗り越えた個体が城壁の石積みに直接手をかけ始めた。
城壁北東の角に圧力が集中していた。
クルトは物見台の上で、その様子を見ていた。冷静に見えるように努めていたが、実際には脳が全速で動いていた。数値、構造、時間、材料の残量——全部を同時に計算している。
(北東の旧修復箇所。第四章で補修したが、モルタルの養生期間が三週間と短かった。圧力がかかれば……)
崩れた。
幅三メートルほどの石積みが、まるで砂のようにくずれ落ちた。粉塵が上がり、破砕音が夜空に響いた。その向こうに、ゴブリンの影が見えた。
0.5秒。
それだけあれば十分だった。
「ランベルト——!」クルトが叫んだ。「在庫の切石を崩落口の左右に立てろ。二メートル幅で型枠を作れ」
「わかった!」
「フリッツ、採石場から砕石を三十袋。今すぐ持ってこい」
「三十袋——今すぐ!」
「エルドリックさん、崩落口の内側を頼みます。人間の壁を作ってください」
大柄な騎士が一瞬だけクルトを見た。眼が「わかった」と言っていた。
「騎士全員と元兵士——崩落口に!」エルドリックが叫んで動いた。
クルトは物見台を駆け下りながら、頭の中で補修の手順を組んでいた。土魔法で崩落口の下部を圧密する。地盤を固めてから石を積む。上から積む前に地盤を固めなければ、また崩れる——これは基本だ。型枠を先に立ててから充填する。木材のパネルで仮塞ぎして全体が固まるまでの時間を稼ぐ。
(五時間。夜明けまでに完成させられる)
──────
崩落口の前に立ったとき、エルドリックが剣を抜いてゴブリンを押し返していた。
騎士五人と元兵士が横一列に並び、侵入しようとする個体を剣と盾でことごとく弾いている。隙間のない人間の壁。石の代わりに、肉体が城壁の欠損を埋めていた。
「……お前が直している間、俺が止める」
エルドリックがゴブリンを蹴り返しながら、振り返らずに言った。
「——お願いします」
クルトは崩落口の左右の石積みに手をついた。土魔法を流す。前世のロードローラーの代わりに、魔法で地盤を圧密する——精密に、ゆっくりと、しかし確実に。地盤が締まっていく感覚が手のひらに伝わってくる。
「ランベルト、切石を——」
「もう運んでる」老鍛冶師が砂埃の中から言った。「型枠の高さはどこまでにする」
「二メートル。幅三メートル。間を砕石で充填して、上から土魔法で固める」
「モルタルは?」
「今夜は使わない。養生時間がない。砕石の充填圧密で固める——強度は落ちるが、明日の本番を乗り越えれば後で本補修できる」
「……なるほどな」
職人の言葉だった。納得の言葉だった。「設計は分かった。でもモルタルの代わりの充填の密度は俺が判断する」とランベルトが続けた。「お前は設計だけしてろ。現場は俺が見る」
最高の言葉だった。
──────
フリッツが砕石を担いで走ってきた。後ろに四人の男が続く。
「第一便——!」
「充填開始——!」
クルトが土魔法で地盤を固め、ランベルトが型枠の切石を立て、フリッツたちが砕石を流し込む。クルトが再び土魔法で充填を固める——この繰り返しを、一サイクル十五分で回す。
ゴブリンが崩落口から侵入しようとするたびに、エルドリックの剣が押し返す。
「どのくらいかかる」エルドリックが息を整えながら聞いた。
「五時間。夜明けまでに完成させます」
「……夜明けまでに新しい波が来たら?」
「来ない。第三波の密度からして、今夜の波はこれが最後のはずです」
はずだ、という言葉が自分の口から出た。断言ではない。読みだ。前世でも、現場で夜中に問題が出たとき、翌朝の会議に間に合わせるために一人で設計を直した。深夜二時に、資材置き場の横で膝をついて。あのときも「はずだ」という読みで動いた。
そして当たった。
今も当たる。当てる。
(作ったものが壊れても、直すのも俺の仕事だ)
モルタルの養生期間を短縮したのは俺の判断だった。旧修復箇所の石積みに新しい石を積んだのも。想定外ではない——想定が甘かった。その事実は後で向き合う。今は直すことだけに集中する。
フリッツが戻ってきた。腕が震えているのが見えた。
「もう一回——!」
「もう一回!」男たちが応えた。
──────
夜明けの一時間前。
クルトが崩落口の補修面を手で叩いた。乾いた音。石が固まっている。
「——完成です」
声が少し掠れていた。
エルドリックが剣を鞘に収めた。騎士たちが一斉に力を抜く。元兵士の一人が膝をついた。フリッツが地面に座り込んだ。
クルトは補修した壁の左右を手でたどり、石を叩いて音を確認した。右側は大丈夫。左側の上部に少し鈍い音がする——明日の本補修で追加すべき箇所だ。手帳に書く。
「……お前は」エルドリックが、修復した壁を見ながら言った。「壊れた後の設計も、持っていたのか」
「当然です」クルトは答えた。「建てる側は、壊れる瞬間のことも設計する。壊れてから慌てるのは、設計が終わっていない証拠です」
エルドリックは何も言わなかった。しばらく壁を見ていた。
夜明けの光が城壁の東側を染め始めた。
「……終わりか」エルドリックが空を見て言った。
「いや、最終波がまだ来ます」クルトは北を見た。「ストーンゴーレムが三体、まだ動いています」
大柄な男が静かに剣の柄に触れた。
「……ゴーレムは壕で止まるのか」
「壕だけでは止まらない。落とし穴機構と崩落トラップを組み合わせます」
エルドリックが一度深く息を吐いた。
「……俺が最後の一体を仕留める」
静かな声だった。約束の声だった。
「——任せます」
クルトは初めてその言葉を、迷わずに言えた。
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




