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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第四話 騎士は守る、技師は測る

土木転生で辺境改革、初動加速中です。

ここから領地経営とインフラ整備の手触りを厚くしていきます。

「勝手な視察は、兵の士気を乱す」


 エルドリック・シュタインは開口一番、そう言った。


 騎士団の詰所は、領主館の西棟に隣接している。広さの割に殺風景な部屋だ。剣架が壁に並び、地図が卓上に広げられ、防具の匂いが染みついている。エルドリックは卓の前に立ったまま、椅子に座ろうとしない。クルトも座らなかった。


「視察の手順について、確認しなかったのは私の落ち度だ」とクルトは言った。「次からは事前に伝える」


「それだけか」


「それだけだ」


 エルドリックは眉をわずかに動かした。謝罪の言葉を期待していたのかもしれない。クルトはそれを拒んだわけではなく、単純に「手順を守る」という事実だけで応えた。


「……ところで」とクルトは続けた。「あなたは領地のすべての施設の現状を把握しているか」


「……把握している」


「北の城壁、東側の基礎はどういう状態か」


 わずかな間があった。エルドリックの目が、ほんの少し泳いだ。


「……補強が必要な箇所は認識している」


「排水が取れていない。水抜き穴がない造りになっている。基礎の根入れ深さが毎年の凍結で低下している。このままあと二冬続けば、東側の城壁基礎が崩落する可能性がある」


 クルトは手帳を開き、スケッチした断面図をエルドリックに向けた。


「数字で話しましょう。今年の積雪量と去年の凍上量を計算すると、基礎の許容支持力はすでに設計値の六十パーセントを下回っている可能性が高い。崩落すれば城壁の東区間が全損する」


 エルドリックは図を見た。長い沈黙のあと、「……把握していなかった」と言った。声は低く、平静を保っていたが、それがかえって正直な衝撃を示していた。


「私が視察したのは、こういう数字を集めるためだ」


 クルトは手帳を閉じた。


「あなたが守りたいものを、私も守りたい。手段が違うだけだ」


 エルドリックはしばらく黙っていた。やがて、「……視察は正式には認めない。ただし、邪魔もしない」と言った。


 クルトはそれで十分だと判断した。



──────



 午後、クルトは測量に出た。


 道具は簡素だ。麻縄、木製の杭、水を入れた革袋。これだけで前世の簡易水準測量と同じことができる。縄の中ほどに革袋を吊るし、水面の高さを基準に標高差を測る。原理は単純だが、丁寧にやれば精度は十分出る。


 領地を東西南北に区切り、まず主要道路の縦断を測量した。歩きながら要所に杭を打ち、高さの差を記録する。地形の起伏、水の流れ方向、排水の自然な経路——三十年分の感覚が勝手に動いている。


 農民たちが遠巻きに見ていた。


「……あの人、何してるんだ」


「新しい領主様じゃないか。縄持って歩いて」


「変わってるな」


 クルトは気にしなかった。見られることも、囁かれることも。前世でも現地調査はいつも一人だった。誰かに見せるために測量するわけじゃない。正確なデータが欲しいから測量する。


 北区画の道路を歩いていたとき、足が止まった。


 おかしい。


 路面の感触が、周囲と明らかに違う区間がある。一見してわかるほどではないが、靴底から伝わる地盤の固さが突然変わる場所がある。約十五メートルにわたって、地盤が周囲より柔らかい。


 クルトはその区間を杭で印し、手帳に記録した。〈北区画・第三区間:地盤支持力の局所的低下。原因要調査〉


 測量を終えて館に戻ると、ヴィオラが入口で待っていた。


「記録係として来ました」と彼女は言った。「……測量データを管理しないと、工事の根拠が残りません」


「あなたが確認するのか」


「その計算、私が確認します」


 クルトは測量データの書かれた手帳をそのままヴィオラに渡した。ヴィオラはぱらりとめくり、緻密に書き込まれた数字を見て、小さく息を飲んだ。


「……これ、一人で取ったんですか」


「今日一日で」


「……」


 ヴィオラは何も言わなかった。しかし持ち帰り方が慎重だった。両手でしっかり抱えて、走らずに歩いて去った。



──────



 夜、クルトは測量データを地図に落とし込んだ。


 標高を書き込み、水の流れ方向を矢印で示す。排水不良の箇所、地盤の弱点、道路の崩壊区間——すべてを一枚の地図に集約する。


 そのとき、目が止まった。


 主要道路の崩壊箇所に印をつけ、それを線で結んでみる。


 一点、二点、三点——繋いでいくにつれ、あることに気づく。


 崩壊している箇所が、「点」ではなく「線」を描いていた。しかも、その線の描くパターンは——王都への唯一のルートを、正確に遮断している。


 自然の劣化なら、こんなに規則的にはならない。道路は地盤の弱いところから崩れる。しかしこの崩壊パターンは、地形の論理ではなく、まるで誰かが「ここを切断する」という意図で設計したかのように見える。


 クルトは地図をじっと見た。


 手帳を開き、新しいページに書く。〈道路崩壊の分布:点ではなく線。王都ルートを遮断するパターン。人工的介入の可能性を調査継続〉


 そして次のページに書いた。


〈設計図を作る〉

次話もすぐ続きます。

序盤はテンポ重視で、問題発見と実務の一手を積んでいきます。

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