第三十四話 消えた石材
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。
台帳の数字と、現場に届いた石材の数が合わない。
ヴィオラが台帳をクルトの机に広げ、「三回分です」と言った。声がわずかに張っている。感情を抑えているときのヴィオラの声だ。
「三回の搬送、全部で?」
「はい。搬送完了の印鑑が押されています。でも現場に届いたのは、台帳の数字の六割から七割です。差異は合計で、石材が約四十パーセント、砕石と石灰が三十パーセント近く——」
「印鑑は」
「確かにノルトハウスの公印です。私の管理する台帳様式の書式が使われています。ただ」
「ただ?」
「書体が、私が書くものと違います。私の作った書式ではない。誰かが書式を模倣したか、公印だけを使って別の書類を作ったかのどちらかです」
クルトは台帳を見た。印鑑の位置、書式の配置。確かにヴィオラの仕事の精度ではない。几帳面なヴィオラが作る書類は、欄の余白から文字の大きさまで揃っている。この書類は似ているが、細部がずれている。
「記録に間違いはありません」とヴィオラが言った。声が少しだけ震えていた。怒りではなく、自分の管理下で不正が起きたことへの衝撃だ。「私の台帳は正確です。だから差異が出る。つまり——」
「台帳ではなく、搬送の途中に問題があった」
「はい」
クルトは立ち上がった。「採石場から領主館まで歩く。一緒に来てもらえますか」
──────
採石場から工事現場に至る搬送ルートを、クルトは自分の足で歩いた。エルドリックがついてきた。
道の途中、土魔法で地面を感知しながら進む。轍の深さを確認する。荷を積んだ馬車が通れば、一定の重量の轍が残る。荷を降ろした後の空の馬車は、轍が浅くなる。
「ここだ」とクルトは言った。
ルートの中間点、小丘の北側に分岐する轍があった。道から外れて林の方向に続いている。荷を積んだ重さの轍が分岐し、しばらく続いてから消えている。
「……荷を降ろした場所がある」とエルドリックが言った。「林の中か」
「行ってみます」
林の中の小さな空き地に、轍が終わっていた。しかし荷はない。足跡は複数あり、踏み固められた跡から、ここで何かの作業が行われたことが分かる。
「荷はすでに動かされた。足跡の数から見て」とエルドリックが言った。「一台の馬車の跡じゃない。複数だ」
「複数の馬車で分けて運び出した」
「組織的だ。一人でやれる量じゃない」
クルトは地面の轍をもう一度見た。前世の土質調査の感覚で、轍の圧力と深さから馬車の重量を推定する。荷を積んだ轍と、荷を降ろした後の轍が入り混じっている。少なくとも四、五台は動いたはずだ。
──────
採石場から雇っている外注の馬車屋を呼んだ。代表の男は四十代で、クルトを見ると頭を下げた。
「石材の搬送について確認したい。追加の指示はあったか」
「……それは」
「責めているわけじゃない。事実を教えてほしい」
男が少し迷った後、「……ありました」と言った。「書面で、荷の一部をいつもとは別の場所に下ろすように、と。ノルトハウスの印鑑が押してあったので、従いました。そういう指示だと思いました」
「その書面はあるか」
「捨ててしまいましたが……内容は覚えています。『工事資材の一部について、別途の保管場所に仮置きする』というものでした」
「誰から受け取った」
「書面を持ってきた人は、見たことのない人間でした。ただ、印鑑があったので——」
「分かった。ありがとう」
クルトは業者を帰してから、ヴィオラを見た。ヴィオラはすでに「公印の保管状況」について記録を確認し始めていた。
「公印を誰かが持ち出した」
「確認します」
クルトはエルドリックの方を向いた。エルドリックが剣の柄に手をかけている。
「今は調査だ。剣じゃない」
「分かった。でも犯人が分かったら俺に知らせろ」
「……分かりました」
フリッツが端の方でうなだれていた。「最初に気づいたのは俺で、でも俺がちゃんと確認しなかったせいで……」
「気づいたのは今でよかった」とクルトは言った。「最初から分からない設計にしていた奴が悪い。お前のせいじゃない」
フリッツが顔を上げた。
「今後の搬送は俺が立ち会いで確認する。書面の交付はヴィオラさんの直筆のものだけ有効にする。他に誰かが何か書類を持ってきても、それは無効にします。全員に伝えてください」
「はい」とフリッツが言った。
工事現場に戻った。石材が四十パーセント不足している。設計強度を出すための充填砕石も減っている。ランベルトが作業場の隅で腕を組んで立っていた。
「足りない材料で仕事はできんぞ」とランベルトが言った。「俺の仕事は半端な材料でやるもんじゃない」
「分かっています。代替材料で同等の強度を確保する方法を、一緒に考えてほしい」
「……一緒に考えるのか」
「一人では判断できません。あなたの経験が必要です」
ランベルトがしばらくクルトを見た。それから、黙って道具箱を開けた。了承の答えだ。
夜、一人で計画の見直しをした。採石場への代替ルートの開拓、搬送スケジュールの組み直し、不足分の計算。前世で工事現場の材料横領に遭ったときのことを思い出した。あのときも証拠を集めて、手続きを踏んで、記録を整えて、対処した。感情で動かず、事実を積み上げた。
今回も同じやり方でいい。主犯が誰かは、まだわからない。でも「内部に指示できる立場の誰かがいた」という事実は確かだ。
ヴィオラが「私の記録に間違いはありません」と言ったとき、声が震えていた。ヴィオラの仕事を汚した誰かがいる、という怒りが、クルトの胸の中に静かに生まれていた。感情ではない。もっと冷たい、確認のような感情だ。
翌朝、エルドリックの部下が駆け込んできた。
「領主様、斥候が戻りました。霧の草原の魔物の数が——例年と全く違うという報告で——」
クルトは立ち上がった。
「エルドリックを呼んでくれ。すぐに」
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




