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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第三十三話 断る理由

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

朝食のテーブルに、領地の農村で取れた黒パンとチーズが並んでいた。質素な食事だが、ヴィオラが気を遣って林檎のコンポートを添えている。フォーゲルはそれを見て「素朴で結構」という笑みを見せた。クルトは何も言わなかった。


「さて、領主殿」とフォーゲルが言った。「昨日の書類についてですが、率直にお話しさせていただきたい」


「どうぞ」


「実は財務省と、王都の土木管理部門では、有能な人材を必要としております。ヴァイス辺境伯家の三男殿が、この辺境で……なんといいますか、消耗されるのは、国にとっても損失です」


 クルトはパンを切りながら、「なるほど」と言った。声に何も乗せずに言った。


「具体的に申し上げますと——ノルトクロイツ領の財務省への移管に同意いただければ、王都での施設改修・都市整備の管理職として転出いただけます。給与も地位も、今よりずっとよくなる。ご家族、辺境伯家への体裁も保たれます」


 窓の外を一瞬見た。まだ崩れかけたままのノルトハウスの城壁の輪郭が、朝の光の中にある。北面の工事は始まったばかりだ。


「少し、考える時間をください」


「もちろんです。焦ることはありません」


 クルトは席を外した。廊下でヴィオラが待っていた。


「フォーゲル管理官の提案を断れば、財務省を正面から敵に回すことになります」と彼女は言った。


「最初から敵じゃないか」


「……」


「あの書類が届いた時点で、財務省はノルトクロイツを廃棄する方向で動いている。懐柔の提案を受け入れても、断っても、立場は変わらない。受け入れれば、ここで積み上げたものが全部消える」


 ヴィオラが少し間を置いた。それから小さな声で言った。


「……断りますよね」


「ああ」


 短い返事だったが、ヴィオラは小さくうなずいた。


 クルトは食堂に戻った。



──────



「お断りします」


 クルトは席に戻るなり言った。フォーゲルのナイフの動きが一瞬止まった。しかしすぐに表情を戻し、「理由を聞かせてもらえますか」と言った。


「まだ作っている途中だからです」


「……途中、ですか」


「城壁が完成していない。水路の東側が未整備のまま残っている。農村の二か所で道路の修復が必要です。途中でやめる理由がない」


「しかしながら」とフォーゲルは言った。「途中でも、放棄すれば続きは不要になる。国として判断すれば、そういう選択肢もあるわけです」


「誰かが不要と判断したとしても、ここに必要な人たちがいる限りは不要にはならない」


 フォーゲルがクルトを見た。先ほどの「品定めの目」とは少し違う目だった。「値踏みしていた相手の値が変わった」という目だ。


「感情的な判断ですね」


「数字の問題です」とクルトは言った。「今のノルトクロイツの農業生産量、道路利用率、領民数の推移——後ほど書面でお渡しします。財務省の計画書が根拠にしている二年前のデータとは、かなり違う数字が出ます」


 フォーゲルが少し顎を引いた。笑みが消えていた。しかしすぐに薄い笑みを戻して、「……分かりました」と言った。「では、また別の形でお話しする機会もあるでしょう」


 そう言って食卓を立った。最後の「別の形で」という言葉を言うときの目は、笑っていなかった。



──────



 食堂の外の廊下で、エルドリックとすれ違った。


「どうだった」とエルドリックが短く聞いた。


「断った」


「そうか」


 それだけだった。しかしエルドリックが一度だけ、わずかに頷いた。その頷きがどういう意味を持つか、クルトには分かった。


 ランベルトが領主館の庭で石材の図面を広げていた。フリッツが横でメモを取っている。「帰るのか」とランベルトがフォーゲルの馬車の方向を見ながら言った。


「まだ滞在するらしいです」とフリッツが答えた。


「……嫌な感じだな」


 ランベルトの呟きは当たっている、とクルトは思った。「もうしばらく、視察として滞在させてもらう」とフォーゲルは告げてきた。余裕を崩さない笑みで言われると、余計に嫌な感じがする。


 クルトは執務室に戻り、書類を書いた。「現在のノルトクロイツ領農業生産量・道路利用率・領民数推移(比較表)」。ヴィオラの記録から数字を引き出し、一覧にまとめる。これをフォーゲルへの書面として渡す。「数字を示せ」と言ったのはこちらだ。相手が出さなくても、こちらから出す。


 書き終えて窓の外を見た。城壁の北面が工事待ちのまま、午後の光を受けている。表面の石が風化した白さで、所々に亀裂が走っている。


(まだここにある。まだやることがある)


 翌朝、城壁工事の第一工区に搬入されるはずだった石材が、予定の半分しか届いていなかった。フリッツが「馬車の荷が少なかった」と報告してきた。


「少なかった? 足りない分はどうした」


「馬車の御者さんが、そのくらいしか積んでこなかったと……手配のミスかもしれないと……」


 クルトは一瞬、領主館の方角を見た。フォーゲルが昨日から滞在している方向だ。


 単なる手配ミスか。


 それとも——。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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