表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/49

第三十一話 構造から見直す

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

城壁の表面をなぞった指先に、石粉がついた。


 クルトはその粉を見ながら、「やはりそうか」と内心で呟いた。声には出さない。ただ、手帳に数字を書き込んだ。


「どうだ」とエルドリックが言った。城壁沿いに並んで歩きながら、騎士団長は組んだ腕をほどきもしない。


「風化が表面だけじゃない」とクルトは答えた。「石材そのものが、内側から死んでいる」


「死んでいる?」


「水が入って、凍って、融けて、また入る。それを何十年も繰り返すと、石の内部に細かいひびが走る。外から見ると分からない。でも叩くと音が変わる」


 クルトは城壁を軽く拳で叩いた。こつ、という乾いた音ではなく、ぼん、という鈍い音がした。


「……空洞か」


「空洞、あるいは内部での土砂の圧入。どちらにしても、表面を塗り直して石を詰めても意味がない。来年の冬にまた崩れる」


 エルドリックが「ならばどうする」と言った。言い方は素っ気ないが、聞いているのは分かる。橋の工事を経て、この男がクルトの言葉を「説明の価値のある言葉」として受け取るようになっているのを、クルトは感じていた。


「基礎から直す。積み方ごと作り直す」


「……時間がかかるな」


「かかります。でも直さない壁は守れない。守れない壁に時間をかけた方が損失が大きい」


 エルドリックは黙った。反論しないのは、同意しているからではなく、反論の根拠が見つからないからだ。それで十分だった。


 クルトは城壁の全周を歩いた。北面、東面、南面、西面。一周すると、高さの不揃いが目立った。修復を繰り返した痕跡が各所に残り、積み方が場所によってばらばらだ。使っている石材も、質の揃っていない箇所がある。前世でいえば「工区を分けて複数業者に発注したが、品質管理をしていなかった」工事だ。


 土魔法を使って、足元の地盤を感知する。城壁の北面の基礎下、特に北西の角あたりで、支持力の弱い層が混入している感触があった。


(沈下が進んでいる。北西角は特に危ない)


 手帳に書き込む。測量値、石材の状態、地盤の感触、崩落箇所の位置。数字が積み上がっていく。



──────



 午後、採石場まで馬で出た。フリッツが馬の口をとりながらついてきた。


「領主様、ここは前に一度来ましたよね」


「ああ。ただ今日は石の種類を確かめる」


「種類?」


「城壁に使う石材は、風化に強いものがいい。ここで採れる硬質石灰岩なら、適切に加工すれば百年は持つ」


 フリッツが「百年」と繰り返した。実感が湧かないような顔をしている。それはそうだろう。クルトだって、前世で百年先の道路を設計したときは、完成したものを自分では見られないと思いながら図面を引いた。


 採石場の露頭から試掘を行う。土魔法で地層の深さを確かめ、石灰岩の層がどこまで続いているかを確認する。フリッツが削り出した石のかけらを拾い上げ、「硬いですね」と言った。


「硬いし、水を吸いにくい。これが城壁の材料にいい理由だ」


「でも、今ある城壁の石とは違うんですか」


「別の採石場か、もっと質の低い層から取っていたんだろう。あるいは時代が違う。昔の人が積んだ城壁が今も立っているのは、そのときの職人の腕が良かったからかもしれない。でも今の状態は、何度も補修を重ねた結果として品質が落ちている」


 フリッツが「なるほど」と言い、周りの農夫たちに「領主様が石の顔色を読んでいる」と小声で伝えた。クルトはその言い方が少し気に入った。顔色。構造物には確かに顔色がある。


 埋蔵量の試掘を続けながら、クルトは工事の規模を頭の中で計算していた。北面から優先的に着工し、東面、西面、南面と順番に進める。一工区の完成を確認してから次に移る。並行作業は材料が潤沢になるまで抑制する。


(今の財政では厳しいが、橋の完成後に物流が増えた分の税収が入り始めている。計算の上では、できないことはない)



──────



 翌朝、クルトは設計書を書き終えた。


 ランベルトを呼んで、厩舎の横の作業場に図面を広げた。ランベルトが老眼鏡をかけながら、「どれどれ」と図面を覗き込んだ。


「外周に石を積み直すだけじゃないんですか」とランベルトが言った。「城壁なんて、詰めて積んで固めてしまえばいいんじゃないですか」


「それだと十年後にまた同じことになる」


「でも今まではそうやって作ってきた」


「だから今まで通りじゃない。内部に砕石を充填して、排水層を設ける。外周に積む石は丁寧に加工して、隙間なく噛み合わせる。水が入る余地を根本から断つ」


 ランベルトが図面を指でなぞる。しばらく沈黙した後、「……砕石を中に詰めるのか。それで排水する、という話か」と言った。


「はい。石積みの内部に水が滞留するから崩れる。水が下に抜けるルートを作れば、凍結圧力が弱まる。やったことがないですか」


「ない。そういう考え方は聞いたことがなかった」


「前世で——いや、勉強の過程で覚えた工法です。石積みの内部設計の話です」


 ランベルトが「……ほう」と低く言った。これはランベルトが「興味を持った」ときの声だ。反発ではなく、職人としての知的好奇心が動いた声。


「石材の加工方法を教えてほしい。面を合わせるだけでなく、噛み合わせの角度を計算して切る。一緒に考えてもらえますか」


「……難しいな」


「難しいのは知っています。でも一緒に考えれば解決できると思っています」


 ランベルトがしばらく図面を見た後、「道具の話をしよう」と言った。了承の言葉だ。


 その夜、クルトは計画書をヴィオラに渡した。


「……読みます」とヴィオラは言い、受け取った。翌朝、彼女は費用の試算と一緒に計画書を戻してきた。


「コストは従来の修復の約三倍です。工数も三倍以上かかります」


「分かっています」


「それから——これは許認可が必要な規模の工事です。法的には大規模公共土木工事に該当する可能性があります」


「書類を出せばいい」


「書類を出すのは構いません。ただ、中央の許可が下りるまで数ヶ月かかる場合があります。辺境防衛特例を適用すれば許可なく着工できる余地はありますが、財務省がその解釈に同意するかどうかは——」


 ヴィオラが言葉を止めた。クルトが「何か」と聞いた。


「いいえ。許認可申請を同時に進めながら、辺境防衛特例での着工を準備するのが現実的だと思います。ただ、財務省からの横槍には注意が必要です」


「分かりました。書類はヴィオラさんに任せます。申請と特例適用の両方を並行で準備してください」


「記録は正確に、残します」


 クルトは設計書の末尾に一行書き加えた。「完成後の防衛シミュレーション:北面完成後、例年の小規模侵攻に対し、騎士5名での対応が可能になる。想定強度は対ストーンゴーレム(B級)単体の正面衝突に耐える設計とする」。


 許認可申請書類を封書にして、翌朝王都へ向けた急使に託した。


 その翌日、フリッツが走り込んできた。


「領主様、街道に見慣れない馬車が停まっています。王家の紋章じゃなくて、別の紋章で——」


 ヴィオラが顔色を変えた。


「……財務省の紋章ですか」


「そ、そう言ってましたです、馬車の御者が」


 ヴィオラが「……この時期に、なぜ」と小さく呟いた。その声に、クルトはひとつの答えを聞いた気がした。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ