第三十話 橋は、人を繋いでいた
ここまで読んでくれてありがとうございます。
節目の回です。物語と領地の両方が一段進みます。
夜明けから、両岸に人が集まっていた。
東岸の農業集落ヴァルトドルフから老若男女が、西岸の採掘作業場シュタインブルクからも人が出てきた。子どもたちが走り、老人たちが杖をついてゆっくりと歩き、母親が赤子を抱いて橋を目指した。川霧がまだ残っていたが、その中を人の流れが動いていた。
クルトは橋の東端に立って、全体を見渡していた。
「こっちから渡れます! 幅四メートルあるので、荷馬車も通れますよ!」
フリッツが張り切って声を上げていた。腕を振って人を案内し、荷物を持ちきれない老人の荷を持ち、子どもたちに「踏んでも大丈夫だ、ちゃんと作ってあるから」と言い聞かせていた。
クルトは何も言わなかった。ただ見ていた。
橋の上を、人が渡っていた。
──────
それは、川の中央で起きた。
東岸から渡り始めた老人が、橋の中央で足を止めた。七十代の男で、農夫らしい日焼けた肌と曲がった背中を持っていた。彼は立ち止まって、西岸から渡ってくる人の流れを見た。
その中に、一つの顔があった。
老人が目を細めた。「……お前か?」
声は小さかった。しかし川の上で、静かに届いた。
西岸から来た別の老人が立ち止まった。同じくらいの年齢で、仕事着姿だった。採掘場で働いてきたのだろう、両手が大きく節張っていた。
「……ああ、生きていたのか」
それだけだった。
二人が橋の上で抱き合った。
何も言わなかった。言葉は必要なかった。十年以上前、エーデル川の橋が流されてから——手紙も届かなくなり、互いの消息もわからなくなった幼なじみが、今日初めて会っていた。
クルトはそれを見ていた。
何も言えなかった。
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ヴィオラが静かに横に来た。
クルトは気づいていた。足音が聞こえた。しかし振り返らなかった。
ヴィオラも何も言わなかった。橋の上の光景を、隣で見ていた。老人二人が離れ、また抱き合い、片方が泣いて、もう片方が泣かないようにして笑って、それでも顔をそむけていた。
しばらくして、ヴィオラが言った。
「……良かった」
小さな声だった。
「ええ」とクルトは答えた。
それきりだった。それで十分だった。
──────
橋の上に人が増えていった。
どこかで「あの家の人か、生きていたのか」という声がした。また別の場所で「あんた、もしかして……」という声がした。再会が、連鎖していた。東と西の人間が同じ場所に立つ——十年以上なかったことが、今日初めて起きていた。
子どもたちは意味を知らなかった。橋の上を走り回り、欄干から川面を覗き込み、石板を踏んで響きを確かめた。笑声が川の上に広がった。
ランベルトが欄干の一点に手を当てて、川の流れを見下ろしていた。近くに来た村の男が「この橋、丈夫なのか?」と尋ねた。
「……百年持つ」とランベルトが答えた。視線を川に向けたままで。「それ以上かもしれんがな」
クルトはその言葉を、少し離れた場所で聞いた。目が細くなった。
──────
エルドリックがクルトの横に来た。
騎士としての姿勢を保ちながら、橋の上の光景を見ていた。老人たちが再び抱き合っているのを見た。子どもたちが走っているのを見た。長い沈黙の後に、口を開いた。
「……領主、俺は今まで剣で人を守ることを考えてきた」
クルトが聞いた。
「だが——この橋も、人を守る仕事だったのかもしれない」
「……そう思います」
エルドリックが何も答えなかった。しかしその目が、橋の上を渡る人々を追い続けていた。
フリッツが走ってきた。泥のついた顔で、目が赤かった。
「……俺も、何かに繋がった気がします」
クルトが振り返ると、フリッツが橋の上の老人たちを見ていた。孤児として先代領主に拾われた二十歳の若者が、今、橋の上で再会する人たちを見て泣いていた。
「そうですか」とクルトは言った。それだけ言った。
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夕方、人波が引いた後、クルトは一人で橋に上がった。
東の端から歩き始めた。
足の下に橋板の感触があった。石と鉄の複合材が、体重を均等に受けていた。揺れない。きしまない。川の流れの音が足元から聞こえてくる。遥か下の水が、絶え間なく流れていた。
第一橋脚の上を通過する。第二橋脚。キーストーンの真下。アーチの中央点。そして西の端へ。
渡り切った。振り返る。東の岸がある。
端から端まで、ちゃんと橋だった。設計図の通りに、橋が立っていた。
クルトは川の流れを見た。
前世でも、橋を作った。いくつも作った。完成後に現場を歩いたこともあった。しかしそれは竣工検査の一部であって、橋として渡るためではなかった。完成した橋を、橋として歩いたことが——自分のために歩いたことが、あっただろうか。
今日の老人二人のことを思った。
俺が前世で作った橋も、誰かがあんな顔で渡っていたのかもしれない。俺はその場にいなかった。感謝される現場にいなかった。誰も教えてくれなかった。——でも今は、ここにいる。見ていた。
声に出さなかった。出せなかった。
川の音だけが流れた。
「インフラは裏切らない。正しく作れば、ちゃんと機能する」
前世から繰り返してきた言葉が、今日初めて違う意味を持って戻ってきた。機能する、という言葉の意味が、数字の先にあった。
クルトはそこに立ち続けた。
──────
翌朝、ヴィオラが執務室に入ってきた。
「橋開通後の最初の週の通行記録です」
書類を机に置いた。数字が並んでいる。通行者数、通過した荷馬車の台数、両岸間で動いた物資の種類と量。
クルトが確認すると、予測を上回っていた。
「……思ったより多い」
「ええ」とヴィオラが言った。「想定の一・四倍です。東西の交流はこれほど需要があった」
しばらく数字を眺めた後、ヴィオラが続けた。
「……気になることがあります」
クルトが顔を上げた。ヴィオラの表情が少し硬かった。
「城壁の状態を改めて確認したのですが、北側の崩落箇所が先月より広がっています。このまま冬を迎えれば——魔物の波が来る前に、対処が必要かもしれません」
「次の問題が来ましたね」
クルトが設計図を広げた。城壁の図面ではない——まだない。白紙だった。
そこへエルドリックが入ってきた。クルトとヴィオラの顔を交互に見て、書類と白紙の設計図を見た。
「城壁を本気で直す気があるなら、俺も動く」
エルドリックは言い終えると、何かを確かめるように少し間を置いた。
初めてだった。エルドリックが、自分から、建設に向かって前向きな言葉を言ったのは。
クルトが鉛筆を手に取った。
ここで一区切りですが、次からまた状況が動きます。
続きも読んでもらえると嬉しいです。




