第二十八話 迂回路は三日で作る
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
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「在庫は十日分です」
ヴィオラが即座に言った。書類をめくりながら、声に焦りはなかった。ただ、数字が告げていた。「石材の補充が止まれば、最大で十日以内に本工事が止まります」
クルトは地図を広げたまま聞いていた。
ガルトナー伯爵が封鎖した南道は、ブレスラウ子爵領からの石材搬入の主要ルートだった。北部資材のほとんどがこの道を通っていた。ヴィオラの報告は正確だ。十日で工事は止まる。
「伯爵はノルトクロイツと正式な敵対を始めるつもりか」とエルドリックが言った。「それなら——」
「それなら、別の道を作ります」
エルドリックが言いかけた続きを、クルトが遮った。
エルドリックが固まった。「……作る、とは?」
「文字通りです」とクルトは言い、地図に目を戻した。「封鎖されたなら、別の搬入ルートを設計する。それだけです」
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クルトが地図の上に指を走らせた。
「南道以外のルートは三つあります。一つ目、東の山道。今は人が通れる程度で、荷馬車は無理です。整備すれば使えますが、一ヶ月はかかる」
指が動いた。
「二つ目、ガルトナー領の南側を大きく迂回する迂回路。使えますが、距離が倍になります。搬入コストが跳ね上がる」
もう一度、指が動いた。川の流れに沿って。
「三つ目、エーデル川の上流から筏で流す」
ヴィオラが顔を上げた。「上流から石材を筏で?」
「石材を筏に積んで川に流せば、ガルトナー領を通らずに工事現場まで直接届けられます。今の仮設丸木橋を荷卸し場として転用すれば、筏から直接陸揚げできる」
部屋が静かになった。
「ブレスラウ子爵領の上流側に荷積み場が必要になります。そこだけ設備を作れれば、ルートは成立します」
ヴィオラが手帳に書き込みながら言った。「川の使用権は?」
「エーデル川の主流域はノルトクロイツの領内です。上流の荷積み場も、子爵に話を通せば問題ない」
クルトが書状の紙を引き寄せた。「早馬で連絡を取ります。今日中に」
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ブレスラウ子爵からの返答は三日後に来た。
「面白い。実は我が領でも川での輸送を考えていた。喜んで協力する」
ヴィオラが書状を読み上げながら、わずかに目を細めた。「早い返答でした」
「ガルトナー伯爵への対抗という意味でも、乗る理由がある」とクルトは言った。「ブレスラウ子爵とガルトナー伯爵は、もともと仲が良くない」
「そこまで読んでいたのですか」
「読んでいたわけではありません。結果として条件が合ったというだけです」
ヴィオラが何か言いたそうな顔をしたが、書類に視線を戻した。
同じ日、クルトは川岸の仮設荷卸し場の設計を始めた。フリッツを呼び、図面を前に説明した。
「ここに杭を六本打つ。桟橋の板はランベルトの工房にある端材で間に合う。筏が横付けできる幅が必要なので——」
「俺がやります!」とフリッツが言った。毎回そうだった。「三日で完成させます!」
「三日で頼みます」
「やります!」
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フリッツは本当に三日で完成させた。
杭を打ち、桟橋の板を渡し、滑車と綱を組み合わせた荷揚げ装置を手製で作った。職人の一人が「こんな構造で重い石材が降ろせるか」と首を傾げたが、フリッツは「やってみなければわかりません」と笑って言い返した。
試験的に丸太を一本筏に乗せて流してきたところ、荷卸しは二十分で完了した。道路を使う迂回路ではなく、川そのものを搬入路に変える——三日で荷卸し場を仕上げたことで、新しいルートが正式に動き始めた。
「……できた」とフリッツが言い、その場に座り込んだ。膝まで泥だらけで、顔には汗と川の水が混じっていた。「迂回路、俺たちで作れましたね」
エルドリックがその様子を岸から見ていた。しばらく黙っていて、それから静かに言った。
「……建設というのは、武器になるな」
クルトが振り返った。エルドリックが川を見ていた。
「剣で解決できないことが、設計で解決できる。これは——」
エルドリックは言葉を続けなかった。しかしその目が、何かを確かめているようだった。
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その夕方、クルトはガルトナー伯爵への書状を書いた。
ヴィオラが横に座って、クルトの口述を書き留めながら言った。「……これは怒らせませんか?」
「怒らせるつもりはありません」
書状の内容は、こうだった。
「南道の封鎖、承知いたしました。今後、資材はエーデル川経由で輸送いたしますので、南道を使う予定はございません。ご対処、ありがとうございました」
ヴィオラがペンを止めた。「……感謝、ですか」
「封鎖されたことで川輸送のルートを確立できた。ある意味では本当のことです」
「普通、こう書きますか?」
「怒りをぶつけるより、機能的な通知の方が建設的です。伯爵も、この書状を読めば封鎖が意味をなさなくなったと理解する。次の一手を考えるでしょう」
ヴィオラが書き終えた。封をしながら、どこか感心したような顔をしていた。
「書いてしまいました。これで伯爵がどう出るか」
「見てみましょう」
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ガルトナー伯爵からの返答は、一週間後に来た。
使者が持参した書状には、短く書いてあった。「……見ておこう」
「それだけですか」とフリッツが聞いた。
「封鎖の継続も、解除も、明言していません」とヴィオラが言った。「あいまいな返答です」
「封鎖は意味がなくなった。伯爵もそれを分かったはずです」とクルトが言った。
翌日、ブレスラウ子爵領の上流から最初の筏が届いた。石材が積まれた筏が川を下り、荷卸し場に横付けされた。フリッツが滑車を動かし、職人たちが石材を陸に上げていく。
「川から資材が来るとは思わなかった」と石工の一人が言った。
川の流れは変わらない。しかし今、その流れが搬入路になっていた。工事が再開した。
クルトは川岸に立って、筏から降ろされる石材を確認しながら思った。
障害は力で押し返す必要はない。設計で回避できる。
それは前世でも変わらなかった。封鎖された工事用道路を迂回する仮設路を一晩で設計したことがある。予算が切れて工法を変更したことが何度もある。障害は、乗り越えるより回り込む方が、たいていは速い。
川岸に、鉄骨を積んだ別の荷馬車が到着した。ランベルトの工房からだった。
橋のアーチを組む鉄骨が届いていた。いよいよ本格的な骨格の工事が始まる。
ランベルトが工房から直接ついてきていた。荷馬車から降りて鉄骨の一本を検める。叩いて音を聞く。接合部の寸法を確認する。その指が、鉄骨の表面をゆっくりと撫でた。
クルトは少し離れた場所から、その姿を見ていた。
ランベルトがふと川を見上げた。橋の骨格が見えてきたアーチを眺めて、誰に向けるでもなく呟いた。
「……美しくなってきた」
それが誰への言葉なのか、クルトにはわからなかった。しかし聞こえた。その言葉が、胸の中に静かに落ちた。
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
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