表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/42

第二十一話 設計図は嘘をつかない

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

川岸に立つと、流れの音だけが聞こえた。


 エーデル川の橋が流されたのは十年前だと、村人から聞いていた。今は礎石だけが残って、川底に半分埋まっている。増水のたびに砂が堆積し、もとどこに橋があったかも、注意して見なければわからない。


 クルトは川岸の端に立ち、対岸を見た。


 東岸まで、目測で十六メートルほど。水面から岸壁まで一・五メートル。西岸の地盤は砂岩混じりの岩盤で、指で押しても崩れない。流速を測るため、手元の木の枝を川に投げた。枝が対岸の礎石のそばを過ぎるまでの時間を、心の中で数える。


「……秒速一・二メートルほどか」


 独り言を言ったつもりだったが、後ろから声が返ってきた。


「領主様、何を計ってるんですか?」


 振り返ると、フリッツが立っていた。またついてきていた。


「川の流速だ」とクルトは答えた。「橋を架けるのに必要な数字を揃えている」


「橋……ですか?」フリッツが川を見た。「ここに?」


「ここに」


 クルトはしゃがんで川岸の岩盤を素手で確かめた。しっかりした砂岩の層だ。風化は表面だけで、一センチも削れば生の岩が出てくる。基礎を取れる地盤だ。


 アーチで行ける、と思った。


 前世でこれと似た条件の橋を設計したことがある。川幅十八メートル、流速は少し遅かったが、基礎の地盤はほぼ同じ条件だった。その橋は今でも国道の上に立って、毎日何百台もの車を渡しているはずだ——もっとも、この世界から見れば、それは別の世界の話でしかないが。


 手帳に数字を書き込む。川幅、流速、地盤の所見、岸壁の高さ。それだけあれば、設計の骨格は作れる。


「フリッツ」とクルトは言った。


「はい」


「明日の会議に出てくれ。人手がいる」



──────



 翌日、領主館の執務室に四人が集まった。


 ヴィオラ、ランベルト、エルドリック、そしてフリッツだ。机の上にクルトが広げたのは、一枚の設計図だった。


 アーチ橋。川の両岸から半円を描くように鉄骨が伸び、中央でひとつに繋がる構造。橋脚が川の中央に一本、両岸側に各一本。橋板は石板と鉄板の複合で、幅四メートル。荷馬車が通れる広さだ。


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「見たことがない形だ」と最初に言ったのはランベルトだった。「こんな曲がった橋など、どこで見た」


「見ていません」とクルトは答えた。「設計しました」


「設計……」ランベルトが口を歪める。「アーチなぞ、鉄の無駄遣いだ。まっすぐ梁を渡せばいい。なぜわざわざ曲げる」


「曲げるのではなく、圧縮させるんです」


 クルトは床に膝をついて、木の棒で地面に図を描き始めた。


「鉄は引っ張りには強いが、曲げには弱い。長い梁を川に渡すと、荷重がかかるたびにたわむ。たわみが繰り返されれば、いつか折れる。ところがアーチは違う。荷重をアーチが受けると、力は軸に沿って斜め下に流れ、最終的に両岸の地盤に押しつける力になる。鉄が圧縮される方向だ。圧縮に対しては、鉄は非常に強い」


 地面に描いた図を、ランベルトが黙ってのぞき込んでいる。


「つまり、アーチにすると荷重の伝わり方が変わる、ということか」


「そうです。同じ鉄の量で、より重い荷物を渡せる。梁橋より材料が少なくて済む場合もある」


 ランベルトが腕を組んだ。何かを考えている顔だ。否定の顔ではなくなっていた。


「……その計算は正しいのか?」


「確認してみてください」


 横から手が伸びた。ヴィオラだった。設計図の横に計算式を写し取りながら、「その計算、私が確認します」と言った。ペンが素早く動く。数字を書き写し、自分でも計算を始めている。


「コストと工期の試算も必要です」とヴィオラが言った。「今の領地の予算規模と照合しなければ、承認できません」


「口述します」とクルトが答えた。「橋の全長は十六メートル、幅四メートル。使用する鉄材は——」


 数字が続く。鉄材の必要量、採石量、工期の見込み。ヴィオラが一つ一つを記録し、自分で検算を加えていく。しばらくして、「……合ってる」と小声で呟いた。


「工期は二ヶ月ほど。費用は、現在の領地の半期税収に相当します」とヴィオラが言った。「かなり大きい出費ですね」


「採石は領内の採石場を使います」とクルトが言った。「放棄されているが、岩盤は生きている。実質コストはさらに下がる。それと——橋ができれば、東西の物流コストはどう変わりますか」


 ヴィオラが数字を確認しながら計算し、「……東西の物流コストが三割下がります」と答えた。小さく目を見開いている。「これは記録しておかなければ」


「工事中は川を渡れなくなる」とエルドリックが言った。「その間、東の村の防衛はどうする」


「仮設の丸木橋を並走させます」とクルトが即座に答えた。「幅一メートル、人間と荷馬車一頭が通れれば十分です。工事期間中はそちらを使う」


 エルドリックが少し間を置いた。「……準備はいい」


 それが、エルドリックにできる精一杯の承認だとわかった。


「では着工します」とクルトが言った。


 ヴィオラが正式な工事請書を書き始めた。


「俺も川に入る作業やります!」とフリッツが手を挙げた。「領主様が川に入るなら、俺も一緒に」


「ありがたい」


 ランベルトが設計図を手に取った。じっと見ている。指で線をなぞり、アーチの部分の寸法を確認している。しばらくして、「鉄材の算段は儂がつける」と言った。「素人みたいな発注をするな」


 口調はいつも通り、ぶっきらぼうだった。しかし設計図を手放さない。


 クルトは何も言わなかった。



──────



 翌朝、クルトは着工準備のため川岸へ出向いた。


 仮設丸木橋の材料確認と、採石場の場所を確かめるために地図を持ってきていた。


 川沿いの道を歩いていると、見慣れない馬車が止まっていた。紋章が入っている。クルトには見覚えがなかった。


 馬車から降りてきた男が、クルトを見つけると深く頭を下げた。


「ノルトクロイツ領主、ヴァイス様でいらっしゃいますか。ガルトナー伯爵閣下よりの書状をお持ちしました」


 差し出された封書の封蜡に、見たことのない紋章が押されていた。


 クルトは封書を受け取り、紋章を見た。


 ガルトナー伯爵。


 その名前には、聞いた覚えがあった。南隣の伯爵領、通行税の利権を持つ——と、ヴィオラが以前に言っていた。


 橋の設計会議の翌日に、これが来た。


 偶然ではない、とクルトは思った。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ