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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第二話 数字は嘘をつかない

土木転生で辺境改革、初動加速中です。

ここから領地経営とインフラ整備の手触りを厚くしていきます。

執務室の扉が開いたのは、夜明けの鐘が三つ鳴った直後だった。


 クルトはすでに机の前にいた。昨夜差し込まれた財務台帳を前に、羊皮紙の余白に数字を書き写している最中だった。


「……おはようございます」


 栗色の髪の女が立っていた。緑の目が、すでに着席しているクルトを見て一瞬だけ揺れた。台帳を抱え、眼鏡のブリッジを押さえる。


「ヴィオラ・エーベルト。文書管理官です。台帳をお持ちしようと——」


「もう読んだ」


 クルトは台帳の表紙を指先で叩いた。ヴィオラの表情がわずかに固まる。


「……昨夜から?」


「三年分ある。読むのに時間が要る」


 ヴィオラはしばらく扉のそばに立っていたが、やがて無言で机の向かい側の椅子を引いた。台帳を開き、栞を挟んだ最初のページを確認する。


「ご不明な点があれば——」


「不明な点は一つだけ」とクルトは言った。「三年前の八月。収入記録が空白になっている。理由は?」


 一瞬の間があった。


「……先代領主様がお亡くなりになった月です。引き継ぎの混乱で」


「農業税の徴収月ではない。なぜ収入が落ちる」


「それは……」ヴィオラは視線を台帳に落とした。「管理上の問題かと」


 クルトは何も言わなかった。羊皮紙に数字を書き続ける。ヴィオラはその手元を見ていた。



──────



 二時間後、机の上には三枚の整理表が並んでいた。


 クルトが作ったものだ。縦軸に問題の種類、横軸に「緊急度」と「影響範囲」を取り、領地の問題を一つずつ分類してある。


「何ですか、これは」とヴィオラが言った。


「優先度マトリクス。限られた予算で何から手をつけるかを決める表だ」


「……見たことがありません」


「前の仕事で使っていた」とクルトは言った。前の仕事、という言葉の意味をヴィオラが詮索する前に、指先で表の一点を叩く。「ここを見てほしい。農業税の推移だ」


 ヴィオラは台帳と表を見比べた。


「三年で三割減っている」


「原因は?」


「……農作物の収穫が減っています。天候不順もありますが——」


「輸送コストが上がったためだ」とクルトは言った。「道路が機能しなければ、牛車が通れない。市場まで運べなければ、売れない。売れなければ農民は栽培量を減らす。そうすると税収が下がり、修繕費が削られ、道路がさらに悪化する」


 ヴィオラが眼鏡の奥で目を細めた。


「……負のスパイラルですね」


「そう呼ぶ」とクルトは答えた。「つまり道路が根本原因だ。ここを直せば、農業税・商業税の両方が回復し始める」


「理屈は通っています」とヴィオラは言った。声は穏やかだったが、次の一言に棘があった。「ただし計画は計画です。前の領主たちも似たような話をされていました」


「何が違ったのか」


「……実行されませんでした」


 クルトは彼女を見た。緑の目が、真っ直ぐにこちらを見返してくる。


「だから現場に行く」とクルトは言った。「見積もりを出す。数字で話しましょう」


 羊皮紙を一枚、ヴィオラの前に押し出す。びっしりと計算式が並んでいる。


「主要道路一kmあたりの修復コストを試算した。現在の備蓄金で最低限の施工が可能だ」


 ヴィオラが紙を手に取った。無言で目を走らせる。


「……どこからこの数字を」


「経験と計算から。誤差が出るなら確認してほしい。あなたの台帳管理は正確だ。計算は合うはずだ」



──────



 ヴィオラが退室したのは、それから一時間ほど後だった。


「異論はありません」という一言だけを残して、台帳を抱えて扉を閉めた。


 廊下で若い役人の声がした。


「……新しい領主様、頭がおかしいんじゃないか。朝から数字の話しかしない」


「しかも台帳を一晩で全部読んだって……」


 クルトは窓の外を見た。朝の光が荒廃した道路の轍を照らしている。


 問題は把握した。次は現場だ。


 優先リストの最初に書いた文字を、もう一度確認する。


「第一優先:主要道路の修復。財政問題の根本解決」


 その下の項目には、まだ答えが出ていない。


「第二優先:鍛冶・資材調達ルートの確立」


 翌日の朝、案内役の若い役人が領主館の前で申し訳なさそうに立っていた。


「ランベルト親方の鍛冶場へのご案内は……その、一つだけ申し上げておくべきことが」


「言え」


「あの親方は……外から来た人間を、あまり好まれません」


 クルトは手帳を閉じた。


「どのくらい嫌っているか」


「十年前、視察に来た財務省の官僚が怒鳴り込まれて逃げ帰ったと」


「なるほど」


 クルトは歩き始めた。案内役が慌ててついてくる。


「先方に連絡を——」


「要らない」とクルトは言った。「見てから話す。それだけだ」

次話もすぐ続きます。

序盤はテンポ重視で、問題発見と実務の一手を積んでいきます。

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