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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第19話 数字が語る現実と希望

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

「正直に言います」


 ヴィオラが計算紙を広げて言った。テーブルの上に、びっしりと数字が並んでいた。


 クルトは向かいに座り、紙を引き寄せた。


「領地の現在の財政状況です。悪い数字も、変わり始めた数字も、全部入っています」


「聞かせてください」


「現在の年間税収は銀貨百二十枚です」


 クルトは数字を見た。


「領地維持の最低限の支出は、百八十枚。六十枚の赤字です。道路修復と水路整備の借入がヴァイス家からの一時的な資金援助として銀貨三百枚あります。返済期限は三年後です」


「つまり」


「今のペースで行けば、三年で破綻します。これが現実です」


 ヴィオラが、迷いなく言い切った。


 クルトは計算紙を見た。数字の並びは正確だった。欄外の注釈まで丁寧に書かれている。「この数字は先代時代の記録と照合済み」「借入の利率は年三分」「税収の最低値と平均値の両方を算出」。ヴィオラの記録に嘘はない。


「わかっていた」とクルトは言った。「でも数字で見るのは、別の話だな」


 前世でも同じだった。予算がないとわかっていても、実際に表にしてみると別の重さが来る。「わかっていた」と「数字で知る」は違う。


「ありがとうございます。正直に言ってくれて」


 ヴィオラが少し目を見開いた。感謝を言葉にするのが珍しいと思っているのだろう。クルトは続きを促した。


「ただし」


 ヴィオラが別の紙を出した。


「今年の収穫期の農業生産量の推計です。水路整備の効果を盛り込んであります」


 数字が並んでいた。


「麦の収穫量は昨年比で推計一・三倍から一・五倍。耕作放棄地の一部が復活し始めていて、現在確認できた分だけで五ヘクタール相当です。道路修復による物流コストの低下で、交易品の仕入れ値も下がり始めています」


「道路が通ったことで行商人が来るようになった」


「はい。先週だけで三件の新規取引記録があります。記録は正確に付けています」


 クルトは二枚の計算紙を並べた。「三年で破綻」の紙と、「農業生産量の変化」の紙。


「これを組み合わせると」


「この効果が予想通りに進んだ場合」とヴィオラが計算紙を差し出した。また別の紙だ。「三年破綻のシナリオが、五年後に黒字転換に変わる可能性があります」


「楽観的すぎますか、この計算は」


「楽観的だ。でも、不可能ではない」


 ヴィオラが「そうでしょうか」という顔をした。


「ただし」とクルトが続けた。「次の問題が解決できれば、という条件がある」


「……橋ですね」


「東のドルフ村は、エーデル川を渡る橋がないために水路の恩恵を受けられていない。橋ができれば、ドルフ村の農地も動き始める。税収が上がる。黒字転換が早まる」


「その計算は私も出しています」


 ヴィオラがまた紙を出した。クルトは紙を見て、計算を確認した。誤りはなかった。根拠も正確だ。楽観的だが、根拠がある。根拠のある希望は、受け入れることができる。


「私は数字で嘘をつきません」


 ヴィオラが言った。


「いい数字も悪い数字も、正確に出します」


「それが一番ありがたい」


 クルトが答えた。ヴィオラが少し顔を下げた。「嬉しい」という感情が表に出るのを抑えようとする仕草に見えた。


「一つ気になる点があります」


「はい」


「財政数字をまとめていく過程で、先代領主の時代の収支記録に不明瞭な支出項目があることに気づきました」


 クルトが手を止めた。


「金額で言えば少なくない。ただ、用途の記載がない支出が複数あります。後で詳しく調べます」


「……わかりました。その調査は続けてください」


 扉が勢いよく開いた。


「領主様!農地の状況報告です!一号水路の末端の畑、去年より発芽が早いです!絶対にいい収穫になります!」


 フリッツが駆け込んできた。計算紙が並ぶテーブルを見て、少し申し訳なさそうな顔をした。「邪魔でしたか」という目だった。


「いえ、ちょうどよかった」とクルトが言った。「ゲオルクさんの畑はどうですか」


「すっごく元気です!芽の色が去年と全然違うって言ってました!土が生きてるみたいだって!」


 クルトはヴィオラの計算紙を見た。一・三倍から一・五倍という推計の数字が、フリッツの報告と重なった。


「記録に追記できますか」とヴィオラに言った。


「はい。フリッツさん、発芽の状況を詳しく教えていただけますか」


「えっ、俺の話が記録に?」


「農地の変化の記録です。正確に残します」


「わかりました!えーっと、まず一号水路の末端から——」


 フリッツが話し始めた。ヴィオラが羽ペンを走らせる。クルトは計算紙を手帳に挟んだ。


 前世では、予算ゼロでもやれと言われた現場があった。数字を出しても誰も見なかった。正確な記録を作っても誰も確認しなかった。一人でやって、一人で終わった。


 今は、隣に一緒に数字を見てくれる人間がいる。


 それが、静かに染み込んでいく。


「次は橋だ」


 フリッツの報告が一段落したとき、クルトは言った。「ドルフ村との連絡路を確保する。そのために橋が必要だ。財政的にも、技術的にも、次はそこだ」


「設計図はありますか」とヴィオラが聞いた。


「ある」


 ヴィオラがわずかに笑った。「やっぱり」という顔だった。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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