第14話 この土地で育てたいもの
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。
フリッツが話し始めると、止まらなかった。
「亜麻も作りたいんです。油が取れる。今は全部よそから買っているから高くて。あと、キャベツが枯れないくらい水があれば冬の食卓が全然違う。川魚だって、水があれば養殖できないかなって——」
「亜麻は水路を引かない方がいい」
クルトが言った。フリッツが「え?」と目を丸くした。
「亜麻は乾燥気味の土地を好みます。水路の水を引いたら逆効果になる可能性がある。代わりに、雨水を集める小さな貯水槽を作る方がいい。それと根菜は——水が来る前に畝の作り方を変えないと効率が出ない」
フリッツが手帳を取り出した。木の板に蝋を塗っただけの簡単なものだったが、何かを書き留めている。
「領主様と話していると、夢が仕事になっていく感じがします」と小声でつぶやいた。
クルトはその言葉を聞こえなかったふりをした。
しかし内心では、少し考えていた。
(俺は水路を作りたいのか、この人たちに豊かになってほしいのか)
答えはまだ出なかった。
──────
翌日、耕作地を回った。
フリッツを連れて、農地の北端から南端まで歩く。土の状態を確かめ、排水の流れを目で追い、日照の向きと風の方向を確認する。前世でやってきた農業土木の現地調査と、やることはほとんど同じだった。
「この土は何年耕されていない」
「十年……十二年かな。先代様が亡くなってから」
「固まっている。深耕が要る。プラウを持っていますか」
「あります。でも馬が一頭しか」
「馬が一頭で足りる方法を考えます。排水は」とクルトは地面を見ながら続けた。「ここは水が溜まりやすい。暗渠が要る」
「暗渠?」
「地中に排水路を埋める方法です。見えない水路。後で教えます。畝の方向が風向きと逆になっている。変えた方がいい」
「全部変えるんですか」とフリッツが言った。少し呆然とした顔で。
「全部一度にやる必要はない。優先順位を決めます」
フリッツが手帳に必死で書いている。
そのとき、老人が一人、畦道の端に立っているのに気づいた。七十近いかもしれない。白い眉毛の下から、こちらを静かに見ていた。
「ゲオルクさん」とフリッツが言った。「この村で一番長い人です。先代様の時代から」
「先代様も、こうして畑を見に来たものだ」とゲオルクが言った。「足元が汚れることを気にしない領主様は、久しぶりに見た」
クルトは答えなかった。代わりに地面を見て、踏みしめた。
──────
フリッツが他の農民たちに話を広めていた——クルトは翌朝になって知った。
耕作地の入り口に、農民が十人近く並んでいた。
「領主様が畝の直し方を教えてくれると聞きまして」
クルトはフリッツを見た。フリッツが「すみません、言ってしまって……」と小さくなった。
「いいです」とクルトは言った。少し間があったが。「集まれる間にやりましょう」
ヴィオラが「農業改革は農務担当官がいないと正式には——」と言いかけた。その視線が農民たちの表情を流れた。「……記録は私がします」と言い直した。
クルトは農民たちの前に立って、基本から話した。
畝の方向と日照、水の流れる向き、根菜と葉物と穀物で土の使い方が違うこと。「水が来ることが最終目的じゃない。来た水をどう使うかが問題です」と言うと、農民たちの間にざわめきが走った。
「麦専門だったが、根菜も試してみたい」と一人が言った。
「川魚の養殖は、水路ができたらできますか」とフリッツが続けた。
「水量から計算するとこれだけの養殖池が作れます」とクルトは答えた。「ただし水路の完成と、川との接続が前提です。順番がある」
ヴィオラが書き取り続けている。農民たちが挙げる「作りたいもの」のリスト、必要な水量の概算、農地面積の推計。
「もし全て実現した場合の収穫量の推計を出します」とヴィオラがクルトに言った。「今夜にでも計算します」
「お願いします」
──────
昼過ぎ、クルトは少し離れた場所から農民たちの話し合いを見ていた。
フリッツが中心になって、農民たちに話しかけている。「こっちの畑は暗渠を先に入れた方がいいって領主様が」「亜麻はあそこに集めて、水路からは離す」。クルトが言ったことを、農民の言葉に変えて伝えている。
「フリッツさんは上手いですね」とヴィオラがクルトの隣に来て言った。「領主様の言葉を、みんなが聞ける言葉にしている」
「意識してやっているのかな」
「多分、していないと思います。それが上手いところです」
クルトは何も言わなかった。
前世でも、現場に必ずああいう人間がいた。監督と作業員の間を自然に埋める人間。理論と現場をつなぐ人間。そういう人間がいる現場は、うまく回る。
(今度は、目の前にいる)
ゲオルクが農民たちの輪の端で、黙って話を聞いていた。
帰り道、ヴィオラが文書箱の中を整理しながら歩いていた。
「あら」とヴィオラが小さく声を上げた。
足を止めた。手の中に、封筒がある。蝋の封印がある。
「これは……少し後で確認します」と言って、慌てて仕舞い込もうとした。
「何の書類ですか」とクルトが問い返した。
ヴィオラの手が、止まった。
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




