第13話 岩盤の声を聞け
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。
フリッツが言った。シャベルを握ったまま、穴の底を見下ろしている。
地表から一メートル半。そこに、灰色の壁があった。
滑らかではなく、荒い。しかし固い。叩いてみれば音が違う。クルトが膝をついて手のひらで触れると、ひんやりとした感触の中に、岩盤特有の締まり方があった。
「岩盤です」とクルトは言った。「掘り進めるには別の方法が要る」
「どのくらい続いていますか、この層」とフリッツが訊いた。
「わからない。調べる」
クルトは鑿を取り出した。ランベルトの試作品ではなく、本番の特注品——昨日届いた、先細り刃角の鑿だ。
岩盤の表面を軽く叩く。音を聞く。位置を変えてまた叩く。手に伝わる振動の質が、場所によって微妙に違う。ひびの入り方が一定ではない。劈開面——岩の結晶の走り方——が読める。
(前世で同じことをやった。山岳道路の現場だ)
あのときは火薬が使えた。ここには火薬がない。
(方法を変える)
「土魔法が使える人間を呼んでください」とクルトはフリッツに言った。
──────
エールスは領内で土木工事の補助に雇われている三十代の魔法職人で、土魔法の扱いに長けていた。水路の土砂撤去の際に一度顔を合わせていたが、今回が本格的な仕事の始まりになる。ただし「長けている」というのは戦闘と土木の防壁工作の話であって、岩盤の掘削については話が別だった。
「B級以上の魔力があれば、岩盤ごと砕くこともできます。ですが俺はC級で……」とエールスが言った。「申し訳ないですが、俺の土魔法では、この岩盤はどうにもなりません」
「砕かなくていい」とクルトは言った。
「は?」
「岩盤を壊すんじゃなくて、割る。考え方が違います」
エールスが首を傾げた。
クルトは岩盤のひびの走り方を指でなぞった。「岩には、力を加えると割れやすい方向があります。木の木目と同じです。その方向に沿って、楔を打ち込む。楔が割れ目に入り込めば、岩の重さと土圧だけで剥がれる。魔法は楔を差し込む力だけあればいい」
「楔を……魔法で差し込む?」
「土魔法で細い楔を形成して、ひびに差し込む。そのまま少しだけ膨張させる。岩盤の掘削では前世で標準的な……」
クルトは途中で止まった。
「前世、とは?」とエールスが訊いた。
「別の現場の話です。気にしないでください」
工房の遠巻きに、ランベルトが立っていた。腕を組んで、工事現場を眺めている。鑿の試作品が実際に使われる様子を確認しに来たのだろう。
「やってみます」とエールスが言った。
──────
最初の試みは失敗した。
楔を差し込む方向が浅すぎた。ひびの走り方に対して角度が合っていない。土魔法の楔が、岩の外に押し出されてしまった。
「もう一度。差し込む角度を少し深く」とクルトは言った。
二回目は、楔が砕けた。硬い岩盤に力をかける前に、楔自体の形が崩れた。
「もう一度。楔を幅広にして、壁面に接触する面積を増やす」
失敗を見ながら、クルトは作業員たちに説明した。「こういうときに楔が崩れる理由は、岩の反力が楔の断面積に対して大きすぎるからです。断面積を増やせば、単位面積あたりの力が下がる」
エールスが「失敗を見せながら教えるんですね」と言った。
「現場では失敗が教科書です」
三回目——角度を調整し、楔を幅広にして差し込む。エールスが魔法を集中させた。クルトが横でひびの走りを指差しながら、「そこ、そこを」と誘導する。
ぎしり、という音がした。
岩盤の表面に、亀裂が走った。
轟音ではなかった。むしろ静かな音だった。地面が深く息をするような、低い音とともに、岩の塊が剥がれた。
作業員たちが歓声を上げた。
フリッツが一番大きな声を上げた。「割れた! 割れましたよ、領主様!」
エールスが「……見たことのない使い方だ」と呟いた。
ランベルトが、遠い場所で眉をひそめた。眉をひそめながら、目が細くなっていた。それは怪訝な顔ではなく、「何かを見ている」顔だった。
──────
岩の塊を除去して、クルトは地面の断面を確認した。
切り口に、石組みの一部が見えた。
「ヴィオラさん、ちょっといいですか」
ヴィオラが傍に来て、断面を覗き込んだ。
「これは……石を積んだ跡ですね」とヴィオラが言った。「水路の痕跡でしょうか。でも、記録にない」
「先代以前の水路かもしれない。写真……記録を取っておいてください」
「記録は正確に、ですね」とヴィオラが手帳を開いた。「何かわかったら報告します」
クルトは先を見た。「楔打ち→割り→除去」のサイクルが確立できれば、岩盤区間はこの方法で進められる。エールスの魔力でも対応できる。
フリッツが砕けた岩の欠片を手に取って「すごいですね」と言った。
「楔の形状に改良の余地があります。ランベルトさんに伝えてもらえますか」
「え、ランベルト親方に?」
「こういう使い方をしていると。改良の依頼は追って」
フリッツが「わかりました!」と答えて走り出した。
岩盤区間の先に、水路の全体が続いている。
まだ先は長い。
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その夜、フリッツがクルトを呼び止めた。
「あの、ひとつ聞いていいですか」
「何ですか」
フリッツが少し間を置いた。夕空を背負って、少し照れた顔をしていた。
「水路が完成したら、どんな野菜が作れるようになりますか?」
クルトは足を止めた。
答える前に、少し考えた。作業工程の話ではなく——この質問は、別のことを聞いている。
「何を作りたいんですか」とクルトが返した。
フリッツの目が、明るくなった。
「小麦だけじゃなくて——」とフリッツが言いかけた瞬間、クルトは気づいた。この男に水路の完成を見せたとき、何が起きるかが。
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




