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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第11話 水を読む者

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

ヴィオラが手帳から顔を上げた。


「……止まる、とはどういう意味ですか」


「文字通りです」クルトは膝をついたまま、水路の底に積もった泥を指先でつまんだ。「水は高いところから低いところに流れる。当たり前のことです。でもこの水路の底、ほぼ平らになっている。流れる力がない。だから土砂が積もって、積もったままになっている」


 エーデル川の取水口から東へ二時間歩いた先に、その水路はあった。石と土で積み上げられた古い灌漑水路は、今や土砂に半分埋まり、水が流れた形跡すらなかった。


「記録によれば、この水路は七十年前に建設されています」ヴィオラが書き込みを続けながら言う。「補修が何度か行われた形跡がありますが……」


「補修しても意味がない。そもそも設計が間違っている」


 ヴィオラの手が止まった。


「前任者の記録では、この水路は補修で対応できるはずだと——」


「この数字と、現地の実測値を比べてください」クルトは砂の上に数字を書き始めた。「距離が二百メートルで、高低差がほぼゼロ。これでは水は動きません。水を動かすには、少なくとも千分の三、理想は千分の五以上の勾配が必要です」


 ヴィオラは計算紙と砂地の数字を交互に見た。


「……では、この水路は」


「最初から機能する設計ではなかった。責任を追及する気はありませんが、直すなら根本から作り直す必要があります」


 フリッツが重い測量道具を抱えて追いついてきた。三時間、クルトとヴィオラに黙ってついてきた若い農夫は、膝をついて水路の底の土を手でこすった。


「……なんか、ここの土、去年と違う気がします」


「気づいたことがあるか」クルトが問い返した。


「乾いている。いつもより乾いている気がして」


「……よく気づいた」


 クルトは短くそう言って、また水路の状態を確認する作業に戻った。ヴィオラがフリッツを見ると、褒められたことに少し驚いた顔をしていた。


 午後、一行はエーデル川の取水口まで戻った。川岸に崩れた石積みが残っている。かつて川から水路へ水を引き込むための構造物があった場所だ。


 クルトはその崩落を長い時間、黙って見ていた。


「……おかしい形だな」


「何がですか?」ヴィオラが問う。


「崩れ方が。自然に老朽化したなら、こういう形には崩れない」


 クルトはそれ以上は言わなかった。遠巻きについてきていたエルドリックが、腕を組んで川の対岸を眺めている。護衛が仕事の武人に、水路の細部は関係がない。


「今日の調査で、問題が三段階に整理できました」クルトは立ち上がり、川岸に背を向けた。「土砂を除去するだけで直せるもの、勾配を修正しなければならないもの、設計から作り直すもの。エーデル川の取水口はその全部に当てはまります」


「……全部、ですか」


「ここが機能しなければ、他の水路をいくら直しても水は来ません。ここから始めます」


 帰り道、ヴィオラは手帳に三段階の分類を書き込みながら歩いた。クルトが口頭で指示した内容が、ヴィオラの几帳面な字で整然と並んでいく。


「領主様は」ヴィオラが言った。「水の流れる速さを数字で計算していましたが、ああいった計算は……どこで学ばれたのですか」


「……独学です」


「先生のような言い方をするんですね」


 クルトは少し黙った。


「先生、ですか」


「あ、失礼しました。言い方が——」


「いえ」クルトは前を向いたまま言った。「そう呼ばれることには、慣れていません」


 前世では、誰もそう呼ばなかった。地方自治体の現場で三十年、道路を測量し、橋を設計し、水路を計算し続けた。でも声をかけられるときは「高城さん、予算が足りません」「高城さん、工期が遅れています」そればかりだった。


 城に戻ったのは日が傾き始めた頃だった。クルトは夕食も取らずに執務室のテーブルに設計用紙を広げた。ロウソク一本の明かりの下で、今日確認した数字を落とし込んでいく。


 Q=A×V。流量は断面積と流速の積。断面積をこう設定して、勾配をこれだけ取れば、必要な流量が確保できる。前世で何百回と書いた計算式が、今この設計用紙の上に生きている。


「これだ。この感じだ」


 声には出さずに、クルトは計算を続けた。


 翌朝、設計作業がまだ終わらないうちに、城の裏門から来客の声が上がった。フリッツが窓から顔を出して叫んだ。


「領主様! ランベルトさんが来ています!」


 クルトが設計図から顔を上げた。


 ランベルト。領内唯一の鍛冶職人。道具が必要になれば、いずれ話をしなければならない相手だった。


「通してください」


 設計図を折りたたみながら、クルトは立ち上がった。懐疑の目を持つ職人を動かす時間が来た。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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