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【下巻】王たちの栄光と転落、そして神は諦めない

旧約聖書 ―― 俺たちの神との約束がこんなにハードモードなわけがない


【下巻】王たちの栄光と転落、そして神は諦めない



――――――――――――――――――――――――――――――――



プロローグ ~ 下巻が始まる前に ~



上巻と中巻を読んでいない人のために、ざっくりまとめておこう。


神が世界を作った。人間はすぐ失敗した。洪水でリセットされた。アブラハムという男が選ばれた。その子孫がエジプトで四百年間奴隷になった。


モーセという男が登場し、民を解放した。海が割れた。荒野に出た。十戒を受け取った。


四十年かけてようやく約束の地カナンに入った。ヨシュアが征服を進めた。


その後、士師と呼ばれる指導者たちが繰り返し民を救った。しかし民は繰り返し忘れた。繰り返し失敗した。


そしてとうとう民の中から声が上がった。


「王が欲しい」


これが下巻の出発点だ。


王国の誕生、栄光、分裂、滅亡、そして帰還。


旧約聖書の後半は、神に選ばれた民族が「それでも何度も失敗し続け、それでも神が諦めない」という物語だ。


スケールは大きい。登場人物は多い。だが核心は意外とシンプルだ。


さあ、下巻を始めよう。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第一章 ~ サムエル ~ 王様、作ります ~



まず、サムエルという人物を紹介しよう。


彼は預言者だ。預言者というのは、神の言葉を民に伝える役割の人間のことだ。神と民の間に立つ、言わば「通訳者」だ。


サムエルは生まれる前から神に選ばれていた。母ハンナは長年子供ができずに苦しんでいて、神殿で泣きながら神に祈った。「もし男の子を授けてくださるなら、この子を一生神に捧げます」


神は祈りを聞いた。サムエルが生まれた。


ハンナは約束通り、幼いサムエルを神殿に連れて行き、祭司エリの元に預けた。


神殿で育ったサムエルが幼い頃、夜中に声が聞こえた。


「サムエル!」


子供は飛び起きてエリのところに走った。


「呼びましたか」


「呼んでいない。戻って寝なさい」


また声が聞こえた。また走った。


「呼びましたか」


「呼んでいない。寝なさい」


三回目が起きた時、エリはようやく気づいた。


「神がお呼びなのだ。次に聞こえたら『しもべは聞いております』と答えなさい」


四回目の声。サムエルは答えた。


「しもべは聞いております」


これがサムエルと神の最初の会話だ。この夜から、サムエルはイスラエルの預言者として歩み始める。


やがてサムエルが老いた頃、民が集まってきて言った。


「あなたの息子たちは正直ではありません。他の国々と同じように、私たちにも王を立ててください」


サムエルは気分が悪くなった。「王が欲しい」とはつまり、「あなた(サムエル)でも神でもなく、人間の王に治めてもらいたい」ということだからだ。


神に祈ると、神は言った。


「民の言葉を聞き入れなさい。彼らはあなたを拒んでいるのではなく、わたしを拒んでいるのだ。ただ、王があなたたちに何をするかを、よく言い聞かせなさい」


サムエルは民に言った。


「王はあなたたちの息子を兵士にする。娘を侍女にする。畑の良い土地を取り上げる。羊の十分の一を取る。あなたたち自身が家来になる。その時に神に叫んでも、答えてもらえない」


民は言った。


「それでも王が欲しい。他の国々と同じように」


サムエルは神に伝えた。


神は言った。「彼らに王を与えなさい」


こうして、イスラエルに最初の王が誕生することになった。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第二章 ~ サウル ~ 最初の王、しかし ~



最初の王として選ばれたのは、サウルという男だ。


背が高く、ハンサムで、民の誰よりも頭一つ抜きん出ていた。見た目は完璧な「王様」だ。


ただし、選ばれた経緯が少し変わっている。


サウルはロバを探していた。父親のロバが逃げてしまったので、探しに出かけたのだ。


三日間探しても見つからない。


「もう帰ろうか」と言いかけたとき、連れの一人が言った。


「そう言えば、この町に神の人(預言者)がいるそうです。何でも言い当てる人で」


「じゃあ聞いてみようか」


サムエルに会いに行ったサウルは、神から前日にこう告げられていた。


「明日この時、ベニヤミンの男を送る。彼に油を注ぎ、わたしの民の君主とせよ」


サウルを見たサムエルは言った。


「ロバのことは心配しなくていい。もう見つかっている。あなたと父の家全体への望みは、誰のためにあるのですか」


サウルは困惑した。


「わたしはベニヤミン族の出で、イスラエルで最も小さい部族の、最も小さい家の者です。なぜそんなことを言うのですか」


翌日、サムエルはサウルの頭に油を注いで言った。


「神があなたを選んだ」


こうして誕生した初代王サウル。


最初は謙虚だった。良い王だった。


だが時間が経つにつれ、問題が出てきた。


戦の前に祭司が来る前に自分で祭儀を執り行った。神の命令と違うことをした。言い訳をした。


サムエルが静かに言った。


「あなたは神の命令を守らなかった。もしあなたが守っていたなら、あなたの王国は永遠に続いた。だが今はそれがない。神はすでに別の王を探している」


サウルの顔が崩れた。


一度の失敗ではなく、何度も繰り返した。


そのたびに言い訳をした。


「恐れたから」「民が強要したから」「自分の判断では良いと思ったから」


言い訳が続く限り、人は変われない。これもまた旧約のテーマだ。


やがてサムエルは涙を流しながらサウルのもとを去り、二度と会おうとしなかった。


次の王を探しに行った。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第三章 ~ ダビデ ~ 羊飼いの少年が王になるまで ~



サムエルは神に言われた場所に行った。


「エッサイという男の息子の中に、次の王がいる」


エッサイは七人の息子を前に出した。


長男は背が高く堂々としていた。サムエルが「これだな」と思った瞬間、神が言った。


「外見と背の高さで判断してはならない。わたしは人が見るようには見ない。人は外見を見るが、神は心を見る」


二男、三男……七人全員が前に出たが、神の声は聞こえなかった。


「ほかに息子はいないか」


「末の子がいますが、今は羊の番をしています」


「呼んできなさい」


末っ子が来た。


赤みがあって、目が美しく、顔立ちの良い少年だった。


神が言った。「この子だ」


サムエルは油を注いだ。


少年の名はダビデ。


この日から、ダビデに神の霊が激しく降るようになった。


一方のサウルからは神の霊が離れ、悪い霊が彼を苦しめるようになった。


サウルの家臣が言った。「竪琴を弾ける者を呼んで、王の気持ちをやわらげましょう」


「ダビデという少年が上手いと聞いた」


こうしてダビデはサウルの宮殿で働き始めた。


竪琴を弾くと悪い霊が去った。サウルは彼をとても気に入った。


二人の最初の関係は良好だった。



そんなある日、ペリシテ人との戦争が始まった。


敵陣から毎日、一人の巨人が出てきて叫んでいた。


「お前たちの中から一人選んで、わたしと戦わせろ! 俺が負ければペリシテ人はお前たちの奴隷になる。俺が勝てばお前たちが奴隷になれ!」


名前はゴリアテ。身長は三メートル近い。青銅の鎧を着て、槍を持っていた。


「誰か戦うやつはいるか!!」


イスラエルの陣地では、その声を聞くたびに全員が逃げ出していた。四十日間、毎朝毎夕同じことが繰り返されていた。


そこにダビデが来た。三人の兄に食料を届けに来た少年だ。


「今日も逃げたのか。あの巨人が誰の神に挑んでいるかわかっているのか」


兄たちは鼻で笑った。「何しに来た。誰と戦えるか見たくて来たのか」


ダビデはサウルのもとへ行った。


「わたしがあの男と戦います」


「お前は子供だ。あの男は若い頃から戦士だ」


「わたしは父の羊を守っていて、熊や獅子に子羊を取られたら、追いかけて喉を掴んで羊を助けた。その熊も獅子も殺した。あの男も同じだ」


サウルは自分の鎧を着せようとした。ダビデは断った。


「これで戦ったことがないので、動けません」


鎧を脱いだ。杖を一本取った。川で石を五個拾ってポケットに入れた。投石器を手に取った。


ゴリアテが近づいてくるのを見て、ダビデも走った。


ゴリアテは笑った。


「棒を持った子供を送ってきたのか。来い、お前の肉を鳥と獣に与えてやる」


ダビデは叫んだ。


「お前は剣と槍と投げ槍で来るが、わたしはお前が侮辱した生ける神の名で来る! 今日、この集まり全員が見ている前で、神は戦いを勝たせてくださる!」


投石器に石を装填して走りながら放った。


石はゴリアテの額に当たった。


巨人はどうと倒れた。


ダビデはゴリアテの剣を抜き、首を切った。


ペリシテ人は逃げた。


この一場面が、ダビデという人物の全てを示している。


鎧を断って石を五個選んだ男。武器は粗末でも、信じているものは揺るがなかった。


「ダビデが一万を討った」という歌が民の間に広まった。


「サウルは千を討った」という歌もあった。


サウルは顔色を変えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第四章 ~ ダビデとサウル ~ 追う者と逃げる者 ~



「ダビデが一万を討った」


その歌が聞こえるたびに、サウルの心の中で何かが歪んでいった。


「もう足りないのはダビデの王位だけだ」


翌日、悪い霊がサウルを苦しめた。ダビデが竪琴を弾いていた。


サウルは突然、手に持っていた槍をダビデに向けて投げた。


「壁に縫い付けてやる」


ダビデはかわした。


また投げた。またかわした。


二回槍を投げた男の宮殿で、ダビデはまだ仕えていた。人間というのは強い。


だがやがてサウルは本格的にダビデを殺そうとし始めた。


ダビデは逃げた。


そこから長い逃亡生活が始まる。


サウルはダビデを追い続けた。ダビデは荒野を逃げ続けた。


洞窟に隠れた。山を移った。時にはペリシテ人の土地に逃げ込んだりもした。


ある夜、ダビデは洞窟の奥に隠れていた。


追ってくるサウルが、まさにその洞窟に入ってきた。


用を足しに来たのだ。


洞窟の奥で息を潜めながら、部下たちがダビデにそっと言った。


「今です! 神がチャンスをくださった!」


ダビデはそっと近づき、サウルの上着の端を切り取った。


それだけだ。


部下たちは「もっとやれ」という顔をしたかもしれない。


ダビデは引き返しながら言った。


「神に選ばれた王に手を下すことは、わたしにはできない」


サウルが出て行った後、ダビデは洞窟の入り口から叫んだ。


「王様!」


サウルが振り返った。


ダビデはひれ伏し、切り取った上着の端を高く掲げた。


「見てください。今、あなたを殺すことができました。でもわたしはしなかった。わたしはあなたに逆らおうとしていない。なぜわたしを追うのですか」


サウルは泣いた。


「お前はわたしよりも正しい。わたしはお前を苦しめたのに、お前はわたしに良いことをした。……お前が王になることはわかっている。約束してくれ。わたしの子孫を滅ぼさないと」


「約束します」


こんな場面が、旧約聖書には何度も出てくる。


追われながら恨まない。殺せる時に殺さない。


ダビデが後の世まで「神の心にかなった人」と呼ばれる理由は、ゴリアテを倒したことより、この場面にある気がする。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第五章 ~ ダビデ王 ~ 栄光と、最大の失敗 ~



サウルが戦死し、ダビデは王になった。


三十歳の時だ。


ダビデはエルサレムを都とした。神の契約の箱を運び込んだ。踊りながら。


妻のひとりミカルが窓から見て、「王様が踊るなんて恥ずかしい」と思った。


ダビデは言った。


「神の前で踊ることのどこが恥ずかしい。神はサウルではなくわたしを選んだ。神の前ではもっと身を低くする」


ダビデ王の治世は輝いていた。


戦に勝ち続けた。民は繁栄した。ダビデは詩を書き、賛美の歌を歌った。今日でも世界中で歌われる詩篇の多くは、ダビデが書いたと言われている。


そんなダビデが、ある夕方に人生最大の失敗をした。


屋上を歩いていると、向かいで入浴している女性が目に入った。


美しかった。


「あの女は誰だ」


「ウリヤという兵士の妻で、バテシバという名です」


「連れてこい」


バテシバを呼んで関係を持った。


しばらくして、バテシバから知らせが届いた。


「子ができました」


ダビデは焦った。


夫ウリヤは今、戦場にいる。妻が身ごもれば発覚する。


ダビデはウリヤを戦場から呼び戻し、家に帰らせようとした。


「家に帰って妻と過ごせ」


ウリヤは家に帰らなかった。


神殿の入り口で寝た。


翌日ダビデが呼んで「なぜ家に帰らなかった」と聞くと、ウリヤは答えた。


「神の契約の箱も、イスラエルもユダも野営しているのに、なぜわたしだけが家に帰って飲み食いし、妻と過ごせましょうか。そんなことはできません」


まっとうな人間ほど、追い詰めた者を深く刺す。


ダビデは手紙を書いて、ウリヤ自身に戦場の将軍のもとへ届けさせた。


手紙の内容は「ウリヤを激しい戦いの前に出し、退いて彼が打たれて死ぬようにせよ」だった。


ウリヤは自分の死刑命令を、自ら運んだ。


命令通りになった。ウリヤは死んだ。


ダビデはバテシバを妻に迎えた。


神はこれを見た。


しばらくして、預言者ナタンがダビデのもとに来た。


「王様、一つ話があります」


「言え」


「ある町に二人の男がいました。一人は金持ちで羊や牛をたくさん持っていました。もう一人は貧しくて、小さな雌の子羊を一匹だけ大切に育てていました。その子羊は家族と一緒に育ち、食べ物を分け合い、胸に抱いて眠るほどかわいがっていました。ある日、金持ちの男に旅人が来ました。自分の羊を使いたくなかった金持ちは、その貧しい男の子羊を奪って料理しました」


ダビデは怒りが燃え上がった。


「その男は死刑だ! 子羊を四倍にして返せ!」


ナタンは静かに言った。


「その男は、あなたです」


沈黙が落ちた。


「神はあなたにすべてを与えた。それでも足りなかったのか。ウリヤの妻を奪い、ウリヤを剣で殺した」


ダビデは言った。


「……わたしは神に罪を犯した」


言い訳をしなかった。


サウルはいつも言い訳をした。ダビデは言い訳をしなかった。


この違いが、二人の運命を分けた。


ダビデには重い罰が下った。生まれた子は死んだ。家族の中で争いが起き、息子が反乱を起こし、一時は都を追われた。


しかしダビデの王国は続いた。


神はダビデと「永遠の契約」を結んだ。「ダビデの家系から王が絶えない」という約束だ。


この約束が、旧約聖書の後半全体を貫く光になる。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第六章 ~ ソロモン ~ 最高の知恵と、最大の皮肉 ~



ダビデの後を継いだのは、息子ソロモンだ。


ソロモンが王になったとき、神が夢の中に現れて言った。


「何でも願いなさい。与えよう」


どんな願いでもいい。この世で最高の申し出だ。


ソロモンは考えた。


「わたしは若く、どうすればいいかわかりません。どうか善悪を判断する知恵をください。そうでなければ、この大きな民をどうやって治められますか」


神は言った。


「長寿も、富も、敵の命も求めなかった。判断する知恵を求めた。あなたの願いを叶えよう。これほどの知恵を持つ者は、あなたの前にも後にもいない。さらに、求めなかった富と誉れも与えよう」


ソロモンの知恵がどれほどのものか、有名な話がある。


二人の女性が一人の赤ん坊を抱えてソロモンの前に来た。


一人目が言った。「この子はわたしの子です。夜、あの女が自分の子を圧死させてしまい、眠っているわたしと子供を入れ替えたのです」


二人目が言った。「違います。生きているのがわたしの子で、死んだのがあなたの子です」


どちらも「自分の子だ」と譲らない。証拠もない。


ソロモンは言った。


「剣を持ってこい。生きている子を二つに切って、二人に半分ずつ与えよ」


一人目の女が叫んだ。


「切らないでください! あの人にあげてください! 殺さないで!」


二人目の女は言った。


「どちらのものにもしなくていい。切りなさい」


ソロモンは言った。


「切るな。最初の女に渡せ。彼女が母親だ」


「わが子が死ぬくらいなら相手にあげる」と思った方が本物の母親だ。


ソロモンの判決は全イスラエルに知れ渡った。


民は「これほどの知恵を持つ王がいる」と恐れ敬った。


ソロモンはダビデの悲願だった神殿を建てた。七年かけて完成させた。


豪華絢爛な神殿だった。その後、別に十三年かけて自分の宮殿も作った。神殿より時間をかけている。


シェバの女王がはるばる会いに来た。「あなたの知恵の評判を聞いて、本当か確かめに来た」


謎を全部出した。全部解けた。


女王は言った。


「聞いていた話は本当の半分もなかった。あなたは噂を超えていた」


そして金と宝石と香料をたくさん置いていった。


ソロモンは世界中の王に知恵を求められ、金を集め、栄華を誇った。


ここまでなら完璧な王だ。


しかし、そこに問題があった。


ソロモンは女性が好きすぎた。


妻が七百人、側室が三百人いた。


しかも多くが外国の女性で、その女性たちが自国の神々を持ち込んだ。


ソロモンは年老いるにつれ、妻たちの神々を拝むようになった。


知恵を与えてくれた神を、晩年に裏切った。


皮肉というほかない。


神が言った。


「あなたはわたしとの契約を守らなかった。王国を引き裂こう。ただし、父ダビデのことを考えて、あなたの代ではなく、息子の代に行う」


世界最高の知恵を持った男が、なぜ最後に失敗したのか。


「知恵がある」と「正しく生きる」は、別のことだ。


旧約聖書が繰り返す問いが、ここでも刻まれる。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第七章 ~ 王国分裂 ~ 北と南に割れた日 ~



ソロモンが死んだ。


息子レハブアムが王になった。


民は新しい王に言った。


父上ソロモンはわれわれに重い荷を負わせました。どうかその荷を軽くしてください」


レハブアムは長老たちに相談した。


長老たちは言った。「民に優しく答えなさい。そうすれば民はずっとあなたのものになります」


次に若い友人たちに相談した。


若者たちは言った。「父上よりもっと重くすると言ってやれ」


レハブアムは若者たちの言葉を選んだ。


「父はムチで罰したが、わたしはサソリ(トゲのある鞭)で罰してやる」


民の反応は明快だった。


「ダビデの家とは関係ない! 我々の天幕に帰れ!」


十部族が北に離れ、別の王国を作った。北イスラエル王国だ。


ダビデとソロモンの血を引くエルサレムには、二部族だけが残った。南ユダ王国だ。


「言葉一つ」で一つの国が二つに割れた。


このことを、聖書は後に何度も振り返る。


「もし若者でなく長老の言葉を聞いていたなら」と。


リーダーが誰の意見を聞くかは、国の運命を変える。


こうして始まった分裂王国の時代。


北と南は時に戦い、時に協力しながら、それぞれの道を歩いた。


そしてそれぞれの道の末に、それぞれの滅亡が待っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第八章 ~ エリヤ ~ 炎の預言者 ~



王国が分裂してからしばらく経った頃、北イスラエル王国に特にひどい王が現れた。


アハブ王だ。


彼はバアル神を国家宗教に据え、神の預言者たちを殺しにかかった。


そんな時代に、突然現れた男がいる。


エリヤだ。


どこから来たかもよくわからない。「テシベ人エリヤ」とだけ紹介される。


エリヤはアハブのもとに乗り込んで言った。


「わたしが仕える神の命にかけて宣言する。これから数年間、わたしが宣言しない限り、雨も露も降らない」


そう言って消えた。


三年間、雨が降らなかった。


エリヤは神に隠された川のそばに座って水を飲み、カラスが運んでくるパンと肉を食べて生きた。


川が干上がると、シドンのサレプタという町に行き、貧しい寡婦の家に世話になった。


寡婦が言った。「最後の食料でパンを焼いて、子供と食べて死ぬつもりです」


エリヤが言った。「先にわたしにパンを作ってくれ。そうすれば壺の粉は尽きず、瓶の油はなくならない。雨が降る日まで」


寡婦は言われた通りにした。


粉は尽きなかった。油はなくならなかった。


三年後、エリヤはアハブのもとに戻った。


「イスラエルを苦しめた者め!」とアハブが叫んだ。


「苦しめたのはあなたです。バアルに従って神の命令を捨てたあなたが」


そしてエリヤは提案した。


「今日、決着をつけましょう。バアルの預言者四百五十人とわたし一人で、どちらの神が本物か決める」


カルメル山に全民衆が集まった。


バアルの預言者たちが祭壇を作り、牛を供え、火をつけずにバアルに祈った。


「バアルよ、答えてくれ!」


朝から昼まで叫び続けた。何も起きなかった。


エリヤが言った。「もっと声を大きくしたら? 眠っているのかもしれないし、用を足しているのかもしれない。旅に出ているかも」


四百五十人が傷をつけて叫び続けた。夕方まで。


何も起きなかった。


今度はエリヤの番だ。


エリヤは壊れた祭壇を直した。牛を供えた。


そして言った。「水を四つの壺に入れて、いけにえと薪にかけなさい」


三回繰り返した。祭壇の溝に水が満ちるまで水をかけた。


わざと燃えにくくした。


それから神に祈った。


「神よ、あなたがイスラエルの神であること、わたしがあなたのしもべであることを、今日この民に示してください」


神の火が降りた。


いけにえも薪も石も土も、溝の水まで焼き尽くした。


民が叫んだ。「神こそ神だ! 神こそ神だ!」


バアルの預言者四百五十人は、その日に捕らえられた。


これほどの大勝利の翌日。


エリヤは一人で荒野に逃げた。


アハブの妻イゼベルから「明日お前を殺す」というメッセージが来たからだ。


ロテムの木の下に座って、こう言った。


「神よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖たちより優れてはいません」


四百五十人を倒した男が、女王一人の脅しで力尽きた。


神が使いを送った。


「起きて食べなさい」


頭のそばを見ると、焼いた菓子と水の入った壺があった。


「旅が長くなる。起きて食べなさい」


エリヤは食べて、水を飲んで、また眠った。


もう一度食べた。


そしてホレブ山まで旅した。四十日かかった。


洞窟に入って横たわっていると、神の声が聞こえた。


「エリヤよ、ここで何をしているのか」


「わたし一人だけ残りました。彼らはあなたの契約を捨て、祭壇を壊し、預言者を剣で殺しました。わたしの命も狙われています」


「出て、山の上に立ちなさい」


大風が吹いた。山を裂き、岩を砕くような嵐。


神はその中にいなかった。


地震が来た。


神はその中にいなかった。


火が来た。


神はその中にいなかった。


そして火の後、かすかな、細い声がした。


エリヤはマントで顔を覆い、洞窟の入り口に立った。


「エリヤよ、ここで何をしているのか」


「わたし一人だけ残りました……」


神は言った。


「戻りなさい。道のりがある。なお、バアルにひざまずかなかった者が七千人いる」


「一人だけ残った」と思っていた。実は七千人いた。


一人で戦っていると思っていたが、見えないところに仲間がいた。


それを教えるために、嵐でも地震でも火でもなく、神は「細い声」で来た。


旧約聖書の中でも特に美しい場面のひとつだ。


エリヤは立ち上がって戻った。


仕事はまだあった。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第九章 ~ エリシャと、北王国の終わり ~



エリヤの後継者はエリシャだ。


エリヤが炎の戦車に乗って嵐の中を天に上げられた時(旧約聖書のキャラで死なずに天に去ったのはエリヤと、もう一人はノアより前の時代のエノクだけだ)、エリシャはその場にいた。


「エリヤよ、エリヤよ! イスラエルの戦車よ、その騎兵よ!」


空の彼方へ消えていく師匠を、エリシャは見送った。


マントが落ちてきた。


エリシャはそれを拾い、ヨルダン川を打った。


水が分かれた。


渡った。


エリシャは師匠の仕事を引き継いだ。


エリシャも多くの奇跡を行ったが、その中でも印象的な話がある。


アラムの将軍ナアマンは強い軍人だった。しかし皮膚病を患っていた。


部下の一人に、イスラエルから来たへブライ人の少女がいた。召使いとして働いていた。


少女は言った。


「奥様、旦那様がサマリヤの預言者のところに行けば、きっと癒してもらえると思います」


ナアマンはその話を王に伝え、手紙を持って出発した。


エリシャのもとに着いた。


エリシャは出てきもしなかった。


使いを出して言づけた。


「ヨルダン川に行って七回身を浸しなさい。そうすれば癒される」


ナアマンは怒った。


「もっと丁寧に迎えに来て、神の名を呼んで傷の上に手をかざして治すものだと思った! うちの国の川の方がずっとよいのに、なぜイスラエルの川で洗わなければならないのか!」


怒り狂って帰ろうとした。


部下たちが言った。


「将軍、もし難しいことを言われたならやりましたよね? ただ『洗いなさい』と言われているのに、なぜやらないのですか」


ナアマンは黙った。


ヨルダン川に行って七回身を浸した。


皮膚が子供のようにきれいになった。


ナアマンはエリシャのもとに戻った。


「世界のどこにも、イスラエルの神のほかに神はいない。どうか贈り物を受け取ってください」


エリシャは断った。


「わたしが仕える神の命にかけて、何も受け取らない」


ナアマンは言った。「では土をラバ二頭分だけください。これからはイスラエルの神にだけ捧げ物をします。ただ一つだけ許してください。王が礼拝する時にわたしも一緒にひれ伏さなければなりません。それだけは許してください」


「平安に行きなさい」


これほど単純でいい話がある。外国の将軍が、いなごの少女の言葉と、部下の常識的な一言と、川で七回洗うという単純な行動で、イスラエルの神を信じるようになった。


それから百年ほど後、北イスラエル王国は終わりを迎えた。


アッシリアという大国が侵攻し、北の十部族は連れ去られ、散り散りになった。


歴史の表舞台から消えた。


「消えた十部族」は今日でも謎のままだ。


どこへ行ったのか。世界のどこかにその子孫がいるのか。


旧約聖書はこの問いに答えない。ただこう記す。


「イスラエルは神を捨て、他の神々に従ったので、こうなった」と。



――――――――――――――――――――――――――――――――



第十章 ~ ヨブ ~ 理不尽な苦しみと、答えのない問い ~



ここで少し時代を離れ、旧約聖書の中で最も深く、最も難しい本の話をしよう。


ヨブ記だ。


ヨブは完全で正しく、神を恐れて悪から離れる人物だった。豊かで、子供も多く、何一つ欠けていなかった。


ある日、天の御座のそばで、神と「サタン(試みる者)」の間で会話があった。


「お前はどこから来た」


「地を歩き回り、行き来してきた」


「わたしのしもべヨブを見たか。地上に彼ほどの者はいない」


サタンは言った。


「ヨブが神を恐れているのは、神が守っているからでしょう。豊かで何不自由ないからです。財産を取り上げれば必ず神を呪います」


神は言った。「やってみなさい。ただし、本人に手を下してはならない」


ある日ヨブのもとへ次々と知らせが来た。


家畜を奪われた。


別の家畜を奪われた。


すべての子供が死んだ。建物が崩れ落ちたのだ。


ヨブは服を裂いて頭を剃り、地にひれ伏して言った。


「わたしは裸で母の胎から出てきた。裸でそこに帰る。神が与え、神が取られた。神の名はほむべきかな」


罪を犯さなかった。神を責めなかった。


サタンはまた言った。


「本人の体を打てば必ず呪います」


神は言った。「本人の命だけは取るな」


ヨブは頭の天辺から足の裏まで、ひどい腫れ物に打たれた。


灰の中に座って素焼きのかけらで体をかきながら座っていた。


妻が言った。


「まだ誠実さを保つのですか。神を呪って死になさい」


ヨブは言った。


「あなたは愚かなことを言う。神から幸いを受けたのだから、苦しみも受けなければならないのではないか」


三人の友人が見舞いに来た。


あまりの苦しみを見て、七日七夜、何も言えなかった。


八日目からヨブは苦しみをぶちまけた。


「なぜ生まれたのか。なぜ苦しまなければならないのか」


友人たちは次々と言い始めた。


「お前が罪を犯したから苦しんでいるはずだ」


「どこかに悪いことがあるのだろう。認めてしまえ」


「もし神の前で潔白なら、神はきっと助けてくれる」


これはある意味で「普通の常識」だ。苦しんでいる人を見て「何か悪いことをしたんじゃないか」と思うのは、自然な反応だ。


しかしヨブは言い続けた。


「わたしは何も悪いことをしていない。それでもこうなった。なぜか説明してくれ」


友人たちは「お前の言い方が高慢だ」と責めた。


ヨブは「弁護者として神が現れてくれ」と叫んだ。


長い議論の末に、神が嵐の中から現れた。


だが神はヨブの問いに直接答えなかった。


「わたしが地の基を据えた時、どこにいたか。海の源をどこで見たか。光の住みかはどこか。暗闇のもとはどこか。お前にわかるか」


圧倒的な問いの連続だ。


ヨブは何も言えなかった。


「神よ、あなたのことを耳で聞いていましたが、今は自分の目でお会いしました」


そして神は、三人の友人に言った。


「お前たちはヨブについてわたしが語ったように正しく語らなかった。ヨブのところに行き、ヨブが祈ってくれるよう頼め」


これは驚くべき結末だ。


「苦しみは罪の結果だ」と言い続けた友人たちの方が、神の前では間違っていた。


「なぜ苦しむのか」と問い続けたヨブの方が、正しかった。


神は「苦しみの理由」を説明しなかった。


ただ「わたしはここにいる」と言った。


ヨブ記の答えは、問いに答えないことで出している。


「苦しみの理由はいつもわかるわけではない。それでも神はいる」


これが旧約聖書の中で最も深い書の、核心だ。


ヨブはその後、回復した。財産も増え、子供も生まれた。


「だったら最初の子供は?」という問いも残る。


旧約聖書は全部の問いに答えない。答えられない問いがあることを、正直に示している本だ。



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第十一章 ~ 伝道の書 ~ 人生について考えすぎた男 ~



伝道の書は、おそらくソロモンが書いたとされる本だ(学者の間では諸説ある)。


冒頭からすごい。


「空の空、空の空、一切はむなしい


これが出だしだ。旧約聖書の中で一番テンションが低い出だしかもしれない。


作者は人生を深く考えた。


「知恵が増せば悲しみも増す」


「わたしは太陽の下で行われるすべての労苦を見た。それもまた空だ」


「人が食べ飲みして、自分の労苦に満足を見出すより良いことは何もない」


哲学的なようでいて、結論がズコーッと来る。


「美味しいものを食べて、それでいいじゃないか」


最後の方にはこう書いてある。


「神を恐れ、その命令を守れ。これが人間のすべてだ」


「空だ、空だ」と言い続けて最後に「神を大事にしろ」で締める。


ソロモンが書いたとするなら、知恵を与えられ、国を治め、女性に囲まれ、すべてを持った男が、晩年に書いた本だ。


「全部持ったけど、それで何だ」


という問いへの答えが「神を恐れること」だ。


これは旧約聖書全体の答えでもある。



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第十二章 ~ 預言者たち ~ 聞かれない言葉を叫び続けた人々 ~



王国の時代、神は預言者を何人も遣わした。


預言者とは、神の言葉を民に伝える役割の人間だ。


彼らの仕事は基本的に「民が聞きたくないことを言う」ことだった。


代表的な人物を紹介しよう。



◆ イザヤ


ユダ王国に仕えた預言者。


彼が活動した時代は北イスラエルが滅亡した時代と重なる。


「あなたたちはバアルを拝み、神を忘れた」と叫び続けた。


しかし同時に、希望の言葉も語り続けた。


「神のしもべが来る。苦しみを負う者が来る。その傷によってわたしたちは癒される」


この言葉は後に、キリスト教徒によって「キリストの予言」として読まれることになる。


だが旧約の文脈だけで読んでも、絶望の中に希望を語り続けた人物として輝いている。



◆ エレミヤ


「涙の預言者」と呼ばれる人物だ。


エルサレムが滅亡する直前の時代を生きた。


「バビロンに降伏しなさい。逆らっても無駄だ」と言い続けた。


これは当時の人間から見たら「裏切り者」の言葉だ。


投獄された。井戸に投げ込まれた(泥の中に沈んだところを救出された)。


それでも言い続けた。


「愛する者の傷を、どうして癒せようか」と泣きながら。


「なぜ神よ、あなたはわたしを騙したのか。あなたに従ったのに、苦しむのはわたしだ」と神に本音をぶつけながら。


それでも言い続けた。


エレミヤの書いた「哀歌」という詩集がある。


エルサレムが滅亡した後に書かれた詩だ。


「神は正しい。わたしが反抗したからだ。聞いてください、苦しみを」


泣きながら神を信じ続ける詩だ。


旧約の中で最も人間的な文書のひとつだ。



◆ エゼキエル


バビロンに連れ去られた後で活動した預言者だ。


彼は幻を多く見た。


有名なのは「枯れた骨の谷」だ。


無数の骸骨が谷に散らばっている幻を見た。


神が言った。「これらの骨に預言せよ」


エゼキエルが預言すると、骨に骨がつながり、筋がついて肉がつき、皮で覆われた。


さらに預言すると、息が入って生き返り、大軍が立ち上がった。


「これらの骨は、絶望した者たちだ。わたしが墓から連れ出す」


国が滅び、連れ去られ、「もう終わりだ」と思っている民への言葉だ。


骸骨が生き返るほど、神は諦めない。



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第十三章 ~ ダニエル ~ ライオンの穴の男 ~



バビロンに連れ去られた若者の中に、ダニエルという男がいた。


バビロン王ネブカドネザルは、優秀なヘブライ人の若者を選んで宮廷に仕えさせようとした。


教育係が言った。「王の食べ物と酒を食べて訓練を受けなさい」


ダニエルは言った。「王の食べ物で身を汚したくない。野菜と水だけにしてほしい」


「そんなことをしたら顔色が悪くなる。私が困る」


「十日間だけ試してください。野菜と水で試して、他の者と比べてください」


十日後、野菜と水だけ食べた若者たちの方が、王の食事を食べた者より顔色も良く太っていた。


こうしてダニエルたちは野菜だけ食べることを許された。


神はダニエルに知恵を与えた。夢を解く力も与えた。


王が夢を見た。内容を誰も解けなかった。


ダニエルは解いた。


王は言った。「あなたの神は本当に神の神だ」


ダニエルは出世した。


時代が変わり、バビロンはペルシャに征服された。


ダニエルは新しい王にも仕えた。


高い地位についた。


ところがダニエルを嫉妬した者たちが、王に進言した。


「今後三十日間、王以外に祈りを捧げた者はライオンの穴に投げ込むという法律を作ってください」


王はサインした。


ダニエルは知っていた。


それでも一日三回、窓を開けてエルサレムの方向に向かって祈った。


見張っていた者たちが王に言った。「ダニエルが毎日三回神に祈っています」


王は困惑した。ダニエルを助けたかった。日が沈むまで考え続けた。


しかし法律は変えられない。


ダニエルはライオンの穴に投げ込まれた。


王は言った。「お前が仕える神がお前を救ってくれるだろう」


夜通し眠れなかった。食事も取らなかった。音楽も断った。


夜明けに穴に走った。


「ダニエル! お前が仕える神は、お前を救えたか!」


穴の奥から声がした。


「王よ、永遠に生きてください。神が使いを遣わし、ライオンの口を閉じてくださいました。神の前でわたしは潔白だとわかったからです。王よ、わたしはあなたにも何も悪いことをしていません」


ダニエルは引き上げられた。傷ひとつなかった。


「神を信じたから」と聖書は記す。


ダニエルを陥れた者たちが代わりに穴に投げ込まれた。


底に着く前にライオンが食いかかった。



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第十四章 ~ エステル ~ 隠された名前の神 ~



エステル記は旧約聖書の中で少し変わった本だ。


「神」という言葉が一度も出てこない。


それでも、神の働きが行間から見える。


ペルシャ王アハシュエロスは酒宴の席で妃ワシュティを呼んだ。ワシュティは来なかった。


王は怒り、ワシュティを廃位した。


新しい妃を全国から選ぶことになった。


そこで選ばれたのが、ユダヤ人の孤児エステルだ。


叔父モルデカイに育てられていた。


エステルは美しく、王の目に止まり、妃になった。


ただしユダヤ人であることは隠していた。


しばらくして、王の宰相ハマンという男が権力を持った。


ハマンは偉くなると、自分にひれ伏すよう命令した。


モルデカイはひれ伏さなかった。


ハマンは激怒した。


「モルデカイ一人を殺すより、ユダヤ人を全部滅ぼしてやる」


ハマンは王に進言した。


「帝国の中に、王の法律に従わない民族がいます。滅ぼすことを許してください。銀一万タラントを国庫に払います」


王は気にせずサインした。


全国にユダヤ人を全員殺すという令状が出た。


モルデカイはエステルに伝えた。


「今こそあなたが王妃になった意味がある。黙っているなら、助けは別の方向から来るかもしれないが、あなたと父の家は滅ぶ。もしかしたら、このような時のためにあなたは王妃になったのではないか」


エステルは言った。


「王に呼ばれずに近づく者は死刑です。王が金の杖を差し伸べてくれた者だけ生きられます。ここ三十日、わたしは呼ばれていません」


モルデカイは言った。「それでも行け」


エステルは言った。


「三日間断食してください。わたしも侍女と断食します。その後、王のところへ行きます。死ぬなら死にます」


三日後、エステルは王の前に立った。


王が金の杖を差し伸べた。


「何を望むのか。国の半分でも与えよう」


「まず宴会にハマンとご一緒においでください」


宴会の席で、エステルは涙ながらに言った。


「王よ、もし王の前に恵みを得ているなら、命を与えてください。民を与えてください。わたしも、わたしの民も、滅ぼされ、殺され、根絶やしにされることになっているのです」


「誰がそんなことをした!」


「この悪人、このハマンです!」


ハマンは震えた。


王は怒って庭に出た。


ハマンはエステルに命乞いをした。


王が戻ってきた時、ハマンはエステルの寝椅子に倒れかかっていた。


「妃を辱めるつもりか!」


ハマンは終わった。


そしてユダヤ人たちは救われた。


神という言葉は出てこない。


しかし「このような時のために」という言葉が残る。


どんな困難の中にも「このような時のために」という目的があるかもしれない。それが見えないとしても。


これがエステル記の静かな問いかけだ。



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第十五章 ~ バビロン捕囚からの帰還 ~



北イスラエルがアッシリアに滅ぼされてから百年ほど後。


今度は南ユダ王国が、バビロニア帝国に滅ぼされた。


エルサレムの神殿が燃やされた。


ダビデ以来の王族が連れ去られた。


民は異国の地、バビロンで泣きながら座っていた。


詩篇百三十七篇にこんな詩がある。


「バビロンの川のほとりに座って、シオンを思いながら泣いた。柳の木に竪琴を掛けた。捕らえた者たちが歌を求めた。どうやって異国で神の歌が歌えるか」


七十年が過ぎた。


預言者エレミヤが「七十年で帰れる」と預言していた通り、事態が動いた。


ペルシャ王キュロスがバビロニアを滅ぼし、帝国を手に入れた。


そしてキュロスは宣言した。


「地の全ての王国を神が与えてくださった。神はわたしに、エルサレムに神殿を建てよと言われた。帰りたい者は帰れ。費用はわたしが出す」


異国の王が、神殿の再建を命じた。


ヘブライ人たちが帰り始めた。


エルサレムに着いた人々は、昔の神殿の跡を見て泣いた。


若い者は新しい基礎が置かれると喜んで叫んだ。


老いた者は昔の神殿を覚えていて、大声で泣いた。


喜びの声と泣き声が混ざり合って、遠くから聞いても区別できなかった。


神殿が建て直された。


エズラという人物が律法の書を持ち帰り、民の前で読み上げた。


民は泣いた。


エズラは言った。


「今日は聖なる日だ。泣いてはならない。神を喜ぶことがあなたたちの力だ」


「神を喜ぶことが力だ」


この一言が、旧約聖書の後半部分を貫く言葉のひとつだ。


楽しいから喜ぶのではなく。


順調だから喜ぶのでもなく。


神がいるから喜ぶ。


それが力になる。


バビロン捕囚から帰還した人々は、その後もずっと強い国を作ることはできなかった。ペルシャ、ギリシャ、ローマと、次々と大国の支配下に入り続けた。


それでも神を礼拝し続けた。


律法を守り続けた。


神の約束を信じ続けた。


旧約聖書の物語は、ここで一つの区切りを迎える。



――――――――――――――――――――――――――――――――



エピローグ ~ 旧約聖書とは何だったのか ~



三巻を通して振り返ろう。


上巻では、神が世界を作り、人間はすぐに失敗し、洪水でリセットされ、アブラハムという一人の男が選ばれ、その子孫が奴隷になり、モーセが登場した。


中巻では、奴隷から解放された人々が荒野を四十年さまよい、約束の地に入り、士師たちに繰り返し救われながらも繰り返し同じ失敗を続けた。


下巻では、王国が誕生し、栄えて、分裂して、滅んで、捕囚になって、帰ってきた。


これだけ読むと「散々な歴史」に見える。


失敗の連続だ。同じことの繰り返しだ。


だがここで気づいてほしいことがある。


この物語を書いたのは、誰か。


ヘブライ人自身だ。


自分たちの失敗を、自分たちで書き残した。


「わたしたちは神に背いた。だから滅んだ」と、自ら記録した。


これは普通の民族の歴史書ではない。普通は「俺たちは正しかった。悪いのは敵だ」と書く。


ヘブライ人はそうしなかった。


「わたしたちが悪かった」と書いた。


そして同時に「それでも神は諦めなかった」と書いた。


これが旧約聖書の核心だ。


人間の失敗の記録ではなく、神の諦めなさの記録だ。


ダビデは姦淫と殺人をした。それでも「神の心にかなった人」と呼ばれた。


サムソンは欠点だらけだった。それでも神に使われた。


エリヤは疲れ果てて「もう死にたい」と言った。神は細い声で現れて食事を作った。


ヨブは「なぜ苦しむのか」と叫び続けた。神は嵐の中から現れ、問いを問いで返した。それでもヨブは「今わたしはあなたを見た」と言った。


旧約聖書は「完璧な人間の物語」ではない。


「欠点だらけの人間と、諦めない神の物語」だ。


最後に、旧約聖書の中で最も美しい言葉の一つを引いて終わろう。


預言者イザヤの言葉だ。


「主は疲れた者に力を与え、力のない者を強くされる。若者も疲れ、若い男もつまずき倒れる。しかし主を待ち望む者は新しく力を得る。鷲のように翼をはって上ることができる。走っても疲れず、歩いても弱らない」


旧約聖書は「正しい人が祝福される話」ではなかった。


「どこまでも失敗する人間を、神が何度も立ち上がらせる話」だった。


それが三千年以上読み継がれている理由だと、わたしは思う。


以上で、旧約聖書ギャグラノベ全三巻、完結だ。



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登場人物メモ(下巻)


・サムエル

 神の声を聞いて預言者になった男。最初の王二人を立て、どちらにも「あなたは間違っている」と言い続けた。


・サウル

 最初の王。見た目は完璧。しかし言い訳をやめなかった。言い訳が人を変えられなくする、ということを示した人物。


・ダビデ

 羊飼いの少年から王になった。ゴリアテを石で倒した。大きな罪を犯した。しかし言い訳をしなかった。神の心にかなった人と呼ばれた。


・ソロモン

 世界最高の知恵を持った王。神殿を建てた。しかし晩年に神を裏切った。知恵があっても正しく生きるとは限らない。


・エリヤ

 炎の預言者。四百五十人に勝った翌日に一人の女に脅されて逃げた。「細い声」で神に会った。


・エリシャ

 エリヤの後継者。外国の将軍を川で癒した。師匠のマントを拾って立った。


・ヨブ

 悪いことをしていないのに苦しんだ男。「なぜ」と叫び続けた。「苦しみには必ず理由がある」という常識に対して旧約聖書が出した答えの主人公。


・エレミヤ

 泣きながら叫び続けた預言者。誰にも聞かれなかった。それでも叫んだ。


・ダニエル

 ライオンの穴に入れられた男。傷ひとつなかった。祈ることをやめなかった。


・エステル

 「このような時のために」王妃になった女。神という言葉なしに神の働きを語った本の主人公。


・ルツ(中巻より再掲)

 「あなたの神はわたしの神」と言ったモアブ人の女。ダビデの先祖。旧約全体に時々差し込まれる「外国人が神を信じる話」の代表格。

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