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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第1章

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第9話「王太子の鎖」

夕暮れの学園棟に、鐘の音が落ちた。


卒業パーティー前日。学園の廊下は明日の準備で慌ただしく、生徒たちが飾り付けの資材を運び、教師たちが会場の配置を確認している。その喧騒から離れた旧館の一角に、図書室はいつも通り静かにあった。


私はカウンターで、最後の書類整理をしていた。


昨夜まとめた告発書類の束。証拠の時系列リスト、文書番号の対応表、ヴィオラの調査メモとギルベルトの資料を突合した全体図、エレーヌの証言の要点、カティアが集めた証言者のリスト。すべてを一つの書類にまとめ、番号を振り、読み上げる順序を整えた。


前世の図書館で、レファレンス資料を作るときと同じ手順だった。事実を並べ、出典を明記し、誰が読んでも同じ結論に辿り着けるように構成する。


この書類が、明日の卒業パーティーで使われる。


私の手元を離れた後、この書類がどう使われるかは、もう私の仕事ではない。表舞台に立つのはギルベルトであり、王太子アレクシスだ。


書類の最後のページを確認し、綴じ紐で束ねた。


これで、図書室管理係にできることは終わりだ。


今日、ギルベルトは図書室に来ていない。


彼は学園棟の面談室で、王太子アレクシス・ルーヴェンと会っている。宰相家次男の立場で面会を申し入れた。学園内の面談室での私的な面会は、近衛が室外で待機する規則になっている。二人きりで話ができる場所だ。


私がそれを知っているのは、ギルベルトが昨日の閉館後にカウンターで書類を受け取ったとき、明日の予定を話してくれたからだ。


「王太子に、すべてを見せる。試験記録の補正のことも」


「補正?」


「王太子選定試験のとき、神殿が魔力測定の数値を補正していた。アレクシス殿下ご本人は知らなかった。だが聖女はそれを不正として脅迫材料に使っている」


「殿下は脅迫されていた——」


「そうだ。だから断罪を実行させられている。自分の意志ではなく、聖女の筋書き通りに」


ギルベルトの声は平坦だったが、目には怒りがあった。母を冤罪に追い込んだ聖女への怒りと、同じ仕組みで縛られている王太子への共感が混在していた。


「殿下に、補正の記録を見せる。補正は神殿が勝手に行ったもので、殿下に不正の意図はなかったことを、資料で証明する。脅迫材料が無効であることを理解してもらえれば、殿下は自分の意志で動ける」


「ギルベルト様」


「何だ」


「殿下がそれを受け入れなかったら、どうするんですか」


「受け入れる。あの人は公正な人間だ。真実を知れば、正しい選択をする」


迷いのない声だった。ギルベルトがアレクシスを信じている。復讐のためではなく、正義のために動いている。それが伝わってきた。


面談室でのことを、私は知らない。


書類を渡した後、私は図書室に戻った。あとは待つだけだ。


閉架書庫の棚を確認し、返却された本を戻し、目録帳の最後のページに今日の日付を記入した。三年間かけて作り直した目録帳は、もう一冊では収まらず、三冊に増えていた。


棚の間を歩いた。薬学の棚。エレーヌが最初に本を手に取った場所。神殿制度の棚。ギルベルトがいつも座っていた席の近く。歴史の棚。ヴィオラに時系列の整理を頼まれたあの日、資料を広げたテーブル。


三年間の記憶が、棚の一つ一つに染みついていた。


カウンターに戻ると、図書室の扉が開いた。


ギルベルトだった。


表情を見て、わかった。うまくいったのだと。


「殿下は、公表すると決めた」


ギルベルトはカウンターの前に立ち、静かに言った。


「試験記録の補正を自ら公表する。聖女の脅迫材料を、自分の手で無効にする」


「それは——王太子としての地位を危うくする選択では」


「殿下はこう言った。『補正を知らなかったとはいえ、それを黙っていた期間がある。公表すれば王太子の資格を問われるかもしれない。だが、脅迫に屈し続けることのほうが王族の名を汚す』と」


ギルベルトの声が、わずかに揺れた。


「僕が証拠を見せたとき、殿下は長い間黙っていた。それから、こう言った。『ヴァイス。お前の母上の件も、私が断罪の場で使われたことも、全てあの者の策略だったのか』」


「……」


「僕は答えた。『はい。ですがこの証拠は、正当な手段で集めたものです。殿下が自らの意志で公表されれば、それは不正ではなく誠実さの証明になります』」


ギルベルトが目を伏せた。


「殿下は、立ち上がって窓の外を見ていた。長い時間だった。それから振り返って、『準備を進めろ』と」


鎖が切れた。


王太子を縛っていた脅迫が、無力化された。


「宰相——お父様からの連絡は」


「ある。神殿監査局の再稼働を手配したと。監査官を卒業パーティーに派遣する準備が整っている」


すべての歯車が噛み合った。


王太子の告発。神殿監査局の公的裏付け。エレーヌの証言。カティアの証言者。ヴィオラの状況証拠。そして、それらを一つの書類にまとめた私の仕事。


「書類は、殿下に渡した」


「はい」


「殿下は読み終わった後、一言だけ言った。『これを整理した者は誰だ』と。僕は答えなかった」


「……なぜ」


「名前を出せば、君が標的になる。まだ聖女の目が光っている間は」


ギルベルトは鞄を肩にかけた。


「明日、すべてが終わる。それまでは、君は目立たない存在のままでいてくれ」


「目立たない存在のまま、ですか」


「最後の一日だけだ。明日が終われば——」


言いかけて、止まった。いつもの癖だ。言葉を飲み込んで、別のことを言う。


「明日が終われば、君はもう透明でいなくていい」


それだけ言って、ギルベルトは図書室を出た。


一人になった。


窓の外は暗い。星が見えていた。明日は晴れるかもしれない。


カウンターの上には何もない。書類はギルベルトに渡した。目録帳は棚に戻した。返却台は空だ。


三年間の仕事が、全部終わった。


明日、卒業パーティーで何が起きるか。王太子が演壇に立ち、聖女の不正を告発する。私が整理した書類が証拠として読み上げられる。エレーヌが証言台に立つ。カティアの冤罪が晴れる。ヴィオラの名誉が回復する。ギルベルトの母の再審が決まる。


そのすべてを、私は客席の後方で見ることになる。子爵令嬢が座る席から。モブとして。


それでいい。


私の仕事はここまでだ。あとは、みんなが動く番だ。


図書室の灯りを消した。鍵をかけた。最後にもう一度、扉に手を触れた。


三年間、毎日この扉を開けて、閉めた。古い木の感触は、手に馴染んでいた。


「おつかれさま」


誰もいない廊下で、小さく呟いた。


図書室に言ったのか、自分に言ったのか、わからなかった。


寮への道を歩いた。星が多かった。明日の空も、きっと澄んでいるだろう。


足を止めて、空を見上げた。


三年前の入学の朝、鏡の前で「モブになる」と決めた自分を思い出した。あの日の私に、今の状況を教えたら何と言うだろう。


たぶん、「なんでそうなる」と言う。


少しだけ笑った。


歩き出した。明日は、卒業パーティーだ。

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― 新着の感想 ―
公正な王子が魔力量が違っている事を理由に脅迫されて不正に断罪をしようとして、それに自分が関わってないことが証明されたから脅迫に屈しなくなった?挙げ句魔力量が違っていた事を公表して脅迫の材料を無くして王…
急に2年目後半から1年飛んでない? ギルベルトは一学年上だったはずなのに3年経っても卒業せずに図書室に来てるの?
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