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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第4章

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第5話「家族の形」

母が修道院から戻ったのは、もう一年以上前のことだった。


あの日の記憶は今も鮮明だ。宰相府の廊下で、ギルベルトの母の手が私の手を取った。「ありがとう」と言ってくれた。冤罪で修道院に送られ、長い年月を過ごしても折れなかった人。その人が今、私に宰相家の慣例を教えてくれている。


婚姻式の準備が、具体的に動き始めていた。


宰相府の奥の居間。家族だけが使う部屋。壁に花が飾ってある。ギルベルトの母が自分で飾り始めた花。季節が変わるたびに種類が変わっていた。今は冬の初めで、白い小さな花が一輪だけ、細い花瓶に挿してあった。


「今日は、招待客のことを相談したいの」


母が紅茶を注ぎながら言った。飾りのない茶器。家族用の、温かい茶器。


「衣装の仮縫いは来週の予定。式次第は宰相と相談して骨格を決めてあるわ。残っているのは、招待客の最終調整」


「はい」


テーブルの上に、招待客リストが広げられた。宰相府の書記官が作成した公式なリスト。公爵家、侯爵家、伯爵家、王府の高官、神殿の要職者。宰相家の婚姻式にふさわしい格の名前が並んでいた。


その中に、子爵家の欄があった。


トーレス子爵家。私の家。


名前は二つ。父と、私の名前。子爵家の当主と、婚姻する本人。


子爵家の親族は、王都にはいなかった。領地に数名の遠縁がいるだけだ。大きな家ではない。宰相家の婚姻式に招くには、規模が釣り合わない。


分かっていたことだった。だが、リストの上で改めて見ると、その差が目に見える形で突きつけられた。


公爵家の列には十名以上の名前がある。侯爵家にも、伯爵家にも。子爵家は二名。


「ロゼリアさん」


母の声が、静かに響いた。


「あなたのお父様のことなのだけど」


「はい」


「お父様は、どのようにお考えかしら。婚姻式への参加について」


父のこと。


子爵家の当主。領地の帳簿を管理し、小さな館で静かに暮らしている人。再審のとき、娘が宰相家と関わり始めたことを心配しながらも、止めなかった人。婚約が公表されたとき、短く「おめでとう」とだけ言った人。


父に婚姻式のことを尋ねたのは、数日前だった。


「子爵家として恥ずかしくない形で参加したい」


父はそう言った。控えめな言葉だった。


恥ずかしくない形。


それは、宰相家の格式に合わせた振る舞いをする、という意味ではなかった。子爵家は子爵家として、分を弁えて参加する、という意味だった。


父は自分の家の規模を知っている。宰相家との格差を知っている。その上で、娘の婚姻式に、子爵家の当主として恥じることなく出席したい。


その控えめさが、胸に刺さった。


「父は、宰相家のご迷惑にならない形でと考えているようです」


正直に伝えた。


母が黙った。しばらくの間、紅茶の湯気だけが二人の間に漂っていた。


「ロゼリアさん」


母の目が、まっすぐ私を見た。修道院から帰還した日と同じ、芯の強い目だった。


「あなたのお父様は、宰相家の客ではないのよ」


「え」


「あなたのお父様は、ギルベルトの義父になる方。私たちの家族になる方。婚姻式で子爵家が末席に座るのは、礼儀としては正しいかもしれない。でも、家族として正しいかどうかは別の話」


家族として。


その言葉が、胸の中で反響した。


「お母様」


「私から宰相に進言するわ。子爵家を正式に上席に配置すること。あなたの家族は、私たちの家族でもある。席順は格式で決まるけれど、家族の席は別よ」


母が微笑んだ。穏やかで、だが揺るがない笑み。修道院で長い年月を過ごしても折れなかった人の笑み。


「でも、宰相家の慣例では——」


「慣例は大切よ。でも、慣例のために家族を遠ざけるなら、その慣例は間違っている」


強い言葉だった。静かだが、強かった。


この人は、慣例や格式に従わなかったわけではない。宰相家の一員として、長年その中で生きてきた人だ。その上で、「家族の席は別だ」と言っている。慣例を知った上での判断だった。


数日後、宰相の返答が来た。


ギルベルトが伝えてくれた。宰相府の廊下で、仕事帰りの短い時間。


「父が承認した。子爵家は上席に配置する。家族席として」


「本当ですか」


「母が進言した。父は最初、慣例との整合性を気にしていたが、母が『家族の席は慣例の外にある』と言った」


ギルベルトが小さく笑った。


「父は母に弱い。帰還してからは特に」


冗談めかした声だったが、その奥に温かさがあった。宰相が政治家としてではなく、夫として判断した部分がある。母の進言に、個人としての重みがあった。


「お父様に伝えてくれ」


ギルベルトが続けた。


「子爵家の当主として、上席に座っていただく。遠慮は不要だと」


「はい」


答えた。声が少し震えた。


父に伝えなければならない。子爵家が宰相家の婚姻式で上席に座ること。それは格式の問題ではなく、家族として迎えられたということ。


父は何と言うだろう。控えめな人だ。「そんな必要はない」と言うかもしれない。だが、宰相が認め、ギルベルトの母が進言した決定だ。子爵家の遠慮は、むしろ失礼にあたる。


家族になるということ。


子爵家と宰相家。格が違う。歴史が違う。規模が違う。


だが、家族になるということは、その差を消すことではなかった。差がある上で、同じ席に座るということだった。


子爵家の書斎に戻った夜。


父に伝えた。


「上席に、ですか」


父の声は静かだった。驚きがあった。だが、拒否はなかった。


「宰相閣下がお認めになったのなら、子爵家として謹んでお受けいたします」


父は一礼した。書斎の中で、娘に向かって一礼した。当主として、娘を送り出す父として。


「お前が選んだ人の家族が、そう言ってくれたのだな」


「はい」


「ならば、恥ずかしくない形で、とは言わん。堂々と座らせてもらう」


父の目が、少しだけ潤んでいた。すぐに目を逸らした。子爵家の当主は、人前で涙を見せない。娘の前でも。


だが、見えた。


自分の家族を恥じたことはない。子爵家で育ったことを後悔したこともない。


でも、格式の違いに不安はあった。父が宰相家の婚姻式で肩身の狭い思いをするのではないかと。控えめに端の席に座り、静かに見守るだけになるのではないかと。


その不安が、ギルベルトの母の一言で消えた。


「あなたの家族は、私たちの家族でもある」


その言葉の重み。


修道院から帰還した人が、新しく家族を迎えるときに使った言葉。失った年月を知っている人が、家族の意味を語る言葉。


窓の外に、冬の星が見えた。曇り空が少しだけ晴れていた。


宰相家の一員になる準備は、まだ続いている。衣装の仮縫い。式次第の確認。招待状の発送。


だが、今日、一つだけ確かになったことがある。


家族の力を借りることは、弱さではない。


ギルベルトの母が教えてくれた。宰相が認めてくれた。父が受け入れてくれた。


一人で立つことと、家族と共に立つことは、矛盾しない。


報告書を書いたのは私の力だった。だが、報告書が守られたのは宰相府の力だった。その二つを、対立させる必要はなかった。


自分の力と家族の力。


その境界線は、もしかしたら、最初から存在しなかったのかもしれない。


書斎の灯りが、机の上の招待客リストを照らしていた。子爵家の欄に、父の名前がある。


上席に座る。家族として。


その事実が、静かに胸を満たしていた。

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― 新着の感想 ―
母=ギルベルトの母ですよね。使い分けの必要あります? 主人公視点だと、肉親では無いので「母」は表現としておかしいし、心情を表しているとしても「事実」を重視する主人公にはそぐわない表現に思えます。 また…
父親のことばかりで母親子爵夫人は?普通両親は当然出席だよね。兄弟は今まで出てこなかったからいないのかな? 途中で次男だから子爵家の婿になる可能性もあるとか思って読んでいましたがーー。
貴族に属する親族が少ない事は、つまり分家筋ではない。さらに、ここまでずっと成金貴族なような評価が無いので直近で成り上がった訳でもない。永年貴族で主家の子爵家って爵位が高くないだけで、それなりの家格です…
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