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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第3章

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第9話「承認の形」

宰相府の廊下に、秋の終わりの光が差していた。


アレクシス殿下の方針表明から数日が経っていた。「新聖女の認定は急がず、制度改革を先行する」。その言葉は、王都の政界に静かな波紋を広げていた。


改革派はルドヴィクを失ったが、報告書が改革の方向性を引き継いだことで、主張の正当な部分は生き残った。存続派は聖女候補の推挙が棚上げとなり、勢いを失っていた。


だが、一人だけ、引かない人間がいた。


エレーヌからの手紙で知った。


「イルメラ女官長が、貴族院の会合で公式に反論しました。『王太子殿下が一子爵令嬢の報告書を根拠に聖女制度を変えるなど、前代未聞である』と」


手紙を読んで、目を閉じた。


イルメラの主張は分からなくもなかった。聖女制度は神殿の根幹だ。それを一人の子爵令嬢の報告書で変えることに、抵抗を覚える人間がいるのは自然だった。


だが、イルメラの発言には致命的な問題があった。


王太子の判断を、公の場で否定した。


それは、報告書の内容への批判ではない。王権そのものへの挑戦だった。


宰相府が動いたのは、イルメラの発言の翌日だった。


ギルベルトから直接聞いた。宰相府の小部屋で。


「宰相府が公式見解を出した。『王太子殿下の裁可に基づく方針を否定する発言は、王権への挑戦と見なされ得る』と」


公式見解。宰相府の名前で出された文書だ。アレクシス殿下が直接対応するまでもなく、宰相府が先手を打った。


「イルメラは」


「弁明を試みている。だが、発言は貴族院の会合で複数の証人の前で行われた。撤回を求められている」


「撤回すれば」


「発言の撤回だけでは済まない。王権への不敬と見なされた以上、神殿内部の人事権に基づいて処分が検討される」


ギルベルトの声は淡々としていた。事実を伝えている声だった。


「女官長の職を解かれる可能性が高い」


女官長の職を解かれる。


イルメラ。存続派の要。聖女候補の選定に影響力を持つ女官長。「子爵令嬢に聖女の資格はない」と公言した人物。


因果が巡っている。


だが、喜べなかった。


「イルメラの主張にも、一理はあったと思います」


声に出した。


ギルベルトが私を見た。


「聖女制度は神殿の伝統です。それを変えることへの不安は、理解できます。ただ、伝統を守りたいなら、王権を否定すべきではなかった」


「その通りだ。イルメラの判断の誤りだ。制度を守りたいなら、制度の内側で戦うべきだった。王権を否定した時点で、自分の足場を崩した」


カティアが以前言っていたことと同じだった。政治の世界では、正しい主張も、誤った方法で示せば自滅する。ルドヴィクもそうだった。イルメラもそうだった。


目的は理解できる。だが、手段が間違っている。


何度も見てきた構図だった。


イルメラが女官長の職を解かれたのは、それから三日後のことだった。


エレーヌからの手紙で確認した。神殿内部の人事決定。王権への不敬を理由とした解任。イルメラは弁明の機会を与えられたが、発言の事実を覆すことはできなかった。


存続派は柱を失った。改革派は既にルドヴィクを失っている。


二つの派閥の指導者が、どちらも退場した。残ったのは、報告書が示した第三の道だけだった。


制度改革が、本格的に動き始める。


その日の夕方、ギルベルトが子爵家を訪ねてきた。


いつもの応接間。だが、ギルベルトの表情がいつもと違った。疲労はあった。宰相府の補佐官としての仕事が続いている。だが、疲労の下に、何か別のものがあった。


「ロゼリア」


二人きりの応接間。名前で呼ばれた。


「父が、君の仕事を認めた」


心臓が跳ねた。


「宰相閣下が」


「今朝、僕を呼び出して言った。『あの子爵令嬢の報告書は、よく出来ていた』と」


よく出来ていた。


宰相の言葉。あの、感情を見せない人の口から出た評価。


再審のとき、宰相府の廊下で出会った。「ご苦労」の三文字だけだった。あのときは、それが評価なのかどうかも分からなかった。


今回は違う。「よく出来ていた」。明確な評価だった。


「それだけじゃない」


ギルベルトの声が、少し震えた。抑えている声だった。


「父が言った。『婚約を認める』と」


息が止まった。


「ただし、公表は制度改革の裁可が下りた後にする、と。政治的なタイミングを計っている」


婚約を認める。


宰相が。あの宰相が。「政治的合理性が不足している」と何度も言い続けた宰相が。


「政治的合理性は」


「確保された。君の報告書が聖女制度改革の根拠になった。王太子が公式に受理し、制度改革が動き始めた。その報告書を書いた人物が宰相家に入ることは、宰相家にとって政治的な利益になる」


政治的な利益。


その言葉に、複雑な感情が混じった。


認められた。だが、それは政治的な承認だ。人としての承認とは、また別のことだ。


ギルベルトが私の表情を見た。


「形はどうあれ、君が認められたことに変わりはない」


「分かっています」


「父は、感情で動く人間じゃない。だが、感情がないわけでもない。報告書を読んで、君の能力を認めた。それは政治的な計算だけじゃない」


「そう、でしょうか」


「僕は、父の顔を見た。報告書の話をしたとき、父は少しだけ——本当に少しだけ——笑っていた」


宰相が笑った。


想像できなかった。あの無表情の人が。


でも、ギルベルトが言うなら、そうなのだろう。ギルベルトは父の顔を一番近くで見てきた人だ。


「婚約が認められた」


声に出した。自分で聞きたかった。言葉にしないと、実感が湧かなかった。


「ああ。認められた」


ギルベルトの目が、まっすぐ私を見ていた。


穏やかな目だった。再審の法廷の廊下で見た、何も隠していない目。告白の夜に見た、覚悟を決めた目。そして今、安堵と喜びを静かに湛えた目。


「長かったな」


「長かったです」


「ずっと待たせた」


「待っていたのは私だけではありません。あなたも待っていた」


ギルベルトが小さく笑った。


「そうだな。僕も待っていた」


手が伸びてきた。私の手を取った。温かい手だった。何度も繋いだ手。茶房で。宰相府の廊下で。子爵家の庭で。


だが、今日の手は、少し違った。


婚約が認められた後の手だった。


「公表は制度改革の裁可の後だ。まだ少し時間がかかる」


「分かっています」


「でも、もう保留じゃない」


「はい」


保留ではない。


認められた。形は政治的でも、事実として認められた。


手を握り返した。強く。


ギルベルトが帰った後、書斎の椅子に座った。


窓の外は暗くなっていた。秋の夜。もうすぐ冬が来る。


婚約が認められた。


実感が、少しずつ胸に広がっていた。


再審から始まった。ギルベルトの手紙。宰相府の書庫。記録の空白。法廷。冤罪の認定。告白。口づけ。


そして、聖女制度の報告書。王太子への提出。ルドヴィクの罷免。イルメラの解任。制度改革の始動。


全部がつながっている。全部が、この瞬間につながっていた。


だが、まだ終わっていない。


公表は制度改革の裁可の後。それまでに、もう一つ、片付けなければならないことがある。


クラウス。


ギルベルトの兄。宰相家の長男。消極的容認の状態のまま、婚約が認められた。母の帰還後、態度は軟化した。だが、私を認めたわけではない。


宰相が認めた。ギルベルトとの関係は確かだ。だが、クラウスとの関係は未解決のままだ。


婚約が公表される前に、クラウスと向き合うべきだ。


宰相家に入るということは、クラウスの義妹になるということだ。家族になる。消極的容認のまま家族になるのは、嫌だった。


向き合う。直接会って、話す。


何を話すかは、まだ分からない。だが、逃げてはいけないことは分かる。


窓の外の暗い空を見上げた。星は雲に隠れて見えなかった。


認められた。


その事実の重さと温かさを、胸の中で抱きしめた。


でも、まだ終わらない。もう一歩だけ、前に進まなければならない。


クラウスとの決着。それが、婚約公表の前に残された最後の課題だった。

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― 新着の感想 ―
話はすんなり入って読みやすいし、面白い ただ、そういう風にしているのだろうなーって思っても、ギルベルトのセリフの言い回しが本を読み上げてるみたいで気になっちゃうのが残念 「父は言った。○○と」とか国語…
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