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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第3章

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第6話「女官長の罠」

また、誰かの思惑の中にいる。


エレーヌからの続報が届いたのは、聖女候補の話を聞いてから三日後のことだった。


「イルメラ女官長が、ロゼリアさんを聖女候補として公式に推挙する手続きを開始したとの情報です」


公式に。


手紙を持つ手に、力が入った。


予想はしていた。だが、予想と現実は違う。推挙が公式になれば、保留はもう通用しない。社交界が動く。神殿が動く。宰相府が動く。


エレーヌの手紙にはさらに続きがあった。


「同時に、イルメラ女官長は社交の場で次のように発言しています。『子爵令嬢に聖女の資格があるかどうかは、神殿が判断すること』と。名指しではありませんが、文脈は明らかです」


子爵令嬢に聖女の資格があるかどうか。


身分の低さを、暗に強調している。


推挙しておきながら、資格を疑う発言をする。矛盾しているように見える。だが、矛盾していない。


エレーヌが前回の手紙で示唆していた通りだ。イルメラの真意は、私を聖女にすることではない。


辞退させることだ。


推挙して、辞退を引き出す。辞退すれば「やはり子爵令嬢には聖女の資格がなかった」と印象づけられる。受諾すれば「身分不相応」と攻撃される。


どちらに転んでも、イルメラの利益になる。


二重の罠。


カティアとヴィオラに会ったのは、翌日の午後だった。


ヴァレンシュタイン公爵家の別邸。いつもの応接間。だが、いつもの穏やかな空気ではなかった。


エレーヌの手紙の内容を伝えた。イルメラの推挙。社交の場での発言。二重の罠の構造。


ヴィオラが最初に口を開いた。


「あの女官長、腹黒いわね」


率直だった。ヴィオラらしかった。


カティアは紅茶のカップを手に取ったまま、しばらく黙っていた。考えている顔だった。公爵令嬢としての政治的思考が動いている。


「辞退も受諾も罠。第三の選択肢が必要ね」


「第三の選択肢」


私は繰り返した。


「辞退すれば、身分による否定を印象づけられる。受諾すれば、ギルベルトとの婚約を失う。どちらもイルメラの手の上。なら、そのどちらでもない行動を取るしかないわ」


「具体的には」


「それを考えるのが、あなたの仕事よ、ロゼリア」


カティアが微笑んだ。冷たい微笑みではなかった。信頼の微笑みだった。考える力があることを知っている人の顔。


ヴィオラが腕を組んだ。


「あんたはいつも書類を整理して、事実を並べて、道を見つけてきたでしょ。今回も同じじゃないの」


書類を整理して、事実を並べて。


その言葉が、何かを動かした。


聖女になるかどうかではない。聖女制度の問題そのものに向き合う方法はないか。


ルドヴィクは制度廃止を主張している。イルメラは制度存続を主張している。どちらも自分の立場のために動いている。制度そのものの問題を、正面から検証した人間はいない。


改革派も存続派も、結論が先にある。制度を廃止したい。制度を維持したい。その結論に合うように、事実を選んでいる。


だが、事実は結論のために存在するのではない。


「聖女になるかどうかではなく」


声に出した。


「聖女制度の問題そのものに向き合う方法を考えたい」


カティアの目が、わずかに光った。


「続けて」


「制度に問題があることは事実です。検証体制の形骸化、監査局の機能不全、聖女への権限集中。それはマリアンヌの事件で明らかになりました。でも、制度を廃止するか維持するかは、政治的判断です。私が決めることではない」


「なら、何をするの」


「事実を整理します。制度の歴史。運用の実態。問題点の構造。それを報告書としてまとめて、然るべき場所に提出する」


然るべき場所。


言いながら、自分でもその意味の重さに気づいた。


「然るべき場所とは」


カティアが問うた。


「王太子殿下です。聖女制度の存廃は、最終的に王の裁可で決まります。王太子殿下に事実に基づいた報告書を提出すれば、制度の議論が感情論ではなく事実に基づいて進む可能性があります」


沈黙が落ちた。


カティアもヴィオラも、黙っていた。


長い沈黙だった。


ヴィオラが先に口を開いた。


「あんた、それ、子爵令嬢の立場を超えてるわよ」


「分かっています」


「分かってて言ってるの」


「はい」


カティアが紅茶を一口飲んだ。


「政治的提言よ。書類整理ではない」


「はい。でも、事実を歪めなければ、提言であっても構わないと思います」


カティアが私を見た。長い視線だった。


「あなたは変わったわね、ロゼリア」


「変わりました」


「書類を整理するだけの人間、と言っていたのに」


「書類を整理することの意味が、変わったんです。整理した事実は、人を動かす。制度を動かす。それを知ってしまった以上、整理するだけでは済まない」


カティアが微笑んだ。今度は、はっきりとした笑みだった。


「いいわ。公爵家として、できる支援はする。王太子殿下への面会の仲介なら、私の方から手配できる」


「ありがとう、カティア」


ヴィオラが肩をすくめた。


「あたしは書類は苦手だけど、あんたの身辺が物騒になったら、うちの騎士を回すわ」


「ありがとう、ヴィオラ」


二人の言葉が、胸に染みた。一人ではできない。でも、一人ではない。


その日の夕方、ギルベルトに会った。


宰相府の小部屋。扉を閉めた二人きりの空間。


カティアとヴィオラとの会話を伝えた。報告書の作成。王太子への提出。第三の選択。


ギルベルトは黙って聞いていた。


聞き終えた後、少し間を置いて言った。


「それは、ただの書類整理ではない。政治的提言だ」


「カティアにも同じことを言われました」


「カティアの言う通りだ」


ギルベルトの目は真剣だった。


「報告書を王太子に提出するということは、聖女制度の議論に正面から参加するということだ。改革派でも存続派でもない、第三の立場として。それは子爵令嬢の立場を超えている」


「分かっています」


「分かった上で、やるのか」


「はい」


ギルベルトが、しばらく私を見ていた。


「宰相府の書庫のアクセスは、僕が手配する。聖女制度の歴史的資料は宰相府に保管されている。再審のときと同じように、協力する」


「ありがとうございます」


「ただし」


ギルベルトの声が、少し低くなった。


「報告書の内容は、事実だけにしてくれ。政治的な提案は入れていい。だが、事実を歪めないこと。それが報告書の信頼性の根拠になる」


「事実を歪めません。それだけは、約束します」


「知っている。君は事実を歪めない人間だ」


目が合った。


信頼の目だった。再審の法廷で、証拠の束を私に任せたときと同じ目。あのときは不安もあった。今は、不安はなかった。


「ロゼリア」


「はい」


「君は、ただの書類整理者じゃなくなる。報告書を出した瞬間から、政治的な人物になる。それでもいいのか」


「いいです。いえ、いいかどうか分からない。でも、逃げるのは嫌です」


ギルベルトが小さく笑った。


「君らしい」


子爵家の書斎に戻ったのは、夜だった。


机の上に、白い便箋が一枚。


エレーヌに手紙を書いた。報告書作成のために、神殿内部の情報が必要だと。改革派と存続派の双方の主張の根拠。聖女制度の運用実態。監査局の現状。エレーヌの情報網が頼りだった。


ペンを置いて、窓の外を見た。


秋の夜空。星がいくつか見えた。


怖い。


正直に言えば、怖かった。書類を整理するだけの人間だった。図書室で本を並べ替えるだけの人間だった。それが、聖女制度の検証報告書を王太子に提出しようとしている。


自分の名前で立つと決めた。ルドヴィクに名前を守ると宣言した。イルメラの罠にはかからないと決めた。


一歩ずつ、前に出ている。


でも、前に出るたびに、足場が狭くなる。


書類を整理するだけの人間。そう思っていた頃は、足場が広かった。目立たない場所にいたから。誰にも注目されなかったから。


今は違う。名前がある。功績がある。注目されている。そして、報告書を出せば、もっと注目される。


怖い。


でも、逃げない。


友人たちがいる。カティアの政治的助言。ヴィオラの率直な支え。エレーヌの情報。


そして、ギルベルトの信頼。


一人ではない。


机の上の便箋を封筒に入れた。明日、エレーヌに届ける。


報告書の作成が始まる。


だが、ルドヴィクがまだ動いている。エレーヌの前回の手紙にあった、裁判記録の政治利用。ルドヴィクが次に何をするか。報告書を作る過程で、それが見えてくるかもしれない。


窓を閉めた。


秋の夜風が、最後に一筋だけ書斎に入ってきた。


書類を整理するだけの人間。


その言葉を、もう一度、心の中で繰り返した。


もう、それだけではいられない。


でも、事実を歪めないこと。それだけは、変わらない根っこだ。


ペンを棚に戻して、椅子から立ち上がった。


明日から、報告書を書く。

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― 新着の感想 ―
女官長は何者なんだろう。神殿に女官はいないだろうから王宮の女官長? 使用人のトップ(で貴族)だとしても使われる立場での政治的発言や活動が許されるのだろうか
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