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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第3章

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第1話「空位の重さ」

王都の鐘が、遠くで鳴っていた。


トーレス子爵家の書斎の窓から、秋の空が見える。澄んだ青。風はまだ穏やかだった。


再審から一ヶ月が過ぎた。


ギルベルトの母が修道院から帰還し、ヴァイス家は家族を取り戻した。保守派司祭は罷免され、神殿法廷の記録には私の名前が証拠整理者として残っている。


あの日から、日々は穏やかだった。


ギルベルトとは手紙のやり取りが続いている。時折、宰相府の近くの茶房で会う。手を繋いで歩くことにも、少しだけ慣れた。


だが、婚約はまだ成立していない。


宰相の「保留」は、再審が終わった後も続いている。ギルベルトは何度か父に掛け合ったらしい。だが、返事はいつも同じだという。


「まだ早い」。


社交界では、私と宰相家の関係は公然の事実として扱われていた。茶会に招かれれば「ヴァイス家のご令嬢候補」と囁かれ、夜会に顔を出せば視線が集まる。


だが、公式な発表はない。


その曖昧さが、様々な憶測を生んでいた。「宰相が反対している」「身分差で破談になる」「政略婚の交渉中だ」。どれも事実ではないが、否定する手段もない。


公式でないということは、守られていないということだ。


その日の午後、ギルベルトが子爵家を訪ねてきた。


応接間に通すと、彼はいつもより疲れた顔をしていた。宰相府の補佐官としての仕事が増えているのだと、手紙には書いてあった。


「ロゼリア、少し話したいことがある」


二人きりの応接間。ギルベルトは紅茶に口をつけてから、静かに言った。


「婚約の件、父に改めて話した」


私は背筋を伸ばした。


「結果は」


「同じだ。政治的合理性が不足している、と」


政治的合理性。その言葉は、何度聞いても胸に刺さる。


「父は僕たちの関係を否定しているわけじゃない。ただ、宰相家が子爵家の令嬢を迎えるには、社交界と王都政界が納得する理由が必要だと言っている」


「理由」


「僕の気持ちだけでは、足りないということだ」


ギルベルトの声には、悔しさが滲んでいた。


私は紅茶のカップを両手で包んだ。温かい。この温かさは確かなのに、形にならない。


「では、何があれば十分なのですか」


ギルベルトは少し考えてから答えた。


「正直に言えば、分からない。父は明確な条件を示さない。ただ、今の宰相府は聖女空位の問題で手一杯だ。婚約の話を持ち出す余裕がない」


聖女空位。


その言葉が、最近の王都では重くなっている。


三日後、カティアから茶会の誘いがあった。


ヴァレンシュタイン公爵家の別邸。いつもの場所だ。ヴィオラも来ていた。


「聖女空位が一年を超えたわ」


カティアが切り出した。紅茶を注ぎながら、いつもの冷静な口調で。


「領地紛争の裁定が二件滞留している。外交上の神意表明もできない。隣国との交渉は膠着状態。宰相府が暫定代行しているけれど、神殿側は正式に抗議文を出した」


「世俗権力による神聖領域の侵害、だったかしら」


ヴィオラが肩をすくめた。


「大袈裟な言い方だけど、神殿としては当然の反応ね。自分たちの権限を宰相府に取られているんだもの」


私は黙って聞いていた。聖女空位の問題は、ニュースとしては知っていた。だが、それが自分の婚約に直接関係しているとは、考えていなかった。


カティアが私を見た。


「ロゼリア。聖女空位の問題が片付かない限り、宰相は私事に注意を向けないわ」


「つまり、婚約は」


「後回しになる。宰相にとって、王国の安定が最優先。それは政治家として正しい判断よ」


正しい判断。分かっている。分かっているけれど。


ヴィオラが私の表情を見て、少し声を落とした。


「焦る必要はないわ。あんたとギルベルトの関係は確かなものでしょ」


「ええ。それは、確かです」


「なら、待てばいい。問題が片付けば、宰相も動く」


そう言ってくれるヴィオラの言葉は温かかった。だが、待つだけでいいのだろうか。


私はいつも、待つ側だった。図書室で本を整理しながら、誰かが来るのを待っていた。あの頃のモブの自分と、今の自分は違うはずだ。


自分の名前で立つと決めた。なら、待つだけではいけない。


その夜、エレーヌから手紙が届いた。


短い文面だった。神殿内部の情報に詳しい彼女ならではの内容。


「マリアンヌ・セレスティアの裁判が、判決段階に入りました。判決日は十日後と発表されています」


手紙を読み終えて、机に置いた。


判決が出れば、聖女制度の議論が動く。聖女制度が動けば、宰相府の状況も変わる。そして、婚約の話も。


全部がつながっている。


私は窓の外を見た。秋の夜空に、星がいくつか見えた。


穏やかな日々は、長くは続かない。そんな予感があった。


でも、この穏やかさを守りたいとも思った。ギルベルトと手を繋いで歩く、あの何でもない時間を。


「また書類整理の出番かもしれない」


声に出して、自分で少し笑った。


結局、私にできることは変わらない。事実を集めて、整理して、正しい場所に届ける。それだけだ。


だが、それだけのことが、思いのほか大きな力を持つことを、私はもう知っている。


机の上のエレーヌの手紙を、もう一度読み返した。


十日後。


マリアンヌの判決が出る。

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― 新着の感想 ―
第2章で一区切りついたと思えば、まだまだ一山二山有る感じですね。
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