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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第2章

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第4話「神殿の壁」

私が直接入れないなら、どうすればいい。


神殿からの回答書を、子爵家の書斎で読んでいた。宰相府の公印が押された証拠請求に対する、神殿側の正式な返答。


許可する。ただし、条件がある。


記録庫への閲覧は、再審の当事者または法的代理人に限定する。


当事者。つまり、ギルベルトの母本人か、その家族。法的代理人。つまり、宰相府が正式に任命した弁護の担い手。


私は、どちらでもない。


子爵令嬢のロゼリア・トーレスは、再審の当事者ではない。法的代理人でもない。宰相府の職員ですらない。ギルベルトの依頼で書類を整理している、外部の手伝いだ。


回答書を机に置いた。


分かっていた。宰相府の書庫はギルベルトの招請で入れた。家族の権限の範囲内だ。だが神殿の記録庫は違う。神殿法の手続きに基づく正式な許可が必要で、許可の対象は厳密に限定される。


私の手は、あの記録庫には届かない。


翌日、宰相府でギルベルトと向かい合った。


書庫ではなく、小さな応接間だった。ギルベルトが手配してくれた部屋で、扉を閉めれば他の人間には聞こえない。


「神殿からの回答を見ました」


ギルベルトが言った。その声は平静だったが、手元の書類を持つ指先に力が入っていた。


「閲覧者の制限は、僕が当事者家族として入ることで対応できます。問題は——」


「書類整理の技術ですね」


先に言った。ギルベルトが言いにくそうにしていたことを。


ギルベルトは優秀な人だ。情報収集も分析も、政治的な判断も的確にこなす。だが、膨大な古い記録の中から特定の文書を見つけ出す作業は、別の技術がいる。分類体系の読み方、保管場所の推測、目録の照合。それは司書の仕事だ。


「僕一人で記録庫に入っても、目的の文書を見つけるまでに何日かかるか分かりません。神殿側が閲覧期間を制限してくる可能性もあります」


「だから、探し方を全部お伝えします」


ギルベルトが顔を上げた。


「全部?」


「私が記録庫に入れないなら、私の知識をギルベルト様に渡します。分類番号の読み方、保管場所の推測方法、目録の照合手順。前の——以前の経験で身に付けたものですが、手順化すればどなたにでも使えます」


前世の、と言いかけて止めた。前世の司書としての知識。それを手順書にして渡す。


ギルベルトは少しの間、私を見ていた。


「トーレス嬢は、いつもそうですね」


「何がですか」


「自分が動けないとき、別の方法を見つける。しかも、それが確実に機能する」


褒められている。たぶん。だが、今はそれに浸っている場合ではなかった。


「手順書を作ります。今日中に」


鞄から便箋と筆記具を出した。書庫の机を借り、手順書の作成に取りかかった。


手順書は、三つの段階に分けた。


一つ目。記録庫に入ったら、まず目録帳を探す。目録帳は通常、入口から最も近い書架の最上段に置かれる。目録帳がない場合は、書架の端に貼られた分類表を確認する。


二つ目。分類番号の体系を把握する。神殿の記録庫は、宰相府とは異なる分類体系を使っている可能性が高い。年代順なのか、案件種別順なのか、発行者別なのか。最初の書架を一列だけ確認すれば、体系の全体像が見える。


三つ目。目的の文書を探す。宰相府側の記録で欠落していた三ヶ月間、通し番号七十八番から百十二番の間。この番号は宰相府側の番号であり、神殿側では別の番号が振られているはずだ。だから番号ではなく、日付で探す。冤罪が確定した年の春から夏にかけての記録を、片端から確認する。


書きながら、補足を加えた。


「記録が綴じ直されている可能性があります。その場合、背表紙の糊の色が違います。古い糊は黄ばんでいて、新しい糊は白いです」


「糊の色」


ギルベルトが隣で書き留めていた。几帳面な字だった。


「それから、目的の文書が見つかったら、必ず前後の文書も確認してください。抜き取りがあった場合、前後の文書に痕跡が残っていることがあります。紙の端の折れ方や、綴じ穴の位置のずれです」


「そこまで分かるものですか」


「紙は正直です。人間のように嘘をつきません」


口にしてから、少し恥ずかしくなった。司書の職業病だ。紙と本のことになると、つい力が入る。


ギルベルトが小さく笑った。学園の図書室で、私が目録の誤記を見つけて興奮していたときと同じ笑い方だった。


手順書を書き終えた。便箋四枚分。読み返して、漏れがないことを確認した。


「これで全部です」


「ありがとうございます。明日、神殿記録庫に入ります」


ギルベルトが手順書を受け取った。その手が、一瞬だけ私の指先に触れた。


偶然か。意図か。分からなかった。


分からなくていい。今は。


ギルベルトが神殿記録庫に入ったのは翌日の朝だった。


私は子爵家の屋敷で待った。


待つことしかできなかった。


記録庫の中でギルベルトが何をしているか、直接見ることはできない。魔道通信は神殿の敷地内では使用が制限されている。連絡は手紙しかない。


一日目。手紙が届いた。


「目録帳は入口右手の書架上段にありました。分類体系は案件種別順で、年代は副次的な並びです。トーレス嬢の推測通りでした。ただ、案件種別の区分が古い神殿法の用語で書かれており、対応に時間がかかっています」


二日目。二通目の手紙。


「案件種別の用語を解読しました。しかし、目的の期間の記録が本来あるべき場所にありません。書架の並びが途中で乱れています。管理司祭に確認を求めましたが、『記録庫は神殿の管轄である。閲覧許可は出したが、配置についての質問には応じない』と言われました」


管理司祭が非協力的だ。配置についての質問に応じない。つまり、記録がどこに移されたかを教えないということだ。嫌がらせに近い。


私は手紙の裏に返事を書いた。


「書架の並びが乱れている場合、移された記録は別の書架の末尾に押し込まれていることが多いです。各書架の最後の棚を順番に確認してください。また、記録庫に書庫係の作業机があれば、その周囲に未整理の記録が積まれている場合があります」


三日目。三通目の手紙。


「見つけました」


手紙を持つ手が震えた。


「トーレス嬢の指示通り、書架の末尾を確認しました。七番目の書架の最下段に、時系列から外された記録の束が押し込まれていました。中に、マリアンヌが発行した神託の原本控えがありました。検証印がありません。監査局に提出されなかった未検証神託の一覧も同じ束に含まれていました」


検証印がない神託の原本控え。監査局に提出されなかった未検証神託の一覧。


それは、ギルベルトの母の冤罪が偽の神託によって作られたことを証明する、決定的な証拠だった。


手紙の最後に、一行だけ追記があった。


「君がいなければ見つからなかった」


便箋を胸に当てた。


直接行けなかった。記録庫の中に立つことはできなかった。神殿法が定めた壁を、私の身では越えられなかった。


でも、私の知識は越えた。


手順書という形で、ギルベルトの手を借りて、記録庫の奥まで届いた。


司書の技術は、離れていても機能する。本のある場所と、探す人の間を繋ぐ。それが司書の仕事だ。


できることは、あった。


その安堵が、じんわりと胸に広がった。


同時に、歯がゆさもあった。


手順書を渡して、手紙で指示を出して、結果を待つ。それしかできなかった。記録庫の中で古い記録の束を一枚ずつ確認し、糊の色を見分け、綴じ穴のずれを読み取る。その作業を、自分の手でやりたかった。


紙に触れたかった。


自分の目で確かめたかった。


でも、それは叶わない。私は当事者ではないし、法的代理人でもない。子爵令嬢の私が神殿記録庫に入る法的根拠はない。


ギルベルトの三日間に、私は手紙を書くことしかできなかった。


それでも。


見つかった。


証拠は見つかった。それが、今は全てだった。


ギルベルトが子爵家を訪ねてきたのは、その日の夕方だった。


応接間に通した。宰相家の次男が子爵家を訪問すること自体が異例だが、今は再審の証拠に関する用件がある。名目は立つ。


ギルベルトは記録庫から持ち帰った文書の写しを、テーブルの上に広げた。


神託の原本控え。未検証神託の一覧。いずれも正規の手続きで複写したものだ。


「管理司祭は最後まで非協力的でした。複写の手続きにも時間をかけられましたが、閲覧許可の範囲内である以上、拒否はできなかったようです」


「手続き上の瑕疵はありませんか」


「ありません。閲覧許可書の写し、複写手続きの記録、受領印。すべて揃えてあります」


ギルベルトが鞄から書類の束を出した。手続き書類が、隙なく揃っていた。


私が手順書に書いたのは文書の探し方だけだ。手続き書類の管理は、ギルベルトが自分で判断してやったことだ。宰相府で実務を学んだ人間の仕事だった。


「完璧です、ギルベルト様」


「トーレス嬢の手順書が完璧だっただけです」


目が合った。今度は、逸らされなかった。


ギルベルトの目は、宰相府の廊下で見たときの暗さが消えていた。代わりにあったのは、静かな確信だった。


「この文書があれば、母の冤罪は完全に覆ります」


「はい」


「君の——トーレス嬢の力です」


「いいえ。ギルベルト様が三日間、記録庫で探してくださったからです」


「探し方を知っていたのは君です」


譲らなかった。穏やかな声だったが、譲らない声だった。


私も、それ以上は否定しなかった。


ギルベルトが帰った後、応接間のテーブルに文書の写しが残されていた。明日、宰相府に届けて、再審の証拠として正式に提出するための最終整理をする。


窓の外は暗くなっていた。


文書の写しを手に取った。古い紙の質感が、指先に伝わる。神殿記録庫の奥に押し込まれていた記録。誰かが隠そうとした真実。


それを、私の手順書とギルベルトの三日間が、引き出した。


直接行けなくても、できることはあった。


でも、次もそうとは限らない。


神殿の管理司祭は非協力的だった。文書の持ち出しに難色を示す可能性がある。再審に提出するとなれば、さらに手続きが必要になる。


壁は、まだある。


文書の写しをそっと鞄にしまった。明日の朝、宰相府に持っていく。ギルベルトと二人で、最終整理に入る。


壁があるなら、越え方を考える。越えられないなら、回り道を探す。


紙は正直だ。記録は嘘をつかない。


なら、記録を積み上げればいい。一枚ずつ、丁寧に、正確に。


それが、壁の向こうに手を届かせる、私のやり方だ。

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