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【第4章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第2章

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第2話「茶会の棘」

噴水の水音が、庭園に響いていた。


ヴァレンシュタイン公爵家の別邸。王都の中心部に位置する、白い石造りの瀟洒な建物だった。庭園には手入れの行き届いた薔薇が咲き、中央の噴水が午前の光を受けて輝いている。


茶会の会場は、庭園に面したテラスだった。白い布がかけられた丸テーブルが六つ。銀の茶器と焼き菓子が並び、令嬢たちが三々五々、席に着いている。


私は庭園の入口に立って、その光景を眺めていた。


場違いだ。


テラスに集まっている令嬢たちは、どれも侯爵家以上の出身だった。衣装の仕立て、髪飾りの宝石、従者の数。すべてが子爵家の私とは格が違う。


私の正装は、トーレス子爵家で一番上等なものだ。母が仕立て直してくれた、淡い青の衣装。質素だが清潔で、ほつれはない。だが周囲の令嬢たちの絹や宝石と並べると、差は一目でわかる。


「来たわね」


カティアの声がした。


振り返ると、白い髪を高く結い上げた公爵令嬢が、テラスの階段を降りてきた。薄い紫の衣装に、胸元にヴァレンシュタイン家の紋章。学園を卒業しても、その背筋の伸び方は変わっていなかった。


「カティア様、本日はお招きいただきありがとうございます」


一礼した。公爵令嬢への敬語。学園を出ても、身分は変わらない。


「堅いわね。いいから、こちらに来なさい」


カティアは私の腕を取り、テラスの奥のテーブルに案内した。すでに席が用意されていた。カティアの隣の椅子。


座ると、周囲の視線が集まるのを感じた。


ひそひそ声が聞こえる。聞こえないふりをしたが、耳に入った。


「あの方、どなた?」


「トーレス子爵家のご令嬢ですって」


「子爵家? カティア様の茶会に?」


「宰相家のご次男と親しいという噂の……」


噂は、もう広まっている。


宰相府を訪れたのは数日前だ。それだけで、もう社交界の話題になっている。王都の情報は、学園よりずっと速い。


カティアが茶器を手に取り、私のカップに注いだ。公爵令嬢が自ら茶を注ぐのは異例のことだ。周囲の令嬢たちの視線が、さらに鋭くなった。


「わたくしの大切な友人です」


カティアがテラス全体に聞こえる声で言った。


「学園時代からの付き合いよ。皆さん、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


紹介された。公爵令嬢の口から、大切な友人、と。


令嬢たちは微笑んで会釈した。だが、その笑みの奥にあるものは、好意ではなかった。品定めだ。子爵令嬢が公爵令嬢の友人を名乗る。それがどういう意味を持つのか、この場にいる全員が計算している。


私は茶を一口飲んだ。温かかった。味は分からなかった。


茶会が進むにつれて、令嬢たちは少しずつ席を移動し、グループを作った。社交の常套だ。誰が誰と話すか、誰が誰を避けるか。それ自体が情報になる。


私はカティアの隣から動かなかった。動く理由がなかった。ここでの私の役割は、カティアの友人として席に座っていること。それ以上は求められていないし、求めるべきでもない。


だが、向こうから来た。


「失礼いたしますわ、カティア様」


二人の令嬢がテーブルに近づいてきた。どちらも侯爵家に連なる家門の出身だろう。衣装と宝飾の格がそれを示している。


一人は栗色の巻き髪に翡翠の耳飾り。もう一人は金髪を編み込んで真珠のピンで留めている。


「カティア様のお友達にご挨拶を、と思いまして」


翡翠の令嬢が、微笑みながら私を見た。


「ご立派な方々とお知り合いなのですね。どのようなご縁で?」


穏やかな口調だった。だが、目が笑っていなかった。


「学園で図書室の管理係をしておりました。その折に」


「まあ、図書室。ご熱心ですこと」


真珠の令嬢が口元を扇子で隠した。隠しきれていない。笑いを堪えている顔だ。


「図書室の管理係から、公爵家の茶会へ。ずいぶんとご出世なさいましたのね」


翡翠の令嬢が言った。声は甘かった。棘は甘さの中に隠されていた。


「お二方」


カティアの声が割って入った。


低く、静かな声だった。だが、テーブルの空気が一瞬で変わった。


「わたくしの友人に対して、それ以上は聞かなくてよろしいわ」


公爵令嬢の威厳だった。学園の中庭で壁際に立っていた頃のカティアとは違う。社交界の場で、公爵家の名を背負って立つ令嬢の声だった。


二人の令嬢は笑みを凍らせた。


「失礼いたしました、カティア様」


頭を下げて、テーブルから離れていった。だが、去り際に翡翠の令嬢が私を一瞥した。その目には、明確な侮蔑があった。


成り上がり。


声に出さなくても、伝わった。


カティアが茶を飲み直した。何事もなかったかのように。


「気にしなくていいわ」


「カティア様にご迷惑をおかけしています」


「迷惑ではないわ。わたくしの茶会に招いたのは、わたくしの判断よ」


カティアの声は穏やかだったが、有無を言わせない強さがあった。


それでも、私の胸には引っかかりが残った。


カティアに守ってもらった。公爵令嬢の名前と威厳がなければ、私はあの二人の前で何もできなかった。図書室では規則を盾に取り巻きを退散させた。でもここは図書室ではない。規則はない。あるのは身分と家門の格だけだ。


子爵令嬢の私には、この場で自分を守る手段がない。


席を立とうとした。


このまま茶会にいれば、カティアに迷惑がかかる。私がいることで、カティアの社交上の立場が傷つく可能性がある。それは避けたい。


椅子を引きかけたとき、テラスの入口から声が響いた。


「遅れたわ、ごめん」


ヴィオラ・ネルソンだった。


赤みがかった髪を無造作にまとめた侯爵令嬢が、茶会の正装をやや着崩した姿でテラスに入ってきた。学園時代と変わらない。袖を肘までまくりそうな勢いだ。


ヴィオラは会場を見回し、私を見つけた。そして、私が椅子を引きかけていることに気づいた。


まっすぐ歩いてきた。


「あんた、何してるの」


「少し席を外そうかと」


「なんで」


「カティア様にご迷惑を——」


「座りなさい」


ヴィオラが私の椅子を押し戻した。力が強い。武門の侯爵家の令嬢は、力加減が容赦ない。


「あんたが引いたら、あたしたちが何のために戦ったのかわからなくなるでしょ」


声は低かったが、はっきりしていた。


何のために戦ったか。


学園での三年間。聖女の策略を暴き、冤罪を晴らし、卒業パーティーで全てを明らかにした。その中心にいたのが私だと、カティアもヴィオラも知っている。


「あの二人に何か言われたんでしょ。見りゃわかるわ」


ヴィオラが翡翠と真珠の令嬢のいる方向をちらりと見た。


「あいつらには後で痛い目見せてやるから」


「ヴィオラ様、穏やかにお願いいたします」


「穏やかにやるわよ。あたしなりに」


ヴィオラの笑みは物騒だった。だが、その笑みの奥に、友人を守ろうとする真っ直ぐな意志があった。


カティアがため息をついた。だが、口元は少しだけ緩んでいた。


「ヴィオラ、声が大きいわ」


「あんたが小さすぎるのよ」


「わたくしは適切な音量で話しています」


「はいはい」


三人でテーブルを囲んでいる。学園の閉架書庫で情報を突き合わせたときと、構図が似ていた。あのときもこうだった。カティアが冷静に、ヴィオラが率直に、そして私が間にいる。


場所は変わった。図書室からテラスへ。学園から社交界へ。


でも、この三人の関係は変わっていなかった。


茶会が終わり、令嬢たちが帰っていく。


最後に残ったのは、三人だけだった。テラスのテーブルに、冷めた茶が残っている。


「ロゼリア」


カティアが、珍しく名前で呼んだ。敬称なし。公爵令嬢が子爵令嬢を名前で呼ぶのは、親しい間柄でなければあり得ない。


「あの二人のことは気にしなくていいわ。この程度のこと、社交界では日常茶飯事よ」


「はい」


「でも、あなたが自分で立てるようにならなければ、わたくしがいないときに同じことが起きるわ。それは分かっているわね」


分かっていた。カティアの隣にいるときは守られる。だが、いつもカティアがいるわけではない。


「自分の居場所は、自分で作らなければいけない」


声に出した。自分に言い聞かせるように。


ヴィオラが肘をテーブルに突いた。


「あんたはさ、自分のこと軽く見すぎなのよ。聖女の不正を暴いた書類、全部あんたが作ったんでしょ。あたしたちの冤罪を晴らしたのも、元はあんたがいたからでしょ」


「それは、皆さんがそれぞれ動いた結果で——」


「結果を作ったのは誰よ」


ヴィオラの目がまっすぐこちらを見ていた。学園の廊下で「聖女の犬?」と睨みつけてきた頃とは、まるで違う目だった。


「あんたがいなかったら、あたしたちはばらばらのままだった。それだけは、あたしが一番よく知ってる」


返す言葉が見つからなかった。


カティアが立ち上がった。


「今日はここまで。また来週、わたくしの屋敷で会いましょう」


「はい。ありがとうございます、カティア様」


「カティアでいいと、何度言えば分かるのかしら」


カティアは不機嫌そうに言ったが、目は笑っていた。


ヴァレンシュタイン家の馬車が正門を出ていくのを見送り、私は公爵家の前の通りに立った。


夕暮れの王都。石畳が橙色に染まっている。


胸の中にあるのは、感謝と歯がゆさだった。


カティアとヴィオラが隣にいてくれた。あの二人の令嬢の棘から守ってくれた。引こうとした私を、引き留めてくれた。


でも。


友人たちの名前を借りなければ、この場に立てなかった。カティアの茶会という名目がなければ王都に来られなかった。公爵令嬢の威厳がなければ侮辱を止められなかった。


自分の力では、何もできていない。


学園では図書室管理係という役割があった。図書室の規則を盾にして、身分に関係なく対応できた。でも社交界には、そんな盾はない。


ここでは、ロゼリア・トーレスという名前だけで立たなければならない。


馬車に乗り、子爵家の屋敷に向かった。窓の外を流れる夕暮れの街並みを、ぼんやりと眺めた。


ヴィオラの言葉が、まだ耳に残っている。


「あんたがいなかったら、あたしたちはばらばらのままだった」


カティアの言葉も。


「あなたが自分で立てるようにならなければ、わたくしがいないときに同じことが起きるわ」


二人とも正しい。


私には実績がある。でも、それを社交界で示す方法をまだ持っていない。


図書室の外の世界は広くて、棘がある。今日はその棘を、友人たちが抜いてくれた。


次は、自分で抜けるようにならなければ。


馬車が子爵家の門を潜った。


屋敷に入り、書斎の机に鞄を置いた。鞄の中には、ギルベルトの手紙が入っている。宰相府の書庫で待っている仕事がある。


まずは、そこからだ。


自分の手で、一つずつ。

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― 新着の感想 ―
本人はあくまで一令嬢のままで居たかったし、子爵家でも力の有る家でも無かったろうから、社交もそれ程する積り無かったのが、本人のお節介気質も有り、宰相家次男・公爵家令嬢・侯爵家令嬢・伯爵家令嬢と繋がりが出…
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