表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2章追加!】モブ令嬢に転生したのでモブらしく生きていたら、なぜか聖女の化けの皮が剥がれモブでは済まなくなりました  作者: 月雅
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/20

第10話「モブの卒業式」

三年間のモブ生活も、今日で終わりだ。


朝、図書室の扉を開けた。最後の見回りだった。


棚は整然としていた。三年かけて分類を振り直し、目録を作り直した蔵書たち。背表紙の並びは正確で、一冊のずれもない。窓から差し込む朝の光が、古い書架を白く照らしていた。


カウンターの椅子に、最後に一度だけ座った。木が軋む音。三年間で身体に馴染んだ音だった。


目を閉じた。


古い紙の匂い。インクの匂い。埃の中に混じる、かすかな陽の匂い。


「おつかれさま」


昨夜と同じ言葉を、もう一度だけ言った。


立ち上がり、椅子を元の位置に戻した。カウンターの引き出しに図書室の鍵を置いた。次の管理係が来るまで、ミュラー教師が預かることになっている。


図書室を出て、扉を閉めた。振り返らなかった。


卒業パーティーの会場は、大講堂だった。


三年前の入学式と同じ場所。ステンドグラスの光。磨かれた石の床。だが今日は、花と布で飾り付けられ、中央に演壇が設けられていた。


席は身分順。私の席は後方だった。子爵令嬢の席。三年前と変わらない位置。


制服ではなく、卒業式用の正装を着ていた。子爵家の紋章が刺繍された、質素だが整った衣装。華やかさはないが、恥ずかしくはない。


席に着くと、隣にギルベルトが立っていた。


「最後まで見届けてください」


小さな声だった。穏やかだが、緊張の糸が通っている。


「はい」


ギルベルトは前方の席に戻った。宰相家の次男として、上位の席に座る。ここからでは、彼の背中しか見えない。


会場が埋まっていく。公爵家、侯爵家、伯爵家。前方にカティアの白い髪が見えた。ヴィオラの赤い髪。エレーヌの黒い髪。三人とも、正装で背筋を伸ばして座っている。


来賓席に、見慣れない顔ぶれがあった。神殿の法衣を着た人物が二人。宰相が手配した神殿監査局の監査官だろう。


聖女マリアンヌは来賓席の端に座っていた。白い法衣に聖印。穏やかな微笑みを浮かべている。三年前の入学式と同じ顔だ。


王太子アレクシスが、演壇の横に立っていた。近衛が一名、壇の下に控えている。


学園長が開会の辞を述べた。卒業生への祝辞。来賓への礼。形式的な言葉が続く。


そして、王太子が演壇に上がった。


「卒業生の皆さん。今日は祝いの日であると同時に、私から皆さんに告げなければならないことがあります」


会場が静まった。


アレクシスの声は落ち着いていた。だが、その目には覚悟があった。


「まず、私自身のことから話します。王太子選定試験の際、私の魔力測定値に神殿による補正が加えられていました。これは私の知らないところで行われたものですが、結果として不正確な数値が記録に残りました。この事実を、本日ここで公表します」


会場がざわめいた。王太子が自らの試験記録の問題を公の場で口にした。前代未聞のことだった。


アレクシスは動じなかった。


「そして、この補正を行ったのは、聖女マリアンヌ・セレスティアの関与する神殿の一派です」


ざわめきが、波のように広がった。


アレクシスは書類を手に取った。私が整理した書類だ。


「以下は、聖女マリアンヌの在任期間中に行われた不正の記録です」


読み上げが始まった。


神託の偽装。的中率の低い神託を、事前の情報収集で補い、高精度に見せかけていたこと。神殿監査局の監査官二名を政治工作で左遷し、検証機能を形骸化させたこと。検証印のない神託を公式のものとして運用し、複数の貴族に冤罪を着せたこと。


一つ一つの事実が、日付と文書番号とともに読み上げられた。


マリアンヌの顔から、微笑みが消えた。


「これは誤解です」


マリアンヌが立ち上がった。声は柔らかいままだったが、目が違っていた。


「神託は本物です。わたしの能力に疑いを——」


「神殿監査局の見解を求めます」


アレクシスが遮った。


来賓席の監査官が立ち上がった。


「神殿監査局より報告いたします。聖女マリアンヌ・セレスティアの在任期間中に発行された神託のうち、検証印が付されたものは全体の二割に満たず、残りの八割は正規の検証手続きを経ておりません。記録を照合した結果、神託の内容と実際の事象の間に重大な不一致が認められました」


会場の空気が変わった。ざわめきではなく、静寂だった。


エレーヌが立ち上がった。


「わたしは、証言いたします」


声は小さかったが、会場の隅まで届いた。


エレーヌは語った。弟の治療を人質に取られたこと。聖女の手先の神殿下級神官から指示を受け、カティアを孤立させる工作に加担させられたこと。その指示が文書として存在すること。


カティアへの噂が捏造だったと証言する者も、会場から名乗り出た。カティアが集めた証言者だった。


ヴィオラの調査資料が状況証拠として提示された。噂の発生時期と聖女の入学時期の一致。工作の痕跡。


すべてが、一つの絵として完成した。


マリアンヌは立ったまま、会場を見回した。


「この告発の裏で糸を引いている者がいるはずです。誰がこれを——」


マリアンヌの目が会場を探った。ギルベルトを見た。カティアを見た。ヴィオラを見た。エレーヌを見た。


だが、その視線は私のところで止まらなかった。


後方の席に座る子爵令嬢を、聖女は認識していなかった。


「……誰です、それは?」


マリアンヌが呟いた。


会場が一瞬、静まった。それから、かすかなざわめきが起きた。聖女が、自分を追い詰めた相手の名前すら知らない。三年間、同じ学園にいて、一度も視界に入らなかった人間に足元を崩された。


そのことの意味が、会場にゆっくりと広がった。


マリアンヌの聖女の地位は剥奪された。神殿裁判にかけられることが、監査官から告げられた。エレーヌを脅迫していた神殿下級神官も、証拠に基づいて拘束された。監査局の形骸化に加担した神殿副官については、免職の上、鉱山送りとする処分が併せて通達された。


アレクシスは試験記録の補正を自ら公表したことで、王としての誠実さを示した。王太子の地位は維持された。


カティアの冤罪が公に晴れた。ヴィオラの名誉が回復された。


ヴィオラの取り巻きだった二人の令嬢が、ヴィオラの冤罪が晴れた直後に近寄ってきた。「わたしたちは信じていましたわ」と口を揃えた。ヴィオラは二人を一瞥し、「もういいわ。あんたたちとは終わり」とだけ言った。二人は顔を青くして、人混みに消えた。


ギルベルトの母の冤罪について、再審が決定したことが宰相から通達された。


パーティーが終わった後、私は会場を出て、旧館に向かった。


図書室の前の廊下。朝、鍵を置いて出たばかりの扉。


もう管理係ではないから、中には入れない。


廊下の壁にもたれて、息をついた。


足音が聞こえた。


ギルベルトだった。正装の上着を少し着崩して、廊下を歩いてきた。


「やっぱりここにいた」


「会場には、もう用がなかったので」


「僕もだ」


ギルベルトは私の隣に立った。壁にもたれず、こちらを向いたまま。


「三年間、ずっと言いたかったんです」


「何をですか」


「全部あなたのせいですよ、ロゼリア嬢」


初めて、名前で呼ばれた。トーレス嬢ではなく。


「書類を拾ったのも、資料を見つけたのも、ハンカチを拾ったのも、日付を並べたのも、薬学書を棚に置いたのも、メモを届けたのも、情報をまとめたのも。全部、あなたがやったことだ」


「……それ、苦情ですか」


「両方です」


ギルベルトの口元がほころんだ。三年間で初めて見る、作り物でない笑顔だった。


「それと、もう一つ」


ギルベルトが手を伸ばした。


私の手に、彼の手が重なった。


「僕と一緒に、図書室の外の世界も見ませんか」


手のひらが温かかった。


三年間、モブでいようとした。透明でいようとした。関わらないように、巻き込まれないように。


でも、書類を拾い、資料を渡し、ハンカチを拾い、日付を並べ、本を棚に置き、メモを届け、情報をまとめた。その全部が、ここに繋がっていた。


モブではなかった。


最初から、モブではなかったのかもしれない。


涙はこぼれなかった。泣くような場面ではなかった。ただ、胸の奥にあった三年分の何かが、静かにほどけていくのを感じた。


手を、握り返した。


「図書室の外は、あまり詳しくないんですが」


「大丈夫です。僕が案内しますから」


廊下の窓から、夕暮れの光が差していた。三年前の入学の朝と同じ、橙色の光。


でも、あの日とは違った。


隣に、人がいた。


(完)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もし楽しんでもらえたなら★★★★★ボタンをぜひ押していただけると嬉しいです!

ブックマークやリアクションなどもとても励みになっています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ギルベルト留年した? 色々謎が残りましたが面白かったです
素敵!薬屋のひとりごとのまおまおチックな仕事忠実中なのに巻き込まれる感じが好きでたまりません。ギルベルトとの恋愛模様、事件解決など、続編に期待!
面白かったです。でもヴィオラさん高位貴族なのに言葉使いが変です。まるで平民。普通の人のほうがもっと丁寧な言葉を使いそう。 
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ