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未来ではなく過去を見て

作者: P4rn0s
掲載日:2026/01/10

夕方のニュースを、音だけで聞いていた。

画面を見なくても、だいたい内容は分かる。

「いじめ」「第三者委員会」「調査」「再発防止」

その単語の並びが聞こえた瞬間、少しだけ胃の奥が重くなる。


ここ最近、やけに多い。

いじめという言葉で包まれてはいるけれど、映像に映るのは明らかに暴力だ。

殴る、蹴る、押し倒す、首を絞める。

それを複数人で囲み、笑いながら撮影している。


私はそのたびに思う。

これは本当に「いじめ」という言葉で済ませていいものなのだろうか、と。


事件が起きた学校の校長は、決まって深く頭を下げる。

「このような事態を重く受け止め」

「事実関係を確認し」

「生徒の心のケアを最優先に」

言葉は丁寧で、順序も整っている。


けれど、ひとつだけ引っかかる。

その対応が始まるのは、いつも動画が拡散されたあとだ。

被害者が声を上げたからではない。

学校が異変に気づいたからでもない。

炎上したから、世間が騒いだから、スポンサーや教育委員会が動いたから。

そう見えてしまう。


もしあの動画が、内輪だけで消費されていたら。

もし誰も外に持ち出さなかったら。

その暴力は「指導の範囲」「子ども同士のトラブル」「誤解」で終わっていたのではないか。

そう考えると、背中が少し冷える。


学校はよく「見守る立場」と言う。

過干渉にならないように。

生徒の自主性を尊重するために。

その言葉自体は、たぶん正しい。

でも、見守るという行為は、本来、見ていることが前提のはずだ。


見ていなかったのではないか。

あるいは、見えていたのに見ないふりをしていたのではないか。

問題が表に出ると困るから。

学校の評価が下がるから。

自分の立場が危うくなるから。


ニュースキャスターは最後に言う。

「今後は再発防止に努めるとのことです」

その言葉を聞くたび、私は少しだけ目を伏せる。


再発防止、という言葉は便利だ。

過去を切り離し、未来の話にすり替えることができる。

けれど、被害者にとって過去は終わっていない。

身体に残った痛みも、心に染みついた恐怖も、今も続いている。


炎上してから動く正義は、正義なのだろうか。

誰かが壊れてからでなければ、守られない安全は、安全なのだろうか。


テレビの音量を下げる。

画面には、また別の学校の名前が映っている。

同じ構図、同じ謝罪、同じ言葉。


私は思う。

本当に必要なのは、頭を下げることではない。

炎上を恐れることでもない。

声にならない違和感や、教室の空気の歪みを、問題が起きる前に「問題だ」と認めること。

それだけなのに、と。


けれど、その「だけ」が、いちばん難しいのだろう。

だから今日もまた、いじめという名の暴力は、事件になってから、ようやく事件として扱われる。

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