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スラム街のエルフ~最強の少年に拾われ幸せになる~  作者: ツナマヨ


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3/3

禁断の果実、救いを求めて

小屋に戻った頃には、スラムは完全に夜の闇に飲み込まれていた。

外は凍えるような寒さだけど、私のふところだけはポカポカと温かい。


さっきの不思議な獣――ブイがくれた果実が、体温越しに熱を発しているみたいだった。


「さっそく食べようかティア」


暗闇の中で、火打ち石を打つ。

散った火花がわらに移り、頼りない灯りがともる。


ティアは目を覚まして、私の顔を見るなり「あー!」と手を伸ばしてきた。

お腹が空いたんだね。待たせてごめんね。


私は震える手で、懐からあの赤い果実を取り出した。 改めて見ると、やっぱり異常だ。

薄暗い小屋の中で、その果実だけがぼんやりと燐光りんこうを放っているように見える。


ナイフを入れるのが少し怖かった。

でも、皮の表面にナイフの刃先を当てた瞬間、そんな迷いは吹き飛んだ。


プシュッ。


皮が切れる音と共に、信じられないほど芳醇ほうじゅんな香りが弾けた。

それは、花の蜜を何倍にも濃縮したような、脳髄のうずいを直接撫で回されるような甘い香り。

一瞬で、カビ臭い小屋の空気が、王宮の庭園に変わったかのような錯覚に陥る。


「すごい……」


果汁が滴り落ちないように、慎重に切り分ける。

果肉は透き通るような琥珀こはく色。 まずは毒味だ。 一欠片を口に放り込む。


「――っ!?」


目を見開いた。 噛んだ瞬間、口の中で果肉が雪のように溶けた。

そして、甘い爆発が起こる。 美味しい、なんて言葉じゃ足りない。 喉を通った瞬間、熱い奔流ほんりゅうとなって胃袋に落ち、そこから全身の血管を駆け巡っていく。


指先の凍傷の痛みも、慢性的な肩の重みも、空腹のキリキリとした痛みも、全てが嘘みたいに消えていく。 まるで、命そのものを食べているみたいだ。


「これなら……これならティアも!」


私は急いで残りの果肉をすり潰し、ティアの口へ運んだ。

ティアは目を丸くして、すぐに夢中になって吸いついた。


小さな喉が、ゴクゴクと音を立てる。

頬に赤みが差し、カサカサだった肌につやが戻っていくのが目に見えてわかった。


「よかった……本当によかった」


あっという間に完食してしまった。

ティアは満足げにゲップをして、すぐに安らかな寝息を立て始めた。


こんなに幸せそうな寝顔を見るのは、いつぶりだろう。

私は涙を拭いながら、残った「種」を拾い上げた。


その種は、まるでダイヤモンドの原石みたいに、七色にキラキラと輝いている。

捨てるなんてできない。 これは、私たちを救ってくれたお守りだ。


私は針と糸を取り出し、その種をティアのボロボロの服の胸元に縫い付けた。

ブローチみたいで可愛い。 これがあれば、きっと明日からも大丈夫。


そんな根拠のない、でも温かい確信を抱いて、私もティアの隣に横になった。

泥のように深い眠りが、私を迎え入れた。


――それが、悪夢の始まりだとも知らずに。


***


「…………ぅ、あ……!」


深夜。 ティアの苦しげなうめき声で、意識が強制的に引き戻された。

何? どうしたの? 寝ぼけ眼で、隣で寝ているティアに触れる。


「熱っ!?」


飛び起きた。 熱い。 尋常じゃない熱さだ。

まるで燃えている炭を触ったみたいに、ティアの体が灼熱を発している。


風邪? 新種のウイルス? いや、違う。

肌の表面で、バチバチと静電気が弾けるような感覚がある。


あの果実だ。 あれは栄養がありすぎたんだ。 魔力なんて概念は私にはよく分からないけど、赤ん坊の小さな器には収まりきらないほどの「何か」が、ティアの体の中で暴走している。


「ティア! ティア!?」


呼びかけても、反応がない。 呼吸が荒い。

ハァ、ハァ、と短い息を繰り返している。

顔は真っ赤で、汗が滝のように流れているのに、手足はガタガタと震えている。


どうしよう。 どうしよう、どうしよう、どうしよう!


水を飲ませようとしたけれど、口を開けてくれない。

濡らした布で額を冷やそうとしたら、布がジュッと音を立てて乾いてしまった。


このままじゃ、死ぬ。

この子は、自分の熱で焼き尽くされて死んでしまう。

嫌だ。そんなの絶対に嫌だ!


「医者……医者に見せなきゃ」


でも、スラムに医者なんていない。

闇医者はいるけど、金がなければ診てもくれないし、そもそもこんな夜中に開いている場所なんて知らない。


まともな治療院があるのは、裏通りの向こう。

一般市民や貴族が住む、中央区だけだ。


行くしかない。

たとえ、スラムの住人が立ち入り禁止だとしても。


私はティアを毛布ごと抱きかかえ、小屋を飛び出した。 外は、いつの間にか雪が降り始めていた。

冷たい風が、汗ばんだ肌に突き刺さる。


でも、腕の中のティアは火の玉みたいに熱い。

その温度差が、私の恐怖をあおる。


「頑張って、ティア。今、助けてもらうからね!」


闇の中を走る。 泥濘ぬかるみに足を取られ、何度も転びそうになる。

靴が脱げそうになっても構わない。


肺が張り裂けそうで、喉の奥から血の味がする。

それでも足は止めない。 止まったら、ティアの心臓も止まってしまいそうで怖かった。


遠くに、街の明かりが見えてくる。

スラムと中央区を隔てる、小さな橋。


そして、そこにある小さな検問所。

松明たいまつの明かりが揺れている。


あそこを越えれば。

あそこに行けば、治癒魔法を使える神官様がいるかもしれない。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


息も絶え絶えに、検問所の前までたどり着いた。

その前には、槍を持った二人の衛兵が立っている。


立派な胸当てを着た、強そうな男たち。

彼らが私の希望であり、絶望の壁だった。


「お、お願い……します……!」


私は衛兵の前に崩れ落ちるようにして、叫んだ。


「ここを通して……ください! 娘が、娘が死にそうなんです!」


衛兵の一人が、鬱陶うっとうしそうに眉をひそめて私を見下ろした。

まるで、道端の汚物を避けるような目。


「なんだ貴様。スラムの住人か? 夜間の通行は禁止だ。失せろ」


「お願いします! 高熱なんです! このままじゃ……!」


「だからなんだと言うんだ。スラムのガキが一人死ぬくらいで、騒ぐな」


冷淡な声。 心臓を握りつぶされたような気がした。

目の前に死にそうな子供がいるのに、どうしてそんなに平然としていられるの?


彼らにとって、私たちは人間じゃないんだ。

ただのゴミか汚物


「何でもします……! 靴でも舐めます、奴隷になったっていい! だから、ティアだけは……医者に……!」


私は泥だらけの地面に額を擦りつけ、なりふり構わず懇願した。

プライドなんてとっくに捨てた。 魂だって売り渡す。 だから、道を開けて。


「しつこいぞ!」


ドンッ、と鈍い音がした。

脇腹に衝撃が走り、世界が反転する。

衛兵の足が、私をゴミ袋のように蹴り飛ばしたのだ。

無防備だった私は、ティアをかばうように体を丸めながら、雪の積もった地面を転がった。


「うっ……!」


激痛が走るけれど、声も出ない。

冷たい泥水が頬にへばりつく。 感覚が麻痺していて、痛みすら遠い。


ただ、腕の中のティアの呼吸が、風前の灯火ともしびのように弱まっていることだけが、鮮明に伝わってくる。


「汚い病気を持ち込まれても迷惑なんだよ。さっさと自分の巣に帰れ!」


衛兵たちの嘲笑あざわらうような声が、頭の上から降ってくる。


あぁ、もうダメだ。 私の命なんてどうでもいい。

でも、ティアだけは。 この子だけは助けたかったのに。


悔しさと絶望で、視界がにじんでいく。

雪が白い闇となって、私たちの体を覆い隠そうとしていた。


その時だった。


橋の向こう側から、誰かが歩いてくる気配がした。

衛兵たちの背後から近づく、一人の影。


衛兵たちが振り返り――次の瞬間、彼らの態度が一変した。


さっきまでの傲慢ごうまんな態度はどこへやら、慌てふためき、ビクビクと怯えている。


誰? 偉い人なのかな。

ぼやける視界の端で、その人物が衛兵たちに向かって何かを叫んでいるのが見えた。


「――――――!!」


音は聞こえない。 私の耳が、もう機能を停止しかけているからだ。

でも、わかる。 あの影は、怒っている。


衛兵たちが怯え、縮み上がり、顔面蒼白そうはくになっているのが見える。


まるで、猛獣ににらまれた小動物みたいに。

きっと、ものすごい剣幕で怒鳴りつけているんだ。


クズみたいな私を蹴ったことに対して?

それとも、職務怠慢に対して?


理由はわからないけれど、その激しい怒りは、不思議と心地よかった。


その人物が、ふとこちらを向いた。

私と、腕の中のティアを見つけたようだ。


その瞬間、彼から殺気のような怒気が消えた。

彼は衛兵たちを押しのけ、ためらうことなくこちらへ駆け寄ってくる。

雪と泥でぐちゃぐちゃになった地面を、全力で駆けてくる。


黒いコートにブーツ。 冒険者かな?


彼は私の目の前で膝をついた。

泥水が跳ねて、彼の高そうな服を汚すけれど、そんなことは気にも留めていない。

フードの下の顔は見えないけれど、必死な気配が伝わってくる。 彼は何かを叫んでいる。


「――――! ――――!?」


やっぱり、聞こえない。 でも、伸ばされた手が、私に触れようとしている。


最後のチャンスだ。 これを逃したら、ティアは死ぬ。

私は残った生命力をすべて右手に込めて、彼の腕を掴んだ。

泥だらけの汚い手で、彼のコートを強く、強く握りしめる。


「助け……て……」


喉から絞り出したのは、音にもならない掠れ声。

それでも、私の意思は伝わったはずだ。

彼の手が、私の汚れた手を、力強く握り返してくれたから。


「お願い……この子、を……」


懇願の言葉を紡ぎ終えるより早く、感覚が変質した。

ふわっ、と。 凍りついていた体が、急激な温もりに包まれたのだ。


それは暖炉の火よりも温かく、お日様よりも優しい熱。

冷え切った血が、一瞬で解凍されていくような感覚。

痛みが引いていく。 寒さが消えていく。


あぁ、あったかい。 助かったんだ。

根拠なんてないけれど、この圧倒的な安心感がそう告げていた。


安堵が引き金となって、私の意識の糸がぷつりと切れる。

視界が完全にブラックアウトするその瞬間まで、私はその人の腕の温もりだけを感じていた。



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