一 風の嵐
穏やかな午後の日差しの中、四頭の馬が街道を走って行く。先頭を切って走るのは、ティセナだ。そしてオルレス、アルティナ、ヒューザーと続く。
「さすがに馬だと早いな。出会うまで三日かかったのに、一日でここまで戻ってきたぜ」
二日目の夜を明かした村を通り過ぎた所で、オルレスがティセナに怒鳴った。
「心配したけど、結構上手く乗ってるじゃない」
「運動神経はいいんでね」
「頭の中身が軽いだけでしょ?」
「姉さんっ」
あいかわらず緊迫感に欠けた二人の会話にアルティナの顔が綻ぶ。
「ヒューザー。こんなに楽しいの、久しぶりだと思わない?」
「そうですね」
優しく微笑む“衛人”にとびきりの笑顔を返して、アルティナはさらに馬を走らせた。今日中にオルレスとティセナが出会ったという村まで行く予定だからだ。
「アルティナ、休まなくても平気か?」
「大丈夫。こう見えても、乗馬は得意中の得意だから。歩く方がかえって疲れちゃうぐらい」
実は平気かと聞いたオルレスの方が尻が痛くて仕方ないのだ。その辺りをティセナはお見通しで、
「オルレス。疲れたのなら、素直にそう言いなさい。休んであげるわよ」
とウィンクをしてみせる。
「姉さんっ」
「ティセナ、馬を休ませた方がいいかもしれない。ヒューザーの馬が少しばててるわ」
「はいはい……。オルレス、お姫様に庇ってもらえてよかったわね」
「ティセナっ」
「あんたまで呼び捨てにするんじゃないのっ」
とにかく、賑やかな道中だ。
街道をちょっと外れた川の側で小休止という事になった。馬に水を飲ませている間、ティセナとヒューザーが今後の予定を立て始めた。
馬のたてがみをそっと撫でながら、アルティナは密かに吐息を漏らした。視線の先には、オルレスがいる。黒髪にダークグレイの瞳をした、この陽気な少年が気になるのだ。切れ長で涼やかな目元が、どこかエルトに似ている。そのせいか、初めて会ったという気がしない。
“魔法”を使うわけではない。だが、一度守護家を捨てた“衛人”ラスティが“真の主”と呼んでいるという。自分と同じ年だと言うが、身に纏う空気がどこか違う。幼いくせに、妙に悟ったような口をきく。それが、普通の少年というものなのか、彼が特別なのか、アルティナには判らない。彼女が知る守護家の少年達、エルト・シェル・リセールとは違うとだけ、判る。
(彼の事、もっと詳しく知りたい……)
直接聞けば良いのだが、何をどう聞けば自分の求める答えを得られるのか、見当がつかない。
(ラスティに会ったら、尋ねてみよう)
なぜ、守護家を捨てたのか。なぜオルレスを“主”と呼ぶのか。そして、一番聞きたい事。なぜ、自分に会えと言ったのか。最後の問いに全ての答えがあるだろう。
アルティナは髪を耳に掛け、空を見上げた。この空の下、海果てにシャナルがある。旅立った時よりも、その国が近くに思える。いつか、そこへ辿り着いた時。自分の横に立つのはヒューザーではなく、あの黒髪のオルレスのような気がして、アルティナは彼から目を逸らした。
「アルティナ様」
ヒューザーが呼んだ。心地よく耳に響く声だ。
「なあに?」
「どうなさいました?お疲れになられたのですか?」
「ううん……。ラスティに早く会いたいなと思って」
「楽しみになさる程の者ではありません」
いつになくむきになったヒューザーの言い方にアルティナはくすくす笑った。
「アルティナ様っ」
「ごめん。だって、すっごくおかしいんだもん。ヒューザーでもむきになる事、あるんだね」
言われてヒューザーは苦笑した。
「まあ、いいでしょう。今、ティセナと話していたのですが、今夜徹夜で駆ければ、明朝早くには、もう一つ向こうの村まで行けそうなのです。そこまで行けばシステナは目と鼻の先ですから、我々はそこで待機し、ティセナが単身システナへ入る事にしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「構わないわ。でも、ティセナ一人で大丈夫?ヒューザーも一緒に行ってあげた方が良くないかしら?」
「お側を離れろと?」
「私一人になるわけじゃないわ。オルレスもいるし、そうそう危ない目には遭わないと思うけど」
アルティナの言葉にふとヒューザーが意地悪な顔をした。
「随分とあの少年を気に入っておられるようですね」
「ちょっと、エルトに似てると思わない?」
「彼が聞いたら、怒りますよ」
「彼ってどっち?」
「どちらもです」
その真剣な言い方にたまらずアルティナは吹き出した。
「どうして?」
「その内、解りますよ」
“衛人”は得意の微笑で煙に巻くと、アルティナの馬の轡を取った。
「さあ、参りましょう」
「うん」
アルティナは素直に頷いた。
その後も、リラックスした空気のまま、四人は夜道を走っていた。それが急激に緊迫したのは、最初宿泊を予定していた村を過ぎた頃だ。最後尾を走っていたヒューザーが
「ティセナ。スピードを上げて。誰か追ってきます」
と叫んだ。各馬のスピードが上がる。
「オルレス、ついて来れる?」
「意地でもついて行くっ」
そう叫んだものの、技量の差は遺憾ともし難いもので、見る間にアルティナからも遅れて、ヒューザーの馬と並んでしまった。
「ちっくしょうっ」
こればかりは、負けず嫌いを発揮してどうこうできる事ではない。
馬の腹を蹴り、腰を上げて追走しようとした瞬間、ガクンと馬の体が低くなり、オルレスの体は前方へ投げ飛ばされた。体が覚えている受け身で転がったオルレスは、咄嗟の判断で街道脇へそのまま転がって行った。
「オルレスっ」
アルティナが呼ぶ。オルレスの馬は、四肢を膝の所で両断され、絶命していた。
「二人共、馬を降りて脇へ逃げてっ」
ティセナが言うなり実行する。半瞬遅れて、アルティナとヒューザーも街道脇へ転がった。 後ろにいたヒューザーの髪の先が闇に散り、馬の首が鈍い音と共に街道へ落ちた。吹き上げる深紅の血を月光が照らす。急激に辺りを覆った濃厚な血の匂いにアルティナは噎せそうになった。
アルティナはしばらくその場で待機し、敵の様子を伺った。馬が近づいてくる気配はない。そっと周囲を見回す。人影はなかった。
(皆、大丈夫かしら……)
アルティナは、静かに木々の中へ分け入り、他の三人を探す事にした。所々から漏れる月光を頼りに歩く。声を出して呼ぶわけにもいかない。直感を頼りにアルティナは、森の中を歩いた。
前方で、何かが動く気配がした。そっと剣を抜き、その気配に近づいていく。がさっとのびた下草が音をたてた。瞬間、アルティナの頭上に剣が降ってきた。
(殺されるっ)
「きゃっ」
思わず漏れた声に剣が止まった。
「お姫様……」
ティセナの声だ。
「ヒューザーは?」
「いないわ、私一人。オルレスは見つかったの?」
「まだよ」
「そう……」
ふう、と溜息をつく音がした。
「仕方ない。一緒に行動しましょう。本当は固まらない方がいいんだけど、お姫様一人にもできないしね」
「ごめんなさい」
アルティナは、ティセナが自分を“お姫様”と呼ぶその言い方に、彼女の守護家への反発を感じている。なぜ反発するのか、その理由は解らないが、アルティナは、守護家にあからさまな敵意を持つ人間もいるのだと、初めて知った。
居心地の悪い沈黙が続く。時折立ち止まっては、ティセナは空を見て月と星の位置を確認しているようだ。
「方向は間違ってないんだけどな……」
と呟く声がした。
「ねえ、ティセナ」
「何?」
「私達を襲った敵の武器、何かわかる?」
「投げ斧だと思うわ。ただ、あれだけの威力のものとなると扱える人間はかなり絞られてくる。ただ、残念な事に、裏の世界じゃ心当たりがないのよね。賞金稼ぎって結構剣使いが多くってさ」
「そう、投げ斧……」
アルティナの脳裏に浮かんだのは、シャマイラ家のリセールだ。彼は、華奢な体に似合わずかなり大型の斧でも平気で振り回していた。
(まさか……)
アルティナはそっと首を振った。リセールなわけがない。彼なら動機もあるが、もはや死んでしまっている。
「どうしたの?」
「何でもない……」
ティセナは不審気に眉の根を寄せたものの、何も言わずオルレス探しに専念し始めた。
どれぐらい歩いた頃か、あまりに出会わない事に疑念を抱いたティセナは足を止めた。
「お姫様、一度精霊呼んでみてくれないかな?敵にばれたらばれたで、私が何とかするから」
「わかった」
素直に頷き、アルティナは呪文を唱えた。アルティナの呼びかけに、水の精霊が集まってくる。はずが、まるでその気配がない。
「え?」
「どうしたの?」
「精霊が、いない……」
「ちっ、閉鎖空間か……。こっちが警戒して精霊集めなかったのを良い事に、なめたまねしてくれたわね」
「どういう事?」
「守護家の中に、敵に寝返った奴がいるって事よ」
「嘘っ」
「お姫様には信じられないかもしれないけどね。そうでなきゃ、過去のあれだけ熾烈な戦いを勝ち抜いてきた守護家が簡単に全滅なんて事態にはならないのよ。巨大な相手には、守護家は協力して戦ってきた。“衛人”はそのための合体魔法の呪文も知ってる。永遠なんて途方もない時間を生きてるのよ、こういう事態が今までなかった訳ないじゃない。それにもかかわらず、全滅なんて事になってる。“裏切り”という今までになかった原因が絡んでるとしか思えないわ」
「そんな……」
否定するには、ティセナの言葉はあまりに自信に溢れていた。過去を語るにしても、それはヒューザーが語るような現実味を感じさせる。
「ティセナ……」
「私の側を離れるんじゃないよ」
アルティナにそう囁くと、ティセナは片手でアルティナを庇いながら、
「こそこそ人の様子伺ってんじゃないよっ。後ろから襲うなんてふざけたマネしかできないのかいっ」
と啖呵を切った。
「後手に回ってる割りに、随分と威勢がいい。おもしろい人と知り合いになったようね、アルティナ」
アルティナ達の耳に低い男の声が聞こえた。
「リセール……」
アルティナが呆然とその名を呟いた。
「どこにいるの?どうしてこんな事をするのよ。出てきなさい」
アルティナの声に応じて、すっと音も無く、一人の青年が離れた木から飛び降りた。金の髪を結い上げた、ほっそりとしたその姿は、中性的な美しさがある。
「リセール……」
その肢体に不釣り合いの程大きな斧を片手にリセールは、
「久しぶりね、アルティナ」
と唇の端を歪めた。月光を浴びた顔の半面が、その猫のような形をした紫の瞳と相俟って、一種独特の、狂気に似た印象を与える。
「あなたが、シャマイラ家の後継者……」
「はじめまして。シャマイラ=リセールです」
「どうも。名乗られたからには、こっちも名乗るのが礼儀でしょうね。ティセナです。よろしく」
ティセナの口元に不敵な微笑が浮かぶ。アルティナは、その瞬間、ティセナを包む気が一回り大きく膨れ上がったような感覚を覚えた。
「で、あなたの“衛人”はどこ?」
「ほう……守護家と戦う術を心得ておいでのようね。おもしろいわ。ティモール」
「お呼びですか、リセール様」
金の髪をショートカットにした人影が、ふわり、とリセールの前に降り立った。その優雅な舞いに似た動作は、風の精霊が人型を取ったかのようだ。
「こちらのお姉様が、お前に会いたいとおっしゃってね。ご挨拶を」
「はじめまして。シャマイラ家の“衛人”ティモールです」
唇に浮かぶ笑みは、“衛人”だけあって文句なしに美しい。だが、ヒューザーには程遠く、ラスティよりも粗野な美だ。加えてどこかまがい物めいた印象を受ける。
「ティモール。あなたがついていながら、どうしてリセールが私を襲うのを止めてくれなかったの?斧を投げ付けるなんて、冗談じゃ済まないわ」
アルティナがティモールを責めた。
「アルティナ様。いつ見ても、お可愛らしい、可憐な少女そのものでいらっしゃる。リセール様がそれをどれほどお望みか、あなたには決して分からないでしょうね」
「ティモール……?」
「私は、リセール様が望まれる全てを叶えてさしあげたい。そのためにはまず、あなたに消えてもらう事だと、そう思ったのです」
ティモールが凶悪な笑顔をみせる。狂気に支配された者の目が、アルティナ達を見た。
「ちょっと。話聞いてたら、えらく変な奴みたいね、リセールって」
ティモールの視線を真っ向から受け止めながら、ティセナが言った。
「まあね。彼、エルトの事、本気で好きみたいだから……」
「は?」
「女の子に生まれたかったって、ずっと言ってたのは知ってたんだけどね。さすがに、エルトの事でライバルだって宣言された時はびっくりした」
「変態だわ」
「そういう偏見は良くないと思うよ」
「お姫様……こういう状況でよくそんな呑気なセリフが出てくるわね」
「何をごちゃごちゃ言ってるのかしら?」
リセールのどすのきいた声がした。
「前はここまで女言葉じゃなかったんだけどな……」
「アルティナ。何ごそごそ言ってるの?」
「ねえ、リセール。あなた、私を個人的な恨みで狙ってるの?クリネス一派にやられたって聞いたけど、ここにあなたがいるって事は、嘘だったって事よね?エルト達はどうしてるか、知ってるの?」
「えらく欲張りな子ね。何もかも知りたくて仕方がないなんて。僕は、クリネス様の味方についたのよ。僕に何もしてくれない聖蛇オロスを見限って、僕の望みを叶えてくれる方に仕える事にした。そういう事よ」
「じゃあ、エルトは……」
「生きてるわよ。僕の望みはエルトと結ばれる事だから」
「冗談はそれぐらいにしなよ、変態の王子様。あんた、まさか本気でそんなちゃっちい望みを叶える為に守護家の誇りを捨てたの?」
ティセナの目が光る。それをオルレスが見たならば、紺色の中に再び金の幻を見いだしただろう。そして、そこに彼女の中に流れる“衛人”の血の目覚めを感じたはずだ。
リセールは、そのティセナの言葉を、ふん、と鼻先で笑い飛ばした。
「ちゃっちい望みとは随分なセリフね、おばさん」
皮肉な形に唇を歪め、手の平をティセナの方へ向ける。瞬間、ティセナの体が突然後方へ吹き飛ばされた。
「ティセナっ」
アルティナは、キッと強い眼差しでリセールを睨みつけた。
「リセール。いきなり何をするの?彼女はあなたに何の危害も加えてないじゃない。無抵抗の者をなぶるなんて、あなたらしくない」
「僕らしくない?」
「そうよ。あなたって、自分に立ち向かって来る強い敵には燃えるけど、戦いが始まってもいないのに、手を出すような人じゃなかった。一度でも攻撃を受けて、相手の技量を測って自分が戦うのに相応しいかどうか判断しなきゃ、術を使ったりしなかった。なのに、どうして?」
「そんな悠長な事、実際の戦いでやってたら先に死んでしまうじゃないの。ばかな子」
「やっぱり、おかしいよリセール。今まであなた、私の事馬鹿にする時、“小娘”って言ってたくせに、どうして“子”なんて言うのよ……」
アルティナは泣きそうな顔をしていた。目の前にいる、良く知っているはずの青年が、まるで誰かに乗っ取られてしまったようだった。誰かが、“リセール”であろうとして、その結果、彼から程遠い言動を繰り返しているようだ。
「ティモール。何があったの?リセールは、クリネスに洗脳でもされたの?あなたも私が知っているティモールじゃないわけ?」
考えてみれば、これ程間の抜けた質問はない。それでもアルティナは尋ねずにはいられなかった。リセールが、自らの意志で裏切ったのだと、信じたくなかった。
「お姫様、人間なんて簡単に変わるわ。餌によっては、根本的な性格まで変わる人もいる。この王子様は、変態なりに真剣にアゴル家の王子様の事想ってたんでしょうよ。クリネスが、人の感情の深い所をついて動かしてるとしたら、言動ぐらいで動揺してちゃ、これから先やってられなくなるわよ」
腕で腹部を庇いながら、それでもしっかりとした声でティセナが言った。
「今度は、油断しない。手加減なしで、やろうじゃないの、王子様」
不敵な口ぶりだが、目は真剣そのものだ。剣気とも言うべき闘気が急激に膨れ上がっていく。
「ティモールっ」
リセールが叫ぶや否や、ティモールの手から鞭がアルティナ目がけて飛んだ。辛うじて第一撃を躱す。
「アルティナっ」
「私は大丈夫。もう、精霊は集まってるから……。ティセナっ」
リセールの掌底がティセナに向き、風の固まりがティセナを襲う。
「でやっ」
気合一閃。ティセナの大剣が精霊の集合体であるその固まりを両断した。ティセナの両脇を、一陣の風が擦り抜ける。緋色の髪が燃え上がる炎のように揺らめいた。
「私を嘗めると、痛い目を見るよ、王子様」
にやりと、笑った。凄絶な微笑がその片頬に浮かぶ。
ティセナはそのまま一気に間合いを積め、横殴りに剣を振るう。それをリセールが軽く飛んで躱した。ティセナは、その着地点の真後ろに素早く周り込み、今度は上段から剣を叩き降ろした。
「ちっ」
リセールがそれを斧の平で受け止める。ギャインと金属がぶつかる鈍い音が森に響いた。
「リセール様っ」
移動しつつ連続したティセナの攻撃に、リセールは呪文を唱えるひまもない。物理攻撃ならば、ティセナの得意中の得意だ。それを見抜いたティモールが動いた。
「行かせないわっ」
アルティナは、ティモールの注意がリセールに向いた隙を突いて呪文を唱えた。巨大な水の壁がティモールの行く手を阻む。
「この呪文は、本来こういう使い方をするものではないはずですが?」
「そんなに両断して欲しかったの?」
蛇の目をしたアルティナが、どこか悲しそうな言い方をした。
「あなたは、甘い方だ……」
ティモールはそう低く呟くと、アルティナを一指して呪文を唱えた。ヒューザーがジェルミーに施したのと同じ技だ。咄嗟に声が出なくなった喉を手で押さえながら、アルティナは唇を噛み締めた。それでも水の壁は消えない。
「ほお、大した集中力だ。さすが、“聖婚”で生まれたヒュドルトの姫だけある」
不遜なまでに無遠慮な視線をアルティナに投げ、ティモールが言った。虚ろな目が、蛇の目を見つめる。
「だが、武術は不得手だったはずだ」
爬虫類じみた、粘着質に溢れた笑顔でティモールが鞭を振るう。さすがのアルティナも、その攻撃を避けながら、“呼力”を使い続ける事はできない。忽ち壁が消える。それでもティモールは、アルティナを嬲る事に喜びを見い出したのか、鞭を振るう手を止めない。少しずつ、アルティナの体に傷が増えていく。が、アルティナの声はなかなか回復しない。
(ヒューザー、助けて……)
心の中で必死で助けを求める。荒い息をつきながら細剣を構えてはみるものの、鞭相手では上手く戦えない。懐へ飛び込むには、アルティナの技量はあまりに未熟だ。アルティナは、嬲り殺されるのを覚悟した。
「おや、もうお終まいかな?」
細剣を持つ手を下げたアルティナをティモールがからかう。
「まあ、いい。些かお遊びが過ぎたようだ。そろそろリセール様の元へ行かないとまずい」
手首をかえして、ティモールがアルティナの喉目がけて鞭を繰り出した。避ける気力をなくしたアルティナが目を綴じる。
「何やってんのっ。逃げなさいっ」
響いた女の声にアルティナは安堵の余り膝をついた。結果的に鞭を避け、かすれた声で
「ティセナ……」
と呼んだ。
満身創痍でありながらも、彼女の紺色の瞳は戦う気力を無くしてはいない。
「大分うちのお姫様をいたぶってくれたようね」
凄まじい殺気をティモールに叩きつけながら、ティセナは大剣の切っ先をそちらへ向けた。
「リセール様はどうした?」
「運が良けりゃ、まだ生きてるわ。手加減してるヒマがなかったんでね」
「くっ」
「問答無用っ」
背中を見せて逃げようとするティモールにティセナが大剣を振り下ろす。服を犠牲にして、ティモールは風に乗った。ふわり、と体が宙を飛ぶ。
「ちっ。これだから風の家系ってのは、やりにくいのよっ」
そう言いながらも剣を横にしながら全力で走り抜け、ティモールに追いすがる。
「ティセナ、伏せてっ」
「何だってっ」
ティセナが振り返る。アルティナの体が淡い青色の空気に包まれていた。
「激流破」
両手を前を突き出した。横一直線に伸びた水流が迫る。身を投げて避けたティセナの上を通り過ぎた横殴りの水竜巻が、ティモールに命中した。完全には避けられなかったティモールが倒れる。
「よしっ」
叫んでティセナが駆け寄った。
「“衛人”は確かに主の手によってしか死なないわ。でも、心臓代わりの玲瓏珠を砕かれ、首を落とされたら、主でなくても“衛人”を殺せるはず。うちのお姫様を嬲ってくれたお礼よ。今、息の根を止めてあげるわ」
大剣がティモールの心臓部めがけて振り下ろされた。
次回更新は12日です。




