双子のバイクが重要な決断をする前に見る夢
ぶろろん。
「弟、音が前より一段と大きくなったね。」
ぶん。
「そう思うかい、もっと聞くかい。」
ぼん。
「いや、もう寝るからいいよ。」
ぶぶ。
「そうかい、まあ朝は爆音で起こしてやるぜ。」
きゅるる。
「「おやすみ」」
ぷすんっ。
〜〜〜〜〜まどろみ〜〜〜〜〜
「「おい、起きろ。」」
2機の双子バイクが同時にお互いを起こすところから夢は始まった。
お互いに相手だけが寝ていると思っていたというのは、現実では筋の通らない話だが、それが夢の起こり方としては自然のことだった。そして、この違和感を再検討せずに夢物語が進行してしまうのも夢として自然のことだ。
「前輪の調子が悪いんだが、どうすりゃいいと思う。」姉バイクが時速40kmでぼやく。
「寝違えたのかい。ハンドルをぐりぐり振り回してみればいいよ。調子が悪いなら車体がふわっと浮くだろうぜ。」弟バイクが小気味よく蛇行運転してみせた。
姉バイクは弟のからかいが好きではなかった。時速60km。
前輪の調子が悪いのは本当のことだった。時速70km。
このまま加速すればクラッシュするだろうと考えた姉は、弟の言うようにハンドルを回してぎこちなく蛇行運転し始めた。危険運転で並走すれば、弟も加速をやめてくれるだろうという算段だ。
「あぶねーよ、どうしちゃったんだい。」弟バイクはもちろん姉が本当に蛇行運転するとは思っていなかった。自分の提案はことごとく拒絶されてきた弟にとって、目の前の姉は奇行に走っているようで素直に喜ぶわけにはいかなかった。
「ははは」ぶんぶん。時速30km。
左から、右から、派手なバイク軍団が合流してきて双子の前を走り始めた。蛇行運転する双子を見た派手バイクは、一緒になって蛇行し始める。30機ほどのうねりはひとつになって、まるで龍や川のようだったが、龍や川にはならなかった。双子はとても計算的で内に秘めているものは何一つ無かった。想像力や孤独もなく、外装を剥がしてパーツを引っこ抜いていっても最後まで機械が出てくる。
どかん。「「あ」」。
姉バイクの前輪はやはり調子が悪く、結局は弟バイクにぶつかってしまった。ぶつかった拍子に姉の前輪はどこかへ吹き飛び、失くなった前輪部分に弟バイクの前輪を挟んでしまい、2機は1つの前輪タイヤを共有することになってしまった。2機は向き合った状態で3つのタイヤを使って走ることになった。
「ちょっとー!前輪動かさないでくれよな!」
「後ろが見えない!丁寧に運転してよ!」
バイク軍団は双子バイクのアクロバット走行に興奮した態度を向けた。おいおいなんだそれ、とか、すっげ、とか、やってみてぇ、とか言っていた。
1機になってしまった双子の気を引いた言葉は「クラッシュしたら鳥みたくバタバタ飛んでっちゃうな。」だった。弟は笑ったが姉は笑わず、笑いを制止するためにハンドルをくいっと捻った。
がしゃん。「「あ」」。
双子は横転し、回転しながら勢いよく前進した。軍団は一斉に左右の路側帯へと逃げていく。鳥にはならなかった。
外の世界が回り、弟だけが止まっていて、姉だけが止まっていた。周りの派手なバイクが回転して見えて、世界が全部派手になった。お互いから見てお互いの向こう側に円形の物体が止まって見えた。姉バイクの前輪が転がって並走している。お互いから見えるということは、転がる前輪が2つに増えてしまっているが、これが夢の秩序だった。そして、双子はそれぞれ自分にしか見えていないと思った。タイヤ、姉、弟、タイヤは1列になって転がり続けた。
止まって見えるタイヤを見ながら双子は話し始め た。
僕ら死んじゃうの?
いや大丈夫よ、いつか止まるよ。
時速47km
でもどんどんカラダが減っていくよ。
時速41km
ネジがたくさん落ちていくね、でも誰かが作り直し てくれるよ。
時速38km
どっちのネジかわからなくなるよ。別にいいじゃな い、双子だし。
時速33km
でも姉でも弟でもなくなるよ、双子ですらなくなる かもよ。
時速24km
仕方がないね、でもお姉さんぶるのにも疲れていた んだよね。
時速11km
そうだよね、弟ぶるのもやめれるよ。
時速8km
お互い楽になるね。
時速5km
そうだね、からかってごめんね。
時速4km
いいの。
時速3km
じゃあ。
時速2km
永遠にさよなら。
時速1km
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2機のバイクはまだ眠っていた。
朝露が外装に集まり、鳥が巡回し、ダンゴムシがタイヤの下から足音を立てて這い出てくる。
誰もバイクが眠っていることを知らない。