流れる^n、のち、正多面体の哲学。
流れる^3
私━━━亜豆は、葉沙実、麻里奈、紫帆、笑里と一緒にプールに来ていた。
だけど…
プラスチックパネルで知らず知らずのうちに閉じ込められていたと言うことが発覚した。
やっぱ、このプール怪しかったんじゃん?
葉沙実の顔を見るとやけに不安な顔をしていた。
「安心しなって。葉沙実」
亜豆は葉沙実に笑いかけた。
「うん」
葉沙実は少し微笑んだ。
私たちは、流れるプールの三周目?(流れるうちに同じところを流れてないから、よくわからない)に突入していた。
看板に三周目、とか書いてあるけどほんとかな、って思う。
三周目と言う看板を過ぎてから5分くらい経とうとしていたころ、したからゴゴ…と言う音がした。
んん?
ズゴォ!!
水がどんどん、抜けていく。
パカっ。
ひどく間抜けな音がしたと思うと亜豆たちの体は空にあった。
落ちる落ちる落ちる落ちる━━━━!
「たっ」
何か柔らかいものが土台となり、痛くなかった。
巨大なスポンジだ。
「どこ、ここ」
葉沙実がきょろきょろする。
みんなが不安になる中、
「スライダー、ありますよ」
笑里が右側を指差した。
浮き輪は入らなそうだが、亜豆たちは入りそうだった。
5つ、入り口がある。
一人一人入れと…。
バラバラにさせるこんたんか。
のらない、と言いたいとこだけど、狭いからもみくちゃになったら終わりな気がする。
「いこ、葉沙実」
ワクワクしてる、と言ったら嘘じゃない。
先に行くしかない。
「麻里奈さん。どこ、滑りたいですか?」
やや興奮気味の亜豆は、麻里奈に尋ねた。
「じゃあ、2番目で」
それぞれスライダーを選び、座った。
水が流れている。
「3,2,1…GO!」
亜豆が叫ぶと、一斉にみな、滑り出した。
ゴゴゴゴゴ…と音がするが、スルスルと流れていく。
何がどうなるのやら。
こんな地下に、大きな施設があるのだろうか。
まさか、現実じゃないとか?
考えながら滑っていると、目の前を誰かがよぎった気がした。
気のせいか。
一本道のスライダーなのだから。
バッシャン!!!
大きな音を立てて亜豆は水面に着地した。
鼻がつーんといたむ。
思いっきり入った。
「げほっ」
咳き込みながら亜豆は先に進んだ。
そこにはガラスの机があり、そこにタブレット端末が置いてあった。
充血した目をしっかり開く。
両サイドは鏡に囲まれている部屋のようだった。
後ろを見ると、やけにぐにゃぐにゃしたスライダーたち。
途中で合流しているところもあって、なるほど、と思った。
タブレット端末はきらりと光っていて、なのにこの部屋は薄暗かった。
亜豆は迷わず起動する。
画面が明るくなり、文字が映し出された。
短編小説のようだった。
§§§
「きえぇい」
なんて声が、さっきかずっと聞こえている。
私───麻里奈は、あたりを見回した。
なんか、とこなつの国の様な場所だ。
だけど、両側は尖ったとっきがいくつもついている鏡の壁だ。
みんなは、どこに行ったのだろう。
ざっぶーん。
後ろから音が聞こえた。
「くぁ、水。水が入ったぁ」
誰かがうずくまっている。
笑里だ。紫帆は、どこに行ったのだろう?
「あれ、まりぃじゃん」
笑里が目をしぱしぱさせながら言った。
笑里とは高校からの付き合いだ。
「ここ、どこ?」
笑里が起き上がった。
「南国みたいだよね」
ヤシの木が生えていて、地面が砂でできている。
「わ!」
笑里が大声を出した。
機器的状況にある時、なぜか笑里は頼りになる。のだけど…
ドジなのが心配だ。
地下なのにここは暑く、熱中症になってしまいそうだった。
水につかろうと思ったとき、
「神崎のあしになんかささたぁ」
噛みながら笑里が足を上げた。
ポロリ、と笑里の足から何かが落ちる。
「…これ、パズル?」
それは透明で繊細な、パズルのようだった。
笑里が痛がっているのをみて、麻里奈は笑里の足をさする。
「さっすが紫帆さんのお姉さん。神崎、感激…」
笑里が微笑んだ。
「パズル、集めよっか。出れるかも」
暑いビーチ(?)でのパズル集めが始まった。
§§§
「葉沙実先生、地下にこんな施設あるんですか?」
私───紫帆は、葉沙実に不安な視線を向けた。
なぜか流れてる途中でこの2人だけ幅の広いスライダーに合流して、一緒に流れてきたのだった。
「さぁ…」
葉沙実の顔は青ざめていて、青いブレスレットをいじっている。
お姉ちゃんも、亜豆先生も、笑里先生も、ここにはいない。
両側は鏡に囲まれていて、先に進むしかなさそうだ。
ローズクォーツの床が冷たい。
突然、葉沙実が自身の頬をパン!とした。
「先生なんだから、しっかりしなきゃ」
とつぶやいていた。
その目には、微かな闘気が感じられた。
紫帆は微笑んだ。頼もしい。
「葉沙実先生、この壁、なんでしょうね」
紫帆は鏡の壁に触れた。
「鏡…あ、そうか」
葉沙実が呟く。
何かに気がついたようだった。
なんですか、と聞こうとした、その時。
ガッシャーーーーーーーン!!
何か降ってきた。銀の棒…?
とっさに紫帆は後ろに避ける。しまった!
その棒は、葉沙実と紫帆を遮るようにして降りてきたのだった。
「紫帆さん!」
葉沙実が叫ぶも、その声は虚しく、
そしてそのすぐに、その隙間に鏡が降りてくる。
「は、葉沙実先生!葉沙実先生!」
鏡を叩く。
向こうからも、鏡が叩かれている気がするが、声は聞こえない。
〈離れ離れになってしまったようだね〉
どこからともなく、男とも女とも思える声が聞こえた。
どこかにスピーカーがあるのだろうか。
〈安心して。これはあなたにしか聞こえてない〉
そういう問題じゃないけど…。
〈何が起こっているんだろう?話についていけない。そう思ってるね、君たちは〉
君たちは?あぁ、読者の人たちのことか。
紫帆は瞬時に意味を理解した。
〈これは、夢かもしれない。でも、現実かもしれない。僕は違うと思うけどね、これを現実だと仮定する。でも…地下にこんな巨大施設はないし、第一、君の体は今、宙に浮いている〉
「え?」
紫帆は素っ頓狂な声を出した。
ふわふわと体が浮いていく…
「じゃぁ、違うじゃん」
紫帆は汗をかきながら、口を開いた。
「現実じゃ、ないじゃん」
〈ほーらね。違ったじゃない?〉
え?
この人、男の人と女の人の喋りかたが混ざってて、不気味だ。
〈何かを仮定して矛盾を導き出し、証明をする。世にも有名な、背理法さ〉
背理法…。
危機的状況だと、いろいろ頭から飛んでしまう。
〈葉沙実が気がついたことを知りたければ、亜豆が探すことね…〉
背筋をつーとなぞられたように、気味が悪かった。
葉沙実先生や、亜豆先生のことも知っているのか?
何者?ここはどこなんだろう
〈私の名前は、M +〉
勝手に名乗り出した。
もう、何が何だかだ…。
〈また会おう、少女よ〉
プツぅ…と音がしてスピーカーの電源が切れた。
亜豆が探すことだ…といっても。
亜豆先生を待つしかないのか。
§§§
『私は、彼がこの世に必要ないなんて提言されていることが信じられなかった。
彼はみんなを魅了するのに。
彼が消えるのは、近いのかも。ねえ、彼って誰か知ってるわよね?彼が、カギよ』
なーんて内容のない…とは言い難いけど。
とりま、彼を探せばいいってことね。
亜豆は理解した。
───この記号が、教科書から消えるのは、近いかもね。
葉沙実が前、教えてくれたことだ。
ちゃぁんと、覚えてる。
ありがと、葉沙実。
÷は、アイザック・ニュートンが好んだことから、広まったけど、国際標準化機構が発行した数学についてのISOには、「割り算は分数かスラッシュであらわし、÷は使うべきではない」とあるのだった。
もしかしたら、消えるかもしれない記号、÷───。
部屋の中をキョロキョロ見回す。
あった。
÷のスピーカーだ。
試しに声をだす。
「誰か、いるー?」
〈亜豆先生!〉
紫帆の声がした。
よし、命中だ。
「どんな状況?」
〈さっきまで葉沙実先生と一緒にいたんですけど、なんか檻で切り離されちゃって〉
なるほどねぇ…。
〈それで、M +っていう人が放送で話しかけてきてって感じでした〉
M +。亜豆の眉がピクッと動いた。
〈それで、モーツァルト肖像画切り抜き事件について、結末を教えてほしいんです〉
その事件について、ひどく懐かしく感じられた。
§§§
犯人は、見つからなかった。
いなかったのだ…。
なんて、居心地が悪いけど。
だけどひとつ、収穫があった。
「こんなとこに鏡、あったっけ?」
葉沙実が音楽室にかけてある鏡を指差した。
「居心地悪いけど、いないことには。だから、帰ろ」
亜豆は音楽室の電気を消した。
「あっ!」
葉沙実が叫んだ。
「どうしたの?」
葉沙実が鏡がかかってあったところを指差した。
光っている。
その中を除くと、ガラスのようだった。
『プール』
とだけ書かれた紙が置かれていた。
「なにこれ…」
「これ、マジックミラーだ。内側から光るとガラスになるっていう」
そんなのがあるのか。
「プールってなんだろう…」
葉沙実が首を捻った。
§§§
「あっ!」
紫帆に話していて、亜豆はひらめいた。
「これ、マジックミラーなんだ!」
亜豆はスイッチを探す。
あった。
パチン、と音がしてものすごく部屋が明るくなった。
〈なるほど〉
紫帆が納得した声を出した。
周りを見る。
パズルを組み立ている麻里奈と笑里、こちら側を向いている紫帆、なにやら計算している葉沙実…。
カオスだ。
ピキピキ…
音がして、マジックミラーにヒビが入っていく。
嫌な予感がして、真ん中に移動する。
パァン!
マジックミラーが割れた。
これで、通れる。
全員、集結だ。
みんな、亜豆の方に寄ってくる。
「神崎たち、頑張ってパズルやったら、正多面体が五個できました」
笑里がガラスの正多面体を掲げる。
つくづくカオスだ。
「正多面体は、五個しかないんです」
葉沙実が話し出した。
いつもの調子が戻ってきている。
「それぞれ、哲学的な意味があって…。
『正四面体 火 熱さ、鋭さ
正六面体 土 安定、信頼
正八面体 空気 飛ぶ能力、軽さ
正二十面体 水 流動、不確定性
正十二面体 宇宙 天体、宇宙の完全性』
ってなってて、プラトンの立体って呼ばれてます。正多面体は、五つしかないんです」
なんでか、気になった。
聞こうとした、その時。
「あれ?あんなドア、ありましたっけ?」
笑里がまたもや向こうを指差した。
そこには、赤、土、白、水色、紫のドアがあった。
紫は星が散りばめられていて、宇宙のようだ。
そこには窪みがあり、正多面体たちをはめれそうだ。
亜豆は正四面体を、麻里奈は正八面体を、紫帆は正八面体を、笑里は正二十面体を、葉沙実は正十二面体をてにとった。
皆それぞれ、ドアに正多面体をはめていく。ドアが開き、中に入る。
§§§
みんなに会えることを願って─────。
§§§
流れる^n
「ん…?」
葉沙実は、目を覚ました。
私たち5人は、プールのロビーのベンチに座っていた。
周りの人によると、しばらくぼーっとしていたらしい。
なにをしていたのだろう。
キツネに巻かれたような…。
夢だったのだろうか…?不思議の国のような、数学づくめの夢だった。
亜豆の手に、何かが握られていた。
覗いてみる。
まだ他の4人は、ぼーっとしている。
『M +』
葉沙実は顔をしかめた。
もしかして…。その言葉に心当たりがあった。
新たな敵───。
そんな言葉が頭をかすめる。
どんと、こいだ。
1オクターブの計算法、正多面体が五個しかない理由を知らない方は調べてみてください。