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先生と私の座標【前編】

「葉沙実、お前に依頼をしたい」

校長からその言葉を告げられたとき、葉沙実は依頼という言葉に驚いた。

私相手に、使うものじゃない…

「なんでしょうか」


いつも通り、朝の準備をして朝食を出して…と普段通りの日々を葉沙実は過ごしていた。

いつもと同じなのに、なんだか雰囲気が違うことに葉沙実は気づいていた。

その予感があたったのか、それとも偶然なのか。

それはわからないが、葉沙実は校長先生に呼び出されてしまったわけである。


「とある教室で、生徒が1人ずつ消えていっている。無断欠席という扱いだが、家に連絡がつかない。どの家庭にも、だ。」

ことがおこり始めたのは、約2週間前かららしい。初めはかぜが流行っているのだと思っていたが、親にも連絡がつかないことから、只事じゃないと判断したというのだ。

それにしても、話すのは校長ではなく教頭にするなど、どうにかならなかったのだろうか。

1日につき1人いなくなっているらしく、土日は含まれていない、という見解だった。

つまり、今日を含めて8人の生徒が行方不明だと、校長はいった。

校長が言いたいことはわかった。

生徒がデモを起こそうとしてるかもしれないということだ。

「なんで私が?」

それこそが最大の謎だ。

「詳しくは言えないが、数学がらみのようだ。そこに臨時の数学教師として行ってもらう。あと…」

「あと…?」

「秘密裏で頼む、今日からだ」

面倒な仕事になりそうだ。

人生に、選択の自由あり。その言葉が嘘のように、私の目の前にはYESしか存在しなかった。


「臨時で数学を担当することになりました、葉沙実です。よろしくね」

「やった!数学ができる!」

黒縁メガネの女の子が声を上げた。

「先生来なくなったし、御手洗先生も育休入っちゃったし、松Tも数学できないしで数学、しばらくなかったんですよ」

目がキラキラしている。

「久しぶりだなー」「どこの章からだっけ?」「一次方程式?」「いや、もっと後でしょ」

生徒たちが口々に話し出す。

皆、数学が好きなようだ。

空いた席を確認する。1、2、3、・・・8、9?

空いてる席は今日で8個のはずだ。その8人以外は全員いる、ここの担任の先生はそう言っていた。

風邪だろうか。いや、風邪なら先生が言ってるはず…

「休みが多いですね」

「風邪が流行ってるんですよ」

黒縁メガネの女の子が食い気味に答える。

黒縁メガネの女の子は、葉月と名乗った。

「そうなんですか、葉月さん」

葉沙実は葉月に向かって微笑んだ。秘密裏の依頼のため、バレるわけにはいかない。

「じゃあ、今日は座標の単元です」

葉沙実は、黒板にチョークで表を書いていく。

「ここは0から左に3つ、上に3つのところに点が打ってありますよね。この点は、(ー3,3)と表せますね」

葉沙実は表に点を打った。

「…よくわかんない」

その中で、1人下を向いていた青年がいた。

森木拓人という名の彼は、中学をなぜか浪人していて皆より年上なのだった。


拓人は、頭を抱えていた。

せっかく中学に上がれたのに、今クラスで起こっていることは、みんな退学になりかねないことだったからだ。

拓人は数学が好きだった。

それは、先生が優しく教えてくれたことにある。

━━━並べ替えて計算すると、繰り返すんだ。

━━━本当?

━━━そう、なんかいも…

だが拓人は、数学が好きだったが得意ではなかった。

皆以上に理解するのに努力が必要だったし、計算も遅かった。

今やってる座標の授業なんて、わからない。

そもそも、座標の定義とは…?

「えっとね、点の位置を指定するための数値や数値の組…なんだけど、ここは、なんだかわかる?」

横線と縦線、x軸とy軸が交わった中心を葉沙実が示した。

「(0,0)?」

拓人が答えると、葉沙実はニコリと笑った。

「座標って、世界地図なんだよね」

「地図?」

「よこいけいたくんってしってる?」

よこいけいたくん、とは。

「よこい(横、緯線)けいた(経線、縦)って覚え方のこと。つまり、緯線と経線ってこと」

それが、どうかしたのだろうか。

葉沙実は、x軸と書かれたところを矢印で引っ張った。

「横線だから、ここは緯線とリンクするよね?」

確かに、そうかもしれない。

「y軸は、経線ってことになる」

先生の言ってることがようやくわかった。

座標を世界地図として捉えれるようにしてるのだ。

「国の場所は、緯度と経度の組み合わせで表されてる。座標もこれとおんなじで、場所を表すんだ」

葉沙実はうっとりとした表情になった。

「面白いのは、座標は地図と違って永遠に続くってどこですよね」

葉月が口を開いた。

「そうそう!そうなの葉月さん!」

葉沙実は飛び跳ねた。帯がひらりとまう。

なんだか最初の落ち着いた雰囲気とかけ離れた先生の姿を見てるとおかしくなってきた。

「先生、なんか雰囲気違いますね」

拓人はつぶやいた。

「ありがとうございます、理解できました」

世界よりも広い数学。旅の果てが、数学にある気がした。


数学になると盛り上がってしまう葉沙実は、拓人の言葉に恥じたが嬉しかった。

この教室は、横に6人、縦に6人ずつ席が並んでいて、広い教室だな、と思っていた。

羨ましい。わたしの頃はぎゅうぎゅうづめだったなぁ。

放課後、わたしはあの子たちのクラスの担任の松本先生のところへ向かった。

「消えた生徒の名前と、消えた日と、出席番号を教えてくれますか?」

「はい…」


木山香奈、8日 、11番

秋倉晃敏、9日、2番

伊藤希妃、10日、3番

大塚鏡華、11日、5番

神崎一朗、12日、8番

熊澤大和、13日、13番

野口穂希、14日、 21番

若生崇子、15日、34番


話を聞いた時点で、葉沙実は気がついていた。

これは、あの数列だ。

「これは、フィボナッチ数列です」

「ふぃぼなっち?」

松本が生返事のように繰り返す。

「木山さんの11番はじゅういちではなく、1、1です」

「はぁ」

うまく理解できてないようだ。

「出席番号の、1と1をたしますよね。2です」

「はい」 

松本が頷いた。話、聞いてるのだろうか。

わたしに言えることではないけど。

「次、1たす2をします。何になりますか?」

話を振られてびっくりしたのか、松本は体を震わせた。

「3」

「足した数が、次の数になってますよね?」

葉沙実はハサミがプリントされたノートを開く。

「そうなんですか?」

松本がノートを覗き込んできた。

「この出席番号の数列を見てください」

1、1、2、3、5、8、13、21、34

「本当だ!」

松本は目を見開いた。

はじめの二つを足す。そうすると、次の数になる。

次に2番目の数と3番目の数を足す。そうすると次の数になっている、というわけだ。

「もう消える生徒はいないかと。表せる数が尽きたと思うので。あと先生、9個休みの席があったのですが、かぜで休んでいるんですか?」

「いえ、それはあまりの席です」

嘘だ。席が余るはずがない。

「フィボナッチ数列、これは…数学、ですか?」

松本は話をそらした。

松本の目が怯えで震えている。

「まぁ、そうなりますね」

葉沙実が答えると、ヒィっと松本が怯えた声を上げた。

「数学…数学…先生…あぁ」

そこから数分、松本はその言葉を繰り返した。


あの先生、何かある。

生徒たちは、フィボナッチ数列で何を伝えようとしているのだろうか。わからない。

上を見上げると職員室の蛍光灯が淡く光っていた。

葉沙実が職員室を出ると廊下に葉月がいた。

色白のショートボブの彼女は、仕草どれもが可愛らしかった。

「葉沙実先生ー、何話してたんですか?」

覗き見していたのだろうか?

油断も隙もない彼女の笑みは、葉沙実を逃さなかった。

「みんなのことで。いるのが長くなりそうだから」

嘘ではないのだけど、少し後ろめたい。

彼女は一瞬、葉沙実のことを睨んだ━━━気がした。

彼女は後ろを向いて、歩き出した。

「ふぅん。そうですか。ゆっくりしてってください、うちらA組で」

振り向きもせず、葉月はそう言った。

挑発的な声。葉月は、葉沙実の正体に気がついてるようだった。 


放課後━━

1人の少女がニヤリと笑う。

「先生、私たちは本気です。殺人だって、やってみせます」

屋上で葉月は空へと手を伸ばした。





※最初に投稿したとき、フィボナッチ数列の文字が間違っていました。申し訳ありません。

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