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056 ハパンナ子爵

 翌日俺は、馬車の中にいた。


 揺れも少なく、当然臭くもない。


 以前乗った乗合馬車が、嘘のようである。


 現在向かっている先は、ハパンナ子爵の領主邸だ。


 御者は執事のセヴァンがしており、馬車の中は俺一人となっている。


 それにしても、貴族との面会か。


 セヴァンからは、ハパンナ子爵は冒険者に理解がある人物だと聞いている。


 礼儀作法をどうこうは言わないらしいが、口調くらいは礼儀正しくした方が良いのかもしれない。


 俺はこれまで誰に対しても、口調をあまり変えなかった。


 変えたのは、異世界で初めてベックたちに出会った時くらいだろうか。


 異世界に来たばかりという事もあり、俺も緊張していたのだろう。


 それと理性では、貴族に対して口調を改めるべきだと考えている。


 だが本能では、他人にへりくだるのを良しとしない感情もあった。


 俺はここまで、傲慢(ごうまん)だっただろうか?


 言い訳っぽくなってしまうが、デミゴッドに流れている神としての血が、そうさせているのかもしれない。


 しかしそうだとしても、今回は我慢しよう。


 それで面倒になるのは、どうしても避けたい。


 口調一つのせいで、二次予選に出られなくなったらとても困る。


 馬車の中で俺は溜息を吐きながら、領主の邸宅に向かうのであった。


 ◆


 ここが、そうなのか。


 馬車が止まったので降りると、目の前に巨大な屋敷が広がっていた。


 庭も広く、兵士のような人物たちも見える。


 他にもメイドや執事も多く、まさに絵に描いたような貴族の屋敷だった。


 俺はセヴァンに連れられて、さっそくハパンナ子爵と会うことになる。


 どうやら、既に待っているらしい。


 俺はてっきりしばらく待たされて、後から現れるものと思っていたので意外に感じた。


 ダンジョンを踏破したというのは、それほどまでに重要な事なのだろう。


 そうして通された一室に、ハパンナ子爵らしき人物がいた。

 

 ハパンナ子爵の容姿は、恰幅の良い中年男性だ。


 それとどことなく、気弱な雰囲気も感じる。


 豪華なソファーの上座に座り、周囲には高そうな調度品が並んでいた。


「さあ、まずは掛けてくれたまえ」

「はい。失礼します」


 俺は勧められた通り、対面のソファーに座った。


 すると近くに控えていたメイドが、紅茶のようなものを()れてくれる。


「君がダンジョン踏破者のジン君だね。私はハパンナ領を統治している、キーゾ・ハパンナだ」

「ジンです。冒険者をしながら旅をしています」


 とりあえず、当たり障りのない挨拶をしておく。

 

「なるほど。旅をしているのか」

「はい。つい最近この街にやってきたばかりです」

「目的は二次予選かな?」

「そうなりますね」


 まずはそんな探りを入れてくる。


 特に話しても問題ないので、普通に答えた。


「そうか。それは実に楽しみだ。君の活躍を楽しみにさせてもらおう」

「恐縮です」


 ハパンナ子爵は一瞬何かを考えたようだが、そう言って話を終わらせる。


 そして今回の面会の主目的である、ダンジョンの踏破について触れていく。


「さて、君はダンジョンを単独で踏破したそうだね」

「はい。モンスターたちの力を借りましたが」

「なるほど。それは素晴らしい。どのように攻略をしたのか、君の活躍を是非訊かせてくれ」


 やはり、そこを訊いてくるよな。 


 本当に俺が攻略をしたのか、探りを入れているのだろう。


 帰還転移場所にいたが、転移した瞬間は誰も見ていない。


 こっそりあの建物に入って、踏破者を装う事も可能なのだろう。


 なので俺は手の内をいくつか隠しながらも、攻略までの流れを簡単に説明する。


「ふむ。つまり君はサモナーでありながら、優秀な剣士でもあるのか。そしてあのグレートキャタピラーを、単独で撃破したと……」


 やはり本来有り得ないことなのか、子爵は右手を顎に当てて考えを巡らせていた。


 ここで嘘をついていると思われるのは面倒だな。ここは少し力を見せることになっても、証拠を出すことにしよう。


 なので俺は、自分の収納スキルにグレートキャタピラーを入れていることを、ハパンナ子爵に告げた。


 するとハパンナ子爵がそれを是非見たいということなので、兵士用の広い練習場へと移動する。


 ここなら、出してもギリギリ収まるだろう。


 そして俺は、巨大なグレートキャタピラーをその場に出した。


「ほ、本当にグレートキャタピラーが、まるまる出て来るとは……」


 目の前の光景にハパンナ子爵だけではなく、様子を見守っていたセヴァンや兵士たちも驚愕の表情で固まる。


 だが少しして再起動したハパンナ子爵が、声を上げた。


「す、素晴らしい。君は本物だ。もしよければ、このグレートキャタピラーは私が買い取ろう」

「はい、よろしくお願いいたします」


 グレートキャタピラーの処分方法に悩んでいたので、渡りに船だ。


 ただ運搬方法に問題があったようなので、指定の場所まで俺が後ほど運ぶことになった。


 また配慮してくれたのか、冒険者ギルドに話を通してくれるようである。


 これでランクアップのための貢献度にも、大きく影響が出そうだ。


 正直、かなりありがたい。


 そしてグレートキャタピラーを一旦収納すると、先ほどの部屋に戻ってくる。


「グレートキャタピラーをそのままの状態で見たのは初めてだよ。以前攻略した冒険者たちは、必要な部位だけを剥ぎ取って持って帰って来たからね」

「なるほど」


 会話を再開してみれば、ハパンナ子爵の口調が柔らかくなっていた。


 こちらが素なのだろう。


「それでどうだろうか。よければ当家に仕えてみないかい? 報酬はもちろんはずもう」

「いえ、申し訳ございませんが、私は気ままに旅をするのが性に合っていますので、身に余ります」

「それは残念だ」


 やはり勧誘されたが、断るとハパンナ子爵は意外にもあっさりと引き下がった。


 しつこく勧誘されなかったのは、個人的にとても助かる。


 もしかしたら、元から勧誘できたら良いなくらいに考えていたのかもしれない。


 それからは、ダンジョンで手に入れた物などを知りたがっていたので、いくつか話す。


 ハパンナ子爵も興味があるようで、特に媚薬ポーション・集団招集の笛。収納リングに強い関心を示した。


 中でも収納リングは、これまであのダンジョンで見つかった中でも最上級のものらしい。


 王都のオークションに出せば、天井知らずで値が吊り上がっていくとのこと。

 

 それもあって、流石に譲って欲しいとは言ってこなかった。


 個人的には別に手放しても良かったが、話通りならいつか役に立ちそうなので、とりあえず取っておくことにする。


 代わりに媚薬ポーションと、集団招集の笛なら譲ることを告げた。


 媚薬ポーションは全くいらないし、集団招集の笛は無くても似たようなことができるので問題はない。


 モンスターはカードに戻せば、一瞬で俺の手元に戻ってくる。


 するとグレートキャタピラーの件も含めて俺が差し出し過ぎだと思われたのか、ハパンナ子爵が何か困っていることがないかと訊いてくる。


 なのでちょうど良いと考えて、縮小のスキルオーブについて尋ねてみた。


「なるほど。縮小のスキルオーブか。優秀なテイマーやサモナーに人気のスキルだね。当家もいくつか確保しているよ。それなら、この二つと交換という事でどうだろうか?」


 そんな提案をされたので、俺はもちろん頷いておく。


 おそらく縮小のスキルオーブの方が、価値が高いだろう。


 これは、貸しを作っておこうという考えなのかもしれない。


 まあ実際そう思ったので、ハパンナ子爵が何か困ったら手を貸そう。


 そうして縮小のスキルオーブを手に入れた後は、雑談をする。


 話題の中ではやはりというべきか、二次予選に出ることに対して話が弾む。


 ハパンナ子爵は、毎年この大会を楽しみにしているようだ。

 

 若い頃はハパンナ子爵も出場したことがあるみたいであり、どうやら今年は次男が出場するらしい。


 次男は優秀なサモナーとのことで、もし試合で当たったら良い勝負になるだろうと言っていた。


 俺もその次男がどれほどのモンスターを連れているのか、実に楽しみである。


 また二次予選が終わるまでの間、ハパンナ子爵の元でお世話になることになった。


 今更宿代など気にしていないが、ハパンナ子爵がどうしてもというので仕方がない。


 それにこの屋敷にいれば、優秀なサモナーだという次男に会うこともできるだろう。


 二次予選まであと一週間もあるし、何か面白い話が聞けるかもしれない。


 ハパンナダンジョンは既にクリアしてしまったので、これからどのように時間を潰すか考えよう。


 そうしてハパンナ子爵との面会が終わり、俺は領主邸に滞在することになった。


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