460 ブラックヴァイパー ⑫
とりあえず、まずは向こうに先手を譲ることにしよう。
俺はそう思うのと同時に、後方へと跳躍して距離をとる。またついでに、擬剣パンドラソードを抜いておく。
「ふひひ! 離れるとは馬鹿め! ファイアボール!」
するとマタリネッゾは勝ち誇ったようにそう言って、早速火属性魔法であるファイアボールを放ってきた。
ふむ。ここは試合を盛り上げるために、ギリギリのところで回避してみよう。
俺はそう判断すると、迫りくるファイアボールを何とか回避したように演出して、横に転がるように回避する。
それによって後方でファイアボールが軽い爆発を起こし、爆風がほんのわずかに俺へと届いた。それについてはもちろん、俺へのダメージはゼロである。
またどうやらそのとき、俺が回避するよりも先に動いていた者がいた。そう、ヨシサッギである。
俺の目の前までやってくると、その持っている大剣を勢いよく振り下ろしてきた。しかしそれを、俺は擬剣パンドラソードで受け止めてみせる。
擬剣パンドラソードは単なる鉄の剣に見えるので、明らかに不利な状態に見えることだろう。
だが実際にはそうではない。逆に俺は、相手の大剣を傷つけないように受け止める方に、かなり気を使っていた。
けれどもそんな事などつゆ知らず、ヨシサッギが笑みを浮かべながら語りかけてくる。
「くっくっく、兄貴の攻撃を上手く回避したようだが、油断したな! ほらほらどうした! このままだと、真っ二つだぞ! くっくっく!」
ヨシサッギは自身が有利だと疑っておらず、俺のことを追い詰めたと思っているみたいだ。
実際に力だけならば、Cランク冒険者を超えているのは間違いない。本人もそれだけ自信があるからこそ、俺が演技していることに気づかないのだろう。
そしてこの状況に、試合のアナウンスも声を上げて加わってくる。
『序盤から爆山兄弟が、モブメッツを追い詰めたぞぉ! 何という素晴らしい連携だろうかぁ! これぞ爆山兄弟! これまでも圧倒的な力で、試合の決着を早期に終わらせてきた実績があるぞぉ! さあさあ! 追い詰められたモブメッツは、ここから逆転できるのかぁ!?』
更に観客席も、これに続いて声を張り上げた。
「ぶっ殺せ! 真っ二つだ!」
「流石は爆山兄弟だ!」
「やっちまえ!」
「モブメッツとかいうやつ弱すぎだろ! これで二戦するとか、アホ過ぎて笑えるぜ!」
「血を見せろ!」
「これで賭けは勝ったな!」
「もう終わりかよ! こんな短かったら、チケット代がもったいねえ!」
はぁ、まったく言いたい放題だな。まあ、観客どもについてはどうでもいい。それよりも、そろそろ俺も動くか。流石にこのまま耐え続けると、ヨシサッギも怪しむだろう。
そう思い俺は、大剣を受け止めるために擬剣に添えていた左手を瞬間的に離すと、ヨシサッギに向けた。そして同時に、魔法を放つ。
「セイント!」
「――ぐげっ!?」
可能な限り弱めたセイントは、それでもヨシサッギを後方へと吹っ飛ばした。地面を何度も転がり、マタリネッゾの元まで戻って行く。
加えてヨシサッギは一応、大剣を手放さなかったようだ。またそれなりにダメージを受けたのか、すぐには立ち上がる様子はない。痛みで唸っていた。
「え?」
「は……?」
「なんだ今の?」
「あれが聖属性魔法なのか?」
「初めて見たが、なんか強くね?」
「たぶん中級魔法に違いない。下級であの威力は流石におかしいぞ!」
「というかヨシサッギ立てよ! 早く立て!」
「それよりマタリネッゾ! 何してやがる! 早くそいつを倒せよ!」
今起きた光景に、観客席は動揺を隠せずに様々な憶測を口にする。
どうやら中には、アレを中級魔法だと思っている者もいるみたいだった。
しかし残念ながら、今のは中級魔法のセイントカノンではない。ただのセイントだ。
けれどもそれをわざわざ、俺が観客に教えることはない。勝手に勘違いをさせておく。いちいち訂正するのも、それはそれで面倒だった。
ふむ。それにまだ、手加減がどうにも難しいな。威力を抑えても現状では、一般的な下級スキルを超えてしまうようだ。
加えて30分ほど試合を続ける必要があるが、このままだとそれも危うい。どう見積もっても、今の出来事で数分経過していればいい方である。
「お、お前! 魔法剣士と言いながら、本職は魔法使いだろ! この嘘つきめ!!」
俺が試合時間について意識を向けていると、マタリネッゾがこちらを指さしてそう言ってきた。
ちょうどいい時間稼ぎだ、返事をしてやろう。
「いや、嘘は言っていない! 俺は魔法剣士だ! 現にあの大剣による攻撃を、耐えていただろう?」
「ふざけるな! 中級魔法をあの状態で発動できる魔法剣士がいてたまるか! お前、私たち兄弟を舐めているのか! 純粋な魔法使いの私だって、それくらいのことは知っているぞ!」
「?」
マタリネッゾの言葉が、一瞬理解できなかった。
え? 一般的な魔法剣士は、あの状態では魔法を放てないのか? 俺の知っているやつらは、接近戦闘をしながら、普通に魔法も使えたと思うが……。
だがよくよく考えると、これまで記憶に残っているやつらを含めて、そういう者たちは強者か特別な存在だった場合が多いことを思い出す。
また本来魔法の等級が上がるほど、魔法の発動は難しくなっていく。中級なら、その分消費する魔力と集中力、あとは魔力操作力などが必要になってくる。
だとすればそれにもかかわらず、相手の攻撃に耐えながらも、瞬時に魔法を発動させたことに驚いていたのかもしれない。
なるほど。魔法使いからしたら、片手間にそんなことをされては堪らないということか。
だがそれは結局のところ、単なるマタリネッゾのいちゃもんに過ぎない。何かマタリネッゾのコンプレックスでも、刺激してしまったのだろうか?
元Cランク冒険者だと、案外今のは難しいことなのかもしれない。
だとすれば何となく、Cランクで燻ぶる者たちがいる理由が分かったような気がする。
BランクやAランクに上がるような者は、その辺を平気で乗り越えていくのだろう。ある意味残酷な世界である。
そうして俺がそんなことを考えていると、マタリネッゾが我慢の限界とばかりに、声を張り上げた。
「クソが! お前みたいな無自覚なやつが一番許せねえ! ヨシサッギ! さっさと起きろ! あいつをどうにかしろ! アレをやるぞ!」
「っ、わ、わかった!」
すると何かするつもりなのか、マタリネッゾが集中し始めると同時に、ヨシサッギが再び俺の方へと向かってくる。
「くっくっく! お前はもうおしまいだ! 兄貴がアレをすれば、もうこっちの勝ちだ! 兄貴の真の実力は、Bランクにも十分届くんだよ! くっくっく! 喰らえ! ショットスラッシュ!」
ヨシサッギが勝ち誇ったようにそう叫びながら、斬撃を飛ばしてきた。俺はそれをスラッシュを発動させて、撃ち落とす。
「スラッシュ。なるほど。いったい何をするのか、是非見せてもらおうじゃないか」
「ッ!? な、舐めやがって! 俺たち爆山兄弟の天才的な連携の前に、お前はくたばるんだよ! いい気になっているのも、今のうちだけだ! ショットスラッシュ! ショットスラッシュ! ショットスラッシュ!」
俺をマタリネッゾに近づけないためなのか、ヨシサッギが俺に何度も斬撃を飛ばしてくる。
またヨシサッギ本人も、一定の距離を保っていた。おそらくこれから発動しようとしているマタリネッゾの何かに、巻き込まれないためだろう。
さて、これを抜けてマタリネッゾを倒すのは簡単だが、どのようなものを発動するのかも気になるな。
それに相手の切り札を発動させた上で乗り越えた方が、観客の受けもいいだろう。おそらく30分稼げなくとも、十分に満足してくれるはずだ。
加えて元々30分以上の試合をするのは、結局のところ満足度を上げるためである。故にそれを確保できるのなら、早期に決着がついても問題は無い。
よし、ならマタリネッゾの放つ何か――おそらく魔法だろう――を、正面から打ち破って見せよう。
俺はそう判断すると、傍から見ればヨシサッギの攻撃を防ぐだけで、精一杯という感じに演出した。
そうして数分後、ようやくマタリネッゾの準備が整う。
「ふひひ! 待たせたな! これこそ私が十歳の時に、神から授かった火属性と地属性の複合魔法、噴火だぁ! 喰らえええい!」
マタリネッゾがそう叫び発動したのは、火山の噴火を彷彿とさせる溶岩だった。ある程度操作ができるようであり、俺の方へと噴出したように向かってくる。
ふむ……グライスが使う大噴火の、おそらく下位スキルか。なるほど。これは、侮れないな。
グライスの大噴火には、何度も助けられてきている。加えて初めて会ったときには、まさに苦戦を強いられた。
しかし当然だが、グライスの大噴火とは比べ物にならないほどに、正直目の前のそれは微妙である。
下位互換だし、チャージのスキルも発動していない。グライスほどの魔力や操作能力も、当然ない。
だがそれでも、これには驚いた。とても面白い。ここでこんなスキルを拝めるとは、全く思わなかった。
故に俺は思考を加速させている中で、敬意を持って噴火に対処をすることを決めた。
まず擬剣パンドラソードの属性を光へと変換する。加えて聖滅師に内包されている、ホーリーエンチャントでそこに聖属性も付与した。
疑似的に聖剣のようなオーラを纏った擬剣パンドラソードが、淡く光り輝く。
そして迫りくる溶岩に向けて、俺は念のため手加減を意識に乗せながら、そのスキルを発動させた。
「七属剣技、ライトハイスラッシュ!」
結果、辺り一面が光に包まれる。
そして光が止むと、噴火による溶岩は跡形も無く消えていた。更に地面には大きな斬撃の跡が残されている。
また元々スラッシュ系が近距離攻撃ということもあり、観客席までには被害を及ぼしてはいない。
だがそれでも光属性が混ざり、更には聖属性が付与されたことによって、その飛距離は伸びている。
斬撃の跡は、ちょうど爆山兄弟にまで届いていたのだ。
しかし事前に狙っていたこともあり、ちょうど二人の間を抜けるような形になっている。軌道修正についても、上手くいったみたいだった。
仮にもし命中していたら、手加減を意識してたとはいえ、おそらくただでは済まなかっただろう。
「ひ、ひぃっ!?」
「ば、ばけもの……」
そして見れば爆山兄弟は、あまりの衝撃に腰を抜かして尻もちをついている。
どうやらその様子から、完全に戦意を喪失しているようだった。




